7月を迎え、夏合宿に多くの学園生徒が向かう中、チーム『モンスターズ』もウィンタードリームトロフィー予選に向けて夏合宿に入った。
しかし七夕の今日は午前中だけのトレーニングに留め、午後からは自由時間を与え、夜は近くで行われる七夕祭りに行く予定。
山場武としてもトレーニング漬けよりも、こうして息抜きを与えることでメリハリを付ける方が良いと判断してのことだ。
「た、ただいま〜」
フラフラとおぼつかない足取りで戻ってきたのはスペ。
彼女は先程までバナナボートで遊んで来たのだ。
「スペちゃん、大丈夫?」
ツヨシが心配そうに声をかけると、スペはパラソルの下に置いたサマーベッドに寝そべりながら弱々しく頷く。
「大丈夫だよぉ……ただ、思ってたよりも、凄かったから、フラフラしちゃってるだけで……えへへ……」
「水上バイクの運転手がマルゼン先輩ですものね」
「うん……すごいスピードで、まだふわふわしてる気分……楽しかったんだけどね」
苦笑いするグラスにスペはそう返しながらまだ残る浮遊感に尻尾を揺らし、苦笑い。
そんなスペをツヨシは優しく誘導してパラソルの下にあるサマーベッドに寝かせてあげた。
「麦茶をどうぞ、スペちゃん」
「ありがとう、グラスちゃん……」
やかんからキンキンに冷えた麦茶をグラスに手渡され、ちびちびと飲んでは気力を回復させるスペ。
「エルも少し休憩デース」
そこへずっとウンスと共に沖磯釣りに興じていたエルが戻ってくる。釣り竿のみということで釣果はなかったようだ。
エルは自分のサマーベッドに腰掛けると、麦茶をコップに注いで一気に飲み干し、「くぅー!」と声をあげる。カラカラの時の冷たい飲み物が染み渡る感覚は何度味わっても最高の瞬間。
「生き返りまーす!」
「熱中症には気をつけてくださいね?」
グラスがそう釘を刺すと、エルは「ブエノー(分かった)!」と返しながらサマーベッドに横たわった。
「……それで、スカイさんは?」
キングはもう想像はついているが、それでも念の為にエルへ確認する。
「セイちゃんはまだまだ磯釣りしてまーす! ちゃんとトレーナーさんが監視してますよー!」
エルの返答にキングだけでなく、グラスたちも『なら安心』と安堵しつつ夏の浜辺を堪能することにした。
◇
所変わり、浜辺から少し離れた磯では、
「あっづ〜〜い……セイちゃん溶けちゃいますよ〜……」
「付き合ってやってる俺に感謝しろよな」
炎天下の中でウンスと山場武が磯釣りに興じている。
熱中症対策として二人共に帽子タイプの日傘を被ってはいるが、降り注ぐ太陽が精神と体力を確実に蝕んでいた。
「ウンス、飲み物飲め」
「はーい」
定期的に山場武はクーラーボックスに入っている飲み物を渡して水分補給をさせ、もちろん塩タブレットも定期的に彼女の口へ運んでやっているほど甲斐甲斐しく保護者として面倒を見ている。
「何にしてもあと少ししたら一度パラソルのとこ戻るからな」
「分かってますよ〜」
「そう言ってもう1時間経つんだがな……」
「釣りは待つものですよ〜」
暑いとは言いつつもやはり大好きな釣りをしているのは楽しいウンス。それに加えてエルが抜けた今、山場武と二人きりという滅多にないシチュエーションもウンスとしては余計にすぐには終わらせたくないのだ。
因みにグラスたちがウンスに山場武と二人きりの時間を許しているのは、普段から彼女が恋愛方面にはめっぽう弱くて抜け駆けされる心配がないからである。仮に仕掛けたとしてもいつも返り討ちにあって撃沈するのがウンスのお家芸とされているからだ。(ウンスとしては不本意)
「俺の方も当たりこないなー」
「やっぱ餌がダメですかねー?」
「かもしれんなー」
山場武はそう言って竿をあげ、釣り餌を変えることに。
「他に何を持ってきてるのー?」
「さっき買い出しに行った先の用水路で捕獲してきたアメリカザリガニ」
「おー、いいですねー♪ 海には絶対いないものだから食いつくかもー♪」
「だといいがなー」
アメリカザリガニを針につけて海へ釣り糸を垂らす山場武。
「結構突いてる気がする」
「わおー、いけそうですねー♪」
投下して暫くすると、グンと釣り竿がしなった。
「おととと……!」
「来ましたね!」
ウンスはたも網を構えて魚と格闘する山場武の近くに待機する。
「これはデカいかもしれん……!」
慌てずに、しかし着実にリールを巻いて魚を手繰り寄せていく山場武。
「…………マハタだー!」
海面に上がってきた魚影を見てウンスは大声を上げた。
それもそのはずで、マハタとは高級魚の一つで、それだけになかなか釣れる機会がないのだ。
山場武は大汗をかきながらもゆっくりとウンスが伸ばすたも網にマハタを入れることに成功し、
「自分の釣果じゃないけどすっごく嬉しいー!」
大喜びするウンスを見て達成感に浸った。それだけ自分のことのように喜んでくれる彼女の反応が嬉しかったのである。
「さてさて、とりあえず血抜きとかを済ませて、みんなのとこに戻ろう」
「血抜きならお任せあれー♪」
こうしてウンスが慣れた手付きで血抜きを済ませ、クーラーボックスの中に保存してみんなが待つパラソルへ戻るのだった。
◇
そして夕方。山場武はグラスたちを連れて合宿地から近い町の七夕祭りにやってきた。
懸念されるスペのドカ食いだが、来る前に山場武が釣り上げたマハタの刺身としゃぶしゃぶがスペのお腹を満たすのに貢献していることだろう。それに加えて骨まですり鉢で粉末にし、そこへ片栗粉と水を加えたものを焼いた骨せんべいまで食べたのだから、スペの腹の虫は暴れるほど飢えていないのだ。
その証拠にスペは暴走せずに食べたい物を選別して食べているのだから。
「……スペさんが落ち着いて屋台を回ってるのがこんなにも違和感を呼ぶなんてね」
「いいことじゃん。それにトレーナーさんの目の前であれもこれもってなったら怒られるのにするわけないってー」
ニンジン飴を片手に困惑するキングの横で猫の頭を模した綿飴を食べながら笑うウンス。
しかしその横で、
「それでも十分食べてる方だとは思うけどね……」
ツヨシは苦笑い。
彼女が言うようにスペはいつもよりはセーブ出来ているものの、既に焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、ニンジン飴、ベビーカステラ、たい焼きを食し、今も手には卵が巻かれたフランクフルトが見えている。
「でもいつものスペちゃんよりは少ないデス」
「去年は端から端まで食べていたものね」
エルとグラスがそう付け加えれば、ツヨシは「確かに……じゃあいいのかな?」と納得がいった。
「トレーナーさんは何かお目当てのものはありますか?」
みんなを後方から見守っている山場武にグラスが近付いて訊ねると、山場武は「うーん」と軽く唸りつつ辺りを見回す。
山場武自身、屋台の食品は好きで学生の頃は色々と食べ歩きをしたものだが、大人になった今はグラスたちの保護者という責任感の方が強くて楽しむというよりはグラスたちが楽しんでいるのを見ているので満足してしまうのだ。
「トレーナーさーん! タコスの屋台がありますよ! 食べませんかー!?」
「辛くないなら一口貰おうかな」
「辛い方が美味しいデース!」
「なら却下で」
「ケッ!?」
エルのラブコールを毅然とした態度で対処する山場武にグラスは思わず口に手を当てて笑う。二人のやり取りは相変わらずですね、と。
「トレーナーさんは私たちと同じくらいの頃はこういうとこで何をしてました?」
山場武にウンスが素朴な質問をすると、
「射的とか輪投げとか遊ぶ系かな。あとはきゅうりの一本漬けと冷凍パインよく食ってた」
自身が中学生時代の頃を思い出して答える。
するとみんなは意中の彼の若き頃を思い浮かべて思わず口元に笑みが浮かんだ。彼にもそういう頃がちゃんとあるんだと知れたのが嬉しかったから。
「一本漬けの屋台ならあっちにありました!」
「なら一本買うかなー」
スペの言葉に山場武はそう言うと、スペに案内されてその屋台へ向かい、グラスたちもそのあとに続く。
きゅうりの一本漬けを購入した山場武に続き、グラスたちも彼の好みを知ろうと購入。
「おー、よく味が染みてて美味いな」
パリッと一口食べて感想を述べる山場武。続くグラスたちも一本漬けの味ときゅうりの清涼感に頬が緩む。
「塩昆布がいい塩気を与えて昆布の旨味も味わえていい一本漬けだべ」
「出ました、食レポスペちゃん♪ でも分かるなー。普段なら食べないけど、こういう暑い日にしっかり冷えてるきゅうりって美味しいかも」
スペの食レポにウンスが感想を述べると他のメンバーもうんうんと同意するように頷いている。
「それにあの屋台はちゃんと冷蔵車を使ってるから安心だ。たまに食中毒のニュースとかあるからな」
「そういうところもちゃんと見ているのね……」
「そりゃあリスク管理は大切だからな」
「でも確かに非加熱料理だからそういうのはちゃんと見ないとダメですよね」
感心するキングの横でツヨシが納得するようにつぶやく。
「せっかくの楽しい思い出を食中毒とかで塗り替えられたら嫌だろ?」
山場武の問いにみんなは即座に頷きを返し、彼のこういう場面でも自分たちを考えてくれていることに感謝の念を強くした。
「では、楽しい思い出をまだまだ作りましょう♪」
そう言ってグラスが山場武の左腕に自身の右腕を絡め、
「エルは今度は遊びたいデース!」
エルも負けじと右腕に左腕を絡める。
そんな二人に山場武は笑顔で「分かった分かった」と返しながら、遊べる系の屋台を探しに歩き出した。
「ああいうごく自然な感じでボディタッチ出来るのを見ると、グラスさんもエルさんも帰国子女なのねって……こういう時に思い知らされるわ」
キングが二人の行動に感心しながら漏らすように言えば、ツヨシたちも『確かに……』と同意する。
二人に負けず劣らずツヨシたちも山場武が好きだが、グラスやエルのようなボディタッチまでは恥じらいがあるのだ。特にキングやウンスに至っては腕を組んだことを想像するだけで茹でダコのように真っ赤になってしまうくらい。
「おーい、あっちに射的あるからみんなでやろう」
山場武がツヨシたちに声をかければ、みんなは揃って返事して山場武たちの元へ駆け、時間の許す限り彼と七夕祭りの思い出を作るのだった。
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