本日から新チームのお話となります!
楽しんでもらえるように頑張ります(๑•̀ㅂ•́)و✧
怪物の七人
『逃げ切った! 逃げ切った、セイウンスカイ! まさに今日の京都レース場の上空と同じ、どこまでも突き抜けるような青空!』
『先頭はエルコンドルパサー! エルコンドルパサーです! 上位は独占、これが日本の力だ! 2400も文句なし! マイラーと呼んだのは一体誰だったのか!』
『スペシャルウィークだー! やはり日本総大将! 最後の一歩まで諦めなかった、スペシャルウィークが勝ちました!』
『キングヘイロー飛んできた! 大外から一気にキングヘイロー! 撫で切った! まとめて撫で切った! 意地を見せたのはキングヘイローだ!』
『グラスワンダーだ! グラスワンダーだ! 頂点に立ったのはグラスワンダー! やはり怪物、やはり強かった!』
『先頭はツルマルツヨシ! ツルマルツヨシです! 勝ちましたのはツルマルツヨシ! 前回のレースに続いてまさに大金星であります!』
駅前広場に設置された巨大な街頭ビジョン。そこには、一時代を築き、歴史を塗り替えたウマ娘たちの伝説的なレースシーンが、ダイジェストで繰り返し流されていた。行き交う人々は足を止め、その熱狂の残像に目を細める。
彼女たちは、トゥインクルシリーズにおけるあらゆる主要タイトルを総なめにした。
日本総大将・スペシャルウィーク
怪鳥・エルコンドルパサー
怪物・グラスワンダー
不屈の塊・キングヘイロー
芦毛の逃亡者・セイウンスカイ
秘密兵器・ツルマルツヨシ
並び立つはずのない六つの巨星。彼女らこそチーム『モンスターズ』である。
ところ変わりトレセン学園。そこへ所属するトレーナーたちのいる棟の一角にある、トレーナー個人に割り当てられたトレーナー室。
ここの主こそ、チーム『モンスターズ』を率いる男、山場武 正祐(やまばたけ ただまさ)である。
年齢は三十歳。同世代の「怪物」と称されるウマ娘を一気に六人も抱え込み、五人をGⅠ勝利ウマ娘に育て上げた手腕は、もはや伝説を超えて「恐怖」に近い。ファンや関係者の間では、畏敬の念を込めて、あるいは若干の引き気味な感嘆を込めて「いい意味での狂人」と呼ばれている。
山場武は、当初はなかなか担当を持てずにいた不遇の時期があった。しかし、最初にスカウトしたグラスワンダーとの出会いが、彼の運命を変えた。彼女を皮切りに、吸い寄せられるようにその同期たちが彼の元へ集ったのである。
同時期のウマ娘を複数担当するのは、通常のトレーナーであれば破滅を意味する。二人や三人ならまだ何とかなるが、それが六人ともなるとローテーションは重なり、トレーニングメニューは複雑化し、体力も精神も削られるからだ。しかし、山場武は持ち前の緻密さと、ナイフのように鋭い切れ長の目で見抜く観察眼、そして何より「怪物」たちに負けないタフさで、その過酷な運用をやってのけた。
彼の外見は、一言で言えばワイルドだ。真っ黒な髪を、ウオッカのような力強いスタイルで整えつつ、前髪をセンターで分けることで知的な印象を添えている。身長は、トレセン学園でも屈指の巨躯を誇るヒシアケボノをも凌ぎ、スーツ姿になると立つ姿は威圧感すら漂わせる。
だが、そのクールな見た目に反して、口を開けば物腰は柔らかく、非常にフレンドリー。普段もパーカーにジーパンとラフなスタイル。このギャップこそが、一癖も二癖もある『モンスターズ』の面々を惹きつけた要因でもあった。
実家はごく平凡な家庭。三兄弟の次男として育ち、兄は堅実なサラリーマン、弟は自由奔放なフリーランスのウェブデザイナー。そんな一般家庭から、アスリートウマ娘界を揺るがす「狂人」が生まれたのは皮肉な話であった。
目が回るほどに忙しく、怒涛のように過ぎ去ったトゥインクルシリーズ。だが、彼女たちがシニア級を超え、ドリームシリーズに舞台を移したことで、かつての「戦場」のような日々には、ようやく穏やかな余裕が生まれつつあった。
だからこそ、今の彼にとっての最大の関心事は―――
「嗚呼、定時に上がれるという喜び……! 文明の利器を享受している気分だ!」
―――デスクの上の時計が終業時刻を指した瞬間、山場武は天を仰いで歓喜した。
かつては毎週土日の重賞レースへの遠征、深夜に及ぶ体調管理に追われていた。グラスやツヨシに至っては、怪我や体調不良による離脱という困難もあった。それらを乗り越えた今、トレーニングがあろうとなかろうと、自分のペースで「帰れる」という事実は、彼にとってこの上ない至福であった。
「トレーナーさん、今日も『いつもの』ですか?」
柔らかな声が、部屋の空気を優しく包み込む。
声の主はグラスワンダー。チーム『モンスターズ』のリーダーであり、山場武が最初にその才能を見出した記念すべき最初の担当ウマ娘だ。アメリカからの帰国子女だが、その佇まいは大和撫子そのもの。しかし、その微笑みの裏には「誰にも負けない」という絶対的な覇気を秘めている。
「ああ、グラス。そうだよ。せっかくの定時なんだからな。この時間を無駄にするのは、人生の損失だ」
山場武の言う『いつもの』とは、彼の住むマンション近くにある大型スーパーへ行くこと。この時間に出発すれば、到着する頃には鮮魚や精肉コーナーで「タイムセール」の熾烈な戦いが幕を開けるのだ。
「ならエルたちも一緒に行きたいデース! 荷物持ちのスペシャリストが必要デスよね!?」
騒がしく乱入してきたのは、二番目の加入者でグラスと同じく帰国子女のエルコンドルパサー。凱旋門賞二着の栄光に輝きながら、普段はお調子者のムードメーカーだ。その手にはすでにマイバッグが握られている。
「荷物持ちなら、アタシに任せてください……ゴホッ、ゲホッ、ゲホッ!」
「ツヨシ、無理をするな。お前は気合を入れすぎるとすぐ体調に出るんだから」
勢いよく胸を叩いてむせるのは、三番目に加入したツルマルツヨシ。GⅠタイトルには一歩届かなかったものの、病弱な体質を山場武の徹底管理で上手く付き合い、同期の怪物たちと渡り合ってきた努力の天才だ。
「このキングとお買い物デートをする権利をあげるわ!」
四番目の加入者、キングヘイローが高らかに言い放つ。高飛車な振る舞いは自信の裏返しであり、実のところ彼女はチーム内で最も周囲に気を配るバランサーでもある。
「私たちと買い物デートなんて、トレーナーさんは本当に幸せ者だねぇ。ね、みんな♪」
ヌッとキングの前に割って入ったのは、五番目のセイウンスカイ。サボり魔で掴みどころがないが、その瞳の奥には冷徹なまでの戦略眼が宿る。
「その帰りにクレープ食べに行きましょう! シーザリオさんとブエナさんが教えてくれたんです! 写真見せてもらったんですけど、すっごくボリューミーなんですよ!」
最後に元気よく提案したのは、日本総大将ことスペシャルウィーク。ジャパンカップで世界一の座を掴んだ彼女だが、プライベートでは相変わらずの食いしん坊だ。
「みんなも行きたいってことだな。分かった分かった、ついてこいよ。ただし、騒ぎ過ぎるなよ」
山場武は担当ウマ娘たちのお願いを快く受け入れた。彼女たちは歓声を上げ、バタバタと帰り支度を始める。
彼女たちにとって、これは単なる買い物ではない。愛する山場武との「デート」なのだ。時間に余裕ができた今だからこそ、彼女たちは一分一秒でも長く、彼と同じ時間を共有したいと願っていた。
「スペ、クレープを食うのはいいが、一個までだぞ? 調子に乗って食べ過ぎるなよ」
「えぇー! そんな、酷いべトレーナーさん! 二個くらい、いいじゃないですかー!」
「……減量地獄を味わいたいならどうぞ?」
山場武が、かつての合宿で見せたような「徹底管理モード」のニッコリ笑顔を向ける。スペは一瞬で青ざめ、ぎこちない笑顔で「……一個にします」と返した。かつての地獄の減量生活――あの涙の味は二度と忘れない。
「まあまあ、スペちゃーん。みんなで別々のを買ってシェアすればいいじゃないかー」
「わー、流石セイちゃん! 頭いいー!」
「にゃっはっはっ、でしょー?」
得意げに笑うウンスだったが、隣のキングが冷ややかな視線を向ける。
「どうせトレーナーともシェアして、間接キスでも狙ってるんでしょ? ほんと、やってることが初等部なんだから」
「キング、それは言わない約束デース」
「セイちゃんはそうでもしないと誘えないクソ雑魚ですから」
チームリーダー、グラスワンダーからの鋭い薙ぎ払いが飛んだ。ウンスは「ひゅっ」と声を上げてツヨシにしがみつく。ツヨシは苦笑いしながら、その頭をよしよしと撫でてなだめた。
「おーい、何してるんだ。行くぞ?」
『はーい!』
六人のウマ娘と一人の大男。奇妙で、しかし眩しいほどに華やかな一行は、放課後の街へと繰り出した。
◇
夕闇が迫る街並みを、一行はスーパーへと歩く。先頭を行くのは山場武とグラスワンダーだ。
「トレーナーさん、本日は何を作る予定なんですか?」
「んー、まだこれといった決め手がないんだ。スーパーの陳列棚を見て、その日の『声』を聞いてから決めるよ」
「ふふ、料理人みたいなことを言うんですね。でしたら、また私が作って差し上げましょうか?」
「えー、この前も作ってもらったのに悪いよ。いつも甘えてばかりだ」
「そんなこと気にしないでください。いつものお礼……いえ、私の趣味のようなものですから」
二人の会話は、まるで長年連れ添った夫婦のような落ち着きを払っている。
「もうすっかり奥様気取りデース。エルも割り込む余地がないデース」
「でも実際、週の半分は料理作りに行ってるからねぇ。押しかけ女房も真っ青だよ」
後ろでコソコソと話すエルとウンスだったが、グラスの「地獄耳」はそれを逃さない。
「……何か言いましたか?」
グラスが振り返り、絶対零度の笑みを向ける。エルとウンスは瞬時に直立不動となり、「ナ、ナニモナイデース!」「いい天気だねー!」と空を仰いだ。そんな二人を、キングたちは『相変わらずだなぁ』と呆れ顔で見守る。
スーパーに到着すると、そこは主婦たちの戦場だった。だが、山場武は怯まない。高身長を活かして遠くのタイムシールを見つけ出し、無駄のない動きで獲物を確保していく。
「エル、そのカゴを持ってろ。スペ、お前は野菜の傷みを見ろ」
「了解デース!」
「任せてください、お母ちゃん直伝の目利きですよ!」
かつてレース場で完璧な作戦を遂行した『モンスターズ』が、今はスーパーのチラシを元に完璧なフォーメーションを組んでいる。その光景は、側から見れば実にシュールだが、彼女たちの表情は真剣そのものだった。
「あ、ねぇねぇ、スペちゃんが言ってたクレープ屋さんってあれ?」
ツヨシが店の外に並ぶ行列を見つけて声を上げる。スペは「そうだよ、あのお店だよ!」と、買い物カゴを抱えながら興奮を隠せない。
「スペさん、分かったから落ち着いて。荷物が揺れてるわよ」
「えへへ、ごめんねキングちゃん。でも、あそこのクレープは本当にすごいんだから!」
「確かに、トレセンの制服を着た子も結構並んでるな。オープンしたばかりだし、相当な人気店みたいだ」
山場武は腕時計を見やり、買い物の完了を確認した。
「よし、買い物は終わった。約束通り、荷物を持ってくれた礼にクレープを奢ろう」
『やったー!!』
そしてクレープ屋の前に並ぶ一行。山場武はメニューを眺め、「好きなのを選んでいいぞ」と太っ腹なところを見せた。
「ウマ娘スペシャル・チョコバナナ生クリームクレープで!」
一番に、そして一切の迷いなく注文したのは、もちろんスペだ。店員がその注文を聞いた瞬間、少しだけ顔を引きつらせたのを、鋭い山場武は見逃さなかった。
「私にはキャラメル生クリームクレープをくださいな♪」
「マスカット生クリームクレープにするわ」
「じゃあ私はハニーカスタードクレープにします」
「チーズソーセージコーンクレープがいいデース! マスタード多めで!」
「私は宇治抹茶小倉クレープをお願いします」
他の面々も注文を終え、最後に山場武が「ハムチーズクレープ」という、なんとも質素で彼らしいメニューを選んだ。
店員が元気にオーダーを復唱し、調理が始まる。ものの数分で、スペ以外のクレープが到着した。
「わあ、美味しそう……!」
「キングのマスカット、一個ちょうだい?」
「1個だけよ? 全部食べたらあんぽんたんって明日まで呼ぶからね!」
賑やかに食べ始める一同。だが、一向にスペの注文だけが出来上がらない。
みんなでシェアしながらいると、店内の奥から、何やら重厚な台車のような音が響いてきた。
「お待たせしましたー!」
店員が、店頭の受け渡し窓口からではなく、わざわざ店の正面入口の扉を開けて出てきた。その両手には、クレープの概念を根底から覆すような、巨大な「何か」が抱えられていた。
バナナ一房――約十五本分。それにバケツ一杯分はあろうかという生クリームとチョコソースが、巨大な生地にこれでもかと詰め込まれている。重さは数キロに達しているだろう。もはやクレープというより、巨大な「鈍器」か「記念碑」だ。
周囲の一般客たちが、あまりの光景に絶句し、スマホで写真を撮り始める。山場武も、あんぐりと開いた口が塞がらない。
「わー! これですこれ! いただきまーす!」
一方で、注文主であるスペシャルウィークは、大興奮でその「要塞」のようなクレープに顔を埋めた。幸せそうに頬張り、クリームを口の端につけながら、「んふー!」と声を漏らす。
「……流石、スペちゃんだね。食べる量も日本総大将だー」
「規格外デース……エルもあれは完食できる自信がないデース……」
「見てるだけで胸焼けしてくるのだけど……」
「これが頂点に立つ者の胃袋、ということですか」
「そこに痺れるぅ〜。憧れるぅ〜……って、そうじゃないよスペちゃん!」
ツヨシが突っ込み、ようやく他の面々も我に返った。
一方、山場武は、幸せそうに食べるスペをじっと見つめていた。その切れ長の目が、ふっと細められる。それは父親のような慈しみではなく、かつて彼女たちに鬼のトレーニングを課していた時の、あの「狂人トレーナー」の目だった。
「スペ。美味しいか?」
「ふぁい、ふぉっても美味しいれふ!」
口いっぱいにクレープを詰め込んだスペが、屈託のない笑顔で答える。
「そうか。それは良かった……ところでスペ。そのクレープのカロリー、俺の概算だと一日の必要摂取量の三倍はあるな」
「……ぺ?」
スペの動きが止まる。
「ドリームシリーズとはいえ、体調管理はウマ娘の義務だ……明日は、お前だけ朝練な。メニューはいつもの二倍だ」
「なしてー!!」
夕暮れの街並みに、日本総大将の絶叫が響き渡った。
その様子を見て、グラスワンダーはクスリと笑う。
「ふふ、自業自得ですよ、スペちゃん。でも、安心してください。骨は私が拾ってあげますから」
「グラスちゃん、それ全然フォローになってないよぉー!」
夕闇が深まり、街灯が灯り始める。
最強の六人と、彼女たちに「狂人」と慕われ、同時に恐れられる一人のトレーナー。
チーム『モンスターズ』の賑やかで、少しだけ過酷な放課後は、こうして幕を閉じる。
明日にはまた、彼女たちはそれぞれの目標に向かって走り出すだろう。
だが今は、この甘いクレープの香りと、大切な仲間との他愛ない会話こそが、彼女たちにとっての最高の勝利報酬であった。
「さあ、帰るぞ。明日は全員、遅刻するなよ」
『はーい!』
「は〜い……」
山場武の後を追う、六つの影。
その足取りは、レース場でのそれと同じように、力強く、そしてどこまでも真っ直ぐであった。
読んで頂き本当にありがとうございました!