ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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ジュエルスターズの9月

 

 トレセン学園秋の大運動会も終わり、本格的に秋のGⅠ戦線が幕を開けた。それ以外でも初勝利を目指したり、初重賞制覇を目指したりと、多くのウマ娘たちがトレーニングに励む。

 一方で、豊藤率いるチーム『ジュエルスターズ』はとても静かだ。

 理由は―――

 

「もう大丈夫なの、トレーナー?」

「まあ歩けるようにはなったからねー」

 

 ―――豊藤が怪我を負ってしまっているから。

 

 怪我の理由は不慮の事故。

 先に行われた運動会で負ったのである。

 

 秋の大運動会では余興としてトレーナーたちも参加種目があり、豊藤は綱引きに参加した。

 トレセン学園で行われる綱引きはただの綱引きではなく、ウマ娘との綱引きなのである。

 彼らトレーナー陣が経験するトレセン学園の綱引きは、まさに閃光一閃。瞬殺だ。自分が死したことも知らぬ間に死す……そんな感じである。

 参加することになったトレーナー(犠牲者)たちはそれぞれ綱を持ち、脇で挟み、腰を低くして後傾姿勢で綱を引っ張った。

 そして一定距離まで綱の中心部となる赤いリボンを自陣へ入れれば勝利。

 

 だがしかし、今年は不運なことに、相手が悪かった。

 綱引きの相手役を担ったのは厳正なるくじ引きにより―――

 

 メジロライアン

 サクラチヨノオー

 タニノギムレット

 ヒシアケボノ

 カワカミプリンセス

 

 ―――の五名であった。

 不幸中の幸いと言えたのは、皆軽症で済んだということだ。

 豊藤は転倒後に他のトレーナーたちの下敷きになってしまい、その際に足を痛めてしまったのだ。立ち上がることは出来ても、歩く際には鋭い痛みが走り、これにより豊藤はジェンティルにお姫様抱っこされて医務室へと搬送。その時のジェンティルは悲壮感に溢れ、今にも泣き出しそうな程に貴婦人の仮面が剥がれ落ちていた。しかし豊藤がそんな彼女に『ありがとう、ドンちゃん』と笑顔で告げれば、彼女は貴婦人の仮面を付け直すことが出来た。

 ルビーたちという決して敵に回してはいけないウマ娘から、絶対零度のスマイル抗議を受け、学園側からも此度の事故を踏まえ、今後は防護服の着用義務を徹底することに。因みに綱引きに参加したウマ娘たちには罪はないものの、彼女たちもそれぞれのトレーナーたちと共に怪我を負ってしまったトレーナーたちに謝罪し、謝罪を受けたトレーナーたちも笑顔で此度のことは水に流した。そもそも怪我をするリスクがあるのに無防備で挑んだ大人である自分たちの方に落ち度があるのだからと。

 

「もう歩けるの? 今日はアタシがトレーナーを抱っこする番なんだけど……もう一日くらい歩けなくならない?」

「なんでそんなサラッと怖いこと言うの? 頭スカスカーレットなの?」

「は?」

「ごめんなさい」

 

 ダスカに凄まれて即座に謝る豊藤。

 そんな豊藤にダスカはフンと鼻を鳴らし、せっかくの抱っこチャンスだったが治ったことは喜ばしいことなので抱っこは我慢することにした。因みに抱っこは一日交代で、ファインが担当した日の様子はアイルランドの国営放送で発信されたそう。

 

「とりあえず、この通り歩くのに支障はなくなったよ。まあまだ重い物とか走ったりはしないように医者から言われてるけど、通常生活を送るのには問題なくなった」

 

 改めて豊藤の口から回復したことを聞き、ダスカはもちろん、ルビーたちも安堵した。

 

「ならお祝いにどこか食べに行こうよ! 日本では快気祝いっていうのをするんでしょ?」

「ファインさん、快気祝いとは病気や怪我で入院や療養していた際に、お見舞いをいただいた方へお礼と回復の報告を兼ねてするものですよ。また快気祝いとなると、この場合はトレーナーさんが私たちに何かをご用意するということになります」

 

 ファインの提案にルビーが詳しく解説を入れると、ファインは「あ、そうなんだ!」と両手をパチンと叩く。



「また細かいですが、快気祝いの特徴は病気やケガが全快した場合に贈る、お見舞いに来てくれた方への「お礼」やいただいたお見舞いへの「お返し」という意味です。その際の返礼品は食品や洗剤、タオルなどの消耗品が定番と言えます」

「なるほど〜」

「そして更に似た言葉で『快気内祝い』と言われるものもあります。これは退院はしたものの完治しておらず、通院や療養がまだ必要で、取り急ぎお礼や報告をしたい場合に行うものです。因みに完治した際には『全快祝い』と言ったりもします」

「また日本のことが知れたよ! ありがとう、ルビーさん!」

「いえ」

 

 珍しくルビーが多くのことを言葉にし、ファインは心から感謝した。ルビーとしては彼女が他国であれ王族なので、日本のこういったマナーは正しく知っていてほしいという思いでの言葉だ。またファインとしても今後も長い付き合いになる日本のマナーを学べて満足そう。

 

「まあ細かいことは気にせず、どっか食べに行くのは賛成だよ。もちろん、オレに奢らせてほしい。恥ずかしかったけどみんなにお世話になったのは事実だから」

 

 豊藤はそう言ったあとで「で、何かリクエストはあるかな? ラーメン以外で」と訊ねれば、

 

「貴様ー?」

 

 ファインがジトーっと睨んできた。

 

「ファイン、君は昨日もラーメン食べに行ったよね? 好きな物を食べるのはいいけど、バランスのいい食事じゃないとダメだ」

「ぶーぶー」

「トレーナーとしての意見だよ。あと婚約者ということで、オレはSP隊の人たちからファインのそういうことは報告受けてるからね」

「むぅ……」

「そんな可愛くむくれてもダメなものはダメ。SP隊の人たちはファインを完全に止められない分、オレがストッパーにならないと」

「はーい♡」

 

 王族だろうと一人のウマ娘として接してくれる豊藤の態度が嬉しくて、ファインは声を弾ませて返す。昔からそうやって等身大の自分を見てくれたから、ファインは豊藤に恋をしたのだ。

 

「てことで、何かリクエストはあるかな?」

 

 改めて豊藤がみんなに問う。

 しかしルビーたちからすれば豊藤と同じ時間を過ごせるのであればこれ以上の贅沢はない。

 故にまた別の何かを求めるとなるとすぐには出て来ないのだ。

 

「……いいだろうか?」

 

 ドゥラメンテが挙手すると、豊藤は「遠慮なくどうぞ」と返す。

 

「トレーナーの家でパンを焼くのはどうだ?」

「パン?」

「ああ。ほら、この前の運動会でパン食い競走もしたろう? あの大きなニンジンパンが食べたい」

「あ~、なるほど。シェフに言えば作ってくれるだろうし、待っている間にみんなは宿題とか出来るしいいかもね」

 

 ドゥラメンテの意見を聞き、豊藤は「みんなはどう?」と訊ねれば、みんなも問題ないと頷いた。寧ろ一緒の時間を過ごせる名案なので、ルビーたちはドゥラメンテにこっそりとサムズアップした。

 ということで、豊藤は早速執事に連絡を入れ、ルビーたちと共に低宅へ向かうことにする。

 

 ◇

 

 執事は連絡を受けてからすぐにシェフへ通達し、シェフは気合を入れて主人の婚約者様たちが満足出来るパン作りに取り組んでいた。

 パンが出来上がるまでは時間がかかるため、その間にルビーたちは当初の予定通りに各々でやるべきことを進める。

 豊藤に至っては学園から持ち帰ってきた仕事をテキパキとこなし、リビングルームは静かな時を刻んでいた。

 しかしルビーたちはこの上なくご機嫌。理由は豊藤がすぐ近くにいて、学園ではないためプライベートで婚約者として過ごせるから。

 故にいつもよりも課題を進める速度も早く、予習復習までさっさと終わらせてしまった。

 

「支度にはまだ時間を頂きます故、食前のお紅茶をどうぞ」

 

 ルビーたちが手持ち無沙汰にならぬよう、執事自ら紅茶を淹れれば、ルビーたちはお礼を告げて疲れた頭をリラックスさせる。

 アールグレイに含まれたベルガモットオイルの香りと、ほんのりとした甘さのアップルジャム……絶妙な配合でルビーたちは思わずうっとりとその味と香りを堪能。

 

「んー……」

 

 そうしている内に豊藤も仕事を終わらせ、背伸びをしつつ首や肩を軽く回し、立ち上がって屈伸運動と腰回しまでがセット。

 豊藤がストレッチをしている間に、執事は彼の分の紅茶を用意する。

 座ったと同時に紅茶が提供され、まさに阿吽の呼吸のようだ。

 

「ありがとう、じい」

「いえいえ」

 

 いつものやり取りし、紅茶をゆっくりと味わう豊藤。

 

「美味しい」

「それは良うございました」

 

 ははは、ふふふと笑い合う二人を見て、ルビーたちも微笑ましいとつられ笑う。

 そして紅茶を飲み終えた所で一人のメイドがタイミングを見計らって執事に食事の準備が整ったことを報告し、執事は豊藤たちを食堂まで誘導するのだった。

 

 ◇

 

 食堂に入ると、丸テーブルの中央にふかふかの出来立てニンジンパンが入ったバスケットが置かれ、ニンジンサラダや卵サラダ、バターやジャムといったパンの付け合せになるものが配膳台に並んでいる。ニンジンパンはテニスボールサイズで運動会に出て来た物とは違うが、小さい分食べやすい。

 そのまま食べても良し、給仕係に言ってサンドしてもらったりするのも良し、と様々な食べ方で楽しめる食卓だ。

 最初は主である豊藤。

 

「ホットドッグみたいにして、ハムとチーズを頼むよ」

 

 続いてルビーから順に、

 

「私は無塩バターをいただきたく」

「私は……卵サラダマシマシ!」

「アタシはイチゴのジャムを塗ってください!」

「クリームチーズをくださる?」

「私のはニンジンサラダとチーズを挟んでください」

「私はそのままでいい。付け合せでコーンポタージュを」

「私はトマトとレタスとハムを挟んでほしいです!」

 

 リクエストをし、給仕係たちが熟練された手捌きで仕上げ、各々の皿へ運ぶ。

 みんなで手を合わせ、いただきますをしてから思い思いにニンジンパンを堪能した。今回はテーブルマナーは関係ないため、豊藤やファイン、クラウンにドゥラメンテは手掴みで食べるが、残りのルビーたちは慣れているナイフとフォークで食べる。

 外はサクッとこんがり焼き上がり、中はふかふかでニンジン臭さもなく、ニンジンのいい風味と甘さが引き立つ味わい。

 その味を堪能し、豊藤を含め、みんなが『美味しい』と口にすれば、控えていたシェフは深々とお辞儀をした。

 

「購買のニンジンパンも美味しいけど、こっちもとっても美味しいわ! すみません、おかわりください! そのままで! あとニンジンジュースも!」

「私もおかわりを」

「私もほしいです! 今度はトレーナーさんと同じ物で!」

 

 その美味しさにダスカ、ドゥラメンテ、ダイヤは早速おかわり。

 しかしすぐにルビーたちもおかわりを頼み、豊藤の快気祝いは和やかに過ぎるのだった。




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