ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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モンスターズの12月

 

 12月のトレセン学園。ウィンタードリームトロフィーという大きな祭典の熱気が学園の端々に残りつつも、チーム『モンスターズ』の面々は、穏やかな日常のトレーニングに励んでいた。

 この時期、彼女たちに差し迫ったレースはない。だからこそ、トレーナーである山場武は彼女たちの基礎をじっくりと見つめ直すことが出来ていた。

 

「よし、今日のメニューはここまでだ。各自、クールダウンを忘れるなよ……それと今日は生徒会が主催してるクリパがあるらしいが、みんな行くんだろ?」

 

 山場武がストップウォッチをポケットにしまいながら言うと、スペの耳がピクリと跳ねた。

 

「はい! もちろんです! 生徒会の皆さんが『時間のある子は誰でもおいで』って言ってくださったんです!」

「ブエノーーーッ! ターキーにケーキ! 食べ放題デース!」

 

 エルが尻尾を誇らしげに揺らしながら拳を突き上げる。そんな彼女たちを、山場武は「ほどほどにな」と苦笑いしながら撤収作業を始めた。

 

 ◇

 

 学園のカフェテリアは公式な式典とは一味違う、手作り感に溢れたクリスマスパーティーの会場となっていた。

 生徒会が生徒たちのために企画したこの催しは、制服であれば誰でも自由に出入り出来る、気軽なティーパーティー形式だ。

 

「わあ……! 手作りのオーナメントがとっても可愛いです!」

 

 ホールに入ったスペが声を弾ませる。会場にはサンタ帽を被ったり、トナカイの角を模したカチューシャを付けたりしたウマ娘たちが溢れ、笑い声が絶えない。

 

「ちょっと、スペさん! 食べ物に突っ込む前に、まずは主催の生徒会の方々に挨拶しなさいな。それが一流の礼儀よ」

 

 キングが制服の襟元を正しながら二人を嗜める。彼女自身、制服に控えめな緑のブローチを付け、さりげない華やかさを演出していた。

 会場の正面では、生徒会の面々が忙しくも充実した表情で動いていた。

 

「そこ! トレイは両手で持つんだ……片手で持ったままは危ないだろう!」

 

 エアグルーヴが鋭い視線を飛ばしながらも、空になった大皿を素早く取り替えていく。その後ろでは、シンボリルドルフがナリタブライアンと思わず苦笑いしていた。

 

「……あ、もうすぐプレゼント交換会が始まるみたいだよ!」

 

 ツヨシが指差した先には、色とりどりのラッピングに包まれた箱が山のように積まれていた。これは参加者が予算1000円前後の『学生でも買える、高すぎないけれどセンスの光る物』を一つずつ持ち寄り、音楽に合わせて回していくこのクリスマスパーティーの目玉行事だ。

 

「さあ、皆。円になってくれたまえ」

 

 ルドルフの合図で楽しげなクリスマスソングが流れ出し、プレゼントが次々と手から手へ渡っていく。スペは「何が来るでしょうか……食べ物がいいなぁ」と鼻をひくつかせ、キングは「変なものじゃなければいいわ」と緊張した面持ちで箱を受け渡す。

 やがて音楽が止まり、各自が手元の箱を開封した。

 

「わあ! 駅前で一番人気の『高級ニンジン一本まるごとグラッセ』です! 誰ですか、こんな分かってるプレゼントを用意したのはー!」

 

 スペが大喜びする横で、エルは小箱を開けて声を上げる。

 

「これは……手編みの、クリスマスカラーのミサンガデース! 心がこもってマース!」

 

 ウンスは「あ、これ。最近人気の、遠投しやすいウキだ。これなら沖のポイントまで届きそう……誰だか分からないけどありがとー」とマイペースに微笑む。グラスの手元には香りの良い柚子の入浴剤セット、ツヨシには可愛い肉球マークの滑り止め付き猫の手袋。

 

「……天然ハーブ配合のネイルオイル。ふふ、冬の指先のケアは一流の嗜みよ。実用的で合格だわ」

 

 そしてキングはコスメが当たってご満悦。

 それぞれが1000円という限られた予算の中で、同じ学び舎の仲間のことを思って選んだ「小さなお宝」に胸を躍らせていた。

 

「……このジンジャーティー、とても良い香りがして美味しいです。トレーナーさんもいかがですか?」

 

 プレゼント交換の喧騒が落ち着いた頃、グラスがいつの間にか山場武の隣で、カップを手に微笑んでいた。彼女の制服姿は、この賑やかなパーティーの中でもどこか落ち着いた安らぎを感じさせる。

 

「ああ、頂こうかな……今日はスーツじゃなくていいから、肩が凝らなくて助かるよ」

 

 山場武は普段のカジュアルなパーカー姿のまま、教え子たちを見守る。高身長で鋭く切れ長の目を持つ彼は少し目立つが、ウマ娘たちの賑やかさがその威圧感を和らげていた。

 

「にゃはは〜。トレーナーさん、こっちに特製ミートパイがあるよ。ツルちゃんと半分こしようと思ったけど、三人で分ける?」

 

 ウンスが、トナカイの角のカチューシャを付けたツヨシの肩に手を置きながらやってきた。

「いいね、セイちゃん! 三等分なら運気も三倍……あだっ、何もないのに躓いちゃった……!」

「ツヨシ、落ち着け……ほら、俺が切り分けてやるから」

 

 山場武が器用にウンスから受け取ったナイフでパイを分けると、ツヨシは笑顔でお礼を言う。

 そして彼の周りにグラスたちが自然と集まり、思い思いに聖夜を楽しんだ。

 

「トレーナーさーん! このクッキー、エルのマスクみたいな形をしてるデース! 食べるのがもったいないデース!」

 

 エルが目を輝かせながら、アイシングクッキーを掲げる。

 公式な挨拶も、厳しい規律もない。ただ、同じ学園で過ごす仲間たちと笑い合う、温かな冬の学園生活の延長戦。

 

「……来年も、みんなでこうして笑っていられたらいいですね、トレーナーさん」

 

 グラスがそっと囁く。

 山場武は、ホールに流れる穏やかなクリスマスソングを聴きながら、教え子たちの笑顔を瞳に焼き付け、グラスの言葉に静かに、それでいて力強く頷くのだった。

 

 ―――――――――

 

 今年最後の日となる大晦日を迎えたこの日。

 山場武とチーム『モンスターズ』の一行は、一面の銀世界となった北海道、スペの故郷へと降り立っていた。

 

「さ、寒いデース! 目元のマスクが冷気でキンキンに冷えてマース!」

 

 エルが厚手のダウンコートに身を包み、大袈裟に震えてみせる。

 

「キングちゃん、足元気をつけて! 雪の下、ツルツルだから!」

「分かってるわよ……きゃっ!? ツヨシさん、後ろから押さないで……ひゃん、雪の中にダイブしちゃったじゃないの!」

「ご、ごめんね、キングちゃん……」

 

 賑やかな悲鳴を上げながら、一行はスペシャルウィークの実家、広大な牧場の一角にある、木の温もり溢れる一軒家へと辿り着いた。

 

「お母ちゃーーーん!! ただいまーーーっ!!」

 

 スペの叫びと共に、家の中からオレンジ色の温かな光が漏れ、お母ちゃんが笑顔で一行を迎え入れた。薪ストーブのパチパチとはぜる音、根菜をじっくり煮込む深い香り。都会の喧騒を忘れさせる、圧倒的な「家族」の気配がそこにはあった。

 

「山場武トレーナーさん、同級生のみんな、遠路はるばるようこそ。娘が毎日お世話になっています。どうぞ、上がってください。今、お鍋を火にかけたところですから」

 

 お母ちゃんの丁寧な出迎えに、山場武はニット帽を取り、深く頭を下げた。

 

「お邪魔します……年末年始のお忙しい時期に、自分やこの子たちがのびのび過ごせる場所を提供していただき、本当に感謝します」

 

 暖かい室内に入ると、薪ストーブの柔らかな熱気が冷えた体に染み渡る。窓の外は、夜の闇に飲み込まれた牧場がどこまでも続き、降る雪だけが部屋の窓から零れる光を反射して幻想的に浮かび上がっていた。

 

「……中央の冬とは、空気の透明度が違いますね」

 

 グラスが窓辺で呟くと、エルが「ここではオフデース!」と宣言し、トレードマークのマスクを外した。少し赤らんだ頬と、凛とした、けれど年相応な柔らかさを持った乙女の素顔。山場武はそれを見て、改めて彼女たちが背負っているものの大きさと、こうして安らげる時間の尊さを噛み締めた。

 

 大晦日の夜。リビングの大きなテーブルには、山場武が奮発して取り寄せた本格的な十割そばと、北海道ならではの豪快な毛ガニ、そしてお母ちゃん特製の煮物が並んだ。

 

「よし。今年一年、みんな本当によく頑張った。大きな怪我もなく、こうして全員で揃えたことに……乾杯!」

『かんぱーい!!』

 

 牧場の濃厚な牛乳での乾杯。

 

「……ふぅ。美味しいデース。トレーニングの後のプロテインもいいけど、やっぱり温かいお蕎麦は最高……」

 

 エルが素顔のまま、一人の少女として穏やかに蕎麦を啜る。スペは「お母ちゃんの味です……私、幸せすぎてどうにかなりそうです……」と、涙ぐみながら口いっぱいに煮物を放り込んではご飯をかき込み、みんなもその味に舌鼓を打ちながら、賑やかで和やかな食卓になった。

 

「トレーナーさん……来年はどんな年になるでしょうか。私たちは、もっと速くなれるでしょうか」

 

 それぞれお風呂を済ませ、新年を待つのみとなった頃、隣にやってきたグラスが山場武にそっと問いかける。その瞳には、レースの時の鋭さはなく、未来を夢見る純粋な光があった。

 

「なれるさ。お前たちはまだ、自分たちの限界を知らないだけだ……来年は、もっと広い世界を見せてやる。俺が定時で帰る時間を削ってでもな」

「……ふふ。それは心強いですね、トレーナーさん」

 

 一方で、リビングの隅ではコタツの魔力に抗えない者がいた。

 

「はにゃ〜……もう一歩も、一ミリも動きたくないよぉ〜……トレーナーさん、そこのミカン剥いてー」

「甘えるなウンス……ほら、キング。お前もそんなに震えてないで、もっとコタツに入れ。風邪を引いたら一流の名が泣くぞ」

「だ、大丈夫よ……あ、でも、少しだけ……えっ、なんてこと、この熱伝導効率……まさに一流の設計だわ……」

 

 キングも無事(?)にコタツに飲み込まれ、ツヨシが「ね、キングちゃん、あったかいでしょー!」と笑い、いつの間にか全員が一つの円になる。因みにお母ちゃんは明日のこともあるのでもう就寝。

 

 やがて、深夜。

 除夜の鐘の音がテレビから微かに聞こえる中、一行は厚着をして家の外へ出た。

 エルは再び目元のマスクを装着し、気合を入れ直す。

 先ほどまでの雪が嘘のように止み、雲の切れ間から、降るような星空が顔を出していた。吸い込む空気は痛いほど冷たく、鼻の奥がツンとする。けれど、隣にいる仲間たちの体温と、吐き出す白い息が、ここが生命の躍動する場所であることを教えてくれた。

 

「5、4、3、2、1……」

『ハッピーニューイヤー!!!!!!』

 

 新年を迎えた瞬間、みんなで雪原に向かって思い切り叫んだ。

 

「お母ちゃーん! トレーナーさーん! みんなーーー! 来年も、一生懸命走るべーーーー!!」

 

 スペの叫びに続いて、エルが「世界一の怪鳥になるデース!」と拳を突き出す。グラスは「どんな時も、凛として走り続けます」と静かに誓い、ツヨシは「来年こそは絶対に、みんなに負けないくらい強くなるから!」と声を張り上げた。キングは「世界に一流の走りを見せつける権利をあげるわ!」と高笑いし、ウンスは「ま、のんびり、実力だけは見せつけておこうかな」と不敵に微笑んだ。

 

 山場武は、その光景を少し後ろから見守っていた。

 三十歳。独身。定時上がりをこよなく愛するワイルドなトレーナー。

 だが、今この瞬間、氷点下の北の大地で感じる胸の熱さは、どんな平穏な定時退勤よりも価値のある「人生のご褒美」のように思えた。

 

「……よし、お前ら。冷える前に中に入るぞ。明日の朝は……雪かきを手伝ってから、初詣だ!」

「ええーーー!? 走り込みじゃないんですかー!?」

 

 スペのボケに全員がズッコケ、笑い声が静寂の雪原に響き渡る。

 

 日本総大将、怪鳥、怪物、不屈の塊、逃亡者、秘密兵器。

 激戦の日々も、穏やかな日常も、共に分かち合う六人と一人の新しい一年が、今、北海道の澄み切った冬空の下で静かに、けれど力強く幕を開けた。

 

「今年もよろしくな。俺の、最高に騒がしい担当バたち」

 

 山場武の小さな呟きは、粉雪のように優しく、彼女たちの心へと降り積もっていった。




読んで頂き本当にありがとうございました!

これにてモンスターズ編は終わりです!
次回から別チームのお話になりますが、リアルが忙しくていつ再開するのかは未定です。

もしかしたら来年になるかもです。
ごめんなさい。
気長にお待ちくださいm(_ _)m

誰が可愛かったですか?

  • 正妻グラス
  • 元気印エル
  • 健気ツヨシ
  • 一流キング
  • 飄々ウンス
  • 暴食のスペ
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