今日は桃の節句。つまりはひな祭りの日で、トレセン学園ではこの日限定のひな祭りイベントが開かれている。
中でも目を引くのはお昼休みの時間だけ、理事長にくじ引きで勝手に決められた男性トレーナーたちが校舎ロビーにお内裏様役の格好で座らせられることだ。
一方で選ばれたトレーナーたちにも救済措置はある。どうしてもやりたくないトレーナーはどうにかして代役を立てれば、そんな公開処刑を受けずに済むのだ。
ただ、
「やっぱりこれを着るのね……」
豊藤はくじ引きで当選しようがしまいが否応なしにお内裏様の衣装を着させられる。
理由は簡単で、ただ単にルビーたちが着て欲しいからだ。
因みに前の年はお内裏様役に当選し、豊藤はロビーにて公開処刑された。その際、ルビーたちは嫉妬するどころか『こんないい人が私(アタシ)のトレーナーで羨ましいでしょ?』とどこか自慢げで、正妻の余裕を見せつけていた。
そして今年は自分たちだけで豊藤のお内裏様姿を堪能する。
「…………素敵です」
あのルビーでさえも一瞬目を奪われて言葉を失い、やっとのことで豊藤を褒めた。
ファインに至っては無言のまま自身のウマホで連写機能を駆使しつつ、愛する豊藤の麗しい姿をデータに残している。
「ロビーにいるトレーナーたちには悪いけど、やっぱアタシたちのトレーナーが一番カッコいいわよね」
「愚問ね……比べるまでもないでしょうに」
ダスカの言葉にジェンティルが得意げに返せば、ダスカもダスカで「ですね!」と激しく同意。
「こう見ると和装の結婚式も捨てがたいわね……」
「……どちらもするのはどうだ?」
「ドゥラメンテさんの言う通りです! 何も結婚式は一回しか挙げてはいけないなんて決まってないですし!」
洋装、和装と二度の結婚式をするにしても、彼女たちのお家に掛かれば朝飯前。しかもその内、洋装ならばアイルランドで行われる予定で、既に王家の方でチーム全員が学園を卒業したあとの日程を組んでいる。当然、王族の結婚式なので格式高い場所での式場だ。
「なあ、さっさと写真撮影して終わらせようよ。オレ、腹減った……」
豊藤がみんなに促すと、みんなは名残惜しいが彼にひもじい思いはさせられないと、ツーショット写真の撮影に入る。
「……相変わらず凄いギャップだね」
「私は大変満足しています」
お内裏様の豊藤をお姫様抱っこして撮影に臨むルビーは、とても上機嫌に満面の笑みを見せていた。
「私は今回は普通に撮ろーっと♡」
「無難でいいね」
次のファインに至っては宣言通り、隣に並んでの撮影。ピースサインするファインの笑顔は満点で、撮影係のSP隊員は「一生忘れません!」とこの役目を頂けたことを誇りに、より強く忠誠を誓った。
「アタシは腕組みにするわ♪」
「満足そうで何より」
続くダスカは腕を組んでのピースサイン。豊藤は笏を両手で持っているので直立不動のままだが、ダスカが嬉しそうなので優しい笑顔を浮かべている。
「……いい表情(かお)をしてますわね」
「もう慣れっこだからね、こういうの」
次に撮影するのはジェンティルで、彼女は愉快だと言うように笑みを零しながら豊藤をお姫様抱っこ。
幼い頃からよくこうして豊藤を抱えては得意げにしていたので、彼が言うようにジェンティルにお姫様抱っこをされるのには慣れている。
大きくなった今では安定感もあって逆に安心するレベルだ。
「私は腕を組んで撮ってもらおうかしら♪」
「クラは安定感があっていいね」
ダスカと同じく腕を組んでの撮影を求めるクラウンだが、ダスカと違うのは手の指まで絡め合っていること。
実は豊藤への恋心を自覚した時から、クラウンは恋人繋ぎをするようになり、豊藤の警戒心もなかったために今の今までこの繋ぎ方が二人にとってのデフォとなっている。
それだけ計算高くクラウンが豊藤を慣れさせてしまった賜物。
「………………」
「相変わらずだね、ドゥラは」
「……イジワル言うんじゃない」
「はは、ごめんごめん」
フンと鼻を鳴らしつつ左隣に並び立つドゥラメンテであるが、尻尾はしっかりと彼の足をキャッチしている。
普段から周りのメンバーたちのように積極的なアプローチは出来ないくらい照れ屋な彼女だが、それが彼女の魅力の一つでもあるのだ。
凛々しい彼女が彼の前でだけは乙女の顔をし、彼女の家族もこれには毎度のことながら驚いてしまうくらい。
「最後は私ですね!」
「ダイヤはやっぱり変化球だね」
「嫌ですか?」
「犯罪臭が凄くて嫌だね」
「婚約者なので犯罪じゃないですよー」
ムスッと頬を膨らませるダイヤ。
しかし豊藤がそう言うのも仕方がない。
何故ならダイヤの要望はバックハグ……またの名をあすなろ抱きであるのだから。
いくら婚約関係にあっても、社会人が女学生にするにはハードルが高いのである。
「撮影、完了致しました」
SP隊員がそう報告をすると、ルビーたちは各々の写真を確認し、静かに頷いた。つまりは『OK』ということ。故に隊員は安堵と完遂出来た達成感に姿勢を正した。
その後は豊藤もダイヤが呼んでいたスタイリストにより着替えを済ませ、節分のお役目を終えて一息吐くのだった。
―――――――――
ホワイトデーを迎えた本日。
トレセン学園内はバレンタインデーのお返しをし合う生徒たちや、お返しをする男性トレーナーが忙しなく行き交っている。
一方で豊藤はというと、
「………………」
まるで命を脅かされている子鹿や子羊のように、悲壮感溢れる表情でとある店の前にいた。
彼が今いるのは商店街にあるフラワーショップ。
背後にはルビーたちが豊藤を射抜かんばかりに眼光鋭く睨みつけていて、傍から見れば脅されているようにしか見えない。
しかし安心してほしい。ルビーたちは決して脅しているのではないのだ。ただただ彼にホワイトデーのお返しに欲しい物を
「……なぁ、やっぱ花より団子ってことで、食事にしない? オススメのレストランがあって、そこのオーナーとは古い付き合いだから、予約しなくてもテーブルを用意してくれるんだよ」
この期に及んで往生際悪く別の案を出す豊藤。
しかしルビーたちは笑みを絶やさず、何も言葉を返してはこない。
『(いいから買え)』
彼女らの目はただそう訴えている。
豊藤はもう腹を括り、深呼吸してからフラワーショップへと入った。
「いらっしゃいませー♪」
約30分程も店の前で謎の茶番をしていたのにも関わらず、店主の男性は笑顔で接客。流石は商店街に店を構える者。商魂逞しいとはこのことだ。
「えっと……」
狼狽えつつ、ルビーたちの方へ目をやる豊藤。
すると、
「11本のバラの花束を7束、ご用意くださいますか?」
ルビーがみんなの代表で店主へ告げた。
豊藤に至っては『ああ』と顔を両手で覆う。
「11本のバラの花束! 畏まりました! お色のご要望はありますか? 本日はホワイトデーということで、様々なお色を仕入れているんです!」
対して店主は両手を擦り合わせながら、満面の笑みでルビーたちに訊ねた。
「私は赤いバラを」
ルビーの要望は赤いバラ―――
「私は白と緑のバラをお願いしますわ。白の方を6本で」
ファインは白バラ―――
「アタシは青10本と赤1本でお願いします」
ダスカは青と赤のバラ―――
「私は黒と赤を5本ずつ。それと黄色を」
ジェンティは黒、赤、黄のバラ―――
「私は……緑のバラがいいわ!」
クラウンは緑のバラを選び―――
「黒で頼む」
ドゥラメンテは黒バラ一択―――
「私は緑のバラを5本に黄色と黒を3本ずつでお願いします」
ダイヤは緑、黄色、黒の3色―――
店主はしっかりとルビーたちの要望をメモし、店の奥にいる奥さんも呼んで、早速花束の用意に取り掛かる。
出来上がるまで暫し時間がかかるため、ルビーたちは豊藤だけを店内に残して店の前で待つことにした。
するとどこからともなく現れた各自の使用人たちが、通行の邪魔にならないように配慮しつつ、己が遣える主に日傘を差し、ご満悦の主の姿を見て微笑む―――
『お嬢様(殿下)が幸せで何よりで御座います』
―――と。
バラ11本には意味があり、その意味とは「最愛」、「最も愛おしい人」、「あなたは私の宝物」という意味が込められている。
それでいて赤いバラには「愛情」「情熱」「美」「あなたを愛しています」「熱烈な恋」と意味が。
白いバラは「純潔」「深い尊敬」「相思相愛」「新たな始まり」の意味があり、黒いバラだと「永遠の愛」「貴方はあくまで私のもの」「決して滅びることのない愛」という意味が込められている。
緑のバラには「穏やか」「希望を持つ」「自然」「癒し」「調和」「平安」「心」、青いバラには「夢かなう」「奇跡」「神の祝福」、黄色のバラだと「友情」「平和」「幸福」「思いやり」「感謝」「魅力」「優雅」の他に「嫉妬」「薄らぐ恋」という意味もあるが、黄色のバラを選んだ者たちはそんなことは全く気にしていない。
愛する豊藤から11本のバラの花束を、自分好みの色で貰える……これが一番大事なのだ。
故にみんなは、あのルビーでさえも笑みを浮かべて、今か今かとその時を待っている。
(こんなさもそれらしい物をあげていいのか? 今後のことを考えたらあげない方がいいけど……)
チラリと出入り口を見れば、
『………………』
(めっちゃ見てるぅぅぅぅぅぅっ!!!!)
ルビーたちはしっかりと豊藤のことを目視で確認中。
「豊藤様、恐縮ですが、発言をしても?」
「え、ああ、なんでしょう?」
側に控えていたファインのSP隊員に豊藤は発言を促した。
「ご心配なさらずとも、殿下たちは豊藤様を心からお慕いしております。ですので、素直に豊藤様のお言葉で殿下たちへご自身のお気持ちをお伝えになられれば良いかと」
隊員の言葉に豊藤は『違う、そうじゃない』と心の中で叫ぶ。自分はただのトレーナーであって、実家の未来を担っている彼女たちにたまたま気に入られてしまっただけだと。
確かに自身の実家は名家と呼ばれているが、自分自身は運良くその家に生まれついて、好きなことが出来ただけ。
故に彼女たちのような覚悟も使命感もない。そんな彼女たちの隣に、こんな無責任な男は不釣り合いだと豊藤は常々感じているのだ。
ただでさえ婚約者になってしまったことへのプレッシャーと、日々ルビーたちが行ってくるエグい外堀建築で世間にすっかり浸透してしまっているのに。
「…………一体、何処で何を間違えたんだろう」
つい胸の内が零れた豊藤。しかし隊員は何も言葉を返さない。
(殿下をその気にさせた豊藤様が元凶です。諦めて早く受け入れた方が楽ですよ、言いませんが)
その後、出来上がった花束を豊藤は苦虫を噛み潰したような苦悶の表情でルビーたち一人ひとりに手渡し、その光景は当然写真に収められ、彼女たちの公式SNSでその時の写真とショートムービーがアップされ、コメント欄は豊藤たちを祝う者たちで溢れたそう。苦悶の表情も『彼は幸せな瞬間に嬉し涙が流れそうになっているのを堪えているのだ』といいように受け取られて……。
何しろルビーたちが世界一幸せそうに笑っているのだから。
読んで頂き本当にありがとうございました!