ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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椿咲く時期に

 

 本日は今シーズン一番の冷え込みだと朝の天気予報でキャスターが告げていた。

 その予報に違わず、午後になっても気温が上がらないので、流石の宮武部も室内で暖房をつけていてもダウンジャケットを羽織ったまま仕事中。

 窓の外に視線を移せば、寒空の下でも真っ赤な椿が咲き誇っている。

 

「いやぁ、こういう寒い時はハヤヒデの髪に埋もれるのが一番だぜ!」

「気に入ってくれて何よりだよ、イナリさん。ブライアンも幼い頃はよくそうして私の髪の中に潜り込んでいた」

 

 そしてイナリはハヤヒデの髪に入って暖を取っていた。

 ハヤヒデの髪質は癖が強くて本人もコンプレックスに感じていたりするのだが、イナリのように頼られるのは嬉しい。

 なので近頃は同室のテイエムオペラオーよりもお手入れを入念にしていたりする。

 

 本日のチームの予定はミーティングのみで、今は生徒会の仕事をしているエアグルーヴを待っている状態。

 宮武部は相変わらず自分のデスクで簡単な作業をしているが、みんなは彼の邪魔にならないよう自由に過ごしている。

 

「皆さーん、お茶が入りましたよー♪」

「寒い日は緑茶がしみるねぇ」

「あっついお茶が美味い!」

「体がぽかぽかしますね」

 

 なのでクリークたちは温かいお茶を飲んでホッと一息。お茶請けはクリークお手製のアップルパイで、トレーナー室にあるオーブンレンジで軽く温め直せば程良い食感と温かさでより美味しくいただける。

 既に昨晩、試食として栗東寮にいる子たちへは存分に振る舞い、中でもオグリキャップは寝る前のおやつとして直径約30センチはある物をペロリと平らげ、大変満足だったようで味も当然申し分ない。

 現に、

 

「わぁ、リンゴが甘いからお砂糖使ってなくてもとっても美味しい!」

「風味も食感もバッチリだ! 流石クリーク先輩だね!」

 

 ローレルとヒシアマは大絶賛だ。

 当然、イナリもハヤヒデもアキュートも『美味しい』と笑顔でアップルパイを口に運んでいる。

 

「トレーナーさんはどうですか? お口に合いましたか?」

「ええ、とても美味しく頂いておりますよ。クリークさんは良いお嫁さんになりますね」

「あらあらまあまあ♡ トレーナーさんにそう言ってもらえると、とっても嬉しいです♡」

 

 宮武部から心からの言葉を受け、クリークは今日一番の笑みを浮かべていつもの母性溢れる表情ではなく、恋する乙女のような表情を浮かべた。

 どんなに大人っぽいクリークでも、愛する宮武部からの言葉なら年相応の反応を見せる。そんな反応を見せるのは宮武部に対してだけ。

 

「たくさんありますから、たーっくさんおかわりしていいですからねー♡」

「お心遣いありがとうございます。しかしひと切れあれば私は十分ですよ」

「あらあら、それだと大きくなれませんよ?」

「もう成長は止まっているので。それに私は甘い物は適度に楽しむことにしているのでね」

「分かりましたぁ」

 

 残念そうに耳を垂らすクリークだが、宮武部も自己管理はしっかりしないとトレーナーとして皆の体調管理をしている手前、大人として良くない。責任あるトレーナーとして、彼女たちの健康を管理をする以上、自分のことも管理出来ないと意味がないのだ。

 

「そういえば、予報ではこれから雪でしたね。ですから、これだけ寒いのも頷けます。ミーティングが終わり次第、早急に寮へ帰った方が良いでしょうね」

 

 窓から空を見て宮武部が言えば、みんなも彼の言葉に同意するように頷いた。

 

「降らないことが一番いいんだけどねぇ」

「そうかい? あたしとしちゃ降ってもらった方がいいけどな! 雪合戦が出来るじゃねぇか!」

 

 ヒシアマにイナリがそんな言葉を返せば、

 

「その前に雪掻きしないとだろ? トレーニングにだって影響出るし、アタシは降らない方が嬉しいんだよ。雪合戦は望むところだけどさ」

 

 苦笑いしてそう言う。

 それを聞いてイナリは「そういやそうだな」と納得した。

 

「小さい頃は雪が積もるとジムに所属してる練習生の人たちと、雪玉を投げてそれを避ける遊びをしていたのを思い出すねぇ……」

「ボクシングジムならではの遊びって感じだね」

「実際にボールを使って避けるトレーニングもしているからねぇ」

「ならアタシらもトレーニングコースが使用出来ないなら、雪掻きしてパワートレーニングするか?」

 

 アキュートの話を聞いてヒシアマはそう言うが、

 

「雪掻きと普段しているパワートレーニングは使う筋肉が違いますから、トレーニングにはなりませんよ。寧ろ変な場所のコズミに繋がります」

 

 宮武部がトレーナーとしての意見を述べれば、ヒシアマも「へへ、そうかい」と苦笑いして頭を掻く。

 

「まあ雪が降った時のことは実際にそうなってから決めた方が無難だろう。それにそうなってもトレーナー君ならばより良い案を提示してくれるはずだ」

 

 ハヤヒデがそんなことを言って宮武部に視線をやれば、宮武部は「はい」と笑顔で返した。

 

「すまない、待たせた」

 

 そこへエアグルーヴが生徒会の仕事を終えてトレーナー室に入ってくる。

 みんな温かくエアグルーヴを迎え入れ、クリークは早速温かい緑茶を彼女に渡した。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。エアグルーヴちゃんも生徒会のお仕事お疲れ様です」

「恐縮です……あ、そうだった。それでトレーナーに伝えることがあったんだ」

 

 思い出したエアグルーヴの言葉に、宮武部は「なんでしょう?」と彼女の言葉を待つ。

 

「今日はミーティングの予定だがミーティングをなしにして解散を提案したい」

「続けてください」

「ああ、先程生徒会室でたづなさんが来てな。もし生徒が学園に残っている時間帯に雪が降り出したら、学園に留める意向だと告げられたんだ。だからそうなる前に帰った方がいいと思ってな。私たちは学園に泊まっても不都合はないが、ヒシアマは寮長として寮に戻らないといけなくなる」

「おいおい、エアグルーヴ。アタシは雪道なんかに負けるほど軟じゃないよ!」

 

 エアグルーヴの心遣いにヒシアマは即座にタイマン魂を発揮して言い返すものの、

 

「そんなことエアグルーヴさんも重々承知していますよ。しかしヒシアマさんが平気でも、スリップしてきた歩行者や自転車、車に接触でもしたら、目も当てられません」

 

 宮武部がトレーナーとしてまた生徒を預かる大人として、最悪のケースを挙げて言えば、ヒシアマも「そうか」と引き下がった。

 

「ではエアグルーヴさんの言うように今日は速やかに解散としましょう。ミーティングはリモートで行いますので、そのつもりで夜に1時間ほど時間を取ってください」

 

 宮武部の提案にみんなは頷き、その言葉で本日は解散となった。

 

 ◇

 

 それから帰っている内に雪が降り、それは時を追うごとに本降りとなってきたので、宮武部はエアグルーヴの言葉通りに解散して良かったとマンションの窓から景色を見て一人頷く。

 ミーティングの時間はみんなのウマホに一斉送信しておいた。

 しかし、

 

「おや?」

 

 ピコンとリビングに置いてあるノートパソコンからリモート開始の通知音が鳴る。

 ミーティングの時間までまだ30分はあり、宮武部は誤作動かと思って画面を確認した。

 

『おっ、ダンナ! ちゃんと夕飯は食ったかい?』

 

 確認すると、そこには部屋着姿のイナリが映っている。

 

「イナリさん、まだ時間ではありませんよ?」

『そんなの分かってるさ。でもこの雪で殆どの生徒が学園に泊まるからよぉ、暇なんだ』

「ああ、それで……では始まるまでお喋りでもしましょうか」

『やっぱダンナは話が早いぜ♡』

 

 イナリが嬉しそうにしていると、またピコンと通知音が響く。

 

『よっ、トレ公! ヒシアマ姐さん登場だ!』

『こんばんは、トレーナーさん♪』

 

 今度はヒシアマとローレルが参加。

 

「おや、お二人もお暇ということですか?」

『まあね。それにイナリ先輩の声がアタシの部屋まで聞こえてて、抜け駆けは良くないと思ったんだ』

『ですです♪ それに私は同室のスカイちゃんが学園でお泊まりしているので、余計に暇なんです……だから抜け駆けさんだけじゃなくて、私たちのことも構ってください、トレーナーさん♪』

『抜け駆けって……あたしは別にそんなつもりは……』

『天に誓ってそう言えるかい?』

『嘘は泥棒の始まり、ですよ?』

『……お天道様に顔向け出来ねぇ』

『だろうねぇ』

『ですよねぇ』

 

 イナリが白状すれば、ヒシアマとローレルは得意げに胸を張ってそう言った。イナリとしては短くても宮武部と二人きりで過ごしたかったのだが、何分今日は寮が静か過ぎたためにヒシアマの部屋までイナリの声量のせいもあって届いてしまったので、それは叶わなかったのである。普段ならば他の子たちの話し声で掻き消されているので出来ただろうが、今日はそれだけ寮に人がいないのだ。そもそもリモートに参加すれば通知が届くので、二人きりになるには無理があるのだが。

 なので、

 

『こんばんは、トレーナー君』

『なんだ、みんなもう集まっているのか?』

『皆さん、早いですねぇ』

『みんな考えることは同じってことかねぇ』

 

 他のメンバーも続々とリモートで参加してくる。

 

『おいおいおい、なんだなんだ! 勢揃いしちまったじゃねぇか!』

 

 イナリが思わずツッコミを入れるが、みんな揃って時間を持て余していることはすぐに察せた。

 

「皆さん、余程暇だったのですね……」

『まあそういうことだよ、トレーナー君』

『でもでも、ミーティング前にこうしてお喋りするのも私たちらしくていいかなって♪』

 

 ローレルの言葉にみんなも同じ意見なのか、うんうんと画面の向こうで頷いているので、宮武部は『学生時代を思い出しますねぇ』と懐かしい気持ちになった。自分も学生の頃は友人らと休み時間はだらだらと世間話をしていたし、夜遅くまで電話していた思い出もあるから。

 ただイナリたちとしては1分1秒でも宮武部と長く繋がっていたいし、声を聞いていたいという乙女心からくる行動である。

 

「では時間までお喋りをしましょうか。皆さんのお話を聞かせてください。ミーティング後でも消灯時間まではお付き合いしますから」

『だったら先にミーティングを終わらせちまおうぜ! その方が気兼ねなく出来るってもんだ!』

『イナリさんの言う通りだ、トレーナー君。せっかくこうしてみんな予定時間より前に集まっているのだから、やるべきことを先にしてしまった方がいい』

 

 イナリとハヤヒデの意見にみんなも『そうだそうだ』と賛同すれば、宮武部は小さく笑う。自分の受け持つウマ娘たちはみんな仲が良いな、と。

 

「分かりました。では予定を繰り上げてミーティングを始めましょう。先ずは来年の年始の予定からーー」

 

 こうしてチーム『百花繚乱』は雪の日でも変わらず過ごし、少しだけいつもよりも長く絆を深めるのだった。




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