ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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春燦々

 

 春を迎え、新入生たちが夢と希望を胸にトレセン学園へやってきた。

 多くのチームやトレーナーが新入生の勧誘をしているのは、トレセン学園の風物詩である。

 ワイワイキャッキャとどこのチームにしよう、誰のスカウトを受けよう、と賑わう中―――

 

「スペ……」

「えへへ……」

 

 ―――チーム『モンスターズ』は相も変わらず平常運転。

 トレーナーである山場武が仁王立ちする前で、スペは滝汗を流しながらソファーに座って愛想笑いをしている。

 理由は言わずもがな、彼女のボテッと出たお腹のせいだ。

 

「今度は何を食った?」

「えっと……桜餅と桜あんのお団子と桜のマカロンに、桜ミルフィーユ、桜ティラミス、桜コロネ、桜フィナンシェ……じゅるり」

 

 食べた物を復唱しつつ幸せそうによだれを垂らすスペを見て、山場武はついこめかみを押さえる。

 彼女のことだからどれも1つではなく、大量に食べていることは腹を見れば明白だったから。

 

「スペシャルウィーク」

「は、はい!」

「1週間、カロリーオフメニューの刑に処す」

「なしてー!?」

「カロリーオーバーだからだよ!」

「うぅ……せめて5日に」

「2週間に延ばすぞ?」

「頑張ります!」

 

 まるで軍人のような綺麗な敬礼を見せるスペに山場武は深く頷く。

 そんな二人のやり取りをグラスたちは見慣れた光景だと流しつつ、穏やかに茶をしばいていた。

 

「ねぇねぇ、エル〜」

「どうしました、セイちゃん?」

「今スペちゃんの前でニンジンチップス食べたら泣くかな?」

「人の心とかないんか?」

「うわぉ、エルがエセカタコトやめちゃうレベルか」

 

 ウンスの冗談にエルがマジレスすると、

 

「セイちゃん」

「セイちゃん」

「スカイさん」

 

 グラスたちからも非難の目を向けられたので、ウンスはにゃははーと笑って誤魔化す。

 しかし、

 

「セイちゃんってそういう人だったんだね……」

 

 血涙を流すスペに肩を掴まれてウンスは思わず血の気が引いた。

 

「ぎにゃー! ごめん、スペちゃん! 冗談だから! 絶対にしないから!」

 

 前方抱え込み宙返り土下座をするウンスにスペは血涙を拭いて許すことに。

 

「口は災いの元だな」

「口は災いの門ともよく言ったものです」

 

 山場武とグラスの言葉をウンスは深く胸に刻んだ。

 

「ねぇねぇ、ダイエットするなら今日はトレーニングもない日だし、これからちょっと遠出しない? いいですよね、トレーナーさん?」

 

 ツヨシの問いに山場武は「脚に過度に負担をかけないなら」という約束で了承。

 それを聞いたツヨシや他のメンバーは早速帰り支度を始め、山場武のワゴン車に乗ってツヨシの案内の元、目的地へと向かうのだった。

 

 ◇

 

 ツヨシが案内したのは小金井公園。

 

「テイオーちゃんから聞いてて来てみたかったんだー♪」

 

 普段から仲良しのトウカイテイオーの勧めとあれば、みんなも一緒にと誘ったみたいだった。

 桜も見事だが、この広い公園を歩くだけでもいい運動になるだろう。

 

「とりあえず桜を見て回ろうか」

 

 山場武の提案にみんなは笑顔で頷き、エルとウンスを先頭に園内へ。

 

 桜の木が並ぶエリアには花見客も大勢いて大盛り上がりしていて、スペからすればそこかしこからいい匂いが漂ってきてある意味辛い現実である。

 

「スペさん、これは試練よ」

「お腹空いちゃう……」

「よだれよだれ」

「あ、ごめんね、キングちゃん」

 

 キングからポケットティッシュを受け取り、よだれを拭くスペ。

 自分が桜スイーツの誘惑に負けていなければ、今頃はここでみんなと美味しい物を食べられたはず……スペはそう思い、早くダイエットを成功させようと決意する。

 

「花より団子とはスペのことだな」

「でもそれがスペちゃんですから」

 

 山場武の嘆きにグラスはお淑やかに微笑んで言えば、彼も「確かにな」と苦笑い。

 

「ねぇねぇ、ここだとスペちゃんが可哀想だから、他のとこ行こうよ」

 

 ウンスがそう言えばみんなもそれに同意する。

 普段、ウンスは何かとみんなを困らせる側ではあるが、友達が本当に困っている時は人一倍相手に気を配れる優しい子なのだ。

 

 そしてみんながやってきたのはサイクリングコース。

 ウマ娘の場合は常歩または速歩までなら走行可能だ。

 

「トレーナーさんは自転車乗って、エルたちの後ろについてきてください」

「置いてかないでくれなー」

 

 サイクリングコース手前にあるレンタルサイクルで自転車とヘルメットを借り、ウンスを先頭にエル、スペ、キング、グラス、ツヨシの順でまずは常歩でコースを行く。

 

 しかしみんなは今ではすっかり有名ウマ娘。先程の宴会場のようなところとは違い、ここではみんなのんびりとしており、それ故にグラスたちの存在に気が付くのだ。

 故にサイクリングコースをゆっくりと進んでいると、当然周りから声をかけられる。

 ある意味芸能人がサイクリングコースで遊んでいるようなもの。

 

「最高の逃げ、期待してます!」

「にゃははー、期待に応えられるように頑張りまーす」

 

「次のレース、楽しみにしてます!」

「エルが圧勝デース♪」

 

「他のウマ娘に負けるなよ、日本総大将ー!」

「は、はい! 頑張ります!」

 

「キング! キング! キング! キング!」

「おーほっほっほ♪ このキングを讃える権利をあげるわ!」

 

「あの、良かったらサインください」

「わ! 私でいいの!? 嬉しいー!」

 

「たんぽぽいる?」

「あらまあ、ありがとうございます。たんぽぽ大好きなんです」

 

 他の利用者の邪魔にならないよう、サイクリングコースから外れてファンたちにサービスをするグラスたち。

 みんなファンたちからの温かい言葉やサインを求められることに、胸を熱くさせながら決して不甲斐ないレースはしないと心に誓う。

 

「山場武トレーナーのサインもください!」

「私にもお願いします」

「握手してくださーい!」

「順番にしますので、落ち着いてください」

 

 一方で山場武もファンたちに取り囲まれていた。

 それもそのはずで、彼は『モンスターズ』を一人で育て上げた『ボス』としてファンたちの間では有名だから。

 当初は色んな評論家や同じトレーナーたちから、同世代を一人で受け持つなんて馬鹿げているなんて批判的なことを言われたが、蓋を開けてみれば大成功と言っても過言ではない。

 仮に失敗すればトレーナー業なんて続けていけないくらいになっていただろう。しかし失敗を恐れず挑戦したからこそ、今の彼があり、今の『モンスターズ』があるのだ。

 勉強でもスポーツでも仕事でも、とにかく挑戦しないことには何も始まらないのだから。

 

『………………』

 

 一方で、ファンたちに取り囲まれている山場武をグラスたちは複雑な心境で横目に見ている。

 何故ならみんな彼のことを一人の人間として尊敬し、愛しているからだ。

 そんな彼の周りに女性ファンが群がっている状況は面白くない。

 角砂糖に群がるアリ……とまでは思わないが、あれだけ批判的だったのに成功した途端に手のひらを返すのはどうか、とグラスたちは思ってしまう。全員が全員そうでないと分かっていても。

 

 当初の批判的な匿名掲示板のネットの書き込みやブログ記事は大衆から多くの賛同を得ていた。

 批判的な理由の中には大切なトゥインクルシリーズの3年間を、同世代だけだと共倒れになる確率の高いものとして捉え、素晴らしい才能を持つウマ娘たちが脚光を浴びずに腐らせてしまうという懸念があったのも事実。

 そうした批判的な意見に繋がるのもグラスたちは十分に理解している。

 しかし自分が認めた山場武のことを悪く言われるのは、決して気持ちのいいものではない。

 特にGⅠ勝利に手が届かなかったツヨシは山場武の顔に泥を塗らないよう、チームで一番努力してドリームシリーズ進出の切符を手にしたのだから。

 だからこそ、山場武がファンたちに囲まれているのは嬉しさ半分、今更感半分なのだ。

 今更彼の素晴らしさに気付くなんて遅過ぎる……と。

 

 ◇

 

「はぁ、疲れた……」

 

 暫くファンサし続け、山場武の「すみません、そろそろ」との言葉でファンたちは解散。

 ファンたちが去ったのを確認してから、山場武はついつい慣れないファンサに本心を吐露する。

 普段はトレーナーとして保護者として、グラスたちに変なファンが接触しないか警戒しているが、今回のようなことは滅多にないので変に気を使って気疲れしたのだ。

 

「お疲れ様です、トレーナーさん。お茶を買ってきましたよ」

「ありがとう、グラス」

 

 グラスからペットボトルのお茶を受け取り、一息つく山場武。

 

「トレーナーさんが回復したら再開しましょうかー。なんだかんだ全然進んでないしー」

「そうね。ちょっと進んだらあの有様だったし」

 

 ウンスの言葉にキングは苦笑いで言うと、他のみんなも苦笑いを浮かべた。

 

「でもさ、俺は嬉しいんだ」

 

 ぽつりと零すように発した山場武に対し、エルが「何がデス?」と訊ね―――

 

「俺が粉骨砕身で取り組んで育てた担当ウマ娘たちがこんなにも多くのファンに愛されているのが、俺はとにかく嬉しいんだ。辛いこともあったが、報われたような清々しい気分なんだ」

 

 ―――そう山場武は満足感いっぱいの表情で答え、グラスたちはキューンと胸が高鳴る。

 

「ふふふ、トレーナーさんったら……♡」

「そんなキュンキュンするようなこと言われると照れるデース♡」

「胸の奥がポカポカしますねー♡」

「不意打ちは良くないわ……もうっ♡」

「…………狡い♡」

「えへへ〜、嬉しいべ〜♡」

 

 故にみんなはお耳ピコピコ、尻尾ブンブンの上機嫌。

 それと同時に『この人を愛して良かった♡』と心の底から思う。

 

「なはは、なんか柄にもないこと言ったな! さぁ、サイクリングコース再開だ!」

 

 照れ隠しに山場武が自転車に跨って言えば、みんなはフワフワとした気持ちのままコースを走った。

 

「おいおい、ちょっとは加減してくれー!」

 

 そんな彼女たちの背中を山場武は競輪選手張りのケイデンスで追う。

 

 ◇

 

「ぜぇ、はぁ……ぜぇ、はぁ……ぜぇ、はぁ……」

 

「すみません、トレーナーさん。つい舞い上がってしまって……」

「速度考えてなかったデース……」

「ごめんなさい、トレーナーさん!」

「一流として恥ずかしいわ。ごめんなさい、トレーナー」

「ごめんねー?」

「ごめんなさ〜い……」

 

 山場武が後ろにいないことに気付き、戻ってきたメンバーは産まれたての小鹿のようにヨロヨロになっていた彼に心から謝罪した。

 そんなグラスたちに対して山場武は『大丈夫』と言うように、手をひらひらと振りながら弱々しくも笑みを見せる。

 

「とりあえず、休憩させてくれ」

 

 山場武の願いにみんなは即座に頷き、今度は絶対にこんなことにはならないようにしようと誓う。

 

 こうして休憩を挟み、今度こそ普通にサイクリングコースを周って、穏やかな時間を過ごすのだった。




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