ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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優雅?な休暇

 

 とある日の休日。

 今日のチーム『ジュエルスターズ』は完全オフであり、豊藤もゆっくりと過ごせる。

 ゆっくりとは言っても、豊藤の休日はトレーナーになってからは決まっていて、海外のウマ娘レースや過去の名レースを観るか、海外で新たに考案されたトレーニング法や論文を読み、ルビーたちのレースやトレーニングに活かせるものを一つでも多く見つけることだ。

 これで本当に休まることが出来るのかと思われるだろうが、いつもと違ってトレーナー業務がない上に自宅で好きに過ごせるので十分に休めている。

 

「…………ここからのスパートは圧巻だな。それを感じても怯まず前を走っているこのウマ娘も……」

 

 とあるレースのライブ映像を観ながら、そんなことをつぶやく豊藤。

 彼は今、邸宅にあった一室をモニタールームに改装した部屋にいる。

 150インチの特大モニターに、映画館さながらのオーディオ機器を揃え、細かな動作もしっかりと見ることを可能。

 まるで雲の上に座っているかのような高級ソファーに収納されている足乗せ台を広げて身を委ねれば、寝そべりながら優雅に観戦を楽しめて、実に最高の休日だ。

 

 レースが終わり、次のレースが始まるまでの間にコーヒーを口にしようと画面から目を離さずサイドテーブルに手を伸ばした―――

 

「危ないわね。冷めてるにしても溢したらシミになっちゃうんだから、ちゃんと確認しなさいよ」

 

 ―――瞬間、すぐ隣から注意される。

 驚いて思わず肩がビクッとしてしまったが、カップは声の主が死守していたのでコーヒーが溢れることはなかった。

 

「……いつの間に来たの、スカーレット?」

 

 声の主はダスカ。

 バクバクと鼓動する胸を押さえながら豊藤が訊ねると、彼女は「はぁ?」と眉をひそめる。

 

「いつの間にって、10分くらい前にはいたんだけど? 隣に失礼するわねって伝えたら、アンタが『うん』って言ったんだけど?」

「……無意識だった」

「……その癖、直した方がいいわよ?」

「善処するよ」

 

 眉を八の字にしたダスカから注意を受け、豊藤はこれ以上の失態を見せないためにハッキリとした口調で返した。

 しかしダスカとしてはこのままの彼でいいので深く追求はしない。

 何故なら彼が何かに没頭している時は無条件で『うん』と返事が返って来るのは、ダスカとしては好都合なことこの上ないからだ。

 

 先程は『隣に失礼するわね』だったが、もしこれが『明日結婚式するからね』だったら……それだけでウマ娘界隈のニュースを席巻することが出来てしまう。

 しかしダスカや他のメンバーがそうしないのは、もう婚約までしてしまっているので急ぐ必要がないから。

 ウマ娘との重婚が認められているため、これからまた他の名家のウマ娘が婚約を希望してきた場合、それを止める権限はない。

 しかしだからといって必ずしも豊藤が承諾するとは限らないので、あとはダスカ含めメンバー全員でこれ以上彼に恋心を抱くウマ娘現れないように牽制するのが目下の使命である。

 故に今日もこうして当然のようにダスカがやって来て、同じ時間を過ごしているのだ。

 そしてダスカがいるということは―――

 

「なかなかの走りですね。やはり国外となると、選手層の厚さも違う、ということなのでしょう」

「あの差をひっくり返すのは凄いねー!」

「とはいえハナ差……スパートのタイミングがもう少し早ければその差は明確に出来たことでしょうに」

「それはジェンティルさんだから言えるセリフよ……」

「しかし私たちであればあれくらいの差ならばいけるはずだ」

「そうです! 私たちだって負けてません!」

 

 ―――ルビーたちもいる。

 豊藤としては『あれ、いつの間に?』と内心驚いているが、今回が初めてのことでもないのでその言葉は呑み込むことに。

 

「みんな暇だったの?」

 

 そんなことを豊藤がみんなに訊ねれば、みんな揃って淑女らしからぬ大きな大きな溜め息を吐いてしまう。

 当然だ。彼女たちは暇なんぞでは断じてない。

 今日は―――

 

「貴方がオフなのですから、私たちが共に過ごすのは当然のことです」

 

 ―――婚約者として側に居られる日だから。

 

 本当であれば婚約したと同時に寮を出て、将来の伴侶である豊藤宅で甘々な婚約生活を過ごしたい。世間がなんと言おうが、黙らせられる力がこちらには既に十分に備わっているのだから。

 しかしそうしないのは、豊藤が『いくら婚約しても、未成年女学生と同棲するのはおかしい』と言って反対したからで、みんなをそれを聞いて『早く同棲したいけど私(アタシ)のために我慢させるイジワルな男になってるんだ』と曲解し、だったら言い方は悪いが家畜のように美味しく頂けるのを待とう、と本家同士で取り決めたのである。

 何事も我慢し、辛抱し、耐えれば耐えれるだけ、解き放たれた時の開放感は何よりも素晴らしいと言われているのだから。

 

 ただ、それはルビーたちの考えであって、豊藤としては『卒業するまでにちゃんと自分たちに見合う相手が見つかればいい』と思っている。

 見合いだ、婚約書だと煩わしいことは今のルビーたちに不必要。ならば自分が風除けになればいい。

 豊藤は上流階級の産まれだが、兄や周りの人たちが一流過ぎて、それに比べ自分は産まれがいいだけの凡人でしかない、なんて常々見当違いなことを思っている。

 ただ時代が時代ならば豊藤はアイルランド貴族の血筋で本人が望めば爵位だって与えられる位置におり、またそれは現代であっても名門の子息で狭き門である中央のトレーナーなのだから、凡人からは掛け離れていることに変わりないのだ。

 

 そもそもルビーたちの両親は娘たちが見初め、選んだ相手が豊藤であったからこそ何も問題なく婚約させたのだから。

 そして更にルビーたちにとっては『彼以外なんて考えられない』と一途に想っているのだから、卒業までに云々なんて考えている豊藤はグラブジャムンを口いっぱいに詰め込むくらい甘い考えである。

 

「……そっか。うん、そうだね……とは言っても特に何も準備してないんだけど?」

 

 ルビーの毅然たる返事になんとも頼りない言葉しか返せない豊藤。

 しかしそんな彼すらもルビーたちからすればただただ愛おしい存在。

 現にあのルビーでさえもついつい生唾を呑んでしまっている。

 

「準備なんていらないよ?」

「そうよ。アンタはただ好きに過ごしなさい。アタシたちもそうするから」

 

 ファインとダスカがそう言えば、他のみんなも『そうだそうだ』と言うように頷いて見せた。

 現にルビーは華奢な身体を活かし、ダスカとは反対側を陣取って愛する彼の太ももを枕にソファーへ横になっている。淑女とは、一族の誇りとは……と思われるだろうが、ルビーも豊藤の前でだけは年相応の恋する乙女なのだ。端ないと周りから咎められようが、今この場には愛する人とそんな彼を仕方なく共有するご令嬢たちしかいないのだから。

 

「ルビーは今も昔もオレの太もも枕が好きだね」

「……最初にここの心地良さを教えたのは貴方ですよ」

「いや、それはルビーが無理してるって思って……多少は強引にしないとあの頃のルビーは休もうとしなかったじゃないか」

「今は貴方の言葉であれば何でも受け入れます。婚約解消以外であれば何でも」

「おうふ……」

 

 甘くも鋭い言葉に豊藤は思わずたじろぐ。

 

「そんなことより、首元を撫でてはくださいませんか?」

「え、ああ……」

 

 トントントンと軽くスナップを効かせてご要望通りに撫でてやると、ルビーは心地良さそうに口をモゴモゴと無意識に動かした。

 幼い頃から習い事や稽古事で何か成果を挙げた際、豊藤からこうやって褒めてもらうのが至福のひとときだった。

 故にそれは今も中毒症状のように本能から欲し、今となっては素直に甘えられるようになったのもあってプライベートな時間ではすぐに催促するようになっている。

 

「………………」

「無言の圧を掛けないでもろて……」

 

 しかしルビーだけを甘やかしてばかりではいられない。

 ここにはルビーだけでなく、他の婚約者たちもいるのだから。

 よって隣を陣取っているダスカは『アタシも構って!』と頭を豊藤の肩に押し当てて構ってアピールをしている。

 

「頭」

「はいな」

「ん」

「相変わらずスカーレットの髪はふわふわで触り心地がいいな」

「当然でしょ♡」

 

 豊藤に褒められて上機嫌に笑うダスカ。それもそのはずで、彼女は幼い頃に豊藤から髪を褒められたあの日から、母親に頼んで自分の髪質に合うシャンプーやらコンディショナー、ヘアオイルとお手入れを欠かさない。もちろん、それは尻尾も。

 

「両サイドを陣取っている二人は相変わらずですねー」

「しかしくじ引きで負けた私たちに割り込む権限はない」

 

 対してルビーやダスカを羨ましそうに眺めているダイヤとドゥラメンテ。

 そんな二人にクラウンだけは「次勝てばいいだけでしょ」と前向きな言葉で励ましている。

 一方では、

 

「ん〜、トレーナーのお屋敷で頂くココアはいつも美味しい♪ レシピは教わっているのに、なかなかこの味は再現出来ないんだよねー」

「勿体ないお言葉です、ファインモーション殿下」

「甘さがハッキリと伝わってくるのにも関わらず、くどくない甘さとミルクとココアの香りの見事な融合……これを頂けるだけでも足を運んだ甲斐があると言うものですわ」

「後継者教育に更に力を入れねばなりませんな」

 

 ファインとジェンティルは執事が淹れるココアを飲んで談笑していた。

 二人としては正妻の余裕というか、豊藤が誰と仲睦まじくしていようと『最終的に自分の元に戻ればいい』という考えなので、羨ましさも妬ましさも感じないのである。

 それに自分の番が回ってくれば、彼を自分のことで頭をいっぱいにさせればいいだけのことだから。

 また、執事が淹れるココアはファインたちが本心で絶賛する味で、初めてその味を知った時から彼女たちの中で不動の一位となっている。

 

「お、パドックに次の子たちが出て来たな」

 

 そうしている内に画面いっぱいに次走するウマ娘たちが映し出され、豊藤はトレーナーモードに入ってしまった。

 真剣に各ウマ娘の調子や肌や髪のコンディション、表情、入れ込み具合や落ち着き具合を観察し、手元にあるノートパソコンで各ウマ娘の戦績や脚質を確認して、どんな走りをするのか予想する。

 そんな彼をルビーたちは『私の婚約者が素敵過ぎる♡』とうっとりと眺め、至福の時間を過ごすのだった。




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