ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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お正月のジュエルスターズ

 

 お正月を迎え、多くの人々がゆったりと過ごす中、豊藤を含めた『ジュエルスターズ』は新年会や企業パーティー、ルビーたちの親族等との新年会等々で怒涛の三が日を過ごした。

 

 そしてやっと最後の新年会に赴いている。

 

「は〜〜〜〜〜、やっと終わったぁ……」

 

 今、豊藤はダークスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外し、自分に宛がわれた部屋のソファーの背もたれにもたれ、天井を見上げていた。

 彼が今いるのはファインの実家……つまりはアイルランド国王の王宮である。

 ただ陛下が住まう宮内の客室ではなく、ファインの婚約者ということで王宮内にあるファイン用の王女宮の客室なので、ある程度気を抜いても安心だ。

 給仕係である初老のメイドも顔見知り。幼き日のファインに呼ばれていた頃からの付き合いなのもあり、かなり気楽に接することが出来る。

 

「まだ慣れませんか?」

 

 メイドが優しく微笑んで問うと、豊藤は「堅苦しいのは何歳になってもなれませんよ」と苦笑いで返せば、メイドは可笑しそうに目尻のシワがより深くなった。

 

「あの頃から変わりませんね、殿下は」

「殿下ってのやめてよ……」

「ファイン殿下の婚約者様なのですから、殿下とお呼びするのが普通ですよ」

「それはそうだけどさぁ」

 

 堅苦しいんだよぉ、と駄々っ子のように文句を垂れる豊藤。

 しかしそんな彼を見ても、メイドは若き日の彼を思い出してにこやかに流すばかり。

 メイドからすれば、彼は今もあの頃と変わらずファイン殿下のお側にいてくれているありがたい存在なのだ。

 

 王族としてこの世に生を受け、周りから愛され、敬われ、大切にされてきたファイン。

 笑顔は絶やさずとも時折何か達観したような表情をする幼いファインを見て、メイドは『どうか、殿下に心安らげる時がありますように』と側にいる傍ら常々願っていた。

 そんなある日、王太后の古き友人が孫を連れてきた。その孫が豊藤であり、彼が遊びに来た時から、ファインは段々と心からの笑顔を彼の前で見せるようになり、暫くすると心から笑えるようになった。

 

 故にメイドは豊藤に心から感謝している。殿下を笑顔にさせてくれたこと。殿下がやりたいことや望むことを出来るようにしてくれこと……たくさんの感謝が。

 

「湯浴みのご準備が整いました」

 

 そこへ別のメイドが報告にやってくる。

 それに頷いた初老メイドは豊藤に「いかがなさいますか?」と訊ね、彼は「あ、入るよ」と返して立ち上がった。

 

 豊藤が客室を出、初老メイドはそのあとを追う。

 その際、報告に来たメイドへ目配せすると、そのメイドは小さく頷いて、そそくさと音を立てずにその場をあとにした。

 

 ◇

 

(ここでの生活はいつになっても慣れない……)

 

 広い湯船に浸かり、豪華絢爛な天井を見ながら、豊藤は大きく息を吐く。

 彼自身も上流階級ではあるが、それはあくまでも日本基準でザ・王室とくれば訳か違う。

 幼い頃から執事、メイドはいるし、着替えもコーディネートもその者たちの仕事で、今の状況と同じと言われれば同じだ。

 

 しかし圧倒的に違うのは、

 

「殿下、お湯加減はいかがでしょうか?」

 

「あ、うん、大丈夫だよ……」

 

 仕切の向こうに使用人(男性)たちが待機していること。

 普段の入浴でも執事が待機しているが、それは風呂場の隣に設けてある待機室。

 しかしそれは王宮程広い浴室ではないからで、仮に別室だろうと豊藤が住む邸宅の浴室ならば何かあれば物音がするので待機室で済んでいるという話。

 一方で王宮は浴室の広さもあり防音性も高いため、何かあった時のために使用人が浴室内に一緒に入って待機しているのだ。

 故に豊藤としては湯船に浸かっていても落ち着かない。

 つくづく自分はこういう環境は合わない人間なのだと豊藤は思った。

 

 そんなことを考えていると、浴室のドアが控えめに開く音がする。

 豊藤は『あぁ、流石は王宮勤めの使用人』と感心した。

 何故なら使用人たちが退室してくれたと察したから。

 

 しかしそれは大きな間違いである。

 何故なら、

 

「失礼致します」

 

 ルビーたちが入ってきた音だったから。

 

「え、なんでみんなこっちの風呂にいるの?」

「……来ちゃった♡」

「一番困惑する回答ぅ……」

 

 焦る豊藤を尻目にファインは満面の笑みで返して湯船に侵入。

 豊藤は当然のように全裸であるが、ルビーたちはそれぞれ勝負服カラーの湯浴み着を着用して大事な部分は濡れても透けないようになっているし、湯船もバスミルクのお陰で彼女たちに豊藤の子豊藤は見えていない。

 

「流石にマズいんじゃ……」

「何がよ? 男の使用人さんたちはアタシたちが来る前に退出したし、代わりにメイドさんたちがいるから大丈夫よ」

「そういうことじゃなくて……」

「昔は一緒に入ってたじゃない。アタシの全部はもうアンタに見せてるってのに」

「それは不可抗力ってやつで……」

「いいから黙って一緒に入りなさいよ。お正月忙しかったの、アンタだけじゃないんだから、そのご褒美よ!」

 

 当然の権利とでも言うようにダスカは有無を言わさず、豊藤は押黙る。

 

「例え間違いが起きたとしても、それは貴方の考えでの間違いであって、私たちにとっては間違いでもなんでもないのだから、気にするだけ時間の無駄よ。寧ろ、間違いではなく歓迎するわ」

 

 ジェンティルの言葉を聞いて豊藤はすすすと彼女の目を見ながら距離を取った。今の彼女の眼は捕食対象を前にして舌なめずりをする獰猛な肉食獣……ヒグマよりも恐ろしく見える。

 

「そんなに脅したらダメじゃないですか、ジェンティルさん」

「私たちは君に危害を加えない。婚約者として、同じ時間を過ごしたいだけだ」

「こういう時でもないと一緒に入れませんからね!」

 

 クラウン、ドゥラメンテ、ダイヤの言葉にジェンティルは「つまらないわね」と肩をすくめ、それを見て豊藤は警戒態勢を解いた。

 

「そもそもここで何が起きようと誰も言いふらさないよ」

 

 ファインが安心させるように言うが、豊藤としてはそれこそ安心なんて出来ない。

 何故なら、

 

「だって言いふらしたら不敬罪だもの……だから何をされても外部には漏れないんたー♪」

 

 この場で何が起きようと誰もが口を噤むのだから。

 しかしそれも当然と言えば当然だ。ここはただの企業などではなく、王室。王室に遣えるということは、それだけ信頼された人物であり、それだけ王室に忠誠を誓った者のみが許される領域なのだから。

 故にファインがこれから豊藤に何をしても、どんな話し声を聞いても、ファインが望むことは正しいことなのである。

 

「……去年はこんな強攻策に出なかったのに」

「あら、だって去年は婚約者ではなかったもの。これでも我慢してたんだよ?」

 

 ね、みんな?とファインがルビーたちに問えば、みんなはほんのりと頬を赤く染めつつもコクリと頷いて返した。唯一、ジェンティルだけはいつものように毅然とした姿勢を崩さない。

 このままでは本当に危ない……豊藤の中のアラートは戦時下のように鳴り響き、防衛本能は警戒態勢を厳とする。

 しかし正真正銘の生身一つでウマ娘七人を相手にすれば、蹂躙されることは確定……故に豊藤はミリ単位でルビーたちから距離を取ることに呼吸を整えて全集中した。

 が―――

 

「逃げる必要はありません。貴方が考えているような手段は取りませんので」

 

 ―――ルビーの凛とした言葉に、彼はようやっと安心することが出来た。

 チームリーダーであるルビーがそう言えば、他のメンバーもしないから。

 

「脅かさないでくれ……寿命が縮んだぞ……」

「嫌でも伸ばしますから、安心してくださいね、トレーナーさん♪」

「ダイヤがそう言うと怖い」

「マックイーンさんたちのように、私たちも一心同体ですから、怖くありません!」

 

 フンスと自信満々なダイヤの言葉に豊藤は乾いた笑いしか返せない。

 いざとなったら生命維持装置に繋がれてしまうのではないか、と。

 そうならないためにも出来るだけ健康的に長生きしなくては、と心の中で誓う。

 

「でもね、せっかくのご褒美がただ一緒にお風呂に入るだけって、つまらないと思うの」

「え」

「君に危害を加えることはない。しかし君が抵抗すると、悲しくて、つい力を出してしまうかもしれない」

「…………?」

「要するに、アンタはこれから何をされようともアタシたちのご褒美ってことで受け入れればいいのよ。簡単でしょ?」

「?????」

 

 思考回路はショート寸前の豊藤を他所に、ルビーたちは彼ににじり寄ってきた。

 

「待って」

「待たない」

「ホント待って」

「散々待ったよ」

 

 豊藤の制止も虚しく、ルビーたちは愛する彼に身を重ね、浴室には彼の悲鳴が響き、飾ってあった花瓶の花がはらりと散るのだった。

 

 ◇

 

「………………」

 

 どこかのジョーみたいに真っ白に燃え尽きた豊藤。

 湯浴みが終わり、抜け殻になった彼を男の使用人たちで身なりを整え、客室に送還し、ベッドへ寝かせた。

 彼が放心状態の中―――

 

「とてもよう御座いました!」

「誉れで御座いますね!」

「殿下たちの愛が伝わったことでしょう!」

 

 ―――メイドたちはルビーたちを褒め称えている。

 何故なら、ルビーたちは先程、豊藤の生身に愛の刻印を刻んだからで……つまりはキスマークを付けたのだ。目立たない胸元やお腹に。一見すると世紀末救世主のように見えてしまうが、赤の他人に見られることはないので心配御無用。

 一方でルビーたちは艶々だ。もう全世界のGⅠレースで大差勝利を飾ったような高揚感に浸り、この上ない幸福感に満たされている。

 キスマークでこれなのだから、真に男女として結ばれる時はどれほどなのか……みんな野生の本能を必死に抑えて紅茶でクールダウン。

 これ以上のことをしてしまうと、泥沼に嵌る自信がみんなあるから。

 

「…………大満足、とまではいきませんでしたが、新年早々幸先の良いスタートでした」

「だね♪ あとはこれを常態化させるまでに持ってけばいいだけだし♪」

 

 微笑むルビーにファインが笑顔で恐ろしいことを言っているが、誰も止める者はいない。

 

「薄くなってきたらまたつければいいだけですもんね!」

「浮気はしないでしょうけれど、億が一襲われた際には相手もあれを見れば怯むでしょう……まあ無事に帰すことはないのだけれど」

 

 ダスカやジェンティルの言葉を聞いても、メイドたちはルビーたちを褒め称えるのみで、寧ろ『そんな不届き者が現れたら私たちにお任せを!』なんて言う始末。

 

「まあまあ、そんなこと起きないわよ。サトノ家と王家のSP隊がそんな失態を犯したらどうなるか十分理解してるはずだもの」

「解雇だけで済めば御の字、だな」

「そんな優しい雇用主じゃないですよー♪」

 

 おほほ、あははと笑うダイヤとファイン。そんな二人の声を、客室の外で待機しているそれぞれのSP隊は冷や汗ダラダラで聞き、命を懸けて任務を遂行すると気持ちを新たにするのだった。

 こうして豊藤を除いてルビーたちは慌ただしくも幸せなお正月を過ごし、また甘い思い出を追加した。




補足
ファインモーションが王室内で皇太子女なのかどうかは不明であるため、王女ということで殿下としています
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