ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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その旗、超合金製

 

『たった今入ってきたニュースを速報でお伝えします。本日、正午過ぎ、〇〇駅付近の歩道に乗用車が侵入し、歩行者の数名が重軽傷の怪我を負い、近くの救急病院へ搬送されました。乗用車を運転していた―――』

 

 とある日の昼下り。

 ルビーたちは豊藤のトレーナー室でそんなニュース速報を見ていた。

 今日は豊藤が隣街のトレーニング施設で初等部のウマ娘を対象に公演の出張で留守のため、トレーニングはオフ。

 自主トレも可能ではあるが、レースを控えていることもあって豊藤からは『出来れば待機してて欲しい』と頼まれたので、ルビーたちは大人しくトレーナー室でお茶を嗜みつつ、己のやるべきことをこなしながら、彼の帰りを待っている。

 

 しかし今の一同はピタリと静止。いつも冷静沈着なルビーでさえ、予習する手が止まり、ペンも床へ落としてしまっているのにも気付いていない。

 何故なら、豊藤がこれから学園に戻る旨をルビーたちにメッセージアプリで伝え、降りる電車の時間もそこには記されていたから。

 

 そう……たった今速報で流れた交通事故の現場が、まさに豊藤がいるとされる場所なのだ。

 ルビーが固まっている最中、ファインは冷静にSP隊へ直ちに現場へ急行するよう指示を飛ばす。

 

 SP隊がファインを護衛する最低限の人数を残し急行すると、ジェンティルが静かに口を開いた。

 

「何もそこまで大袈裟にする必要はないのではなくて?」

 

 凛とした姿勢を崩すことなくそう言うジェンティルに、ファインは「そうかな?」と返す。

 しかしその声には怒気が混じり、先程のジェンティルの言葉を批難していることがすぐに見て取れた。

 それでもジェンティルは主張を変えるつもりはないようで、その証拠に「疑問に思ったことをそのまま述べただけですわ」と涼しい顔で返している。

 

「ジェンティル先輩、流石にその言い方は……」

「トレーナーが心配じゃないのか?」

 

 クラウン、ドゥラメンテの言葉にジェンティルは尚も「別に」と返せば、

 

「どうしてそんな冷たいこと言えるんですか!?」

「そうです! トレーナーさんに何かあったら……!」

 

 ダスカとダイヤが思わず声を荒げた。

 するとジェンティルは心底鬱陶しそうに耳を絞る。

 

「そもそも、あの方を誰だと心得ているのかしら? 私のフィアンセよ?」

 

 その言葉にその場の空気が一気に凍り付き、次の瞬間には苛烈な業火へと変わった。

 当然だ。ジェンティルがわざわざ豊藤を『私の』と強調し、それに対してみんな『お前の』じゃなくて『私(アタシ)の』だからと目で反論しているから。

 

 彼女たちがジェンティルを除いて冷静さを欠いている理由は、豊藤が事故に巻き込まれているのではないかということではない。

 普通ならば誰もがあんなニュースを見聞きすれば事故に巻き込まれていないか、という心配をすることだろう。

 しかしそもそも豊藤は無事である、と全員が確信しているのだ。

 

 その理由は豊藤に(無断で)身に着けさせているGPSが今もちゃんと作動しているし、ファインのSP小隊が陰ながら彼を護衛しているから。

 では何故あのルビーですら固まってしまった理由は何か……それはこのあとダイイチ家にて会食があり、彼が婚約者としてエスコートしてくれる予定だったのが、事故のせいで時間を取られて流れてしまうかもしれないと一瞬でも頭に過ぎってしまったからだ。

 婚約する前までのルビーとしてはエスコート役なんて不要としか思っていなかったが、豊藤という最愛の人と出会い、婚約してからは彼が隣にいないととても悲しくて、表情を緩めると涙を流してしまいそうになるくらいである。

 故にいくら無事であることは把握していても、一緒に過ごせるはずが過ごせなくなったとなると、ルビーは寂しくて仕方ないないのだ。

 

 ルビーが一人、しょんぼりと耳と尻尾を垂れさせている横で、ファインたちは無言のまま正妻冷戦を繰り広げる。

 ファインはロイヤルスマイルを絶やさず、ジェンティルは大胆不敵にそれを流し、ダスカたちは非難轟々の視線をジェンティルにやり、何かの拍子に正妻戦争が勃発してしまう―――

 

「ただいま〜」

 

 ―――かと思いきや、呑気な声と共に豊藤がトレーナー室へと帰還する。

 そんな彼が帰って来たのを見て、ジェンティルを除く一同は安堵したように胸を撫でおろした。

 しかしみんなは豊藤が事故に巻き込まれていないことに安堵したのではない。時間通りに帰って来たことに安堵したのである。

 

「いやぁ、事故があって遅くなるかと思ったけど、ファインが送ってくれたSPさんたちが即座に誘導してくれたお陰で助かった。わざわざありがとうね、ファイン。SPさんたちにもお礼は伝えたけど、ファインからも労いの言葉をかけてあげて」

「うん、分かったよ。それにしても……うふふふ、大袈裟だね♡ 私はキミの未来の妻だもの……これくらいは当然のこと、だよ♡」

 

 豊藤からお礼の言葉を貰い、思わず笑みが溢れるファイン。

 しかしこのまま二人だけの世界に浸らせてあげるほど、みんなは優しくない。

 

「彼も戻ってきたことです。迎えの車を呼びますので、場所を移動しましょう」

 

 ルビーの凛とした言葉に豊藤は「分かったよ」と返し、戸締まり確認に入る。(ティーセットはファインのSP隊が迅速に片付けた)

 邪魔をされたファインはルビーを軽く睨むが、そんなのルビーには関係ない。今日はやるべきことが残っているのだから。

 

 ◇

 

 そしてやってきたダイイチ家。

 ダイイチ家の会食とは言っても、これはルビーの母が親睦を深めるために設けた席であるため、畏まったテーブルマナーやルールも一切不要である。

 故に、

 

「お口を開けてください」

「あー……」

「あら、口元にソースが付いてしまいました。申し訳御座いません……ペロッ」

 

 こんなことをしても許される席なのだ。

 因みに今は、ルビーが豊藤の膝上に鎮座し、ダイイチ家お抱えシェフによるブランド牛のサイコロステーキを食べさせてあげているところ。

 その際にソースが豊藤の口元に付いてしまったため、責任を持ってルビーが舐め取ってあげた。

 普段のルビーを見知っている者がこの光景を見れば、豊藤の膝上に座っているのはルビーのそっくりさんではないかと疑うだろう。

 しかし安心してほしい。豊藤の前ではこれがルビーのデフォである。

 

「あのさ、ルビー」

「はい」

「いつも言ってるけど、舐め取るんじゃなくて、紙ナプキンで拭いてよ」

「舐め取る方が効率的だと判断しました」

「それはルビーがしたいだけだよね?」

「分かっているのであれば問題ありません」

「問題しかない……」

「婚約者なのですから何も問題ありません」

「でもTPOが……」

「何も、問題、ありません。ね?」

 

 普段の彼女では滅多に見せない満面の笑み……これほどの圧力を前にすれば、豊藤も押黙る他ない。

 そもそも―――

 

『………………』

 

 ―――四方八方から痛いくらいの視線が自分の全身に突き刺さっているのだから、豊藤としては早いとここの現状を終わらせる方が抵抗するよりいいのだ。抵抗も一切無意味であるのだが……。

 

「次は何が食べたいですか? それとも口移しになさいますか?」

「やめてください」

「…………分かりました」

 

 物凄くルビーは不服そうな顔をしているが、豊藤は目を合わせないように顔ごと視線を真上にやってやり過ごす。目を合わせたら押し切られるのが分かっているから。

 

「次は私だね♪」

 

 そしてルビーを押し退けて今度はファインが豊藤の膝上に座る。

 

「え、これ交代制なの?」

「貴様ぁ?」

「わーい、嬉しいなー」

 

 えも言われぬ王族オーラを前に、豊藤は即座に掌を返して喜ぶ素振りを見せた。でないと次の瞬間には国際問題に発展してしまうから。

 例え指一本触れていなくてもファインが『純潔をちらした』と言えば、それは真実となり、即座にアイルランド行き決定なのだ。

 

「キミのここ(膝上)……前は私だけのだったのになぁ」

「変な言い方しないで……」

「まあいいけどね。側室は我慢出来るし、一番が私なのは分かってるから♡」

「……みんなを煽るのやめてもらろて」

「事実なんだけどなー♡」

 

 ニコニコで花も恥じらう笑顔だが、周りからはそんな草花を焼き尽くす業火しかない。

 ファインはそれに満足したのか、豊藤の頬にキスを落として膝上から退いた。

 

「……美人に言い寄られていいご身分じゃない」

「……スカーレットも十分美人なのを知ってて言ってる?」

「当然じゃない。バーカ♡」

 

 ファインが退けば、すぐさまダスカが座る。

 憎まれ口を叩きながらも、顔はにっこにこ。

 

「なんか食べる?」

「あ、ならエビのナゲット頂戴」

「いいわよ……はい、口開けなさい」

「あ〜、むっ」

「餌付けしてるみたい♡」

 

 満足そうに笑うダスカに豊藤は「そーですね」と反論する気力もなく返す。

 そんな彼を見てダスカは気分が更に上がり、彼の唇に触れた指を妖艶な表情を浮かべて舐めながら退いていった。

 

「…………あの、ドンナさん?」

「何かしら?」

「腕が痛いのですが?」

「これくらい耐えなさいな。私を弄んだ罰よ」

 

 膝上に座ってきたジェンティル。そんな彼女を豊藤が腰に手を回して支えると、その腕に尻尾がギッチリと巻きつけられる。

 彼女が本気を出せば容易く骨が粉々になるだろうが、そんな恐怖心は豊藤にはない。彼女が幼い頃から嫉妬するとやってくるお仕置きなので、痛いのは痛いが血圧測定を受けている程の痛みだ。

 

「余所見は大目に見るけれど、ちゃんと私のことも見ること。よろしくて?」

「ちゃんと見てるよ」

「よろしい♡」

 

 ジェンティルはそう言うと、豊藤の首筋に甘噛みをして去っていく。

 

 そして次はクラウンだ。

 

「お疲れ様。はい、ウーロン茶」

「多謝」

「唔使客気(どういたしまして)♡」

 

 クラウンはこれまでのメンバーから比べると癒やし枠。

 何故ならクラウンはこういう時ではみんなの相手で疲れ切った豊藤を休ませてあげることにしているから。

 しかし彼女の本当の狙いは、そうすることによって疲れた時は自分の所へ来るように体に仕込んでいる。

 

「疲れたらちゃんと私を頼るのよ? 分かった?」

「いつも頼りにしてるよ」

「よろしい♡」

 

 故にクラウンはとても満足し、早々にドゥラメンテへバトンタッチした。

 

「………………」

「オレの顔に何か?」

「いや、何か命令をくれないか待っているんだ」

「犬か」

「ペットは嫌だ。私は君のフィアンセだ」

「かわいいかよ」

「?」

 

 キョトンと小首を傾げるドゥラメンテがジャーマンシェパードのように見え、思わず豊藤は彼女の頭と顎をワシャワシャと撫で回す。

 するとドゥラメンテは尻尾ブンブン、耳はピコピコの上機嫌になり、大満足で膝上をダイヤに譲った。

 

「トレーナーさんは悪い人ですね」

「なにゆえ?」

「私たちをい〜っぱい夢中にさせるからです!」

「特に何かした覚えはないんだけど……」

「それでいてフラグ回収が下手っぴさんです」

「ナチュラルにディスられてる……」

「でも、合格です♡」

「いつの間にか合格しているという謎」

「これからもずっと私たちがお側にいますからね♡」

 

 じゃないと他にも婚約者が増えちゃいますから――とダイヤは内心つぶやき、豊藤にマーキングするかのように彼の胸元に顔をグリグリと押し当てる。

 これだけ複数人のウマ娘の匂いが付いていれば、他のメスが『うわ、お手付きかよ』と諦めてくれるから。

 

 そんなこんなで今回の婚約者同士の時間も平和?に終わり、より一層豊藤を囲うバリケードが強固になるのだった。




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