蒸し暑い日が増え、雨の日も多く、夏が近いことを教えてくれる6月。
サマードリームシリーズでは全員が決勝へ進出し、ドリームシリーズで悲願の初優勝を目指し日々トレーニングに励んでいる。
励んではいるがアスリートウマ娘はそれ以外でも多忙だ。
特にGⅠ勝利を果たしたような名バとなれば尚更で―――
「次はこちらに目線をくださーい!」
「いいよーいいよー!」
「うん、かわいい! 次はウインクで!」
―――このようにブロマイド撮影をするくらいに。
本日、チーム『百花繚乱』は今絶賛発売中であるウマ娘ニンジンチップスのおまけであるブロマイドの新バージョンを撮影中。
ウマ娘ニンジンチップスはその名の通り、ウマ娘と製菓会社のコラボ商品である。味はうす塩、コンソメ、のり塩の3種類で、春にその年の第1段と秋にその年の第2段が発売されるのだ。またうす塩はクラシック路線、コンソメはティアラ路線、のり塩はダート路線とおまけのブロマイドが分けられている。
基本的にどのブロマイドもレース中もしくはゴール後の写真が使われるが、今撮影しているのはシークレットブロマイドの撮影。
シークレットはファンなら喉から手が出るほどのお宝で、マニアなら高額でも手に入れる人もいる。ネットオークションでの過去最高額は2万100円を記録し、それはメジロラモーヌと河部トレーナーがウェディングドレスとタキシードで写っている物。また当てた人からのリークにより、そのシークレット欲しさに過去最高販売数も更新した。(このブロマイドはメジロラモーヌの強い要望で撮影されたそう)
ということで、この撮影で使われるブロマイドは第2段のシークレット版である。
因みに会社側はカードが折れていたりする場合には無償で交換してくれるため、綺麗な状態で手に入れることが可能。
今回のシークレットはチーム『百花繚乱』で勝負服での勝利ポーズとサインが印刷され、裏にはその子の蹄鉄の型が浮き彫り加工されてブロマイド化される。上級者になると数枚手に入れて表と裏で飾りつつ、残りは大切に保管するのだとか。
「…………眩し過ぎる」
みんなが撮影を進めている中、写真撮影のフラッシュライトが苦手なエアグルーヴはどうしても眉間にシワが寄ってしまい、今は撮影スタジオの外にあるベンチで休憩中。
「すみません、エアグルーヴさん」
そんな彼女の隣に座る宮武部が彼女のケアをしている。
「トレーナーが謝ることではない。私自身の問題だ」
「フラッシュライトを焚かない代わりにライトアップを提案したのですが、どうも裏目に出てしまったようだったので……」
「お菓子のおまけとは言え、女帝として恥ずかしい姿をファンに見せられないからな。あれくらいの明るさ耐えて見せなくては女帝の二つ名が泣く」
「いつも言っていますが、そこまで背負い込む必要はありません。要所要所で私に寄りかかってください。そのためのトレーナーなのですから」
眉間のシワが取れるよう、宮武部はエアグルーヴにマッサージをしながら優しく諭せば、自他共に厳しいエアグルーヴも「十分寄りかかっているさ」と返した。
「エアグルーヴちゃん、大丈夫そうですか?」
「みんな終わって、あとはエアグルーヴだけだよ」
そこへ撮影を終えたメンバーがスタジオから出て来て、声をかける。優しく気遣うクリークに対し、ヒシアマの言葉は今のエアグルーヴには少々プレッシャーに感じ、すかさずローレルが「そんな言い方したらダメだよ」と注意した。
「いいんだ、ローレル。私だけ終わっていないのは事実なのだからな」
「そうしょげるなって、エアグルーヴよ!」
「そうだ、エアグルーヴ君。人には誰しも苦手なことはある物だ。私の妹だってあれだけ野菜を拒んでいるだろう?」
「そうだよぉ。仕方ない、仕方ない。ゆっくりやろうねぇ」
「ありがとうございます」
イナリ、ハヤヒデ、アキュートがそれぞれ優しく励ましの言葉をかければ、弱々しいが笑顔で返すエアグルーヴ。
一方で宮武部はみんなにエアグルーヴを任せて、撮影スタジオへ入っていった。
▽
「エアグルーヴさん、解決策がありましたよ」
暫くして宮武部が戻ってそんなことを言えば、エアグルーヴだけでなくメンバーも『どういうこと?』と首を傾げる。
そんな一同に対して彼は「来れば分かりますよ」と微笑んで手招きした。
「ではお願いします」
宮武部がスタッフたちに一礼し、それに倣ってエアグルーヴも「よろしくお願いします」と頭を下げ、カメラの前に立った。
エアグルーヴは『しっかりと目を開けろ……ほんの数分我慢すればいい』と言い聞かせ、閉じていたまぶたを開ける。
すると―――
「…………?」
―――眩しさをまったく感じなかった。
何故なら照明が一つだけになっていたから。
当初は右中左と三方向から当てられていたのに、今は左真横から照らしている。
これならばエアグルーヴも眉間にシワを寄せるほどの眩しさは感じない。
「このまま撮影されてください。あとはスタッフさんが加工してくれますから」
「…………なあ、トレーナー、一ついいだろうか?」
「なんでしょうか?」
「最初からこの方法があったのではないか?」
「はい、ありました」
「……たわけ」
「そういえば、と思い出したのがつい先程でして」
テヘペロといった具合に宮武部が舌を出して見せれば、エアグルーヴは『愚かわいい』と不覚にも胸がキュンとする。愚かわいいとは愚かなのにかわいいという意味。
そもそもこうした宮武部が見せる悪戯っ子なところもエアグルーヴは大好きなので、許せてしまうのだ。
「ファイトです、エアグルーヴさん」
「もう貴様は喋るな」
こうして無事に撮影は終わり、宮武部は報復としてソロでブロマイドを撮影され、メンバーにのみ加工もなしでブロマイドがその場で手渡されたそう。
―――――――――
6月の終わりを目前にし、微かではあるがセミの鳴き声が聞こえてくる今日この頃。
午後になり座学の終わりを告げるチャイムが鳴る中、宮武部は黙々とトレーニングの構想を練り、メンバーをより高みへ行けるようにその責務を全うしている。
「…………おや?」
背後の窓から視線を感じて振り向けば、
「………………」
桟に一匹の茶トラの猫がぽつんと佇んでいた。
その猫は成猫で、どちらかといえばずんぐりしていて人に慣れているのか目を合わせても気にすることなく、前脚で顔を洗っている。
「……ああ、なるほど」
開いている窓の外を見ると、ポツポツとだが雨が降り出していた。
「雨宿りですね。そこではなく、どうぞお上がりなさいな」
宮武部の言葉が伝わったのか、猫はストンとトレーナー室へ入室する。
それを見た宮武部は窓を半分だけ閉め、湯呑に水を入れて猫の側へ置くと、また自身のデスクに向き直った。
「にゃ〜ん」
「いえいえ、なんのお構いも出来ませんが」
実際にお礼を言われているのかは分からないが、宮武部がそんな言葉を返すと猫は水をペロペロと飲み、それを見た宮武部は小さく微笑んで資料へ視線を落とす。
ついつい親切心で食べ物を与えたくなってしまうが、野良猫に与えてしまうと居付いてしまう可能性があるので、宮武部はどんなに可愛くてもやらないことにしている。また基本的に人間の食べ物は動物にとっては毒であるということもあるから尚更。
「………………おや?」
水を飲み終えた猫。トレーナー室の隅や適当な場所で気ままに過ごすかと思っていると、宮武部の肩へヒョイと飛び乗って来た。
「本当に人慣れしていますね。まあトレセン学園は優しい子が多いですから、日頃からみんなに良くしてもらっているのかもしれませんね」
実際にトレセン学園は広い上に木々も多いので、野良猫が何匹か住み着いていたり散歩コースとしてやって来たりしている。
生徒たちの中ではそんな猫たちとお昼寝したり、じゃれ合ったりする子もいるので人に慣れていても不思議ではない。
「雨に降られて暖を取りたいのか……はたまた不安定な場所が好きなのか……何にせよお好きに過ごしてください」
それだけ伝えると宮武部はまた資料へ視線をやる。
すると、
「おぉ〜っす、大将! イナリ様が来たぜい!」
「こんにちは〜」
「邪魔するよ、トレーナー君」
「よっ、トレ公!」
「こんにちは、トレーナーさん」
「来たよ〜」
生徒会に向かったエアグルーヴを除くメンバーがトレーナー室に入って来た。
普通の猫ならば驚いて外へ出て行ってしまうだろうが、人慣れしているこの猫は変わらず宮武部の肩に鎮座したまま。
「なんでい、今日は猫が一番乗りか」
「トレーナーさんに懐いていますね」
「美男の肩に乗る猫とは……絵になるな」
「縁側に居そうな感じだね!」
イナリたちはそう言って自分たちの席に座り、
「こんにちは、猫ちゃん」
「こんにちは〜」
ローレルとアキュートは猫にも挨拶して席についた。
「肥満ってほどじゃないけど、まん丸と太ってる子だね。トレ公、重くないか?」
「大丈夫ですよ。ヒシアマさん」
「犬にも好かれるし猫にも好かれるし……なんにでも好かれるトレ公は罪作りだねぇ」
「それほどでも」
ヒシアマの冗談に宮武部も冗談で返せば、ヒシアマは「にひひ」と屈託のない笑みを返す。
「僕〜、トレーナーさんはお仕事中だから、あたしのところに来ようねぇ」
アキュートがそう言って手招きをするも、猫は変わらず宮武部の肩に居座るらしく無視していた。
「ありゃ……」
「アキュートちゃん、トレーナーさんも気にしてなさそうだし、無理に説得しなくてもいいんじゃないかな?」
ローレルがそう言うとアキュートは「そうじゃねぇ」と頷く。
「とりあえず、いつも通りお茶でも飲んでエアグルーヴちゃんを待ちましょう」
「だな。その頃には雨も止んでるだろうよ」
「そうですね。それじゃあ、今お茶を淹れてきまーす」
クリークはそう言うとお茶の準備に入った。
その後はいつも通りにメンバーはエアグルーヴを待ちつつ、猫を眺め、お茶を飲み、まったりとした時間を過ごすと、
「にゃあん」
猫がまるで『ありがとう』と言うように鳴き、宮武部の頬に頭を擦り付けると開いていた窓から外へと出ていった。
「どうやら雨は上がったようですね」
「だなぁ」
「イナリさん、どうしてこんな至近距離に来たんです?」
「まあまあ気にすんなってダンナ! 窓の外を確認するだけだからよ!」
イナリはそう言いつつ、尻尾を軽く彼の腕に当てる。
「おっと、ごめんよダンナ」
「いえいえ、お気になさらず」
宮武部は笑顔で返すが、イナリは内心で『計画通り』とつぶやいた。
実は偶然を装って尻尾をわざと当てて、猫の匂いを上書きしたのである。流石に頬に当てるには無理があるし失礼なので腕に留めたが、それでも十分効果はあるのだ。(ウマ娘的に)
なのでみんなも『よくやった』と目でイナリを褒める。こういう時はいつもリーダーのイナリが上書き担当なのだ。
「戻ったぞ」
そこへエアグルーヴが生徒会の仕事を終えて戻ってきたので、冷めたお茶を飲み切り、みんなで先に部室へ向かい、宮武部は湯呑等を洗って片付けてから向かうのだった。
読んで頂き本当にありがとうございました!