とある日の午後。
座学も終わり、生徒たちがトレーニングに向かう中、チーム『百花繚乱』は今日のトレーニングがオフで、宮武部も軽い書類整理をするだけ。
「たまにはのんびりと茶をしばくのも乙なもんだな!」
「リラックス出来ていいですよねー♪」
「メリハリがあるのはとても良いことだ」
「明日のトレーニングに向けて気合十分って感じだね!」
「トレーニングするのが待ち遠しいですね」
「強くなってる実感があるからじゃねぇ」
しかしイナリをはじめ、みんな揃って宮武部のトレーナー室に集合している。
理由は宮武部と少しでも一緒にいたいというのが一番だが、今日に至っては集まっている理由がちゃんと別にあった。
そこへトレーナー室のドアがノックされる。
宮武部が返事をすれば、生徒会の仕事を終えたエアグルーヴが入室してきた。
「遅れてすまない」
「お気になさらず。では皆さん、エアグルーヴさんも合流しましたし、移動しましょうか」
『はーい!』
みんなは『待ってました!』と言わんばかりに立ち上がり、いそいそと後片付けをし、自身の荷物を手にする。
実はこれから学園から歩いて行ける場所にある犬カフェに行くのだ。因みに犬カフェとはその店にいる犬と触れ合うことが出来るカフェのことで、ドッグカフェとはまた別。ドッグカフェの場合は愛犬と入れるお店のことだ。
何故犬カフェに行くのかというと、前にエアグルーヴが保護した犬がおり、そのカフェに引き取ってもらったから。
最初は保健所へ連れて行くしかないかと思ったが、宮武部が里親募集をしたことで無事にその犬カフェのオーナー夫妻に引き取ってもらい、みんなで一時的ではあるが世話をしたのもあって、その子に会う目的で時折みんなで顔を見せに行き、今ではすっかり常連なのである。
◇
ここの犬カフェはカフェでありながら駅から離れた場所ということで、そこそこの広さを確保出来た。建物で中庭を覆うような造りになっていて、そこで犬たちが客と走り回ったりして遊べるようになっているのだ。
中庭の広さはバスケットコート二つ分で、人工芝を敷いているため転んでも大怪我には至らない。おもちゃはゴムボールと引っ張って遊ぶロープが数種類あり、それを自由に使って犬たちと遊ぶことが出来る。
「こんにちは」
『こんにちは』
「あらあら、皆さん! いらっしゃいませ! あなたー! 百花繚乱の方々がいらっしゃいましたよー!」
受付にいたオーナーの奥さんが宮武部たちに気付いて、奥にいる旦那を呼んだ。
するとドタドタと走ってオーナーが宮武部たちを出迎える。
「ご来店くださりありがとうございます!」
「いえいえ、好きで来ていますから」
宮武部が代表して返すと、夫婦は揃って笑みを返した。
すると、
「くーくー!」
一匹の茶色い中型犬が甘えるように鳴きつつ尻尾をブンブンと振りながら宮武部の足元に擦り寄ってくる。
この犬が前にエアグルーヴが保護した犬で、柴犬っぽい見た目をした雑種犬の雄。推定4才でやんちゃ盛り。保護した際に宮武部が仮で付けた名前をオーナー夫妻も気に入って、今もその名前で呼ばれており、今ではすっかりドッグカフェの看板犬。因みに名前は丸くなると毛色と毛並のせいかコロッケのように見えたことから『ころ丸』である。
「おやおや、ころ丸。お元気ですか? 大きくなってお顔も脚もシュッとしましたが、相変わらず体はまん丸ですね」
宮武部は優しく語りかけながらころ丸の背中をテシテシと叩くように撫でれば、ころ丸は嬉しそうに鼻をフガフガ鳴らしながらお腹を見せて『もっともっと』とせがんだ。
「いつものようにフリータイムで承りますね」
「はい、それでお願いします」
奥さんに宮武部は笑顔で返すと、ころ丸を抱き上げて空いているテーブル席へと向かった。
▽
「私は見ての通りなので、皆さんは好きな飲み物を持ってきてください」
「トレーナーさんはコーヒーでいいですか?」
「お気遣いありがとうございます、クリークさん。ホットをお願いします」
「分かりました」
宮武部は何故か動物に好かれる。
今もころ丸が膝の上に鎮座して甘えているが、他にもジャーマンシェパード、コーギー・カーディガン、ダルメシアン、ゴールデンレトリバーが彼の周りに集まっているのだ。
コーギーとダルメシアンはオーナー夫妻がもともと飼っていた犬で、他の犬たちはカフェで働いている店員たちの飼い犬。総勢で17匹の犬がここのカフェに在席しているのだ。
店員としても愛犬と共に職場にいられるので嬉しいのだとか。
「トレーナーさんのお飲み物はこちらに置いておきますね」
「ありがとうございます」
ころ丸の両頬をもちもちとこねながらクリークにお礼を言う宮武部。
「それにしても相変わらずここに来るとトレーナーさんはモテモテですね」
「店にいるどの子も一度はトレ公のとこに挨拶しに来るもんなー」
「トレーナーさんは優しい人って雰囲気で分かるから、そういう人は動物から好かるものだし、仕方ないねぇ。あとは隠せぬリーダーの素質かねぇ」
ローレルとヒシアマが苦笑いで話している横でアキュートがそんなことを言えば、みんなも同意するように頷いた。
ウマ娘も本能で優しい人間を見分けることが出来るので、そこは同意するしかない。
トレーニングは鬼のように厳しい宮武部だが、ウマ娘に対する優しさはみんなこれでもかと身に沁みているのだから。
「ころ丸、そろそろ私の膝の上に来てくれてもいいのではないか?」
「?」
「首を傾げるな。いいか、貴様を保護して一時的にだが貴様の母親になったのはこの私だぞ?」
「……ふんっ」
「なっ!?」
ころ丸に短く鼻を鳴らされた上にそっぽを向かれたエアグルーヴは、ショックを受けて固まってしまう。
確かに彼女は一番に保護したし、里親が見つかるまでの間は世話をした。
しかし彼女も学生。昼間は座学もあるし、それが終われば生徒会の仕事やトレーニングが待っている。
なので保護したのはエアグルーヴでも、面倒を見た時間は圧倒的に宮武部の方が多いし、犬の本能で群れ(チーム)のリーダーは宮武部であるとされているので、ころ丸にとっては宮武部の方が序列は上なのだ。
「ほらほら、ころ丸。そんな冷たい態度ではエアグルーヴさんが悲しんでしまいますよ? 行っておあげなさい」
尻尾の付け根辺りを軽く叩きながら宮武部が注意をすれば、ころ丸は渋々といった感じだがちゃんとエアグルーヴの足元に行く。
そうすればエアグルーヴはすぐに気を良くしてころ丸を抱え、お腹に顔を埋めて犬吸いをし始めた。ころ丸としてはこれが苦手だから避けている節があるのだが……彼女は知らない。
「エアグルーヴ君は相変わらずだな」
「そういうハヤヒデもあたしから見りゃ相変わらずだがねぇ」
「どういう意味かな、イナリさん?」
「そりゃあベティちゃんが隣に並んでるからよ」
イナリがそう言って顎をしゃくるので、ハヤヒデが隣を見ればサモエドのベティちゃん(5才雌)が座っていたので彼女の頭を優しく撫でる。
「ベティが私の隣にいることのどこが相変わらずなんだ?」
「いやぁ、ベティちゃんがいると必ずハヤヒデの隣を陣取るからよぉ……仲間認定されてんじゃねぇかと思ってな」
「ハヤヒデちゃんの髪の毛がベティちゃんの毛並みと同じでもふもふしてますものねー♪」
「……トリートメントは欠かさずしている」
イナリとクリークの言葉にハヤヒデは苦笑いを浮かべつつ、キャラメルマキアートを口に含んで誤魔化した。実のところハヤヒデもベティに親近感が湧いているし、何ならベティの方が毛並はキレイで羨ましいとすら思っている。
「にしても当たり前だが犬を抱っこすると温かいね〜」
「ですねー。それにみんな毎日お風呂に入れてもらってるのか、毛並みがさらさらのふわふわのもこもこで……」
「そういえばオペラオーちゃんに聞いたけど、アヤベちゃんもたまにここに来るみたいだねぇ」
「ああ、それは私も何度か聞いたことがあるよ。それにほら、あそこにいる」
ハヤヒデが目配せすれば、本当にアドマイヤベガが一人でカフェの端っこの席にいる。
両サイドにいるラフコリーとボーダーコリーのもふもふの尻尾や耳を堪能しているようで、こちらには全く気付いていない。
なのでヒシアマ、ローレル、アキュートは敢えて声はかけないようにした。
「エアグルーヴちゃん、ころ丸ちゃんが嫌そうにしてますよ?」
「はっ……すまない、ころ丸」
「ふんっ」
「ああ……ころ丸ぅ……」
クリークに指摘されてやっと我に返ったエアグルーヴだが、今度こそころ丸はエアグルーヴの膝の上から降りて大好きな宮武部の足元に戻ってしまった。
しかしすぐに人懐っこいゴールデンレトリバーが空いたエアグルーヴの膝上に彼女を慰めるように顎を乗せたので、エアグルーヴは代わりにその子の頭を撫でる。
「わふっわふっ」
「ああ、はいはい、ころ丸。よしよし。本当にころ丸は嫉妬深いですね。そんなにお尻を押し付けなくても撫でますよ」
一方で宮武部はころ丸にせがまれてまたころ丸を撫でていた。
しかしころ丸を撫でれば、彼の周りにいる犬たちも『自分も撫でて』と吠えはしなくてもお腹を見せたり、目で訴えたりとあの手この手でおねだりするので、宮武部は千手観音菩薩並みに手早く順番に撫でていく。
「ダンナは動物に好かれ過ぎだろ……あはは」
「ワンちゃんたちだけ、ではありませんけれどねー♪」
クリークが意味深なことを言えば、笑っていたイナリも、少々落ち込んでいたエアグルーヴも、他のみんなも『(まあ、一番彼を愛しているなは私(アタシ)(あたし)だけど)』とついつい正妻面を晒した。
「あの……どなたか何匹か引き取ってくれませんか? 流石に腕が限界なんですが……」
宮武部がみんなに助けを求めればみんなは笑顔で頷き、自分たちも彼の周りに集まって犬たちと戯れる。
「よぉーし、外でボール投げてやるから遊びたい奴はついてきな!」
「なんならヒシアマ姐さんと綱引きでタイマンしてやったっていいんだよ!」
血気盛んなイナリとヒシアマが犬たちに言えば、犬たちは『遊んでくれる!』と目を輝かせて二人の背中を追った。
一方で、
「はぁい、よしよし〜♪」
「ベティ、私が直々に櫛で毛並みを整えてあげよう」
「いい子いい子〜♪」
「こらこら、そんなに顔を舐めるな……くすぐったいだろ」
「食パンみたいで可愛いねぇ〜♪」
クリークたちは1匹ずつ犬を宮武部から預かって交流を楽しんでいる。
こうして犬たちと目一杯戯れ、チーム『百花繚乱』はリフレッシュするのだった。
読んで頂き本当にありがとうございました!