3月3日を迎えたトレセン学園。
桃の節句、ひな祭りということもあり、それに因んだ催し物を学園でも行っている。
本日限定のカフェテリアメニュー、購買の商品、ロビーでの男性トレーナーによりお内裏様姿と生徒たちも各々で本日を楽しんでは思い出にしていることだろう。
「…………スペ」
「……す"み"ま"せ"ん"」
チーム『モンスターズ』もある意味平常運転だ。
相変わらず山場武が鎮座するソファーの前で、スペは此度もボテッとした腹を晒して正座で頭を垂れる。
「懺悔を聞こうか」
「食べ物がどれも美味しくて……」
「うんうん」
「美味しい美味しいって食べてたら……」
「食べてたら?」
「こう(この腹)なっちゃいました……」
「うん、ギルティ」
満面の笑みの山場武から受ける宣告にスペはへにゃりと床に倒れ込んだ。しかし慈悲はない。アスリートというのは常に自己管理が大切なのだ。
「またなのね、スペさんは」
「止める間もなかったデ〜ス……」
呆れるキングの横で、エルもお手上げ状態。
それもそのはず、エルが言ったようにスペの食べる速度が物凄く、注意しようにも注意出来なかったのだ。注意しようとはしたものの、声をかけようとした時には既に全てがスペの腹の中に収まったあとだったから尚更。
加えてスペは購買で限定お雛様スイーツの争奪戦にも勝ち、オグリキャップと同じ量の白飯富士山盛り且つお雛様御膳と裏メニューのお内裏様御膳をぺろりだったのだから。因みにお雛様御膳の主食であるちらし寿司も、お内裏様御膳の主食の白米も両方共に富士山盛り。
「スペちゃんが美味しそうに食べているとつい、注意するのが遅れてしまいますね」
「そうなんだよねぇ……気持ちいいくらいの食べっぷりなんだもん」
「で、毎度お馴染みのネタなワケですなー♪」
グラスとツヨシが言う横でウンスがケラケラと笑いながら言えば、スペは顔だけウンスに向けて「ネタじゃないよ!?」とツッコミを入れる。
「なぁ、頼むよスペ。アスリートなんだからもう少し気を使ってくれ。食べるなとは言ってないだろ? 加減してくれって言ってるんだ」
「はいぃ〜」
山場武の嘆きにスペも申し訳なさそうに返事をするが、ボテッと出たお腹はすぐには引っ込まない。その証拠に今も腹は土下座しているせいもあって、床にぺたりとくっついている。
「とりあえず全員、トレーニング始めるから準備してきてくれ」
その言葉にグラスたちは返事をすると、キングとツヨシはスペを立たせて部室へと向かう。
全員の背中を見送ったあとで、山場武もトレーニングに必要な荷物と専用タブレット端末を持ってそのあとを追った。
◇
あれからトレーニングも終わり、スペを除いてグラスたちはクールダウンのストレッチ。
「おら、何ちんたら走ってんだ、ブタ娘が!」
「ひーぃん!」
山場武はメガホンを片手にスペへ物凄い喝を入れる。
現在彼女が行っているのはタイヤ引きという古典的なトレーニングだが、その分消費カロリーも普通に走るよりも多い上に、大きな筋肉を使うことでより強化出来るのだ。
ただしウマ娘の命とも言える脚への負担も考慮しつつではあるため、加減を見て。
「もうスペちゃんのタイヤ引きは風物詩ですなー♪」
「そうね……お腹が出ててもあれだけのパワーが出せるのは、素直に脱帽だわ」
ウンスの言葉に彼女の背中を押しつつキングが返せば、一人ストレッチをするグラスが「だからこそ日本総大将ですよ」と笑顔で言う。
「でもレースが控えてればスペちゃんもカロリーオーバーはしないのが流石だと思うなー、私は」
「デース……だからスペちゃんは普段は抜けてるくらいが丁度いいと思います。仮にスペちゃんがエイシンフラッシュ先輩みたいなキッチリした性格だったら違和感しかないデス」
エルが苦笑いしながらそうツヨシに返すと、ツヨシは思わず吹き出してしまった―――
『本日のスケジュールは完璧に進行しています。お昼は〇〇時に▲■店の超特大盛り牛丼を食べ、おやつに〇〇時に☓△店のジャンボフルーツケーキを食べます』
―――幻想のスペが凛々しい顔でそんなことを言うので。
「ツルちゃん大丈夫?」
「う、うん、大丈夫……くふふっ」
ウンスが心配する横でツヨシは尚も肩を震わせている。
そうこうしている内にスペは個人ダイエットメニューを終え、タイヤ引きから解放されてターフの上に崩れ落ちた。
しかしその疲れのお陰か、ボテッと出た腹は一回り小さく見える。
「今日はこんなとこだな。これ、今夜と翌朝、翌昼のダイエットメニュー表な」
ペラリと破いたメモ帳をスペに見せる山場武。対してそれを受け取ったスペは顔面蒼白だ。何故なら彼女の大好きな米が極限まで削られているからである。
「……ガンバリマス」
「大いに頑張ってくれ。足りないとこは野菜や肉で埋めろ。こんにゃくときのこでもいい。しかし食い過ぎはNGだ」
「ハイ、ガンバリマス」
ガンバリマスしか言えないロボットになってしまったスペを見て、グラスたちは同情はするものの苦笑い。ただウンスだけは可笑しそうにケラケラと笑っている。
「グラス、スペのストレッチ手伝ってやってくれ」
「お任せを」
山場武がそう言うと、グラスは返事をして静々とスペの元へ行き、うつ伏せのままのスペを気にすることなくストレッチをしてあげるのだった。
―――――――――
本日はホワイトデー。バレンタインデーのお返しをする日である。
先月のことやひな祭りの一件もあり、ホワイトデーの1週間前からスペは首から山場武お手製の『勝手に餌を与えないでください』プレートを下げていた。その効果もあってスペに大量のお菓子を返す子たちも居らず、体重オーバーをすることもなくホワイトデーを迎えられた。それでも彼女を慕うシーザリオやブエナビスタはスペからバレンタインデーの時にお菓子をもらっていたので、お返しを渡したが、ちゃんと量は控えめにしたのだ。
「おー、神よ……この迷える仔豚を救ってくださり、心より感謝申し上げます!」
故に山場武は普段から信仰もしていない神に感謝の祈りを捧げてしまう程に感動している。その証拠にお天道様へ向かって手を合わせているのだから。
それを見ているグラスたちは苦笑いだが、当事者であるスペに至っては本当に誘惑に負けないように気をつけようと思ったとか。とはいえ毎回美味しそうな物を目の前にすると天使と悪魔が食べちゃえと誘惑してくるので食べてしまうのだが、せめて程々にしようという気持ちになるよう、そっと天に願ったそう。
「さてさて〜、ホワイトデーですよ、トレーナーさ〜ん? 当然、セイちゃんたちへのお返しは準備してますよね〜?」
天に向かって祈りを捧げている山場武のそばまで這い寄り、お返しをせがむウンス。
しかし尻尾はブンブンで、大好きな山場武からどんなお返しが来るのか待ちきれないといった様子が隠し切れていない。
「そう急かすな。ちゃんと準備してある」
その言葉にウンスはもちろん、他のメンバーもパァッと表情が輝く。
何せグラスに至ってはスペのためでもあるが、この日のために一緒に極力甘い物を我慢していたから尚の事。彼女は普段から自制してはいるが、食べる時は食べるウマ娘なのだ。過去のことではあるがスペ程ではないにしても彼女も何度かダイエットを経験をしている。
「トレーナーさんにそう言われると、期待で胸がそわそわしてしまいます♪」
「何をくれるんデスか!? 待ちきれないデス!」
「楽しみだなー♪」
「このキングにお返しをする権利をあげるわ!」
「トレーナーさん、早くください!」
みんな早く早くとせがむ中、スペだけは数ある誘惑に晒されてきたこともあって血走った目をしている。
そんなみんなに応えるように、山場武はみんなに座るように促してから、トレーナー室に備え付けてある冷蔵庫からとある物を出した。
「何です、これ?」
ウンスの疑問も当然で、目の前にそれぞれ並べられた器は蓋がしてあって中身が分からない。
しかし察しの良いグラスとキングは『なるほど』と頷いている。
「あのー、トレーナーさん?」
そこへスペがおずおずと手を挙げて山場武を呼んだ。
「何かな?」
「エルちゃんたちのは分かるんですけど……どうして私とグラスちゃんだけバケツなんですか? どう見てもお菓子に見えないんですけど……私とグラスちゃんにはお菓子は無いんですか?」
ウルウルと涙を溜めて尋ねるスペに山場武は苦笑いし、グラスとキングは思わず小さく笑う。
「違うわよ、スペさん」
「ええ、キングちゃんの言う通りです」
二人がスペを安心させるように言うが、スペは訳が分からず首を傾げるばかり。
なので山場武は「蓋を取っていいぞ」と促し、スペが恐る恐る蓋を取ると―――
「ぷ、プリンだべ〜!」
―――そこには黄金色のプリンがバケツの縁ギリギリまで入っていた。
因みにグラスは8リットルサイズで、スペは15リットルサイズ。他のみんなは丼サイズだ。
「ラカンカの天然甘味料を使って出来るだけカロリーは抑えてあるから、堪能してくれ」
山場武がみんなにそう促せば、みんなは両手を合わせ、声を揃えていただきますをしてプリンを食べる。
濃厚な卵と牛乳の風味にラカンカの甘さがバランス良く配合され、昔ながらの硬めのプリン。ちょいちょい気泡があるのは手作り感があってまた微笑ましい。
そして何より忙しい中で手作りしてくれたのが、グラスたちは何よりも嬉しくて手が止まらなかった。
「美味しいです♪」
「わんこプリンできまーす!」
「毎日でも食べられるよー!」
「ま、まあ? 一流のキングのトレーナーなんだから、当然よね!」
「いやぁ、こんなに美味しいプリンを頂けるなんて、セイちゃんの好感度爆上がりですよー♪」
「なまら美味しいべー♪」
パクパクと食べ進めるグラスたちを見て、山場武は優しく見守りながら作って良かったと目を細めた。
因みにプリンの底にはソースタイプのラカンカを使ってカラメルソース風にしている。
「そんなに喜んでもらえて、作った甲斐があるよ」
山場武の優しい言葉にみんなは笑顔を返しつつ、彼の愛情たっぷりのプリンを心ゆくまで堪能するのだった。
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