秋のGⅠ戦線が幕を開け、ナイトスカイもウィンタードリームトロフィーに向けて始動する。
ただ、この日は前日の大運動会により吉部はチームに休養を与えた。
ウィンタードリームトロフィーにまでは時間がある上、予選レースもまだ先ということで無理にトレーニングするよりはリラックスさせる方を選んだ結果である。
「それでわざわざここに来たのか。相変わらずだな……」
トレーニングが休みとなれば、シービーたちは自然と吉部がいるトレーナー室へやって来て思い思いの時間を過ごす。
ルドルフとブライアンに至っては生徒会の方があるので今は不在中であるが、いずれ仕事を終えてここへ競歩程度で来ることだろう。
「別にいいじゃん♪ アタシたちはここが一番落ち着くんだからさー♪」
ソファーベッドに寝そべってウマホをいじりながらシービーが言えば、他の面々も揃って頷いた。
「私は未だにオフの過ごし方が分かりません。ですので、マスターのお側にいた方が有意義だと判断しました」
吉部のすぐ隣に椅子を持ってきてそこでお座りするブルボン。
「今日はアイツらも休みたいだろうからな。だから私も好きに休む。邪魔はしないから安心しろよ」
リクライニングソファの背もたれを倒して優雅に吉部の仕事風景を鑑賞するシリウス。
「俺はクラスの奴らが揃ってトレーニングだったから、だったらトレーナーのとこに行こうかなって思っただけだぜ。邪魔はしねぇからさ!」
まったりとバイク雑誌を流し読みしつつ、会話にはちゃんと参加するウオッカ。
そんなシービーたちの言葉に吉部は「そうか」と苦笑いするが、彼も彼で愛バたちを追い出す素振りは一切ない。
「? マスター、メールボックスに一件ありますよ。確認しないのですか?」
ブルボンが指摘すると、吉部は「ああ」と今気がついてメールを開く。
すると、
「……『合同コンパのご案内』? マスター、合同コンパとはなんでしょうか?」
ブルボンが内容を読み上げたことで、室内の空気が冷えた。
もしここにルドルフとブライアンがいたら、きっと今よりも室温は下がっていたことだろう。
しかしこの状況にも慣れた吉部は動揺を隠して涼しい顔で口を開いた。特にシービーとシリウスに聞こえるようにハッキリとした口調で。
「これはな、ブルボン。独身のトレーナーにたまに回ってくるお誘いメールだ。合同コンパは……出会いを求める男女の飲み会って感じだな。俺は一度も行ったことがないんだ」
「トレーナー同士での飲み会ですか?」
「いや、トレーナーをしていると出会いが限られてしまうから、他の職種の異性との飲み会が主だな」
「ではマスターは私たちがいるので行く必要はありませんね」
「……そうだな。まあ中には食事目当てで行くって人もいるみたいだ。基本的にこの合同コンパの場合は割り勘が普通らしいから、いいとこの食事なら割り勘で食べられることになる」
「なるほど。しかしマスターは私たちの担当ということで学園とURAから手当も貰ってますから割り勘だからと行く必要はありませんね」
「…………そうだな。そういえば、後輩はこれに参加して、普通に自分の担当連れてったらしい」
吉部が後輩トレーナーから聞いた話を出すと、ブルボンは勿論、他の面々もそちらの話が気になったようで続きを促してきた。
「その人誰なの?」
「トウカイテイオーたちのトレーナーだよ。スイーツバイキングで有名なレストランだったから、担当の子たちも連れてったらしい。それで後輩にはもうこの連絡メールは届かなくなったそうだ」
シービーの質問に吉部が苦笑いして答えれば、シービーもシリウスも苦笑い。
イマイチ理解出来ていないウオッカとブルボンが小首を傾げているので、
「ようは出会いを求めている場で担当の子たちと和気藹々してたから、幹事からもう誘わないって言われたそうだ。やって来た女性陣も担当の子たちと仲良くなって出会いを求める雰囲気じゃなくなったみたいでな」
吉部が補足するとやっと理解した。
「でもウマ娘のトレーナーなら出会いなんていらなくないか、普通」
シリウスがそう言うと、
「トレーナーとその担当ってだけの割り切った関係もあるんだよー?」
シービーがそう言うのでシリウスは「ふーん」と頷く。
確かにトレーナーとその担当ウマ娘が恋仲になるのは良くあること。しかしコーチと選手という関係のみの場合もあるのだ。
シービーたちのようにトレーナーを自分たちだけで囲ってしまうというのは異質なのである。
「ねぇ、トレーナー。とりあえず合コン行かないのは信じるからさ、もうそのメール要らないって拒否しなよ」
笑顔ながら目は笑っていないシービー。
「いや、これはこれでたまに興味を引かれる店を知れたりするから拒否はしたくないんだ。そうすればシービーたちと一緒に行ける店が増えるだろ?」
対して吉部がサラッとそんなことを言えば、流石のシービーも胸がずきゅんどきゅんしてしまい、流れ弾としてシリウスたちも被弾する。
「もう、じゃあ大目に見てあげるよ♡」
「お前は本当に可愛いな♡」
「ステータス【胸キュン】を確認。マスターはウマ娘誑しです♡」
「鼻血出そう……♡」
吉部はみんなの反応に困惑したが、彼女たちが笑っているので気にしないことにした。
当然、この話はシービーからルドルフとブライアンにも伝わり、二人はその場で胸を押さえて両膝を突いたとか。
◇その時の二人◇
「トレーナー君……しゅき♡」
「ぐうかわ♡」
「会長!? いきなりどうしたんです!? ブライアンもどうしたんだ!?」
突如、胸を押さえてその場に膝を突いた二人を見てエアグルーヴは本当に驚き、狼狽する。
しかし理由が彼女たちのトレーナーだと分かると、安堵はしたがやる気は下がった。
―――――――――
残暑が厳しい今年。9月も半ばというのに、未だに気温は30℃を上回る。
「今年は残暑が厳しいざんしょ? どうだ、トレーナー君?」
「いいじゃないか」
「そうか……ふふっ、今日の私は好調のようだ。いや、生徒会長だから快調の方が正しいのか? ふふふ♪」
それでもルドルフは絶好調。
生徒会の仕事をしながらも、吉部が手伝ってくれることもあってお得意の駄洒落も飛び出す。
エアグルーヴは他の仕事で席を外しているのが幸いだが、残るブライアンはそれを一身に受けるのだから堪ったものではない。
前に一度ルドルフから自分の名前を駄洒落にされたことがあり、流石のブライアンもルドルフの顔面にプッツンオラァッしそうになった。
「……会長。頼むから黙って手を動かしてくれ」
「む。すまない」
ルドルフは素直に謝ると相変わらずの手捌きで書類を処理していく。
一方で吉部はブライアンのフォローに回った。
「ブライアン、ビーフジャーキー食うか?」
「食べる……」
「ほいきた」
ブライアンは吉部からビーフジャーキーを食べさせてもらうと、少しだけ機嫌が良くなる。
吉部としてはルドルフの駄洒落センスはよく分かっていないが、本人が楽しそうにしているのでブライアンのように特に受けるダメージはない。
「このビーフジャーキー、どこのだ?」
「ウマい屋だ」
「ほう……私が買ったことのないメーカーだな」
「新発売らしい。購買で見つけて、執務の合間に摘める物があった方がいいかと思ってブライアンにはそれを買ってきたんだ」
「そうか……♪」
相変わらず自分の好みを熟知してくれている吉部の気遣いに、ブライアンは思わず尻尾が揺れる。
気がつけば自然と書類整理する吉部の手におでこを擦りつけていた。
「どうした?」
「塩分補給のあとは糖分補給がしたくなってな」
「つまり甘えたいのか。よしよし」
「〜♪」
頭や首筋を撫で回され、喜びの声が漏れるブライアン。
そんなことをしていれば、
「私を放置して二人のイチャイチャを見せつけるとは、どういうことかな?」
独占欲の権化ルドルフが音もなく吉部の背後に忍び寄り、軽く抗議の頭突きを見舞う。
ぽすんぽすん……グリグリグリグリ……と抗議すれば、吉部はすかさずルドルフの頭を撫でた。
「イチャイチャしているつもりはなかったんだ。怒らないでくれ」
「私にはイチャイチャしているようにしか見えなかったよ」
「会長、邪魔しないでくれないか?」
「ブライアンはさっきまでされていただろう? なら次は私だ」
「喧嘩するな。どっちの頭も撫でるから」
吉部が両手を伸ばして、それぞれの頭を撫でてやれば二人は嬉しそうに尻尾を振る。
普段からあまり耳や尻尾に感情を出さないルドルフでも、この時ばかりは感情が出てしまう。
当初はそれに恥ずかしさを感じたものだが、今は寧ろ彼にだけ見せる特別さということで慣れた。
「トレーナー君……♡」
「おい♡」
「はいはい」
こうして吉部は暫くの間、二人の頭や首筋を撫でてやるのだった。
◇
「……あともう一周この階を見回りして戻った方が良さそうだな」
生徒会室の扉の前に立っていたエアグルーヴは、小さく笑い空気を読んでもう少ししてから戻ることにした。
―――――――――
残暑が少しずつ和らいできた9月末。
吉部は昼休みということで学園のカフェテリアへやってきた。
今の時期は『食欲の秋フェア』ということで、この時期限定メニューが食べられるからだ。
限定メニューは季節の幸を使った釜飯やグラタン、茶碗蒸し、包み焼きハンバーグ、秋刀魚の塩焼き定食と豊富。
「トレーナー、こっちこっちー♪」
カフェテリアへ入ると、既に場所取りをしていたシービーが手を振って合図してきた。
「席を確保してくれてありがとうな、シービー」
「いえいえー♪ 今ルドルフたちが自分たちの受け取りに行ってるから、戻ってきたらアタシと行こ♪」
「ああ、分かった」
◇
みんな各々のメニューが出揃い、共に手を合わせ、いつもとは少し違う昼食が幕を開ける。
吉部は釜飯御膳。舞茸や椎茸を松茸エキスの入った鰹出汁で炊き込んだ贅沢ランチ。お麩のお吸い物とニンジンと白菜の浅漬け、鮭の塩焼きがついて職員割引もあって1000円以内だ。
シービーとウオッカは茸がふんだんに入ったグラタン。
ルドルフとブルボンは秋刀魚の塩焼き定食と茶碗蒸し。
シリウスは茸とベーコンの和風パスタ。
ブライアンは振れずに包み焼きハンバーグ。
「偉いなブライアン。俺に言われなくてもニンジンサラダを頼んでくるとは」
「食わないと私のトレーナーがうるさいからな」
「自ら頼んでくれて嬉しいぞブライア〜ン!」
吉部がわざとらしく褒めてワシワシと頭と顎の下を包み込むように撫でれば、ブライアンはちょっと満足そうに鼻を鳴らす。
しかし包み焼きハンバーグの下に敷かれているタマネギスライスと添え物のブロッコリーは問答無用で隣に座るブルボンの口へと運んだ。
「トレーナー、口開けろよ」
「? あー……」
「ほらよ」
シリウスに言われて素直に吉部が口を開ければ、シリウスがそこへ自身が頼んだパスタを運んでやる。
「むぐむぐ……ありがとうシリウス』
「構わねぇさ。じゃあ、お返しを期待してもいいよな?」
今度はシリウスが口を開けて待機するので、吉部は釜飯を少し冷ましてから彼女の口へと運んだ。
「んっ……おぉ、美味いなこれ。明日はこれにするか。ありがとよ、トレーナー」
「おう」
シリウスが抜け駆けすれば、当然ルドルフも対抗意識を燃やす。
「トレーナー君、私とも交換しないか?」
「ああ、いいぞ」
一人がそういえば、
「マスター、私ともお願いします」
「お、俺とも、良かったら頼む……」
ブルボンもウオッカもそう願い出てきた。
吉部はそれに快く頷き、互いに交換し合う。
そして、
「シービーも一口どうだ?」
ここまでくれば、シービーが何も言わずとも吉部から提案してくれる。
「うん、食べるー♪」
こうして秋の食材に舌鼓を打ち、和やかな昼食を過ごすのだった。
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