ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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金木犀の咲く頃に

 

 秋の大運動会も無事に終わり、生徒たちは次の行事である聖蹄祭に向けて各々準備に入る。

 チーム『百花繚乱』も今日はトレーニング前に、聖蹄祭で何をするかのミーティングだ。

 

「毎年のことですが、あくまでもチームの出し物は強制ではありません。やりたいならやる。やらないならば自由に過ごすか、クラスの出し物へ注力する。ということで皆さんで良く話し合って決めてください」

 

 宮武部はそれだけ言うと、自身のデスクに戻って己の仕事を再開する。

 ファン感謝祭とは違い、聖蹄祭はあくまでも生徒の自主性が大切なので宮武部としては自分が率先して主導しなくても、イナリたちのやりたいようにやらせるのが一番だと考えているからだ。

 

「そんじゃ先ずは、チームで出し物をするかしないかだな……っても、毎年やってるし、今年もやる方向でいいんだろ?」

 

 ホワイトボードの前に立つイナリがみんなへ問えば、みんな『やりたい』と頷く。

 

「よし。じゃあ次は何をするか、だが……今年も例年通りでいいのかい?」

 

 イナリがみんなへ問うと、みんなはうーんと頭を悩ませた。

 

 毎年チームでの出し物はエアグルーヴが加入した時から、彼女が育てた花を花束やアレンジメントフラワーにしたり、押し花の栞にしたりして販売している。

 ただ花壇の主であるエアグルーヴは生徒会として見回りをしないといけないので、出し物の方はメンバーに任せるしかない。準備に至っても同様だ。このあともエアグルーヴは生徒会室に戻ることになっている。

 なのでエアグルーヴとしては申し訳ない気持ちが強く、他のメンバーは今年こそ何か別のことをした方がいいかと悩んでいるのだ。

 

「毎年皆に任せきりなのは私としては忍びない。かと言って綺麗に咲いた花を訪れた人々に渡せるいい機会を逃すのも、それはそれでもったいないとは思う……難しい問題だ」

 

 こめかみを右手人差し指で押さえて眉間にシワを寄せるエアグルーヴに、隣に座るアキュートが「気にしなくていいのよぉ」と優しくフォローする。当然みんなも同じ気持ちだ。彼女には彼女の役割があり、分担するのは仲間として当たり前だから。

 

「なら今年こそ食い物屋にするか? 蕎麦屋でも寿司屋でも天ぷら屋でもドンと来いってんでい!」

「言ってることが尽く江戸時代の屋台じゃないか……」

 

 イナリの提案に思わずヒシアマが苦笑いでツッコミを入れた。

 

「あん、ダメだってのかい? どれもうまいし、江戸ならそうだろう?」

「しかしだなイナリさん……食べ物を提供するところは多くある。現代の傾向からしてクレープやフライドポテトといった定番メニューがひしめく中で、蕎麦や寿司といったメニューだとイナリさんには悪いが、見劣りしてしまって客が集まらないんじゃないかと私は思う」

 

 ハヤヒデが率直な意見を述べると、

 

「かぁー! たこ焼きとか焼きそばは許されて、どーしてあたしの言うメニューは認められねぇってんでい!」

 

 途端にイナリは声を荒げ、即座にクリークが「まあまあ」となだめる。

 

「メジャー、とは言い難いからですかね。お祭りの屋台でお蕎麦もお寿司も天ぷらも昔はあったかもしれませんが、今は殆どありませんから。地域によっては当然のようにあるかもしれないけれど……」

「あたしはどれも好きなのに……くぅ」

 

 ローレルの言葉に何も言い返せず、イナリは悔しそうに耳と肩を落とした。

 

「お蕎麦ならいいんじゃないかしら? お蕎麦を頼んでくれた方に好きなお花もプレゼントするのもいいですし」

 

 否定的な意見が続く中、クリークは賛成の様子。

 クリークの言葉にイナリは顔を輝かせるが、

 

「しかしクリークさん。蕎麦屋をするとしてどれほどの集客が見込めるか見当がつかない。見当がつかなければ準備にも支障が出る」

 

 ハヤヒデの反論にまたも耳が垂れる。

 

「難しく考えなくていいと思います。足りなくなったら誰かがスーパーに行って追加のお蕎麦を買ってくればいいですし、余ればみんなで美味しく頂けばいいだけです」

 

 堂々としたクリークの答えにハヤヒデは「なるほど」と納得。

 しかし問題はそれだけではない。

 

「なら具はどうするんだい? かけ蕎麦だけじゃ流石に寂し過ぎじゃないか?」

 

 ヒシアマが蕎麦屋をやることになったとして、今度は何蕎麦を提供するのかと訊ねた。

 

「私なら、たぬき、きつね、月見、ワカメで行こうかなと思います。その際、お揚げと卵は数量限定ってことにすればいいと思います。揚げ玉なら簡単に作れますし、ワカメも乾燥ワカメなら大袋が販売されてますから。余っても別のお料理に使えますし」

 

 100点満点の答えをクリークがすると、ヒシアマは「ならアタシは蕎麦屋でもいいよ」と返す。

 

「ふむ……限定メニューにしてしまえば仕入れを気にする必要もない」

「確かに揚げ玉くらいならカセットコンロとお鍋があれば出来ますね」

「ならば蕎麦屋でいいのではないか?」

「その頃なら花壇の近くにある金木犀もちょうど咲いてる頃だろうし、お蕎麦を食べながら秋のお花見もいいかもしれないねぇ」

 

 クリークの意見を聞いて出し物が蕎麦屋に決定。これにイナリは大満足で、尻尾と耳が大きく震えた。

 

「決まったようですね」

 

 仕事をしながらもちゃんとみんなの会話を聞いていた宮武部が言葉を発すると、みんなは声を揃えて『はい』と返事をする。

 

「当日は来場者だけでなく生徒たちも見て回る子がいますから、少なく見積もっても1000食くらいは用意しておいた方が良いでしょう。外部からも人が多くいらっしゃいますからね。それで余れば私が買取りますが……まあまず余ることはないでしょうね」

 

「なんで大将はそう思うんだい?」

 

「イナリさんのお友達に心強い方がいるからですよ」

 

 イナリの問いに宮武部がニッコリと笑ってそう返すと、イナリだけでなく他のメンバーもそのお友達を察して大きく頷いた。

 

「ならば1500食ほど用意しておいた方がいいのではないか?」

「確かにエアグルーヴ君の言うように多めにしておいた方がいいだろう。いきなり彼女が現れて根こそぎ食べ尽くされてしまってはお終いだからな」

「いやいや、流石にオグリ先輩でも一人でそんなには食わないだろ!?」

「アイツはそれくらい余裕だと思うぜ? なあ、クリーク?」

「オグリちゃんなら有り得ますねぇ。それにチームの子たちと一緒に来るでしょうし……」

「ということはライスシャワー君も来ることになるな……彼女たちには悪いが一人10食までという制限を設けようか。余れば連絡をするということで」

 

 ハヤヒデの案にみんなは思わず苦笑いを浮かべながら『賛成』と言う。

 

「ではそういう方向で話を詰めていこうではないか」

 

 率先してホワイトボードマーカーを手にボードへ書き込んでいくハヤヒデ。

 

「蕎麦は1000食を用意する……これは確定したことだ。次は油揚げと月見に使う卵の数を決めよう」

「どっちも250ずつがバランスが取れていいんじゃないか? 実際にその時になってみないと分からない部分もあるが、どの蕎麦も250食用意しておく想定なら作る側としても楽だからね」

「ちょいと待ちな、ヒシアマ、ハヤヒデ」

 

 イナリの待ったに二人だけでなくみんなが注目した。

 

「かけ蕎麦って客もいるんじゃあないかい?」

 

 その言葉にハヤヒデとヒシアマに電流走る。

 

「確かにイナリさんの言う通りだな……」

「シンプルにかけ蕎麦って人もいるだろうね……アタシとしたことが失念してたよ」

 

 二人が納得した様子で言葉を零す中、

 

「先ずはメニューを決めてしまえば良いのではないでしょうか?」

 

 宮武部が進行を促した。このままでは一向に話が進まないと思ったからだ。

 

「トレーナー君の言う通りだ。クリークさんが先程挙げたたぬき、きつね、月見、ワカメ……そしてかけ蕎麦を合わせた5品でどうだろうか?」

 

 ハヤヒデの言葉にみんなは『賛成』と返す。

 

「では次に先程油揚げと卵の量を250とヒシアマ君が提案してくれた。バランスを重視するのであれば200とするのはどうだろうか? また大盛りといったサービスはなしということで」

「アタシはそれでいいと思うよ」

 

 ヒシアマがハヤヒデの提案に賛同すると、他のみんなも特に反対することもないので『賛同』と声をあげた。

 

「では次に価格をどうするかだ」

「あたしがよく行くスーパーに頼めば一食50円程度でお蕎麦は仕入れられるから、かけ蕎麦なら100円でいいんじゃないかしら?」

「いや、それだと逆に安過ぎて不安になる人もいるから200円でいいんじゃないかい? たぬきは230円。きつねはアタシがご贔屓にしてる豆腐屋のおっちゃんに頼むから250円。月見もそうだね、250円。ワカメは220円ってとこが妥当かな? アタシとしては。他の食材は色んなスーパー回って安いの仕入れよう。アイネス辺りに聞けば一発さ」

 

 アキュートの意見に対してヒシアマが意見を述べると、

 

「私もその案に賛成だ。そもそも聖蹄祭の出し物は赤字になるのが前提の催しだからな。利益を求めるよりも生徒たちや来場する方々が思い出を作ることの方が大切なんだ」

 

 エアグルーヴがそう言うので、みんなヒシアマの意見を採用することにする。

 

「因みにだが、蕎麦に乗せる薬味の長ネギは交渉次第で手に入れられるかもしれない」

「エースさんが畑やってますから、頼んでみるのもありですねー」

「そういうことだ。確か、この前ネギが豊作で欲しい人は声をかけてくれと生徒会室にまで来て言っていたからな」

「なら早いとこ行かないと他のとこに先を越されるね! アタシが頼んで来るよ!」

 

 そう言うとヒシアマは走ってトレーナー室を出て行った。

 

「ヒシアマだけでは少々心配だ。私も行く」

 

 そしてエアグルーヴがそのあとを追う。

 

「では長ネギの確保はあの二人に任せ、私たちは他のことを詰めようか」

「大事なことがまだ決まってないと思います」

 

 ローレルが手をあげて言うと、みんな彼女に注目した。

 

「おつゆです! あっさりめなのか濃いめなのか! 因みに私は濃いめが好きです!」

「私はあっさりが好きです」

「あたしは断然濃いめだな!」

「私はあっさりした方が好みだ」

「あたしは濃いめが好きだねぇ」

 

 ものの見事に意見が分かれ、どうしようと悩むメンバー。

 しかしそこは、

 

「コストを考え、市販の蕎麦つゆを希釈して平均的な濃さにして提供すればいいでしょう。そもそもそこまで拘ってしまうと蕎麦つゆ開発だけで終わってしまいますよ」

 

 宮武部がぴしゃりと話を簡潔に終わらせる。

 

「トレーナーさんの言う通りですね。市販のおつゆでも十分美味しく頂けますから」

「何も本格的に蕎麦屋を始めるわけじゃないんだしな! ここはダンナの言う通りにしよう!」

 

 クリーク、イナリが賛成すれば他のメンバーも異議はない。

 

「冷たいのがいいと言う人もいるだろうから、温かくしておくのと冷やしておくのと分けて用意しておけばいいだろう」

「麺つゆは多めに仕入れておけばいいだけですからね」

「じゃあ、あとは仕入れる物を決めようかねぇ。お二人が帰ってきたらになるけど」

「ではそれまで休憩していてください」

 

 それからしばらくしてヒシアマとエアグルーヴが戻ると、無事にカツラギエースから長ネギを頂けることになり、他のこともトントン拍子に決まって明日から早速準備に取り掛かるのだった。




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