ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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ジュエルスターズの2月

 

 本日は節分。

 この日はトレセン学園でもカフェテリアで限定メニューを提供したり、豆撒きをするチームもいる。

 豊藤率いる『ジュエルスターズ』は相変わらずトレーニングに精を出したが、

 

「鬼は〜……外〜!」

『鬼は〜、外〜!』

 

「福は〜……内〜!」

『福は〜、内〜!』

 

 トレーニングが終わるとすぐに豊藤の邸宅へ向かい、豆撒きを始めた。

 意外かもしれないが、豊藤もルビーたちも節分は古くから日本で行われている雑節の一つという大切な行事だとして毎年行う。

 ファインに至っては異文化であるが、日本が好きなことと、豊藤と結婚するのだからと楽しみつつも真剣に取り組んでいたりする。

 

 この日のためにウマ娘の神様がいるとされる京都の神社で福豆を清めてもらった。

 ちゃんと大安吉日に祈祷してもらい、その後はしっかりと邸宅にある神棚に捧げるという徹底振り。

 トレセン学園の生徒やトレーナーも数多く参拝することもあり、その神社の名前のレースもあるくらいだ。

 

「いや〜、部屋数が多いから結構腕に来るね〜」

 

 豆撒きを無事に終えたものの、流石の豊藤もついそんなことを零しながら肩を回す。

 

「でも大切なことでしょ? 節分に行う豆まきは、季節の変わり目に起こりがちな病気や災害を鬼に見立て、それを追い払う儀式だって、日本の勉強をした時の書物で学んだもの」

 

 ファインはそう言いつつも、豊藤の肩を優しくマッサージしてあげた。

 そんな彼女に対して、豊藤は「そうだね」と返しながら『ありがとう』の意味を込めて彼女の首筋を軽く撫でる。

 するとファインは嬉しそうに目を細めたが、対してルビーたちの視線が豊藤の全身に刺さる。

 

「康洋様、婚約者様方、お夕飯の準備が整いました」

 

 そこへ豊藤の執事が報告にやってくると、豊藤は「さぁ、ご飯だ〜」とわざとらしく明るく言って今の空気を無理矢理変えた。そうでもしないと全員を撫でて、更に腕と肩を酷使することになりそうだったから。

 

 ▽

 

 食堂へやってくると、今日のためにシェフが用意した料理が並んでいる。

 恵方巻きを始め、イワシのつみれが入った鬼除け汁に、湯豆腐、イワシの塩焼きと節分に因んだ料理だ。また食事のお供であるお茶も福茶である。

 鬼除け汁とは豚肉と根菜を使ったみそ汁に蒸した大豆を入れたもの。食べると厄除けになるといわれていて別名「節分汁」とも呼ばれ、豊藤家では節分の汁物はこれなのだ。

 恵方巻きに至ってはアナゴ、シイタケ、コマツナ、カニ、エビ、ツナマヨ、サーモンが巻かれている。

 

「いただきます」

『いただきます』

 

 豊藤の言葉のあとに、ルビーたちも声を揃えて手を合わせた。

 

「康洋様、今年の恵方はあちらで御座います」

「お、ありがとう」

「いえいえ」

 

 執事から言われた通り、豊藤は今年の恵方へ向かって恵方巻きを食す。

 それに倣い、ルビーたちも恵方へ向いて食べ始めた。

 

(ルビーたちが怪我なく、伸び伸びと走れるよう、鋭意努力します)

『(第一夫人は私(アタシ))』

 

 豊藤が黙々とトレーナーらしい願い事をする横で、ルビーたちは火花バチバチに正妻冷戦を繰り広げる。

 執事はそんな様子を見ながら、

 

(ご結婚と同時にご子息様のご報告が聞けそうで嬉しゅう御座いますぞ!)

 

 ハンカチーフで涙を拭い、渾身のガッツポーズをしているのだった。

 その後は穏やかに食事を取り、その日はルビーたちも邸宅に宿泊し、愛する豊藤と同じ屋根の下で甘い夢を満たそうな。

 

 ―――――――――

 

 2月の大きな乙女のイベント、バレンタインデー。

 うら若き乙女の園であるトレセン学園も、バレンタインデーとなるとみんなどこか浮き足立っている印象だ。

 現代では愛を贈る日と認知され、男女関係なく贈り物をしている人が多い。

 

 その一方で豊藤は少々特殊な状況に置かれている。

 何故なら彼が学園内を歩くだけで、生徒たちが彼が通り過ぎたあとで黄色い声をあげるから。

 

 豊藤のバレンタインデーは毎年……正確にはファインを担当することになってからこうなった。

 理由は、

 

「まるで十字架を背負ってるみたいだ……背負ったことないけど……実際は指だけど……」

 

 彼の左手薬指に眩く光るシルバーリングが着けられているから。本日限定で。

 

 このシルバーリングはただのシルバーリングではない。

 ファインが王室御用達の専門店で特別注文して作らせたアイルランド伝統のクラダリングである。

 

 クラダリングとは、アイルランドのクラダ漁村から由来し、1600年代半ばから『愛』と『忠誠心』そして『親しみ』の象徴とされてきた。

 ただ今日に至ってクラダリングには、友情を表す手、愛を象徴する心、そして忠誠心を表す王冠という三つのユニークなシンボルがあり、着ける場所と向きによってメッセージがある。

 

 1:右手薬指にリングを着けて、心(ハート)のポイントが外に向くようにすると、心臓が開いていることを他の人に知らせる……つまりは恋人募集中といったメッセージ。

 2:右手薬指にリングを身に着ける際に、心が自分の方に向いていると、自分には既に恋人がいるというメッセージに。

 3:左手薬指で心が外側を向くように着用する場合、これは結婚することを約束していることを告げているメッセージ。

 4:左手薬指に手を内側に向けて身に着けると、それは自分が結婚しているメッセージとなる。これには相手に愛と忠誠を誓う意味も含まれている。

 

 先程からワーキャーと黄色い声をあげる子たちは、この意味を理解しているのだ。それもわざわざファイン自らが知らしめたことで尚の事広く周知されている。

 それでいて豊藤のリングは説明の4に該当する着用法なので、他の生徒たちに『自分たちは結婚しています』と宣言しているのと変わりない。

 故に生徒たちは余計に色めき立ち、ルビーたちに『いいなぁ』と乙女心全開の羨望の気持ちが溢れ、それが黄色い声となって出ているのだ。

 しかも当然のようにルビーたちも同じように自前のリングを同じ位置で着けているから余計に。

 彼に強請らず、自前にしたのには彼からは既に婚約指輪を貰ったのと、ゆくゆくは結婚指輪を貰うから。

 

 そしてそもそも黄色い声が大きい理由は、

 

「バレンタインデーって前までは仲良しの子たちとチョコレート交換するってだけのイベントだと思ってたけど、今はちょっと照れ臭いイベントだと思っちゃうわ♡」

 

 クラウンが豊藤の左腕に両手を絡めて歩いているから。

 今日はたまたまルビーたちが己のやるべきことが多く、遅れている。

 よって豊藤とクラウンは一足先にトレーニングコース場へ向かうことにし、今に至るのだ。

 

「こうしてると、今の私たちって本当に夫婦に見えてるかしら?」

「……担当のウマ娘とそのトレーナー、だと思うよ」

「……イジワル♡」

 

 それなら周りがこんなに騒がしいはずないじゃない……と無理ある豊藤の返答にクラウンが慈愛に満ちた顔を見せて付け加えると、豊藤は「ですよねー」と天を仰ぐ。

 

「せっかくのバレンタインデーなんだもの。もっとイチャイチャしましょ?」

「そう言われて、はいします、なんて言える訳ないでしょ……クラは未成年で、オレは成人。しかも30だ」

「愛に歳の差とか関係ないわ」

「お互いが成人してるならね」

「でも婚約者よ。それも周知されてる仲」

「だからって四六時中イチャイチャしてる人なんていないよ」

「私たちが先駆者になるってのも――」

「そんな先駆者になりたかないね」

 

 取り付く島のない豊藤の態度と言葉。普通ならば好いている相手にそんな態度を取られれば悲しくなるものだが、クラウンは背筋に電気が走っているかのようにゾクゾクとし、尻尾の付け根が震える。

 彼女はどういう訳か豊藤に素っ気なくされると胸がドキドキして、顔が熱くなるのだ。

 幼い頃に出会った際、彼に優しく抱っこされたことをクラウンは今でも鮮明に覚えている。

 そんな彼が今の自分に対して頑なに態度を軟化させないのは、自分のことを異性として見てくれているからだとクラウンは考え、それがとても嬉しく、とても優しい人なのに冷たい態度を取るギャップに恋心は加速していく。

 

「トレーナー」

「ん?」

「愛してるわ♡」

「……どうも」

「ふふっ」

 

 ぶっきらぼうに顔を反らして返ってくる言葉にクラウンは小さく笑った。

 言葉や声色は冷たくても、彼の耳はしっかり赤くなっているのが見えているから。

 今はそれしか返ってこなくても十分。自分の想いが彼に伝わっているのなら、それだけで。

 

 クラウンは改めて豊藤の左腕に抱きつき、残った僅かな時間は彼にうんと甘えて過ごすのだった。

 

 ▽

 

「…………臭いますね」

 

 トレーニングも無事に終わり、シャワールームから戻ってきたルビーの第一声である。

 豊藤は部室前のベンチに座ったままキョトン顔だが、ルビーは不服そうに鼻を鳴らし、心頭滅却してから彼の左隣に座った。

 

「臭いのに隣に座るの?」

「メス臭い、という意味です」

「……ルビーさん、どこでそんな言葉を?」

「しかし、私の知っているメスの臭いなので、罰したりはしません」

「暴論ー」

「簡単に私以外の臭いを付けられる貴方が悪いのです」

 

 ルビーはそう言うと臭いを上書きするように彼の左腕に身を寄せ、豊藤はそんな彼女を止められない。止めたら外でも構わず膝上に座ってくるから。

 

「お待たせー、トレーナー♪」

 

 そこへファインたちも戻ってくる。クラウンはルビーの上書き行動を見て苦笑いだ。

 

「それで……バレンタインデーの贈り物を渡すからって言われてこうして待ってたけど、部室に入る?」

 

 豊藤がみんなに問うと、みんなは頷きを返す。

 しかし部室に入ると、即座にファインのSP隊がどこからともなく現れて、豊藤を椅子に座らせた状態で拘束具で固定した。

 

「……拷問されるの?」

 

 豊藤の怯えた声にファインは正反対の明るい声で「違うよー♪」と返す。

 

「……じゃあ、なんで拘束する必要があるの?」

「んー……ちょっとした罰も含まれてるから、かな?」

「オレ、なんか罪犯した?」

「うん」

「どんな?」

「お正月に羽根つきした時に、私の言う通りに書いてくれなかったこと」

「あれまだ根に持ってたの!?」

「素直に書かないキミが悪いんだよ?」

「いやいや、オレ悪くないよ! そもそもあんなの書いてくれって……普通頼まないよ!?」

 

 ファインが豊藤に羽根つきで書くようにと出した指示……それは太ももの内側に正の字を書くこと。しかもファイン以外にもチームのみんなが一度はそう指示を出した。

 ナニがとは言わないが、アレがアレなので豊藤は拒絶して普通にほっぺたへバツ印を書いたのだ。

 一方で豊藤は『私の』『婚約済』『婿』なんてみんなから書かれたのだが……。

 

「だから罰として、ポ〇キーゲームね♡」

 

 ファインが天使のような笑みで告げると、豊藤は顔面蒼白になった。今の彼にはファインの笑顔は悪魔に見えるだろう。

 助けを求めようと周りを見渡せば、みんなまんざらでもない様子で助けはないと悟った。

 こうなればまな板の上の鯉。豊藤はただ己の運命を受け入れるしかない。

 

『目を逸らすの禁止(です)♡』

 

 SP隊がハンカチで感動の涙を拭きつつ記念撮影をしている中、豊藤はルビーたちと熱い熱いバレンタインデーを過ごすのだった。




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