ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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百花繚乱の8月

 

 お盆も過ぎ、トレーニング合宿から戻ってきたチーム『百花繚乱』は本日からのトレーニングは軽めにしつつ、夏休みの課題消化の時間を設ける。

 合宿中はトレーニングに集中してもらうために宮武部は敢えて課題の持ち込みをさせない。

 そうしないのもそもそもトレーニング合宿を行うウマ娘たちが多いので、出される課題も世間一般の学校とは違って少ないのだ。

 ただ少ないとは言っても各教科一つずつあるため、やはりそこは夏休みあるあるということで課題消化は遅くなる。

 なので敢えてトレーナー室にメンバーを集めてやらせることで、ついついだらけてしまうのを阻止するのだ。それにトレーナー室ならば何かの課題で躓いてもメンバーの誰かに教えてもらえる。

 現に、

 

「なあハヤヒデ、ここの問題はどの公式を使うんだ?」

「イナリさん、これは先程の問題と同じ公式で解ける問題だ」

「そうかい! ありがとよ!」

 

 このように教えてもらいながら課題を進めているのだ。

 

「ふぅ、毎年のことと言え、夏の暑さは厄介だ」

 

 そこへ花壇から戻ってきたエアグルーヴが小言を零しながら黄色のハンカチで汗を拭き、自分の席に座る。

 

「エアグルーヴちゃん、麦茶飲むかい?」

「すまない」

 

 アキュートが冷たい麦茶を渡すと、エアグルーヴはお礼を言って麦茶で喉を潤した。

 

「今日は虫は大丈夫だったかい?」

 

 ヒシアマが意地悪く笑って訊ねると、エアグルーヴは「ああ」とだけ涼しい顔で短く返す。

 何故なら、

 

「防護服のお陰で虫への恐怖はかなり減ったからな」

 

 こういう理由があるから。

 とうとう今年からハチ用の防護服を導入し、恐怖心から脱却したのだ。かと言ってハチ用の防護服は刺されにくいだけで、刺されたら貫通してしまう可能性はあるため、ハチがいたら刺激しないことが大切。

 

「こんな暑い中であんなもん着てたら熱中症になっちまうよ」

「水分補給はしている。それに冷却ファンが付いているからヒシアマが思っているよりは涼しいぞ」

「にしたって暑いもんは暑いだろう。難儀なもんだねぇ、アンタも」

「背に腹は代えられないからな」

 

 そう返して苦笑いを浮かべるエアグルーヴだが、防護服のお陰もあって表情は明るい。防護服を導入するまで花壇から帰る度に死んだような目をしていたのが、導入したことで著しく減った。

 

「エアグルーヴちゃんの虫嫌いは筋金入りだもんね」

「テントウムシ以外は好きになれる気がせん」

 

 ローレルの言葉にエアグルーヴはそう言うと、ローレルは思わず苦笑いを浮かべる。

 

「マベちゃんなんてよく捕まえてきたカブトムシ見せてくれるよ? カワカミちゃんが捕まえたカブトムシと美浦寮のリビングでお相撲させて遊んでることもあるし」

「栗東でやらなければなんでもいい」

「見てると結構楽しいよ?」

「好き好んで見るはずないだろう、たわけが」

 

 エアグルーヴの一喝にローレルは「残念」と舌を出してお茶目に笑った。

 栗東寮で特に禁止にはしていないが、寮長であるフジキセキがエアグルーヴや虫嫌いの子たちのためにやんわりと『目につかない場所でやってね』と注意したことがあるので、マーベラスサンデーとカワカミプリンセスは美浦寮でカブトムシ相撲をやっているのだ。何故なら寮長であるヒシアマは『好きにやりな!』と、寧ろカブトムシたちのタイマン勝負観戦を楽しんでいる側で、虫が苦手な子も遠巻きに見ていたりするから。

 

「何にしても虫に怯えずに済むのなら暑いくらいどうということはない」

 

 エアグルーヴはそう言って麦茶を飲み干す。

 そして彼女がコップをテーブルに置いたと同時に、

 

「お留守番ありがとうございました。只今戻りました」

 

 宮武部が戻ってきた。彼は近くのコンビニまで行っていたのだ。

 

「おやつの時間にしましょう。アイスクリームを買ってきましたので」

 

 笑顔で提げていたエコバッグを見せると、みんなは目を輝かせる。

 

「イナリさんはモナカのですね」

「ありがとよ!」

 

「クリークさんはカップのチョコレート」

「ありがとうございます」

 

「ハヤヒデさんにはカップのチョコバナナ味を買ってきました」

「おぉ、こんな物が……感謝するよ、トレーナー君」

 

「ヒシアマさんは大きなコーンのやつです」

「ジャイアントなヤツか! ありがとな、トレ公!」

 

「ローレルさんはこのイチゴのかき氷アイスを」

「わぁ、嬉しいなぁ♪」

 

「エアグルーヴさんにはミルクティー味のカップアイスクリームにしました」

「美味しそうだ。ありがとう、トレーナー」

 

「最後にアキュートさんは小豆のアイスですね」

「ありがとうねぇ」

 

 各自にアイスを配り終え、宮武部がデスクについたところでみんなそれぞれの封を開けた。コンビニからトレーナー室へ着くまでに程よく溶けて食べ頃。

 

「かぁー、ウマい!」

「美味しいですねぇ」

「バナナの味は勿論、香りも十分……今度からコンビニで見つけた時はこれをマストとしておこう」

「食いごたえがあっていい!」

「冷たくて美味しい〜」

「これは美味しいな……今度ファインにも食べさせてやろう」

「冷たくて甘くて幸せじゃ〜♪」

 

 アイスを頬張って表情が緩むイナリたちを見て、宮武部はその年相応の反応を微笑ましく眺める。

 

「ダンナもいつものかい?」

「はい。いつも通り大福のやつです」

「相変わらず好きだなぁ」

「この時期は期間限定の味も出ていますが、やはり結局のところスタンダードが一番ですよ」

「まあ確かにそうだな。ニンジンチップスも色んな味があっても結局最後はうす塩味が一番ウマいもんな」

 

 イナリがそう言うと、

 

「いや、一番はコンソメ味だろう?」

「コウマ屋ののり塩だろ!」

「……私はピザのかなー」

 

 ハヤヒデ、ヒシアマ、ローレルの三人が異を唱えた。

 ウマビーとコウマ屋……他にも多くの企業がニンジンチップスを売り出しているが、ニンジンチップスと言えばこの2社の名が有名。

 ただウマ娘と同じでどんな物でもそのそれぞれにファンがいて、それぞれが推す味こそが至高だと考えてしまうのだ。

 

「味付け戦争はやめてくださいね。終わりのない争いほど虚しいものはありませんから」

 

 なので宮武部がしっかり釘を刺す。そうすれば無駄な争いは起きないからだ。

 

「甘い物食ってたらニンジンチップス食いたくなってきやがったな……」

「同感だ。甘い、しょっぱい、甘い……永久機関の出来上がりだ」

 

 イナリとハヤヒデの言葉を聞き、ローレルが「寮に戻る前に買って帰ろう」とつぶやけば、みんなも『自分もそうしよう』と密かに思い、それを読み取った宮武部は『考えることは皆同じですね』と微笑ましく思うのだった。

 

 ―――――――――

 

 ジリジリと体力を蝕むような暑さが続く中、宮武部はイナリたちを連れて浅草へとやってきた。

 今日は小規模だが縁日が開かれるため、夏休み最後の思い出作りとしてイナリに強くお願いされて連れてきた次第。

 小規模とは言っても商店街で企画しているので、店舗も数が多くて目移りするくらいだ。

 

「分かっているとは思いますが、他の方の迷惑にならないようにしてください。お目当ての物があれば必ず私に声をかけてください。もし逸れてしまった場合はその場に留まり、私に電話をください」

 

 宮武部の注意に対してみんなは声を揃えて返事をすると、イナリを先頭に縁日へ繰り出す。

 左右に様々なお店が並んでいるが、一先ずはどんな物があるのかを確認するために一周することにした。

 

「色々とあるなぁ……おっ、団子屋があるな! あれは買いだ!」

 

 早速お目当ての店を見つけたイナリは先程貰った縁日の案内にチェックマークを書き込む。他のメンバーもイナリと同じく気になった店にはマークを付けている。

 

「トレーナーさんは何か気になるお店はあったかい?」

 

 アキュートが後ろにいる宮武部へ訊ねると、

 

「私はこの先にあるリンゴ飴ですかね。小さい頃から大好物なんです」

 

 そんな可愛らしい返事が聞けて思わず胸がキュンとした。

 当然、その言葉はみんなの耳にも届いており、みんなは彼がリンゴ飴を頬張るところを想像するだけで『かわいいが過ぎる』と密かに悶絶。

 なので早くその姿が見たいがために、みんなは目的がお店探しではなくなり、リンゴ飴のお店まで歩を進めた。

 

「着きましたよ、トレーナーさん。私たちも買いたいので、一緒に買いましょう」

「リンゴ飴はここしかやっていないから、今買ってしまった方が時間の節約になるだろう」

 

 クリーク、ハヤヒデの提案に宮武部は「ではお言葉に甘えて」とお店の前に。

 

「らっしゃい、お嬢ちゃん! ウマ娘の姉ちゃんたちと買い物かい? 絵になるからサービスするよ!」

 

 店主は豪快な笑顔でそう言うと、宮武部は否定もせずに全員分のリンゴ飴を購入。

 日頃から女性に……しかも背丈のせいもあって中学生くらいに見られがちなので、もう特に否定することもしないのだ。

 

「ありがとな、お嬢ちゃん。楽しんでってくれよ!」

 

 リンゴ飴を受け取り、宮武部は営業スマイルで会釈して店を離れる。

 すると店から少ししたところでイナリが我慢の限界を迎えて盛大に笑い出した。

 

「相変わらず、ダンナは……くひひ、お嬢ちゃん呼ばわりされるんだな……ひひひひ」

 

 腹を抱え、本気の引き笑いをするイナリにつられて他のメンバーも宮武部に悪いとは思いつつも笑い声が零れてしまう。

 

「私、美人なので」

 

 そこへ宮武部がキリリとした決め顔で追い打ちをかければ、普段は滅多に大笑いしないハヤヒデもエアグルーヴも腹を抱えた。

 

「やめてくれ、トレーナー君……ふっ……ふははっ」

「た、たわけが……くっ、ふふふふっ」

「さぁ、サービスしてもらったイチゴ飴とマスカット飴を食べましょう。私に感謝してくださいね」

「だから、はははっ……その、決め顔を、やめ、ては……くくくくっ、くれないだろうか」

「私、たちの、反応を見て……ふふ……楽しむな、たわけが……!」

 

 凄むエアグルーヴだが笑いが我慢出来ていないせいで寧ろ滑稽に見える。

 

「あははは、トレーナーさんのお顔がとってもおかしいです」

「トレーニングの時より腹筋が鍛えられちまうよ!」

「笑って飴が食べられない……あははは」

「そのお顔は反則だよぉ……ふふふふ」

 

 飴を受け取りつつもどうしても笑いが堪えきれないメンバー。

 そんなメンバーが笑い悶えるのが楽しくて、

 

「食べ物を粗末にしてはいけませんよ」

 

 宮武部は色んな角度から決め顔を見せ、最終的にイナリに軽くど突かれるまでそれは続くのだった。




読んで頂き本当にありがとうございました!
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