ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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百花繚乱の9月

 

 秋のGⅠ戦線が幕を開ける9月。

 その前にトレセン学園では秋の大運動会が開催される。

 当然生徒たちのための催しだが、余興としてトレーナーたちだけで参加する種目競技と地獄の尊厳破壊である『特別オープン・1500m・トレーナーズラン』もあるため、トレーナー陣はみんな戦々恐々としていてモチベーションは著しく低い。

 しかし宮武部はいつも通り。寧ろ楽しめる側の人間且つ、お給料も発生しているので『遊びながら金が貰えてラッキー』くらいに思っている。

 

「準備運動はこれくらいでいいですかね?」

「いいんじゃねぇか? ダンナは時間見つけて運動してるんだろ?」

「デスクワークが主体ですが、やはり体力勝負なのでね」

 

 そして今、宮武部はジャージ姿でウォーミングアップを済ませ、イナリに手伝ってもらって軽くストレッチをしている最中。

 宮武部はこのあとの余興競技であるパン食い競争に出走するのだ。

 

 パン食い競争と言っても、宙吊りにされているパンを取ってゴールするようなありきたりな競技ではない。

 これは背中にパンを吊るした竹竿を専用固定具で括り付け、そのパンを背後から猛追してくるウマ娘たちに食べられないように死守する競技。専用固定器具の見た目はナップサックで、ウマ娘がパンに噛り付いても先に竹竿が折れる仕組みとなっている。

 ハンデとしてウマ娘たちは1000メートル離れたところからスタートするが、吊るされるパンは学園の購買で一番人気商品であるニンジンパン。加えて腹を空かせたウマ娘たちが食べにやってくるというのは、獰猛な肉食動物から逃げろと言われているに等しい。

 しかも追いかける役のウマ娘は―――

 

 オグリキャップ

 タイキシャトル

 スペシャルウィーク

 シュヴァルグラン

 ヒシミラクル

 

 ―――といった選ばれし食いしん坊たちだ。

 

「今年は食べられないように頑張りたいですね」

「トレ公も物好きだよなぁ。他のトレーナーたちはみんな絶望感に溢れてるってのに」

「意外と楽しいですよ?」

「だから物好きって言ってんだろ」

 

 飄々としている宮武部にヒシアマは苦笑いを浮かべて彼の背中を軽く叩く。

 ヒシアマが言うように、宮武部以外で出走するトレーナーたちは死んだ魚のような目をしているのだ。

 実際のところトレーナーたちが参加する余興競技は徒競走以外が初見殺しとされており、綱引きはウマ娘を相手にし、障害物競争は用意されている障害物が某スポーツバラエティ番組並のサスケさんが行うような大掛かりな物だし、借り物競走は平和そうに見えてお題が平和ではなく、その上でパン食い競争なのだからトレーナーたちの目が光りを失うのも必然と言える。

 

「ハヤヒデちゃんの言う通りです。オグリちゃんはと〜っても怖いですから、危険を感じたら早くリュックを捨ててくださいね」

「お昼も近く、彼女たちは空腹感を感じているだろうだから、本能的なスピードで来るだろう。安全管理はされているにしてもくれぐれも気をつけてくれ、トレーナー君」

 

 芦毛の怪物の迫力を肌で感じてきたクリークは、宮武部を抱きしめて頬擦りしながら彼の安全を祈り、ハヤヒデも彼の頭を軽く撫でながら健闘を祈った。

 

「頑張ってくださいね、トレーナーさん。みんなで応援してますから!」

「無理はするな、とだけ言っておく」

「ファイトじゃよぉ♪」

 

 そしてローレル、エアグルーヴ、アキュートから激励をされ、宮武部は控室へと向かうのだった。

 

 ―――――――――

 ――――――

 ―――

 

『さぁ、ここCコースではパン食い競争が始まります! 1000メートル離れたところから迫りくるウマ娘たちを退け、見事800メートル先にあるゴールラインを踏むことが出来るでしょうか!?』

 

 放送部員の実況と共にスターティングゲートへ入る宮武部たち。

 

『購買では常に人気で売り切れ必至のニンジンパン! それが大運動会ということで特大サイズになって出走トレーナーたちの竹竿に……今吊るされました!』

 

 するとファンファーレが鳴り響く。スターティングゲートに立つ宮武部を除くトレーナーたちはこれから処刑されるのを待つ罪人へ奏でられるレクイエムにしか思えないだろう。因みにニンジンパンのサイズはバスケットボールサイズ。

 

 ファンファーレが終わり、幾許かの静けさが流れた刹那、ガコンとゲートが開いた。

 

『さぁ、始まりました、パン食い競争! トレーナーたちが揃って懸命に走って……いない! どうしてでしょうか!? チーム『百花繚乱』を率いる宮武部トレーナーだけ最後尾を追走! 他のトレーナーたちとの差がぐんぐんと広がっていきます! これはもう諦めてしまったということなのか!?』

 

 放送部員の実況に会場内はどよめく。

 

「ま〜たダンナの悪い癖が出てらぁ……」

「楽しんでますね♪」

「楽しめるトレーナー君には脱帽だ」

「いっけートレ公ー!」

「頑張ってくださーい!」

「あのたわけが……」

「逃げ切れるといいわねぇ」

 

 しかしイナリたちはどよめく周りとは違っていつも通りだ。

 何故なら去年もその前も、ずっと宮武部のレース運びはこうだから。その証拠にどよめいているのは今年初観戦の子たちばかりで、見たことがある子たちは「今年はいけるかなー?」、「どうするんだろうねー?」、「遅くてかわいいー♡」と楽しんでいる。

 

『さぁ、各トレーナーたちはコーナーを曲がってラスト400となりましたが、宮武部トレーナーは未だ最後尾! そしてそして! 来ました! オグリキャップ! やはりやってきたオグリキャップ! タイキシャトルとスペシャルウィークも続いている! シュヴァルグランとヒシミラクルは恥ずかしいのか俯いたままだー!』

 

 そして運命の時がやってきた。

 

「おー、今年もこの鬼気迫る感じ……いいですねっと」

 

 悠長にしながらも宮武部はここでわざと蛇行走行。

 こうすることでオグリキャップたちの目標が乱れ、速度が落ちる。ルールとしてウマ娘はトレーナーたちの体に触れたら失格の上、ニンジンパンを没収されてしまうので、下手に全速力で行くと失格になる可能性が高いから。

 しかしこれは挑発的にも見えてしまう。何故なら飢えた猛獣の前で肉を左右にぶらぶらと見せびらかすような行為だから。

 よって、

 

『あーっと! オグリキャップ、タイキシャトル、スペシャルウィーク! 物凄いよだれだ! 目が……目がキマってしまっている! 宮武部トレーナー絶体絶命!』

 

 オグリキャップたちはシンデレラのグレイみたいな状態で眼光鋭く宮武部の背中……ニンジンパンに目標を定め、距離を徐々に徐々に詰めてくる。

 しかし、

 

『オグリキャップが食らいつく! しかし躱す! タイキシャトル! 食いつけない! スペシャルウィークも……躱したー! まるで嘲笑うかのようにひらりひらりと躱す宮武部トレーナー! 大ベテランの闘牛士のようだー!』

 

 宮武部はまるで背後に目があるかのように三人の猛攻を躱していく。

 躱すというよりは自分が動くことでパンが移動することを計算しての回避行動なので、常人ではこんなに冷静に出来ない所業だ。

 ガチンガチンとウマ娘の歯が空を切る音を背後に聞きながら、宮武部は顔色一つ変えずに、寧ろ先程よりも楽しそうに走っている。

 

『おーっと! ここでシュヴァルグランとヒシミラクルが宮武部トレーナーたちを追い抜き、前を走っていたトレーナーたちのパンに食らいついた! それを見てオグリキャップたちも目標を変更して宮武部トレーナーを置き去りにして、他のトレーナーたちのパンを狙う!』

 

 まさにコース場は阿鼻叫喚。これが普通の中・高生なら確実にトラウマものだろうが、トレーナーたちは特別な訓練を受けているため、叫びはするが心の傷にはならない。大事なことなのでもう一度。心の傷にはならない。

 

『ああーっ! ここで宮武部トレーナーが加速! ぐんぐんと周りを置き去りにしてゴールへまっしぐらだーっ!』

 

 宮武部は周りの同僚たちには申し訳ないが、囮役をしてあげたという体(本当は作戦通り)で取っておいた体力を使い切るように全速力でゴールへと向かう。

 ルール上、パンに食らいついたらそのパンを食べ終えるまで次のパンを狙ってはいけない。つまりはたった数秒であるが減速するのだ。

 人という構造上、物を飲み込む時は息が出来ない。しかも先程まで焦らしに焦らされて息は荒れているし、どんなに大食いなウマ娘でもパンである以上は、口内の水分が取られて飲み込むのに数秒かかる。

 レースの世界でその数秒は命取りだ。

 

『宮武部トレーナー、残り50メートル! しかしタイキシャトル! タイキシャトルだ! タイキシャトルが上がってきた! オグリキャップ来た! オグリ食らう! オグリ食らう! 食べられない! 食べられない! スペシャルウィーク! スペシャルウィークがパンを狙う!』

 

 しかしそれでも人間とウマ娘の身体能力的格差は大きく、数秒のロスがすぐにひっくり返される。

 宮武部も懸命に体を捻ってパンを狙うウマ娘たちの猛攻を避けるが、全力疾走中なのもあって先程のような余裕はない。

 それでも、

 

「あと少しだ、ダンナー!」

 

 イナリの声が耳に届き、上半身をスッと低くしてパンの位置を上げる。こうすることで速度も上げられるのだ。

 そして、

 

『宮武部トレーナー、最後はヘッドスライディングでゴォォォォォル! 見事にパンを守り抜き、悲願の勝利を手に入れた! ありがとう! 感動をありがとう!』

 

 宮武部は最後の最後までパンを死守してゴール板を通過。

 しかし、

 

『あぁぁぁぁぁ! 大変です! 飢えたオグリキャップたちが宮武部トレーナーのパンに食らいついてしまったぁぁぁぁぁ!』

 

 猛追してきたオグリキャップたちはパンにしか目が行っておらず、突然止まったところに襲いかかる。

 

「どりゃあぁぁぁぁぁ! オグリてめぇ! あたしのダンナに何しやがんでい!」

「オグリちゃん、スペちゃん、トレーナーさんをいじめないでくださーい!」

「三人共落ち着け!」

「レースは終わったんだ!」

「トレーナーさんが怪我しちゃうよ!」

「タイキ! 貴様、何をやっている!」

「それ以上はいけないよぉ」

 

 そして即座にイナリたちが宮武部を救出しにオグリたちの元へやってきた。幸い三人はパンしか食べておらず鋭い眼光もなくなっているし、宮武部もけろりとしているのでイナリたちは心底安堵する。

 

「勝ちましたよ」

 

 そう言ってVサインする宮武部にイナリたちは毒気を抜かれ、思わず大笑いしてしまった。

 こうして大波乱のパン食い競争が幕を下ろし、宮武部は一緒に走った同僚たちから恨みの小突きを喰らうのだった。

 因みに『特別オープン・1500m・トレーナーズラン』は芝の方に出走し、チーム『ナイトスカイ』の吉部トレーナーに負けてセンターは回避。じゃんけんで勝って宮武部と一緒に走れたヒシアマは、レースに負けても珍しくニヤニヤと幸せそうに頬を緩めていたそう。




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