秋が深まってきた10月。
秋のGⅠ戦線が繰り広げられる中、チーム『ジュエルスターズ』は大きな怪我もなくウィンタードリームトロフィーの準決勝を終えた。
残念ながら中距離に出走したクラウンとドゥラメンテ、また長距離に出走したダイヤのドリームシリーズ初挑戦組は惜しくも敗退してしまったが、まだジェンティルやダスカが残っている。特に中距離部門は毎年選手層が厚く、初参加で予選を通過するのも厳しい。そんな中で準決勝まで進んだのだから、クラウンとドゥラメンテも十分にその力を見せることが出来たと言えるだろう。
ダイヤに至っては早くもメジロの至宝とぶつかってしまったのもあり、大差をつけられた。しかしダイヤは憧れである彼女とのレースで得た物も多く、早くも次のシーズンが待ち遠しい。
レース後ということもあり、みんなは束の間のオフ。
しかしルビーたちにはレースだけでなく、やるべきことがある。
それが―――
「毎年のことだけど合同のハロウィンイベントは豪華だなぁ」
―――ダイイチ家やサトノ家、それに加えて豊藤家。更にダスカにドゥラメンテの実家も参加する共催のハロウィンイベントに出席することだ。
数多な繋がりがある家々がこの時期にハロウィンイベントをやるのは、支援者や出資者には勿論だが、その家族や友人に新商品をアピールするための絶好の機会。
大きなイベント会場を押さえ、アパレル、ゲームやホビー、スポーツ用品とその家の新商品を見て、体験して、いち早く購入することが出来る。勿論、フードコートもあり、多くの提携テナントが出店しているので、一日中遊べるイベントだ。
ただちゃんとハロウィンがメインであるため、子どもたちには各ブースでスタンプとお菓子を配り、スタンプをコンプリートすればこのイベントでルビーたちが着用しているハロウィン衣装姿のぱかプチ一つと交換出来る。
因みに各ハロウィン衣装は―――
ルビー:コンセプト・赤ずきん
その名の通り赤い頭巾を被ったルビーのぱかプチで、頭巾は着脱可能。赤ずきんの発祥地であるフランスの民族衣装であるローブ・ア・ラ・フランセーズを着用。
ファイン:コンセプト・レプラコーン(靴職人の妖精)
アイルランドの伝説に出てくる妖精で、グリム童話にある『小人の靴屋』に登場するとも言われている。緑のシルクハットを被り(着脱可)、銀のボタンの赤ジャケット、茶色の半ズボン、銀の留め金つきの黒ブーツを履いている。
ダスカ:コンセプト・不思議の国のアリス
青みがかったすみれ色のエプロンドレスを着用し、エプロンはピナフォアと呼ばれる西洋の女性用のもの。ピナフォアドレスとも言える。頭にはいつものティアラではなく、黒の大きなうさ耳リボン(着脱可)を付けている。
ジェンティル:コンセプト・フランケンシュタイン
赤い縦セーターの上から継ぎ接ぎだらけの黒革オーバージャケットを羽織り、継ぎ接ぎだらけの赤いロングスカート。
顔にも継ぎ接ぎメイクを施し、カチューシャタイプの大きな釘を身につけ、首には刺々しいチョーカーを巻いており、ぱかプチの方は怪我をしないように柔らかい素材になっている。
クラウン:コンセプト・キョンシー
サトノ家カラーのキョンシー衣装と帽子を身につけ、帽子には顎下まである黄色いお札を貼り付けている。
背中にはクラウンの名の通り、王冠の金色の刺繍が施されてある。
ドゥラメンテ:コンセプト・魔王
過去にトレセン学園で行ったハロウィンイベントにてシンコウウインディが着用した魔王衣装をリメイク。
彼女の場合は紫色だったが、ドゥラメンテの場合は黒。
ぱかプチの角はジェンティル同様、怪我をしないように柔らか素材だ。
ダイヤ:コンセプト・魔女
某有名宅急便映画作品の魔女衣装をサトノ家カラーにして着こなしている。大きなリボンは白で、箒も装備。肩からかけているクリーム色の大きなバッグの隙間からは、黒猫のぬいぐるみが顔を覗かせてある。ただしこの黒猫ぬいぐるみはぱかプチには付属されていない。箒はマジックテープで手に付いているので、着脱も簡単。
―――ということで、イベントが始まってからルビーたちの周りにはひっきりなしに子どもたちが集まって、サインや握手を求め、記念写真撮影をしたりと大忙し。
対して豊藤は某有名SFアクション映画のエージェントが身にまとう有名ブランドの真っ黒なトラベルスーツ姿(ワイシャツは白でネクタイは真っ黒)で、サングラスも着用。
ルビーたちとの交流を終えた子どもたちにお菓子の入ったミニバスケットを手渡しする役目だ。
「ミスター!」
「ん?」
利発なショート芦毛少女ウマ娘が豊藤を呼び、豊藤は少女に視線を向ける。
お菓子の催促かと思ってバスケットを渡そうとした豊藤だったが、
「写真一緒に撮ってもいいですかー!?」
元気にそう訊ねてきた。
意外なことに思わず面を食らっていると、少女の両親がやってきて『是非、うちの娘と写真を』と頼まれ、断る理由もないので豊藤は快く応じることに。
豊藤は自覚が薄いが、彼はルビーたちのトレーナーであり、婚約者ということである意味で芸能人並みの知名度を誇っている。
なので少女との撮影を皮切りに、他の子どもたちも『僕も!』『私も!』『私たちの子どもとも!』と人が集まってきた。
みんなそれだけ豊藤という有名人と写真を撮りたかったのだ。
故にその後はお菓子を配る役目はファインやサトノ家のSP隊が担い、豊藤もルビーたち同様多くのファンに囲まれながら過ごした。
◇
そんなこんなで瞬く間に過ぎてしまったハロウィンイベント。
普段とはまた別の疲れを感じる豊藤であるが、幼い頃から社交の場には多く参加していたのもあって、気疲れは殆どない。寧ろ日頃からデスクワークをして過ごしている分、体力的な疲れの方が深刻だ。
故に、
「ぐぅ……ぐぅ……」
豊藤は珍しく邸宅へ戻って着替えを済ませたあとで、ソファーに座るとすぐに眠りに就いてしまった。
規則正しい寝息を刻み、そんな豊藤に執事はそっと毛布をかける。
そして、
『………………』
ルビーたちは愛する男の寝顔を目に焼き付けるかの如く凝視していた。
彼を起こさないように無言でただただ見つめ、その寝顔を動画撮影したりしながら。
「(ふふふ、普段はカッコイイくせに、寝顔は可愛いとか……やっぱりアタシのトレーナーは一番ね)」
「(そんな方と婚約している私たちは一番幸せですね)」
にやけながら小さな声で惚気るダスカの言葉にダイヤも同じ声量で言えば、ダイヤだけでなくみんなが同意するように頷く。
「(イベントでも色んな人たちから写真撮影を頼まれていたものね……ちょっとだけ嫉妬しちゃったわ)」
「(気持ちは分かるぞ。しかし幸いなのは危険分子がいなかったことだ)」
クラウンにドゥラメンテがそう返せば、これにもみんなが同意するように頷いた。
ウマ娘は人間よりも勘が鋭く、個々にもよるが本能的に相手の感情を察することが出来る。
ドゥラメンテを含め、ルビーたちは幼い頃から多くの人たちと接する機会が多く、そうした経験を積んで他人の機微を察するのが得意となった。
他人の機微に敏感になることにはメリットとデメリットがあるものの、今回のような場面ではとても有効である。
何故なら豊藤に恋心を抱いてしまっている子がいれば、それは敵であるため迎撃対象なのだ。
子ども相手にみっともない、大人気ないと感じる者もいるだろう。しかしウマ娘という種族は普通の人間と違って恋をすると余程のことがない限り、一生その恋心を抱き続ける。自分たちがいい証拠だ。
でもドゥラメンテが言ったように、豊藤は今日子どもたちに群がられてはいたが、それは彼が優しい人間だと本能的に理解し、ルビーたちのようなスターアスリートウマ娘のトレーナーであり婚約者ということで彼もまた憧れの対象であったからこその結果。
そう憧れなのだ。恋ではない。更に幸いなのは、豊藤が無自覚天然イケメンムーブをむやみにかまさないことである。
ただそれには豊藤が場を回すことに専念し、営業スマイルで迅速に子どもたちの相手をしながらルビーたちとの記念撮影へ誘導していたのも大きい。
故に身体的に疲れ、今に至るのだ。
「(…………で、ルビーさんはいつまでそうなさるのかしら?)」
ジェンティルがルビーにそう問う理由。
それはルビーがずっと豊藤の左隣で寄り添い、同じ毛布の中にいるから。
ルビーとしては幼い頃からしてもらっていた添い寝であるため、ジェンティルの質問にも『何か問題でも?』と言いたげに首を傾げて見せる。
しかし豊藤と添い寝をしたことがあるのはルビーだけではない。ジェンティルは勿論、ここにいる全員が幼い頃から豊藤との初体験を済ませているのだ。(添い寝のこと)
故にジェンティルは『はよ代われ』と催促しているのである。添い寝をしたいのはルビーだけではないのだ、と。
「ん……寝てしまってたか……」
そうこうしている内に豊藤が目を覚ました。
これにはルビーもニッコリ。ジェンティルに至っては内心舌打ちをするが、表情には出さない。
「ん〜……お〜……は〜……」
両手を上げて背筋を伸ばす豊藤。その吐息を聞きながら、ルビーたちはガチ恋フィルターのせいもあって妙に艶っぽく感じてしまう。当然、その声もファインはSP隊に指示を出して録音済み。
「居眠りしちゃって悪かったね、みんな」
「いいえ、お疲れなのは承知していましたから」
豊藤の謝罪にルビーが寛大に返せば、みんなも笑顔で頷いてあげる。寧ろ寝顔が拝めて幸福感の多い時間をもらえて喜んでいるくらいだ。
「時間は……うん、まだ大丈夫だな。みんな、夕飯食べていくよね?」
そう訊ねる豊藤にみんなは『お呼ばれします』と頷けば、控えていた執事がすぐに「準備は整っております」と告げる。
「でも、その前に!」
明らかにこれから食堂へ行くというタイミングで、ファインがポンと手を叩いて口を挟んだ。
何故なら、
「ルビーさんばかり贔屓するのは不公平なので、今から順番にトレーナーは私たちを5分間腕枕で添い寝すること!」
食事よりも大事なことが残っているから。
これに豊藤は思わずポカン顔を晒すが、ルビーに至ってはグッと怯み、しかし居座っていたのは事実なので強く出れない。
よってルビーはすぐにその場から立ち上がり、ファインへ席を譲ることにした。
「賢明なご判断かと」
「……いえ」
ただそうとしか返せないルビーを尻目に、ファインは豊藤の隣に座って彼の二の腕を枕にしなだれる。ファインからすればルビーは約30分間も居座っていたのに対して、自分たちは一人5分間なのだから譲るのが妥当である。
「どういう状況?」
「キミは気にせず、私を甘やかせばいいんだよー♡」
眩いロイヤルスマイルを見せてスリスリと胸板に頬擦りしてくるファインを、豊藤は困惑しつつも彼女に言われた通りに頭を撫でたり、耳を撫でたりと甘やかした。
ルビーは豊藤に撫でられていない。ズルイと思いつつも敗者は語らず、また別の機会に撫でてもらおうと気持ちを切り替え、その悔しさを忘れないようにファインたちが豊藤に撫でられて破顔している様を目に焼き付けるのだった。
一方で、執事は豊藤が婚約者たちと仲睦まじいことに感涙しつつ、厨房へ料理はもう少しあとになることを伝えたそう。
読んで頂き本当にありがとうございました!