ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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夏の旗

 

 体力だけでなく、精神までも蝕む暑さが続く日本の夏。

 それでもウマ娘たちは夏合宿で、秋から始まるレースに向けてトレーニングを行っている。

 

 チーム『ジュエルスターズ』も合宿期間に突入。

 今年はサマードリームトロフィーのあとということで去年よりも遅めに合宿へ入ったが、英気を養ったお陰でトレーニングはとてもいい結果に繋がっている。

 

 ただ、

 

「わざわざ夏合宿を海外で行う必要ってあった?」

 

 今年の夏合宿はみんなでファインの故郷であるアイルランドにて行うことになった。

 例年通りトレセン学園で行っている海辺での合宿でも十分だったが、ファインがその時期に一度アイルランドへ帰る必要があったため、ファインが『せっかくだし夏合宿は私の故郷でしようよ!』と言い出したことで今に至る。当然、行き帰りはファインのプライベートジェット。

 数日前に現地入りし、宿泊先はトレーニングコース場とスイミング施設がある王家所有の小さな(ロイヤル視点)別荘。

 各施設はトレセン学園と同規模であるため、寧ろ広々とトレーニングが行えるだろう。

 

「別にいいじゃない。学園の方からも許可は出たんだし」

「それにアイルランドの夏は日本の夏より涼しくて過ごしやすいわ」

「ファイン先輩のお陰で、トレーニング施設もわざわざトレセン学園と同じ芝やウッドチップを敷いてくださいましたし、ファイン先輩様々です♪」

 

 ダスカ、クラウン、ダイヤの言葉に豊藤は「ロイヤルパワーが怖ぇよ」と返しつつ、もう来てしまったので自分も幼い頃に慣れ親しんだ場所を懐かしんだ。

 

「みんなごめんねー。お待たせー」

 

 一方、実家へ顔を出していたファインがSPたちを引き連れて戻って来る。

 しかしSPの後ろからは何やら大荷物を持ったウマ娘の使用人たちの姿があり、みんなは思わず首を傾げた。

 

「ファイン先輩、そんな大荷物でどうしたんですか?」

 

 代表してダスカが訊ねると、ファインは「あ、これ?」と返して目線で使用人たちに指示を出す。

 すると使用人たちはあれよあれよと言う間にセッティングをし、なんと屋台ラーメンを組み立ててしまった。

 これには普段からポーカーフェイスなルビーも両手で顔を覆ってしまう。

 

(あー、流石のルビーも目を覆いたくなってしまったか……)

 

 なんて思い、ルビーを憂う豊藤だったが、

 

「っ……っ……っ……!」

 

(笑うの堪えてるだけかよ!)

 

 ルビーはただただファインの突拍子のない行動に大笑いしそうになっているのを懸命に我慢しているだけだった。

 その証拠に彼女の小さく細い両肩はとても小刻みに震えている。

 大声を出して笑うことは品がないものと教わって来たルビーは、ファインのこうした不意打ちにめっぽう弱く、笑いそうになるとひたすら声を押し殺して堪えるのだ。

 

「ファインさん、これはなんなのか教えていただけるのよね?」

 

 対してジェンティルは純粋にファインの行動が理解出来ずに好奇心で訊ねる。

 するとファインは、

 

「え、何ってラーメンの屋台だよ? あ、大丈夫! 味は醤油、塩、味噌、豚骨と揃えてあるよ! それぞれに合った麺も!」

 

 当然のことのように返した。

 それを聞いてルビーの肩の揺れが少し増したが、豊藤は彼女の名誉のためにさり気なく背中で隠してあげる。するとルビーは豊藤の背中に顔を埋めて、スマホのマナーモードのように声を押し殺して笑った。腰に響く微振動が心地いいと、後に彼は語ったとか。

 

「それはなんとなく察してますわ。ですが、私が訊ねているのは、どうして、ここに、それを、わざわざ持って来たのかということです」

「ああ、そういうことか! ほら、そろそろ日本の味が恋しくなる頃かなって思って!」

「……貴女が食べたいと素直に仰れば良いでしょうに」

 

 ジェンティが苦笑いで図星を突くと、ファインは観念したのか「えへへ」と舌を出して笑う。

 

「ファイン先輩らしくて、いいじゃないですか、ジェンティル先輩」

「アイルランドで食べるラーメン……滅多にない経験だろう」

 

 クラウンとドゥラメンテがフォローを入れれば、ジェンティルも「それもそうね」といつものように背筋を伸ばした。

 

「ルビー、もう大丈夫?」

「……ええ、お気遣いありがたく存じます」

 

 一方で、やっとルビーもいつもの調子を取り戻し、済まし顔で豊藤の背中から離れる。

 

「じゃあじゃあ、ダイヤちゃんから食べたいラーメンを注文してね!」

 

 やり取りをしている間に使用人たちが用意したソファーテーブルにみんなを座らせ、ファインがお品書きをダイヤに渡した。

 

「本当に色んなラーメンが取り揃えられていますね……」

 

 お品書きを眺め、ダイヤは思わず驚きの声をあげる。

 それもそのはずで、先にファインが伝えた四種のラーメンがあり、トッピングもチャーシュー、メンマ、焼き海苔、モヤシ、コーン、キクラゲ、ネギ、ナルト、ワンタン、キャベツ、煮卵とあってそれを自由に注文出来るのだ。それでいて無料というのがロイヤルパワーである。

 

「決めました! 塩ラーメンで、ワンタンとキクラゲとネギトッピングをお願いします!」

 

 ダイヤがオーダーすると、屋台に立つ使用人がすぐに調理を開始。

 本当ならばファイン自身がやりたいところだが、トレセン学園ではないのでSPたちに『本国ではおやめください』と懇願されたので我慢している。

 

「ドゥラメンテちゃんもご注文をどうぞ」

「醤油のチャーシューメン。麺大盛りで。煮卵も二つ頼む」

「はーい! 次の方も決まったら教えてねー!」

「私、味噌ラーメンがいいです! コーンとモヤシとキャベツのトッピングでお願いします!」

「はーい!」

「塩ラーメンをお願いしますわ。煮卵とキクラゲ、キャベツのトッピングを」

「オッケー♪」

「アタシは醤油ラーメンで、ナルトとチャーシューと焼き海苔とメンマ、それからネギトッピングでお願いします!」

「了解だよー!」

「塩ラーメンを頂きたく存じます。トッピングの方は……ネギとメンマで」

「はーい! じゃあ最後はトレーナーね! 何がいい?」

 

 みんなが注文し終わり、ファインは豊藤に何を食べたいか訊ねる。

 しかし豊藤の腹は既に決まっているのだ。

 

「オレはいつだって豚骨一択さ。チャーシュー、キクラゲ、焼き海苔、ネギトッピングで」

「ふふふ、キミならそう言うと思った♪ キミのために豚骨は用意したようなものだから、好きなだけ食べてね!」

「ありがたくいただくよ」

 

 豊藤はラーメンといえば基本的に豚骨ラーメンを選ぶ程の豚骨派。

 それを熟知しているのでファインは豚骨を用意しておいたのだ。

 そしてファインも豊藤とお揃いで豚骨ラーメン。トッピングも同じ。

 他のメンバーも豚骨は食べられない訳ではないが、乙女の性で食べたあとのニオイを気にして選ばなかった。

 

 ◇

 

 昼食を食べ、食休みを経てから、豊藤はみんなをジャージに着替えさせ、準備体操をさせた後に先ずは様子見程度にコースを走らせることにする。

 やはり同じ芝を用意しても全く同じにすることは出来ない。

 少しでも違和感がある中でトレーニングをしてしまうと怪我に繋がる可能性もあるため、敢えて様子見をさせるのだ。

 人間ならば気にすることなく走れてもウマ娘の足はとても繊細で、豊藤はトレーナーとして常にリスクを考えて指示を出さないといけない立場だから。

 

 しかし豊藤の心配とは裏腹に、ルビーたちの脚取りはとても軽やかで、寧ろ気候がいいお陰もあって予想していたよりも流す程度なのに一周するのが早く、汗の量も呼吸回数も穏やかだった。

 

「違和感はなかったか?」

 

 豊藤の問いにみんなは揃って『良好』と返す。ファインに至っては久々の祖国の空気もあって絶好調のようで、尻尾は『もっと走りたい』と言うように大きく揺れていた。王女として端ないかもしれないが、こればかりはウマ娘の性。

 

「ならガッツリやるか!」

『はい!』

 

 こうしてチーム『ジュエルスターズ』はアイルランドの穏やかな気候の中で、合宿トレーニングを本格的に開始するのだった。

 

「と言っても、急にいつものようなトレーニング量は脚にかなりの負担を掛けてしまうから、今は脚の筋肉を驚かせないように6割の速度を維持してコースを走ってくれ」

『はい!』

「ウォーミングアップ開始」

 

 豊藤の言葉を聞いて、ルビーを先頭にみんなは一定の速度で走り出す。

 その様子を豊藤は双眼鏡を使いつつ目視で確認しながら、彼女たちの脚に異変がないかをしっかりと見るのだった。

 

 ◇

 

 トレーニングが終わり、風呂も夕飯も済ませ、今は自由時間。

 アイルランドにいても、みんなは普段と変わらず、各々で課題を進めたり予習復習をしたりとリズムを崩さずに過ごしている。

 唯一違うのは、

 

「トレーナー、明日は何が食べたい? リクエストしてくれればシェフに伝えておくから」

 

 ファインが完全に実家モードであるということ。

 彼女も彼女で王族としてやるべきことを終えた上で課題を片付けているのは流石の一言だが、昔のように豊藤と同じ屋根の下で過ごせるのはとても嬉しい。

 なので今も豊藤がトレーニングの成果をまとめている横で、彼の肩に頭を預けつつ、耳で軽く彼の頬をペシペシしながら訊ねている。

 この状況を目の前で目撃した普通の恋する乙女ならば色々と大変なことになりそうだが、ルビーたちは至って冷静。

 何故なら愛する豊藤が誰と縁を深めようと最終的に自分を選ぶと思っているから。

 それに、

 

「ファイン、近い」

 

 豊藤はちゃんと注意する。

 どんなにファインがいいとしても、ファインのご両親がゴーサインを出そうと、婚約者だとしても、弁える節度は大切なことだから。

 これは別にファインの身分がどうこうというよりも、社会人としての豊藤の考え。現にファインだけでなく、ルビーたちに対しても同じ行動を取る。

 

「むぅ、異性に対してはトレーナーにしかこんな距離で話したりしないもん。それに周りには私たちの関係者しかいないし、普段からイチャイチャしてくれないし……こういう時くらいイチャイチャしてくれても罰は当たらないと思うなー?」

「イチャイチャなんてしなくてもいい。ファインがオレにどういう行動を求めても、卒業するまではオレはトレーナーと担当という立場で接する」

 

 ダイヤモンドのように硬い意思を豊藤が告げると、ファインは更に頬を膨らませて不満を露わにした。

 しかし心の中では『毅然な態度がまたステキ!』と更にファインの好感度は上昇している。当然、ルビーたちの好感度も同様。

 

「本日のノルマは終えました」

「アタシも終わったわ!」

「集中すると捗りますわ」

「私も丁度終えたわ!」

「……終わった」

「私も終わりました!」

 

 そうこうしている内にルビーたちも手すきになった。

 こうなるともうすることは一つ―――

 

「なら、ティータイムにしよっか」

 

 ―――みんなで穏やかな一時を過ごす。

 

 そしてチーム『ジュエルスターズ』の合宿はまだまだ続くのだ。




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