三が日が過ぎても世間はまだまだお正月ムード一色。
しかし宮武部が率いるチーム『百花繚乱』は既にトレーニングを開始している。
チームの全員がドリームシリーズに進んでいるにしても、未だ『百花繚乱』は誰一人としてドリームシリーズの優勝トロフィーと優勝レイを手にしていない。毎度毎度シーズン中は優勝候補としてメンバーの名はあがるものの、やはりドリームシリーズという魔境とも言える猛者揃いの中には、嫌でも上には上がいるのだということをその身を持って思い知らされるのだ。
リーダーのイナリを始め、チーム全員が愛する宮武部に優勝トロフィーと優勝レイをプレゼントしたいという気持ちが強い。
昨年はイナリがダートの中距離部門で決勝まで進んだが、スマートファルコンの背を見つめるしかなかった。
スタート直後の位置取り争い、レース運び、仕掛けるタイミング……それは宮武部から見ても理想的だった。
しかしそれをも無効化させるほどのスピードで逃げ切られ、イナリは掲示板を眺めながら、ただただ悔し涙を流すしかなかった……そんな昨シーズン。
故にイナリは当然のことだが、チームの誰もがドリームシリーズの優勝を欲している。
そして何より優勝するには努力をしなくてはならない。努力なくして優勝することは不可能なのだから。
宮武部もそんな彼女たちの並々ならぬやる気を削ぐことはせず、新年二日目から早速今年のトレーニングメニューの考案し、この日に合わせて調整してきた。
彼もまたイナリたちと同様、勝ちを欲している。
それは父の悲願であり、URA発足から宮武部家の目標でもあるから。
しかし家の目標とは別に、彼としてはただただ負けず嫌いということもある。
負け続けて楽しいなんて到底思えない。やるからには勝ちたい……だからチーム『百花繚乱』は一致団結して優勝に向け他のチームたちよりも早くから始動しているのだ。勝ちたいのなら、他よりも早くから始めないと意味がないから。
「ふむふむ……いいですね。一本目から今までのタイムが最後にトレーニングをした時と比べて、落ちていないのは素晴らしいことです」
肩で息をするメンバーを前に宮武部は珍しく満面の笑みを浮かべて静かにそう述べる。
昨年のウィンタードリームトロフィーが終わってからはケア期間に入り、すぐに迎えた年末年始でトレーニングを休み、1週間以上もトレーニングから離れていた。
それ自体は宮武部も必要なことだと割り切っている。寧ろウマ娘のデリケートな脚を休養も与えないまま酷使し続ければ、どうなるかなんて素人でも分かり切っているのだから。
なので宮武部としては今回のトレーニングでのタイムが下回ることを想定していた。
しかし彼女たちがこれまでと同じタイムを叩き出したのだから、嬉しく感じるのも当然なのである。ある一つのことを除いて。
「皆さん、良くやりました。では今日はここまでにしましょう。風邪を引かぬよう、シャワーで汗を流し、その後はしっかりと髪と尻尾も乾かすように」
『はい!』
宮武部に褒められ、眩い笑顔を浮かべるイナリたちは彼の言葉に張りのある返事をしてシャワールームへと走って行った。
◇
「ではでは、皆さん……懺悔のお時間ですよ」
場所はトレーナー室。
宮武部は全員をいつものソファーに座らせ、黒い笑顔を浮かべながら皆の顔を見渡して言う。
対してイナリたちはバツが悪そうに目を逸らしたり、俯いたりしていた。
宮武部が言う懺悔とは、オフ期間中にどう過ごしたかということである。
トレーナーの勘……または天性の感覚というものか、宮武部から見れば今回のタイムをおかしく感じているのだ。
どんなアスリートでも、トレーニングを1週間以上休めばその成績は落ちているもの。そこからトレーニングを経て、本番に向けて最高のパフォーマンスが出来る状態に仕上げていくのだ。
なのにイナリたちはそうではなかった。ということは理由は一つ。休日中もいつもの通りに走り込んでいたということ。
「皆さんの取り組む姿勢は素晴らしいの一言。それはトレーナーとして誇らしいです」
が……と宮武部は静かに続ける。
「体を……皆さんの場合は脚を休めないと怪我に繋がります。アスリートウマ娘にとって脚の怪我は常に隣り合わせであることは、皆さんが一番良くご存知のはずでしょう。故に休めと私が指示を出し、それを実行しなかったことには大変遺憾なことなのです」
ですので、どうしてそんな愚行に至ったのかの説明として懺悔という形でお聞きかせください。と付け加えて宮武部はデスクの椅子に座った。
それを聞き、皆は一様に彼の視線から逃げるようにより顔を伏せる。
彼からの指示は休むことだった。しかし彼への恩返しを優先して、日々のトレーニングと同じ量のトレーニングを実家でもしてしまった。体が鈍らない程度や軽い遊び程度ならば宮武部もこんなに不快感を示さない。しかし自分たちは追い込む勢いで時間を過ごしてしまった。
それは偏に愛する彼へ最高の栄誉を与えたいからだ。
宮武部家はアスリートウマ娘のトレーナーを代々輩出しているが、宮武部の父親はトレーナーではなく、ウマ娘の蹄鉄事業で成功を収めた蹄鉄産業の第一人者であるが、曽祖父はそんな孫(父親)を最後まで認めなかった。
祖父(父親の父)に至っては時代や季節が移り変わるのと同じように、息子が違う職業がやりたいと思えばそれを応援するつもりで育て、曽祖父からも庇って間に入っていた。代々トレーナーを輩出している家系だとしても、トレーナー業を息子に強制することは、その子が持つ無限の可能性を台無しにすることだと考えていたから。
そんな時に息子夫婦の間に長男が産まれ、その曾孫がウマ娘のトレーナーになりたいと志したのだから、それはもう曽祖父は曾孫を可愛がり、自身の培ってきたノウハウを叩き込んだ。
故に宮武部は曽祖父からとても期待されていたし、曽祖父は『ドリームシリーズを制覇してほしい』と宮武部に告げてこの世を去った。
まだまだ健在の祖父はもちろん、父親も宮武部に期待はしているが、太正がベストを尽くし、悔いなくトレーナー業をしてくれればそれでいいと常に思い、都度そう告げている。
問題は家族ではなく、外野だ。
やれ『名家の夢、また叶わず』だったり、『旅路はまだまだ終わらない』などと大袈裟な見出しをつけて言う。
マスメディアや一部のファンからすればドリームシリーズの優勝候補が本当に優勝するストーリーを見たいし、歴史に名を刻む瞬間の目撃者になりたい。
だから煽りとも取れるような文言を使うのだ。
宮武部自身、そのことはまったく気にしていない。
実際に走るのは自分の教え子で、その子たちを指導するのは自分で、外野は外野でしかなく、話の種にしているだけだと思っているから。
しかしイナリたちはそこまで割り切れない。
頭では分かっていても、負けるのは悔しいし、何よりも走った自分たちより宮武部に対して『トレーナーとしての手腕が足りていないのでは?』なんて専門家でもないのに指摘されると心が乱される。それが例え専門家であっても。
だからこそ走り込んでしまった。
今年こそは彼へ優勝レイやトロフィーを贈りたい、その一心で。
「本当にすまねぇ、ダンナ。でも分かってほしいんだ。あたしらは、悔しくて悔しくて……今年こそは負けねぇって躍起になっちまってたんだよ……」
チームを代表してイナリがそう告げて頭を垂れれば、他のみんなも声を揃えて宮武部に己の愚行を謝罪する。
確かに勝ちたい一心で休むべき時に休まないのは愚行でしかない。そうした結果、怪我なんてしてしまえば走ることさえ出来なくなってしまうのだから。
「新年早々、勘弁してくださいよ。三が日が終わったにしても、皆を叱りたくないのですから」
みんなからそんな返答を受けてしまえば、宮武部もこれ以上は強く言えない。
アスリートウマ娘として勝ちたいと思うのは当たり前だ。彼女たちは社会的に学生ではあるが、それと同時にプロのアスリート。勝負の世界に身を置いている以上、勝つためにはトレーニングをしないと話にならないのだから。
トレセン学園の生徒の中にも『トレセン学園に入学出来て、数カ月だけでも通えただけ満足』、『勝てなくても平凡にやれればそれでいい』なんて考えのウマ娘もいるにはいる。
しかし宮武部からすればそんなプロ意識の低い子はトレセン学園に必要ない。
何故なら周りが努力する中で、自分だけが努力を怠れば、すぐさま平凡以下になる。そうなればその子が言う、平凡からは外れることになる。寧ろ努力もせずに毎度レースで一着は無理でも四着から六着をキープ出来るなら、桁外れの才能を持て余している証拠だ。
平凡に……と思うのは勝手だが、アスリートウマ娘である以上、それ相応に努力をしないといけない。それがレースの世界であり、そんな世界で輝くウマ娘だからこそ、多くのファンに夢や感動を与えられるのだ。
「努力の方向性を間違えてはいけません。今回は今年初ということも加味して、明日から三日間完全休養をするということで手を打ちましょう」
静かに宮武部が告げれば、イナリたちは異論なく頷く。これ以上彼に失望されたくないから。
「それでは早速、休養として私の家へ行きましょう。お年頃の女の子にする言い方としてはアレですが、肥えてもらいます」
「肥えるたぁ、どういうことでい?」
「つまりは美味しい物を食べて寝転がって、何もしないということです」
イナリの質問に宮武部がそう返せば、みんなは揃って『えぇっ!?』と驚きの声をあげる。
宮武部の口からそんな堂々と自己管理放棄が飛び出すとは誰も予想出来なかったからだ。
「まあまあ落ち着いてください。肥えるとは言っても、ほんの少しです。1キロ2キロ程度のお話ですよ。皆さんは若いですからそんなの誤差の範囲ですし、体が重くなった方が、軽くなった時の新鮮さが良く分かりますよ」
にこやかに笑って説明する宮武部。そのほんのちょっと悪戯心が見え隠れしているところがとても彼らしくて、イナリたちは妙な安心感を貰えた。
◇
そして宮武部に連れられて、イナリたちは彼のマンションへお邪魔する。
すぐにルームサービスが届き、まるで宴会みたいに料理がテーブルにひしめき合い、
「ダンナ、いなり寿司おかわり!」
「私はクリームシチューのおかわりがほしいです」
「バナナクレープのおかわりをいただいてもいいだろうか?」
「トレ公、そこのフライドチキン取っておくれよ!」
「トレーナーさん、ニンジンサラダおかわり!」
「グラタンのおかわりをいただこうか」
「ご飯のおかわりをいただこうかねぇ……豚の角煮が美味しくて、ご飯が進むのよぉ」
みんなは宮武部が望む通り、好きな物を好きなだけ食べて少し遅い正月休みを過ごすのだった。
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