ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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冬の旗

 

 中央の上空には分厚い雲が広がり、昼間でも気温が一桁で今年一番の寒さを記録している。

 

「んー、流石に今日は冷えるなー」

 

 自身のトレーナー室のデスクでキーボードを小気味よく叩きながら、豊藤はつぶやいた。

 幼少期から過ごしていた母の祖国の冬と似たような気温で、思わず懐かしく感じる。

 あの頃はよく寒くなると、母の実家であるお屋敷で祖母が飼っていた犬(アイリッシュウルフハウンド)や猫(マンクス)と暖炉の前で昼寝をしたり、庭を駆け回った。

 ファインと出会ってからは度々王宮の庭で遊びつつ、同じ部屋で別々のレベルだったが勉学も学んで過ごした。

 

 なので、

 

「そうだねー。こういう日はラーメンだよね!」

 

 ホームルームを終えたファインはみんなよりも一足先にトレーナー室にやって来て、本日出された課題をしている。

 彼女は基本的に豊藤が手すきでなければ、それが終わるまでは自分のやるべきことをやるのだ。ただそれは彼女だけでなく、他のメンバーも同じ。

 

「昨日もそう言ってラーメン屋に連れて行かれたね……今日はダメだよ」

「えー、なんでー?」

「今日はトレーニングがお休みだからです。それに毎日のようにラーメンを食べてたら、塩分の取りすぎで体に毒だよ」

「むぅ……余の私生活に口出しするのかー!」

「するよ。トレーナーだもの」

「不合格」

「…………婚約者だもの」

「花丸ー♪」

 

 ファインはそう言って豊藤へ向けてシーキングザパールのように投げキッスを与える。

 豊藤はやれやれと肩をすくめ、殿下からの投げキッスを受け取ると、再びPCの画面に視線を落とした。

 

「もう課題は終わったの?」

「うん。今日の課題は少なかったから」

「ならSPの誰かにお茶でも淹れてもらいな」

「それはみんなが来てからの方がいいよ。トレーナー室はストーブやエアコンのお陰で温かいけど、廊下に出るととっても寒いんだから」

「だろうねー。予報じゃ雪とか言ってたし」

 

 豊藤がそんなことを言うと、ファインは「わぁ!」と表情を輝かせる。

 何を隠そう、ファインは雪が好き。何故なら彼女の故郷アイルランドでは雪が降ることはあっても積もることが殆どないから。

 理由はアイルランドの近くを流れる暖流(メキシコ湾流)の影響でアイルランドの気候は穏やかで、年間を通して雪が積もることはほぼなく、驚くほど寒くなることは稀だからである。

 

「積もるかな?」

「積もると思うよ」

「やったー! じゃあじゃあ積もったら雪だるま作ろ!」

「え、オレもやるの?」

「私がやるのに、キミはやらないっていうの?」

「……どうしてファインはオレにだけワガママお姫様になるのかなー」

「本当の私を見せてるだけだもーん」

 

 鈴の音のような笑い声を鳴らしながら小悪魔のように言うファインに、豊藤は『相変わらずだなぁ』と苦笑い。

 彼女は幼い頃から王族として様々なことを我慢してきた。甘えることややりたいこと、普通の人ならば当然のように出来てきたことを。

 その生活にファインは一度も不満を抱くことはなかったが、唯一豊藤の前でだけは包み隠さず年相応の女の子で居られた。

 故にワガママを言うのも、甘えるのも、全てそれはファインが豊藤をこの世で一番信頼している証なのである。

 

「光栄ですよ、殿下」

「苦しゅうないぞ」

 

 わざとらしく恭しい言い方をする豊藤に、ファインもわざとらしく尊大な態度で返した。

 昔からこうやって二人してふざけ合っては王宮に務める使用人たちにやんわりと止められ、二人で笑い合った。

 今も扉の横で待機してるSPは目で『おやめください』と訴えている。

 

「雪だるまを作るにしても、どれだけ積もるかは分からないからね?」

「大丈夫。だってトレーニングコース場は除雪機入れるでしょう? 除雪された雪を雪だるまにすればいいだけだもん!」

 

 えへへと天真爛漫に笑うファインを見て、豊藤は『あの頃と変わらないな』と思った。

 しかし彼は知らない。彼女が彼に出会うまで、彼女の笑みは作られた笑みだったということを。そんな彼女を心から笑えるようにしたのが彼だということを。

 

「失礼致します」

 

 そこへルビーを先頭にメンバーが入室して来ると、SPは音もなくお茶の準備に入った。

 

 ◇

 

 本日、チームのトレーニングが休みなのには理由がある。

 それは前から決まっていた婚約者同士でのデートの日。

 これは豊藤本人の意志とは関係なく、豊藤の両親とルビーたちの両親とで決めたこと。

 豊藤もルビーたちも自分たちの責務を全うするため日々邁進しているが、それでは愛を育むことは難しい。

 既にルビーたちは豊藤のことをこの上なく愛しているが、年齢差と社会常識のせいで豊藤本人は彼女らを愛しているものの、それは担当するウマ娘としての愛情というのが強いのだ。

 現にルビーたちが婚約を望んでも、豊藤は頑なに拒否し続け、しびれを切らした彼女らの家が動くという結果に至った。

 そして確信する。この男(豊藤)は娘が押せば折れる人間だ、と。

 保護者たちが見守る中、ルビーたちに気圧されて婚約書に判を押したのだから。

 

 よってあとは豊藤を娘たちが籠絡すればいい。であるならば、婚約者同士での甘い時間を過ごさせることが一番手っ取り早いとし、このように定期的にデートをさせている。

 因みに今日はドゥラメンテの強い希望で豊藤の住む邸宅でお家デート。

 この邸宅は元々別荘だったのを母親が我が子に譲った邸宅で、可愛い末っ子に一人暮らしをさせることに猛反対した母親に負けて豊藤が譲歩した結果である。

 

「お帰りなさいませ、康洋様。そしてようこそ、おいでくださいました、婚約者の皆様。ごゆるりとお寛ぎくださいませ」

 

 邸宅のドアの前に整列し、頭を下げるハウスメイドの代表として挨拶するのは豊藤が生まれた際に任命された執事兼家令の壮年男性。元々は母に仕えていたが、彼女たっての願いで今に至る。

 ルビーたちは一礼を返し、荷物をメイドたちに預け、執事に従って客室へと通された。

 

「お待たせ」

 

 着替えを終えて豊藤が客室へ入ると、ルビーたちは彼の部屋着に思わずキュンと胸が甘く締め付けられる。

 普段からビシッと実家ブランドのスーツを着用している彼が、今は白のワイシャツにクリーム色のVネックカーディガン、そして薄いグレーのスキニーというラフなのに清潔感のある姿だったから。ちらりと見えているくるぶしもルビーたちからすれば最高にセクシーで、グッド。

 故にコーディネートをしたであろう、彼と共に一緒に入ってきた年配のメイドに無言のサムズアップをし、メイドは優しく微笑んでから深々と一礼した。

 

「なんで急にみんなしてサムズアップなんかしてるの?」

 

 当然、皆の行動に疑問を投げる豊藤。しかしみんなは『お気になさらず』とおすましスマイルを向けるのみだった。

 

「で、今日はドゥラの要望でお家デートってことだけど……どうする?」

 

 気を取り直し、本来の議題をあげる。

 お家デートと決まったものの、それで何をするのかは決めていない。過去に何度かお家デートはしているが、そのどれもただただ雑談するだけで終わっている。

 ルビーたちとしてはその雑談の中で今まで知らなかった豊藤のプライベートや趣味趣向が把握出来たので大収穫と言っても過言ではないが、豊藤としてはただただ訊かれたことに答えながらその時のことや理由を述べるだけなので、果たして本当に彼女たちがこんな時間の過ごし方でいいのか、という疑問でいっぱいだ。

 ルビーを始め、チームの面々は自身に課せられた重圧を物ともせずに努力を重ねている。

 故にただただ時間が過ぎているだけなのはいいのだろうか、と豊藤は思ってしまうのだ。

 しかしそれは豊藤が少し猜疑心に囚われてしまっているだけで、ルビーたちは愛する豊藤とお喋り出来る時間はとても心休まる貴重な時間なのである。

 

「本日も雑談を所望します」

 

 ルビーが代表して言えば、豊藤は『いいの?』と思いつつも彼女たちがそれを望むならと頷いて返した。

 

「分かったよ。じい、みんなにお茶とお菓子を。夕飯前だから、重くない物を頼むよ」

 

 豊藤の要望に執事は一礼すると、メイドたちに目配せする。そうすればすぐに分かれて準備を開始。

 瞬く間にお茶とお菓子が並び、ルビーたちはメイドたちにお礼を告げてから、温かいお茶を一口飲んだ。

 

「あ、素朴な疑問なんだけど、いいかな?」

 

 豊藤の問いにみんなは『どうしたの?』と視線をやる。

 

「みんなっておでんの種で何が好き? ほら、今日は寒いからオレはおでんを食べようと思ってて……そこでふとみんなはどんな種が好きなのかなって」

 

 変化球の質問ではあるが、豊藤が自分たちのことを知ろうとしてくれるのが嬉しいルビーたち。

 そもそもお嬢様であるルビーたちが庶民的なおでんを食べるのか、という疑問もあるだろうが、豊藤の母親はおでんが好きで冬になると必ず何回かおでんを所望し、その影響でルビーたちも何度か豊藤家にお呼ばれした際に頂いているため、寧ろ食べる機会は増えているのだ。

 

「私はこんにゃくが好きです」

「私はロールキャベツとはんぺんが好きだなー」

「アタシは卵! あとしらたきとちくわね!」

「私は餅巾着が好きね」

「私は水餃子かしら。ノーマルのもいいけど、水餃子の皮の中にチーズとトマトを入れたイタリアン風も美味しいのよね」

「…………手羽先とベーコン巻きニンジンが好きだ」

「私は卵と大根が好きです!」

 

 彼女たちの好きな種を聞き、豊藤は「へぇ」と相槌を返す。

 みんな基本的に好き嫌いをしない分、ちゃんと好きな種があることに親近感が湧いたから。

 

「トレーナーはソーセージ巻よね?」

「それもだが、さつま揚げとタコもよく食べているな」

 

 ダスカとドゥラメンテの言葉に豊藤は「どれも好きだよ」と返しつつ、既に把握されていたことに内心驚く。

 しかしルビーたちが豊藤の好みを把握しているのは当然であり、学校で言えば必修科目のようなものだ。

 

「なんだかおでんの話をしてたら、おでんが食べたくなって来ちゃったなぁ」

 

 ファインがそうつぶやけば、執事が気を利かせて「ご用命くだされば、ご用意させて頂きます」と言うので、

 

「まあ、嬉しい。では用意してくださる?」

 

 なんて返し、執事は恭しく一礼する。

 

「ご馳走するのはいいけど、門限は大丈夫?」

 

 心配する豊藤をよそに、

 

「問題ありません。本日はそもそも外泊する旨を家にも寮にも、皆伝えています」

 

 ルビーがさも当然のように言うので、豊藤は思わずあんぐりと開いた口が塞がらないことに。しかし彼女たちの行動力は今に始まったことでもないので、すぐに平常心を取り戻した。

 

「今夜はずっと一緒にいられるわね、トレーナー」

「歓喜なさい」

 

 ダスカ、ジェンティルの言葉に豊藤は苦笑いながらも頷く他ない。

 

「でも時間も限られてることだし、次の話題に行きましょ!」

「……君のことをもっと聞かせてくれ」

「いっぱいお話しましょうね、トレーナーさん!」

 

 こうして豊藤は夕飯を挟みつつもルビーたちの質問や投げられる話題に答え、ルビーたちはまた愛する豊藤のことが知れて最高の一時を過ごすのだった。

 因みに就寝時は体裁を考え別々だったそう。




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