ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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百花繚乱の10月

 

 秋が深まり、暑い日も落ち着いて、過ごしやすい時期になってきた。

 今日は晴天にも恵まれた中で聖蹄祭が開かれ、多くの来園者たちが来ている。

 

 そんな中、チーム『百花繚乱』はエアグルーヴの花壇脇で蕎麦屋の屋台をして、蕎麦を提供。希望する人には切り花もプレゼントしている。

 

「お待たせしました、たぬき蕎麦大盛りときつね蕎麦でーす」

「割り箸や七味はこちらからご自由にどうぞ」

 

 オーダーを取るのと出来上がった蕎麦をお客に渡すのは接客に慣れているクリークとローレル。

 

「はい、いっちょ上がり! 次は……冷やしたぬきだね!」

「揚げ玉の方は問題ない」

 

 調理はハヤヒデとヒシアマが担当し、息の合ったコンビネーションでオーダーを捌いていく。

 

「こっちのテーブル空いてるぞー! 座って食べたいヤツは座りやがれい!」

 

 イナリはお客の誘導。

 金木犀等の花々を見ながら食べられるので、立ち食いでも花見蕎麦を楽しむ人もいる。

 

「じゃあ、こちらが花束ねぇ」

「ありがとうございました」

 

 そしてアキュートと宮武部はエアグルーヴが早朝に来て宮武部と共に用意した切り花を花束にして渡す係。

 花束と言っても切り花にも限りがあるので豪華な物ではなく、2、3本を黄色と青色の不織布でまとめて白いリボンを巻いて提供する。

 本当ならば宮武部も学園職員として見回りをしなくてはいけないが、今年はメンバーだけでは大変ということで同僚たちに頼んで見回りから外させてもらった。

 

「まだスタートしたばかりだってのに、なんだってこんな来るんだぁ? みんな朝飯食って来てないのか?」

 

 ようやく客足が落ち着き、イナリはベンチ席に座ってぼやく。愚痴を零せる余裕が出てきたということだ。

 

「遠方から訪れてくださる方もいらっしゃいますからね。朝食を抜いても、ここで食べ物も買えますし……そこへ蕎麦屋の文字があれば吸い込まれてしまうのも致し方ないかと。ほら、駅前に立ち食い蕎麦屋もよくありますでしょう」

 

 切り花を補充しつつ、宮武部がイナリに返せば彼女は「そういうもんか」と納得する。実際、レース場に行けば食事しながら観戦するファンもいるし、蕎麦屋が入っているレース場も意外とあるから。

 

「すまない、トレーナー君。予想を遥かに上回ってしまって減りが早い。客足が落ち着いている今の内に追加で補充してきても良いだろうか?」

「ふむ……では車を出しますので、私と行きましょうか」

「ああ、よろしく頼む」

 

 こうして宮武部はイナリたちに店番を頼み、ハヤヒデを連れて大型スーパーへと向かった。

 

 ◇

 

 大型スーパーへ到着した宮武部とハヤヒデは早速お揚げと卵、それと追加で蕎麦と蕎麦つゆをカゴに入れていく。

 

「まさかスタートして1時間で500食が消えるとは思わなかった」

「ですね。思いの外お子様連れが多かったのと団体客が来ましたからね」

「蕎麦も案外あれば人気なんだなとしみじみ感じたよ」

 

 フフッと小さく笑って言うハヤヒデに、宮武部は「そうですね」と返しつつ、レジへ向かった。

 すると、

 

「む」

 

 ハヤヒデが足を止める。

 

「ハヤヒデさん? どうされま……ダメですよ?」

 

 彼女が立ち止まった理由……それは大好物のバナナが積まれた商品棚があったから。

 ハヤヒデは無類のバナナ好き。ウマ娘と言えばニンジンと思われがちだが、やはり個性があるため趣味趣向もそれぞれなのだ。

 

「あ、ああ、分かっている。分かってはいるが……」

 

 食べたことのない品種のバナナを前にどうしても歯切れの悪い返答をしてしまうハヤヒデ。

 そんな彼女を見て宮武部は小さく笑い、

 

「皆さんには内緒ですよ?」

 

 と言ってハヤヒデの目を奪うバナナを一房カゴに入れた。

 

「本当に面目ない、トレーナー君」

「ハヤヒデさんはバナナを前にすると理性がお留守になるのは十分、身を持って理解していますから」

「うぅ……言わないでくれ」

 

 恥ずかしそうに両手でサイドの髪を持ち上げて顔を隠すハヤヒデを見て、Sっ気の強い宮武部はご満悦。

 担当してからというもの、何度もバナナでトラブルがあった。

 外周中に美味しそうなバナナを見つけて立ち止まったり、蹄鉄を買いに行ったのにバナナのイベントがあってそちらに時間を取られたり……等々。

 

「二人だけの秘密ですから、バレないように」

「心得た」

 

 こうして二人は無事に買い出しを終え、イナリたちが待つ花壇へ戻り、お昼からは蕎麦屋もまた盛況で14時前には完売して閉店することになったそう。

 

 ―――――――――

 

 聖蹄祭が終わった翌日。

 一般生徒たちは休みであるが、宮武部やチーム『百花繚乱』のメンバーは学園に来ている。

 何故なら今から生徒会と美化委員、あとは職員たちで学園内の清掃をするからだ。生徒会所属のエアグルーヴがいるのだから、彼女の仲間として参加するのは当然のこと。その他にも昨日後片付けが間に合わなかったクラスやチームも、自分たちの後片付けをするのに登校している。

 

 宮武部たちは昨日早めに店じまいしたことで後片付けも出来た上に、花壇周りの掃除も出来た。

 なので今日はエアグルーヴの指示に従って割り振られた区域の掃除をする。

 

「にしても毎年感心するが、思ったより落ちてるゴミも少ないもんだな」

「美化委員の方々が聖蹄祭中もゴミ拾いしてましたからね」

「それにゴミ拾いしている人がいるところでわざわざゴミをポイ捨てするような心無い人もいないだろう」

 

 イナリのつぶやきにクリークとハヤヒデがそう言葉を返せば、イナリは「確かにそうだな」と返しつつ、ヘラで道にへばりついているガムを取っていく。

 

「気付かずに落としちゃったって人の方が多いんだろうね」

「だろうね。ポイ捨てされないようにゴミ箱も結構設置してたし、通りかかる美化委員の子たちにゴミをお願いする人もいるだろうから」

「美化委員が逐一満杯になったゴミ箱の回収もしてくれていたからな。本当に助かった」

「みんなに支えられたから、気持ちよく終えられたんじゃねぇ」

 

 ローレルたちは掃き掃除をしつつ、笑みを浮かべた。

 

「それでもどうしてもあるのは忘れ物、落とし物ですね。お名前と住所が分かる物は良いですが、そうでない物もありますし」

 

 そう言いながら落とし物を預かる宮武部は苦笑い。

 今のご時世、個人情報の流出は怖いので昔と違って基本的に持ち物に名前は書いても住所までは書かない人のが多いのだ。あとはそもそも書く場所がない物だったりする。

 

「落とし物は一週間程学園が保管して、それ以降は警察に届けることになっている。落とし主に戻ることを願うばかりだ」

 

 エアグルーヴがそう言うと、イナリは「そういやそうだったな」と思い出して返した。エアグルーヴが加入してから毎年聖蹄祭のあとの清掃活動を手伝っているが、一年も経つとついつい忘れてしまうのだ。

 

「生徒の中にも落とし物をしてしまった、なんてこともありそうだよね」

「一応各寮では落とし物に心当たりないかどうかの張り紙は出しておくんだ。それで毎年何人かは気付いて事務室で見て見つけてくるから、そこまで心配しなくてもいいだろう。最悪警察に行けばいいんだし」

 

 ローレルの言葉を聞き、ヒシアマが笑顔で言えば、ローレルは「そうなんだ」と安心する。心優しい彼女としては落とし物が持ち主の元へ戻るのは喜ばしいのだ。

 

「では私は一旦、この落とし物たちを事務室へ持って行きますね」

 

 宮武部の言葉にみんなは返事をし、エアグルーヴの指揮の元で清掃作業を続け、お昼前には清掃を終えるのだった。

 

 ◇

 

 清掃が無事に終わり、解散したあとはみんなで宮武部のマンションへ向かう。

 何故かというと、

 

「聖蹄祭に後片付け、お疲れさんでしたーっと!」

『お疲れ様でしたー!』

 

 聖蹄祭の打ち上げを行うから。

 

 イナリの乾杯で幕を開け、宮武部が頼んだフードデリバリーとクリークお手製のクリームシチューがテーブルに並び、みんなは好きな物を取ってその味に舌鼓を打つ。

 

「エアグルーヴは生徒会の方でも大忙しだったね。お疲れさん」

「ああ、本当に……毎年毎年どうしてああも問題ばかりを起こすのか……一度でいいから平和な運営状態を経験したいものだ」

 

 ヒシアマの労いの言葉にエアグルーヴは昨日のことを思い浮かべながら、思わずこめかみに手を当てながら愚痴を零した。

 

「こっちは蕎麦屋が終わるまでてんやわんやだったが、問題なんてあったのかい?」

「私は昨日、スカイちゃんから聞きましたよ。なんでも、チーム『無礼講』のところのトレーナーさんが大変な目にあったんですって」

「あ〜、あそこのチームか〜……あそこは何もない方が逆に怖いまであるからな〜」

 

 ローレルから聞かされたことにイナリはついつい苦笑いをしながら言葉を零す。

 

「企画書を受け取ったのがブライアンでな……私や会長もその時は他のことで席を外してしまっていて、面倒くさがりのアイツは内容を読まずに判を押してしまったんだ……」

「ブライアンちゃんらしいなぁ」

「そんな微笑ましいことではない」

「毎度毎度、妹が迷惑をかけてしまって申し訳ない……姉として心から謝るよ」

「いえ、ハヤヒデ先輩に責任はありませんから」

 

 ハヤヒデの謝罪にエアグルーヴは真っ直ぐな眼差しで返した。彼女自身、問題なのはナリタブライアンでハヤヒデには一切の非がないのは分かっている。だから心の中で『こんなにも素晴らしい姉に謝罪をさせるような真似をするなブライアン!』とハヤヒデの愚妹に一喝するのだった。

 

 ーその頃のナリタブライアンー

 

「トレーナー、耳がかゆい。掻いてくれ」

「当然のように甘えるなぁ」

「アンタにだけだ」

「はいはい」

 

「トレーナー君、またそうやってブライアンを贔屓する!」

「マスター、私も耳掻きを所望します」

 

「また始まったな、パピートリオのおねだり漫才」

「平和っすねー」

「てんやわんやしてるトレーナー見てるの面白ーい♪」

 

 ー所戻りー

 

「幸い、河名トレーナーさんは無事ですし、生徒や来園者たちの中に怪我人も出ませんでしたから。それだけでも御の字としましょう。そもそも河名トレーナーさんがいくら強靭な肉体を持っているとはいえ、担当の子たちには手も足も出ないでしょう」

 

 宮武部が宥めるようにエアグルーヴへ告げれば、彼女も「分かっている」と返すがやはり機嫌は直らず眉間にシワが寄ったまま。

 エアグルーヴが何故こんなにも不満を顕にしているのか……それはチーム『無礼講』のウマ娘たちが自分たちのトレーナーを粗末に扱っていると思えてならないから。

 しかし実際のところ、エアグルーヴも彼女らが自分のトレーナーを誰よりも慕っているのは見ていて十分に理解出来る。だからこそどうしてそんなことが出来るのか理解出来ないのだ。

 

「エアグルーヴちゃん、そんなに眉間にシワを寄せてちゃダメですよ〜?」

「そうだよ、エアグルーヴ。十人十色って言うだろ? アイツらにはアイツらなりの関係があるのさ」

「河名トレーナーさんもチームの子たちを大切にしてるんだし、外野はとやかく言わないのが一番よぉ」

 

 クリーク、ヒシアマ、アキュートが諭すように言えば、エアグルーヴも「確かにそうだ」と納得する。結局のところ、当人たちがなんの隔たりもなく良好な関係を築いているならそれでいいのだから。

 

「過ぎた話なんて置いといて、打ち上げを楽しもうぜ!」

「そうだよ、エアグルーヴちゃん」

「君の好きなニンジンピザが冷めてしまうぞ?」

「食べて飲んで思い出としましょう」

 

 イナリ、ローレル、ハヤヒデ、宮武部に言われ、エアグルーヴはやっと眉間にシワをなくした。

 こうしてまた一つ、思い出の1ページが刻まれる瞬間だった。




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