ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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モンスターズの10月

 

 秋のGⅠ戦線が繰り広げられる中、チーム『モンスターズ』はウィンタードリームトロフィーの予選を終え、グラスのみが長距離部門の準決勝へ進んだ。

 サマードリームトロフィーの時のように惜しくも予選敗退となった他のメンバーは、来シーズンに向けた個人のトレーニングをしつつ、グラスのためにサポートに徹する。

 そんな今日はレース後のオフ日ということで、秋の山を散策することに。

 電車に乗り、中央から離れ、高尾山へとやってきた。

 

 高尾山は本格的な登山装備がなくても気軽に観光出来るスポットであり、中央からもアクセスしやすいため案外ここに来るウマ娘たちも多い。

 

「着いたデース!」

「待ってよ、エルちゃーん!」

 

 高尾山の最寄り駅に着いた一行。

 ズンズンと前を歩くエルの後ろを小走りで追いかけるスペ。

 そんな二人の背中を山場武たちがのんびりと追う。

 

「いい観光日和だなー。日頃の行いがいいからだなー」

 

 山場武がそんな冗談を言えば、彼の周りにいるグラスたちは思わず笑い声を漏らした。

 

「まあ、トレーナーさんったら……」

「すぐ調子のいいこと言うんだから……クスッ」

「でも晴れて嬉しいね!」

「山頂でお昼寝したいなー♪」

 

 グラス、キング、ツヨシ、ウンスと和気あいあいと話しながら歩を進める中、ウンスがピタリと急に立ち止まる。

 

「どうした、ウン……スぅ」

 

 山場武がウンスに声をかけて彼女が見ていたものを見て口から空気抜けたような声になってしまった。

 何故なら、

 

「トレーナーさ〜ん、セイちゃん、ここ行きたーい♪」

 

 マス釣り場の看板を指差しているから。

 

「んー……全員集合」

 

 山場武が静かに招集をかければみんな彼の周りにちゃんと集まる。

 

「ウンスがこのマス釣り場に行きたいんだとさ。みんなの意見はどうだ?」

 

 山場武が訊ねると、みんなは『まあセイちゃん(スカイさん)だし』と苦笑いを浮かべながらも快諾してくれた。

 ウンスはそれに大喜びしてみんなにお礼を言い、そのまま予定を変更してバスに乗ってマス釣り場に向かった。

 

 ◇

 

 マス釣り場に到着し、ウンスを先頭に空いているところへ陣取る。

 元々体を動かす予定だったのもあり、みんな私服ではなくジャージなので地べたに座ってもそこまで気にする必要もない。

 

「釣れるといいなー」

「大物釣りたいデース!」

 

 レンタルの釣り竿の針に活餌を付けて早速釣り糸を垂らすスペとエル。

 

「グリルも貸し出してくれるのはありがたいわね」

「ですねぇ。川のせせらぎにも癒やされます」

「セイちゃんの気まぐれに感謝だね!」

 

 グリルをセットしながら談笑するキング、グラス、ツヨシの三人。こちらの三人は釣りよりもこの自然を楽しむことにし、釣り竿は借りず釣りするメンバーを見守る。

 

「あそこ狙い目だな」

「ほうほう、いいですなー」

 

 そしてウンスと山場武は目ざとく各々釣れそうなポイントに釣り糸を垂らして釣る気満々。ウンスとしても山場武の隣を自然と確保出来てホクホクだ。

 

「マスが釣れたらマス汁かなー」

「わぉー、いいですなーいいですなー。セイちゃん的には唐揚げも捨てがたいですぞー」

「唐揚げもありだなー。だったら唐揚げ粉買ってこないとな」

「あ、確かに……グラスちゃんたちにお願いしたら買ってきてくれるかな?」

「美味しい物が食べられるなら買ってきてくれるんじゃないか? 俺が頼んでくるから、竿見ててくれ」

 

 山場武の言葉にウンスが返事をすると、彼はグラスたちに買い出しのお願いをする。幸いバスで来る途中にスーパーマーケットがあったのでグラスたちは快く引き受けてくれた。

 

「じゃあこれお金ね。グラスたちも好きなの買ってきていいから。気をつけて行ってきてくれ」

「ありがとうございます」

「一流のキングに任せておきなさい。その代わり、しっかり大物を釣り上げること」

「行ってきまーす♪」

 

 山場武からお金とメモ書きを預かり、グラスたちはスーパーへと向かい、そんな彼女たちのためにも大物を釣って喜ばせようと山場武は使命感に燃えるのだった。

 

「お魚は見えるんだけどなー……」

「なかなか食いついて来ないデース……」

 

 グラスたちがスーパーへ向かって数分。ジッとしているのがあまり得意な方ではないスペとエルは、目の前にマスがいるのに餌に食いつかないことにやきもきしている。

 ウンスのように魚との駆け引き云々を知らないのもあるが、二人としてはもう川に入って掬いあげる方が性に合っているのだ。

 

 ◇

 

 その頃、山場武から軍資金とメモを託されたグラス、キング、ツヨシたちは、ふもとのスーパーへと向かうバスに揺られていた。

 

「いい、二人共。これは単なる買い出しじゃないわ。チーム『モンスターズ』の士気を高めるための、極めて重要なミッションよ」

 

 キングが腕を組み、窓の外を流れる紅葉を睨みつける。その気合の入りようは、まるでGⅠのパドックに向かうかのようだ。

 

「そうですね。スペちゃんの空腹は放置すればそれこそモンスター級の被害をもたらしますから。迅速かつ、最高の結果を求められる戦いです」

 

 グラスがふふ、と上品に微笑む。その隣で、ツヨシは「おー!」と元気よく拳を突き上げた。

 

「私、美味しいものを見分ける勘だけは自信あるよ! 今日はなんだか、運気がグングン上がってる気がするもん!」

 

 バスを降りた三人に飛び込んだのは、地元産の野菜が所狭しと並ぶ活気あるスーパー。

 

「まずは……トレーナーさんからのリクエスト『唐揚げ粉』ですね」

 

 グラスがメモを確認し、調味料コーナーへ向かう。しかし、そこで彼女たちの足を止めたのはあまりにも豊富なラインナップだった。

 

「一流の私たちが、どこにでもある普通の粉で満足するわけないじゃない……ええと、この『プロの味』っていうのぼり、これこそ一流に相応しいわね!」

 

 キングが自信満々に手に取ったのは、業務用サイズの巨大な唐揚げ粉だった。しかし裏面の「鶏肉10kg用」という文字には気づいていない。

 

「キングちゃん、それは少し……いえ、かなり多すぎるかもしれません。マスの繊細な身を活かすには、こちらの片栗粉と、和風出汁を合わせるのがよろしいかと」

「わ、分かってるわよ! 敢えて多めに買って、余った分は寮の備蓄に回そうと思っただけなんだから!」

 

 キングは少し顔を赤くしながら粉を戻す。

 そんなキングの空回りを、グラスは穏やかにフォローしながら、カゴの中に必要な調味料を素早く揃え、その上で栄養バランスを考えて、泥のついた大きな長ネギと、丸々と太ったシイタケを確保した。

 

「わあ、こっちに美味しそうなお豆腐があるよ! これ、アルミホイルで包んで焼いたら絶対美味しいよね!」

 

 ツヨシが目を輝かせながら、保冷ケースからずっしりと重い木綿豆腐を取り出す。その時、ふとした拍子に棚の端に肩をぶつけ、「あいたた……やっぱりちょっと不調かも……」と涙目になるのも、彼女らしい愛嬌だった。

 買い物を進めるうちに、カゴはいつの間にか山盛りになったので三人はレジへと向かった。

 

 ◇

 

 一方、釣り場では、スペとエルが「無」の境地に辿り着こうと必死にもがいていた。

 

「……スペちゃん、さっきからお腹の虫がファンファーレを上げてるデース」

「だめだよ、エルちゃん。私は岩……私は高尾山の精霊……」

 

 その時、山場武の隣で静かに糸を垂らしていたウンスの浮きが、激しく水中に引き込まれた。

 

「おっと……よっこいしょ」

 

 ウンスが軽やかな手つきで竿を立てると、銀色の魚体が宙を舞った。

 

「おお、やるなウンス」

「ふふ〜ん、これぞ『寝たふり釣法』だよ。魚を油断させるのがコツなんだ〜。ほら、トレーナーさんもいい感じじゃない?」

 

 言われて山場武が自分の竿を見ると、確かな手応えが伝わってくる。慎重にリールを巻けば、二十センチを超える良型のマスが姿を現した。

 

「よし、これで全員分は確保できたな。あとは――」

「お待たせしました!」

 

 その時、遠くから弾んだ声が聞こえてきた。両手にパンパンのレジ袋を下げたグラスたちが、三女神のような笑顔で帰還したのだ。

 

 ◇

 

 そしてチーム『モンスターズ』の料理が始まる。

 

「エル、スペ、火起こしは任せたぞ」

「任せてくださいデース! エルの燃える闘魂で、炭を真っ赤にしてみせます!」

「私、うちわで扇ぐの得意です!」

 

 二人が騒がしくも手際よく炭を熾す中、キングは「次は私の番ね!」と意気揚々と調理場へ向かった。

 

「見てなさい。一流の私が、このマスを芸術品に変えてあげるわ!」

 

 そう言って包丁を握ったキングだったが、ヌルリと滑るマスの扱いに大苦戦。

 

「ひゃっ!? ちょっと、この魚、まだ生きて……生きてないわよね!? なんでこんなに動くのよ!」

「キングちゃん、包丁の背でしっかり押さえて……ああっ、危ないです! 指が!」

 

 見かねたグラスが、そっとキングの手元に添えられる。

 

「……キングちゃん、ここは『一流の指示役』をお願いしてもよろしいですか? 私が下準備をしますので、火加減のチェックを完璧にこなしていただきたいんです」

「……! そうね、適材適所というやつかしら。いいわ、火の番は私に任せなさい!」

 

 グラスの機転により、キングは満足げにグリルの前へと陣取った。

 グラスは鮮やかな手つきでマスを捌き、買ってきた片栗粉と和風出汁を絶妙な配合で混ぜ合わせ、マスの身に薄く纏わせていく。

 

「揚げるのはトレーナーさんにお願いしてよろしいですか?」

「任せろ」

 

 山場武がカセットコンロにかけた鍋で油を熱する。適温になったところで、グラス特製の下味をつけたマスを投入すると、シュワシュワという心地よい音が渓流のせせらぎに混ざり合った。

 立ち上る香ばしい匂い。それは空腹のウマ娘たちにとって、最高の御馳走だった。

 

「さあ、揚がりましたよ! キングちゃん、火加減のチェックはどうですか?」

「ええ、完璧よ! このパチパチという音、まさしく一流の焼き上がりの合図だわ!」

 

 キングが胸を張る横で、ツヨシがホイル焼きの豆腐とシイタケを並べ、山場武が黄金色に揚がった唐揚げを皿に盛り付けた。

 

『いただきまーす!』

 

 六人の声が秋の空に響く。

 スペが一番に唐揚げを頬張った。

 

「……っ!! サクサクで、中はふわふわで……グラスちゃんの味付け、最高だよ!」

「この柚子胡椒を少しつけると……ケーーーッ! 革命的な美味しさデース!」

 

 エルも感動に打ち震え、隣で焼いていたマスの塩焼きを頭から豪快にかじる。

 ウンスは自分の釣ったマスを山場武に半分差し出し、「はい、トレーナーさんもあーん。連れてきてくれたお礼ですよ」と、悪戯っぽく目を細める。

 

「……こりゃどうも」

「素直でいいですねー♪」

 

 呆れつつも一口受け取った山場武は、その旨味に目を見開いた。自分たちで釣り、自分たちで選び、みんなで協力して作った料理。その味はとても美味しかった。

 こうして急遽変更はあったが、とても思い出に残るひと時を送るチーム『モンスターズ』であった。




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