ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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春の旗

 

 春を彩る桜の花が咲き誇り、多くの人々を楽しませる。

 そんな中、トレセン学園では年に一度のビッグイベントであるファン感謝祭が開かれ、今年も多くのファンが足を運び、ウマ娘たちが提供するサービスを楽しんでいた。

 

 豊藤を含め、殆どのトレーナーたちは基本的に見回りをしながらでも自由に過ごしていいので、比較的楽に過ごせる。

 そんな中、豊藤のチームである『ジュエルスターズ』はチームでの出し物をしない。

 理由は何を提供するにしても、それぞれのお家のパワーが自動的に発動するので、大きな混乱を招いてしまうから。

 現に初めてファインが加入した際、その年に屋台でラーメンを提供することにしたが、とてもとてもメンバーだけでは捌ききれない人数が集まってしまったため、急遽実行委員たちやファインのSPたちの力を借りて事なきを得たのだ。

 そうした経緯から学園側から『今後はチームでの出し物は遠慮して欲しい』と言われ、今ではそれぞれのクラスの出し物に注力している。

 

 しかしそれは彼女たちの良き思い出の1ページとなるが、豊藤にとってはいいことばかりではない。

 何故なら、

 

『さあ、いよいよ始まります! トレセン学園ファン感謝祭特別レース『トレーナーリレー』!』

『今年も注目はチーム『ナイトスカイ』の面々ですね』

『初めての方にご説明しますと、このレースではいつものようにウマ娘たちがターフの上を走り抜けますが、いつもと違うのは自分たちのトレーナーをゴールまで運ぶことです! スタートはいつもと同じですが、第1コーナーに座る担当トレーナーを回収し、見事ゴールまで運ぶというのがこのレースの目玉ですね!』

『普通のリレーとは違い、デリケートなナマモノを運ぶので、ウマ娘たちも慎重にならざるを得ません』

『よってチームの総合力ではなく、如何にウマ娘とトレーナーの信頼が厚いかが勝利への鍵となってきます!』

 

 この余興レースにバトン役として参戦しているから。

 余興レースは余興であるため強制力はない。なので出走する場合は申込みをしないといけないのだが、豊藤は昨年までルビーたちが余興レースに興味がないことを知っていたので、今年も当然出ないだろうと思っていた。

 しかししかし余興レースが『トレーナーリレー』だと知らされた途端に全員が出走表明を願い出た……いや、寧ろ拒否権すらなかった。

 

『当然、出走しますよね?』

 

 なんてルビーに言われてしまえば、どんなに嫌だと言ったところで次の日には自分の意思など関係なく出走届が提出されているのだから。

 そもそもルビーたちが、愛する豊藤と密着して走れる絶好の機会を逃すはずがない。婚約関係でもあるのだから、寧ろ披露宴の予行演習とすら考えている。

 

 ただし忘れてはいけないのは出走(豊藤をおんぶ)出来るのはたったの四名。

 それに対してチームメンバーは七人。しかもアスリートウマ娘の性が発動し、誰もが譲れないと無言の冷戦が繰り広げられた。

 厳正に厳正を重ね、くじ引きによる出走者選抜を行い、その座を勝ち取ったのは―――

 

『それでは順番に出走者のご紹介を致します。まずは一枠一番。チーム『ジュエルスターズ』の皆様です!』

『第一走者からサトノクラウン、ファインモーション、ジェンティルドンナ、ダイイチルビーという布陣ですね』

『このメンバーですと、やはり運ぶ際はお姫様抱っこなのでしょうかね?』

『それは始まってからのお楽しみですね!』

 

 ―――この四人だ。

 くじでハズレを引いたダスカとダイヤは今でも観客席からハンカチを噛み締めて悔しさを露わにしているが、ドゥラメンテに至っては比較的冷静に―――

 

(トレーナーを落としたら許さないトレーナーを落としたら許さないトレーナーを落としたら許さないトレーナーを落としたら許さないトレーナーを落としたら許さないトレーナーを落としたら許さないトレーナーを落としたら許さないトレーナーを落としたら許さない)

 

 ―――遠くからでも分かるくらいの物凄い眼力で出走メンバーを睨みつけている。

 唯一ダイヤだけ、悔しさは残っていても二人よりは穏やかに『トレーナーさんに何事もありませんように』と豊藤の無事を祈っていた。

 

 しかしレースが始まれば、チーム『無礼講』のトンデモ展開に度肝を抜かれ、豊藤をおんぶ出来なかった悔しさも忘れてしまうのだった。

 因みにチーム『ジュエルスターズ』の順位は最下位(繰り上げにより8着)で、理由は順位などどうでもよく、各々が豊藤をおんぶして走れれば満足だったからだそう。

 余談だが、その際の写真と映像はしっかりとファインの撮影班からアイルランド王室に送られ、アイルランドではトップニュースとして放映されたとか。

 

「オレ、前世で何かしたのかな?」

 

 そして渦中の豊藤はそんなニュースを次の日の朝に自室で眺めながらぼそっとつぶやいて、

 

「まあ今更か」

 

 なんて達観し、今日も多くの人々に『あ、ニュースの人だ』、『ファイン殿下の婚約者だ』、『いずれ国籍が変わる人だ』、『人生勝ち組イージーモード』、『末永く爆発しろ』という祝福の言葉を貰うのだった。

 

 ―――――――――

 

 本日は清々しい程の晴れ。

 ファン感謝祭も無事(?)に終わり、その片付けも終えたことで、学園もすっかりいつもの光景に戻っている。

 チーム勧誘をする声や、どのチームに仮入部しようかと仲間たちと悩む声があちこちでする中、豊藤はトレーナー室で自身の仕事を黙々とこなしていた。

 何故ならチーム『ジュエルスターズ』は新メンバーの募集をしていないからである。

 本来、豊藤はドゥラメンテを最後にルビーたちがレースを引退するまで新メンバーを入れるつもりはなかった。

 しかしダイヤがクラウンの助力でスピード契約してしまったので、余計にもう余裕がない。

 それでいて今となってはルビーたちが卒業すると同時に華麗なる一族を始め、アイルランド王室やらサトノ家やらを支える彼女たちの補佐役兼後継者育成係になることから、中央トレーナー業の寿引退が決定しているので尚更である。

 

「本日のトレーニングは休み、ということであっていますね?」

 

 トレーナー室に入って開口一番にルビーから問われ、豊藤は「そうだよ」と短く返した。

 するとルビーは「分かりました」と静かに返し、軽く一礼してからトレーナー室をあとにする。

 担当した当初は多忙な彼女にわざわざトレーナー室まで足を運ばせるのも悪いと思ってメールを中心にやり取りをしていたが、そんなの関係なく豊藤に会いたいというルビーの方からトレーナー室に足を運ぶようになった。

 なのでたったあれだけのやり取りでも、ルビーはトレーナー室にやって来る。

 悪いと思いつつも、対面出来るのは豊藤も嬉しい。やはり担当するウマ娘であれば、対面すれば調子の良し悪しが余程のことでない限りは分かるから。

 

 しかし―――

 

「これから移動しますので、ご出立の準備をしてください」

 

 ―――再度やって来て早々に予定を入れられるのは困る。

 かと言って豊藤に急ぎの仕事がないのもルビーはしっかり把握しているし、彼自身もこの突拍子のないルビーの誘いも今に始まったことではない。

 なので「分かったよ」と返して、すぐにデスクのPCを落し、戸締まりを済ませてルビーに言われるがまま彼女の家のリムジンに乗り込むのだった。

 

 ◇

 

 リムジンに乗って連れられて来たのは、都内でも有名な高級ホテル。

 ここには宿泊客やVIPのみが入れる庭園があり、ルビーの家はホテルのVIPだ。因みに豊藤も家族旅行やパーティー等で何度も訪れたことがある馴染みの場所。それに今では毎年のようにチームで花見をする際にお世話になっている。

 故にルビーはオフを利用して、豊藤とここの庭園で花見をしようと前々から庭園の一画を予約していたのだ。

 当然―――

 

「あ、やっと来た! おーい、こっちだよー!」

「早く来なさいよー! みんなアンタ待ちなんだからー!」

 

 ―――他のメンバーも勢揃い。

 ファインとダスカの声に豊藤は「こういうのは前もって言ってよ……」と隣を歩くルビーに零すが、ルビーはいつもの済まし顔。

 

「前もって言っても、貴方がすることはありませんから」

「そりゃあ、そうだろうけどさ……」

「貴方はただ私の隣に立ち、私への愛を囁いていてくださっていればそれでいいのです」

「だから差し脚がエグいて……」

 

 豊藤のそんな言葉を聞いてもルビーは変わらず彼の左腕に手を絡めてエスコートをさせている。

 

 みんなが集まっている桜の木の下に着くと、既にホテル側が用意したベンチテーブルにティーセットと給仕係が並んでいた。その給仕係たちもルビーが邸宅から派遣させた者たちである。

 

「遅かったですわね。てっきりルビーさんと二人で何処かへお逃げになられたのかと思ってしまいましたわ」

 

 優雅に笑い、言葉で軽いジャブを放つジェンティル。

 しかしそれを受けてもルビーは「そうする理由はありません」と涼し気に返して見せたので、ジェンティルは愉快そうに肩を揺らした。

 

「そんなことになってもキミにはGPSと私の影が付いてるから、居場所はバレバレだけどね」

「サトノ家の方でも護衛は付いていますからご安心を」

 

 ファインとダイヤがさらりと言うが、婚約する前からなので豊藤は驚かない。唯一不可解なのはファインが言うGPSが何処に仕込まれているのかさっぱり分からないことだ。

 

「トレーナー、私の隣が空いているから、ここに座るといい」

「私とドゥラメンテさんの間ね」

 

 卓で唯一空いている席に手招きするドゥラメンテとクラウン。

 この席もくじ引きで決め、当たりを引いた二人はGⅠレースで勝利した時よりも喜びを爆発させた。

 豊藤が席に座ると、給仕係たちがお茶を用意し、チームのお花見が始まった。

 

「ここの庭園の桜は毎年立派だな」

「早くに散っちゃうのが残念よね……」

 

 ドゥラメンテとクラウンはそう話しているが、二人はピッタリと豊藤に身を寄せて彼の横顔を眺めているので、傍から見ると本当に花見を楽しんでいるのか謎。

 しかしこれはもう勝者特権なので、他のメンバーは気にする素振りもなくお茶を嗜み、

 

「でもだからこそ美しいってことなんだよね」

「ファイン先輩の言う通りですよ。あ、お行儀悪いですけど、写真撮っときますね!」

「いいね! 私も家族に送るのに撮ろっと!」

 

 ファインとダスカは和やかに桜の写真撮影をし、

 

「桜の下で食べる和菓子は特別に美味しく感じます♪」

「それはよう御座いました。付き合いのある和菓子店から取り寄せた甲斐があります」

「私もこの店の和菓子は好きよ」

 

 ダイヤ、ルビー、ジェンティルは和菓子を楽しみながら、桜の花を眺めている。

 

「…………わー、桜綺麗だなー」

 

 そして豊藤だけは現実逃避して花見に全集中しているのだった。




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