ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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百花繚乱の5月

 

 世間はすっかりゴールデンウィーク。

 そんな中でチーム『百花繚乱』は休日返上でトレーニングを行っている。

 しかしまる一日トレーニングではなく、朝から昼間までで、それからは自由時間。

 

 よって―――

 

「んぁ〜……トレーニングして昼飯食って、昼寝と洒落込みてぇのに、なんだって宿題なんかしなくちゃならねぇんでぇい。こんちくしょう」

 

 ―――午後は午後で学園から課された宿題をやらせていた。

 イナリは不満たらたらだが、優等生揃いである他メンバーは寮でも宿題を消化して既に出された問題集は終わっているので、今は連休明けにあるテストに向けて復習の時間にあてている。

 しかし決してイナリが不真面目と言うわけではない。彼女の場合はよく言えば面倒見が良く、悪く言えばお人好し。故に同室であるツインターボの宿題を手伝ったりしていて、自分の宿題は後回しになってしまっているのだ。

 

「少しはハヤヒデさんやローレルさんを見倣ったらどうです? 貴女と同じく、お二人共も同室の子たちを指導しながら、ご自身のノルマをこなしていますよ?」

 

 項垂れながらのイナリのぼやきに、宮武部が良い例をあげてイナリに正論をぶつける。傍から見れば手厳しい指摘だが、宮武部からすれば決して名前をあげた二人にイナリが劣らないからこその発言だ。

 

「ダンナ〜」

「いいお顔ですよ、イナリさん」

「悪趣味め」

「愛のムチです」

 

 イナリがああ言えば、宮武部こう言う。寧ろ口で彼に勝つことは皆無。なのでイナリは尻を叩かれたような気持ちで、上半身を起こし、問題集に向き合った。

 

「分からないところがあれば私が教えますから、遠慮なく質問してくださいね、イナリちゃん」

「私も可能な範囲であれば教えますよ、イナリさん」

 

 クリークとハヤヒデが助け舟を出せば、イナリは「ありがとよ」と返しつつも解けない訳ではないので黙々とシャーペンを走らせる。

 

「そういえば、エアグルーヴの戻りが遅いね……」

 

 イナリが本格的に問題集を進め出したところで、ヒシアマがふと花壇へ向かったエアグルーヴのことを口にした。

 

「剪定でもしてるんじゃないかしらねぇ? 確かガーデンマムがあったものねぇ」

「摘心って言うんだっけ?」

 

 アキュートの言葉にローレルが訊ねると、彼女は「そうだよぉ」とにこやかに返す。

 

「ガーデンマムは自然にま〜るく育ってくれるけど、この時期に摘心をすると形も調節出来るし、枝も増えるから、秋にい〜っぱい花を咲かせてくれるのよぉ」

「わぁ、そうなんだ! じゃあ秋が楽しみだね!」

 

 今から秋が待ち遠しい、とローレルが軽く手を合わせて言った。

 ローレルだけでなく、他のメンバーもエアグルーヴが育てる花はいつの季節も色鮮やかに楽しませてくれるので楽しみにしている。

 

「すまない、遅くなった」

 

 噂をすればなんとやら。エアグルーヴが花壇から戻ってきた。

 普段と何ら変わりなく見えるが、

 

「エアグルーヴさん、少々こちらへ」

 

 宮武部は何かを察してエアグルーヴを側へ呼ぶ。

 いつもの彼女ならば「何故だ?」と訊き返すところだが、彼女はすんなりと宮武部のもとへ歩み寄った。

 

「少々失礼しますね」

 

 そう言うと宮武部はエアグルーヴの目を右手で覆い、彼女の右手を左手で握る。

 

「私の声に集中してください」

「……ああ」

「深く息を吸って」

「すぅ…………」

「吐いて」

「はぁ…………」

 

 宮武部はエアグルーヴに深呼吸をさせた。ゆっくりゆっくりと。

 

「はい、大変結構です」

 

 5回ほど繰り返させ、彼女から両手を離してにこやかに宮武部が言えば、エアグルーヴは先程とは変わって心からの笑みを見せて「世話をかけた」と返してくる。

 

 これは宮武部がみんなによく使うリラックス方法。

 目を手で覆うことによって人肌の温もりを与えつつ、深呼吸させることでリラックスさせるのだ。

 

「暖かくなって昆虫たちも活発になってきてますからね。見たところ刺されたり噛まれたりといった感じではありませんが、気をつけてお世話してくださいね」

「ああ……チョウやアリならばまだ問題ないんだがな……あとテントウムシ」

 

 エアグルーヴは大の虫嫌い。しかし花の世話というのは虫が付き物で、毎回虫に怯えつつも花の世話をしているのだ。

 

「奴らがいることで花の受粉を助けたり、自然のサイクルに必要なのは重々承知している……しかし苦手な物は苦手でな」

 

 ふぅ……と小さく息を吐き、自身の席に移動するエアグルーヴ。

 そんなエアグルーヴの心境を察して、隣に座るアキュートは彼女の背中をトントントンと優しく撫で、クリークは温かい緑茶を淹れてあげた。

 

「今日は何がいたんだい? 時期的にハチかい?」

「分からん……しかし妙に大きくて羽音も大きくて……うぅっ」

「ああ、悪い悪い。無理に思い出さなくてもいいから」

 

 日々色んな虫に悪戦苦闘するエアグルーヴに対する質問を投げたヒシアマは、彼女の鳥肌が立つ様子を見て慌てて謝る。

 

「しかしハチではない大きくて羽音も大きな虫……気になるな」

「確かに少し気になりますね……危ない虫さんかもしれませんし、注意するためにも調べておいた方がいいかもしれません」

「もし刺されたり噛まれたりしたら大変ですもんね」

 

 好奇心で気になるハヤヒデとは別にクリークとローレルは何かあった時のために知りたい様子。

 しかしその虫に怯えているエアグルーヴにこれ以上その虫の特徴を尋ねるのは酷な話なので、どうやって調べたものかと悩んだ。

 

「その虫は概ね、オオスカシバという虫でしょうね」

 

 宮武部の言葉にみんなは『オオスカシバ?』と首を傾げる。

 

「聞き馴染みのない名前かもしれませんが、北海道を除く多くの地域で見られる在来の昆虫ですよ。ホシホウジャクの仲間でたまに混同されている方もいますね。見分け方は色と翅の形状です。ホシホウジャクは全体的にこげ茶色ですが、後翅のみ黄褐色で、飛んでいるとよく目立ちます。翅を閉じて静止すると、茶色のグラデーションが鮮やかに見えますね。一方でオオスカシバは体の背中側は黄緑色で、腹側は白。腹部の中ほどに赤い横帯模様があり、その前後に黒い帯模様もあります。また、腹部先端の左右には黒い毛の束があるので見分けやすいですよ。翅もオオスカシバは透明ですし」

 

 事細かに説明してくれる宮武部にみんなは『なるほど』と頷いているが、エアグルーヴはもう聞くのも嫌で両耳を両手で塞いで聞かないようにしていた。

 

「エアグルーヴさん」

「……なんだ?」

「花壇に確かツツジの花が咲いてますよね?」

「……ああ、そうだが……それが何かあるのか?」

「ツツジの蜜はオオスカシバの好物です」

 

 それを聞くとエアグルーヴは「そうか……そうか……つまりそういうことなんだな」とぶつぶつと独り言をつぶやく。

 

「はい。つまりはまた蜜を吸いにやって来ますね」

 

 容赦なく宮武部が現実を突き付けると、エアグルーヴは白目をむいて机の上に突っ伏してしまった。

 その隣でアキュートはそんな彼女の目が乾かないようにまぶたをそっと閉じてあげた。

 

「ダンナも意地悪な男だねぇ」

「エアグルーヴさんの反応はとても良いので」

 

 悪戯っ子の笑みを浮かべる宮武部にみんなは苦笑いだが、クリークだけは『かわいい♡』と胸がキュンキュンしている。

 

「今検索してみたが、クチナシもオオスカシバの好物のようだな」

「そうですね。主に幼虫がクチナシの葉を好んで食べますが、蜜も吸いに来ますね」

「……確か先月、鉢植えで買ってきたクチナシを花壇に植えてなかったかい?」

 

 ハヤヒデと宮武部の話を聞いてヒシアマが思い出したかのように言えば、みんなも『あ……』と先月のことを思い出した。

 そう、エアグルーヴの受難はまだ序章に過ぎず、寧ろ序章すらも始まっていないかもしれない……と。

 しかしガーデニングあるあるなので割り切る他ないことだ。

 

「人を刺すこともなく、寧ろ穏やかで人を避けない個体もいるとある……エアグルーヴ君には大変な時期になりそうだな」

「でもエアグルーヴだってそういうの承知で育ててるんだろ? 平気じゃないにしても放棄するようなヤツじゃないし、心配しなくてもいいんじゃないかい?」

 

 心配そうに言うハヤヒデにヒシアマがそんなことを言えば、ハヤヒデも「確かにそうだが……」と返すが、やるせない気持ちは隠せない。

 彼女の性格からして、同じチームのメンバーとしても先輩としても、チームメイトであり後輩が苦労するのは気の毒に思えてどうしても素直に受け入れられないのだ。かと言って虫は自分も苦手なので、助けてやることも出来ない。

 何故ならハヤヒデも好奇心はあるものの、内心ではエアグルーヴからの説明で鳥肌は立っていたし、尻尾の毛も逆立っていたのだから。

 

「まあこれも経験です。花を育てるとは常に虫との闘いですからね。私の実家でも庭に植えてあるクチナシに毎年沢山来ては産卵し、母が眉をひそめることなく成敗してましたし、野鳥が時期になると集まって来ていましたよ。私なんかは気にしないので母や鳥に見つからないように奥の枝へ逃してましたが……」

 

 その頃のことを懐かしみながら話す宮武部に、みんなは『虫には優しいんだ……』とついつい思ってしまう。それだけ普段はサディストだから。

 

「まあ何もしなけりゃ勝手にどっか行くんだしいいじゃねぇか」

 

 イナリが励ますように言いながらエアグルーヴの背中を叩けば、気がついたエアグルーヴは「はい……」と力はないが返事をする。

 

「エアグルーヴさん」

「……まだ何かあるのか?」

 

 宮武部が何を言うのか身構えるエアグルーヴだが、

 

「手隙であれば、あちらのトロフィー棚の掃除をお願いしてもいいですか?」

「任せておけ!」

 

 掃除のお願いだったので即座に行動を開始した。エアグルーヴにとって掃除はストレス解消になるので、こういう時のために宮武部は敢えて掃除せずに残しておくのだ。

 因みにトロフィー棚とはこれまでイナリたちが勝ち取ったGⅠのトロフィーを飾ってあるガラス棚のことで、一人につき一つずつ置いてある。また優勝レイは本人たちが保管し、実家に送っていたりする。

 

「さて、イナリさんノルマは終わりましたか?」

「あと少しで終わるぜ〜」

「ではエアグルーヴさんの掃除が終わるまでに終わらせてください。終わればみんなで犬カフェに行きましょう」

「お、ご褒美があるとやる気が湧くぜ! 待ってろよ!」

 

 こうしてイナリはやる気満々でペンを走らせ、他のメンバーは復習を進め、鼻歌交じりで掃除をするエアグルーヴが終わるのを待つのだった。




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