ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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ナイトスカイの11月

 

 木の葉が黄色く変わり、冬の寒さが日に日に迫ってくる11月。

 ナイトスカイは来月末に控えるウィンタードリームトロフィーに向けて、トレーニングが佳境に入る。

 

 しかしそれでも休息は必要。ウマ娘の脚は強くても実にデリケートなので、疲労を押してのトレーニングの結果大事に至り、アスリートとしての選手生命も縮めてしまうのだ。最悪の場合は歩けなくなる可能性だってある。

 

 今日はチーム全員が休養日。

 差し迫った仕事が無いルドルフとブライアンもトレーナー室にやってきているが、生憎この部屋の主である吉部は会議のため不在中。

 

 しかしこれはこれで今日に至っては都合がいい。

 何故なら、

 

「それじゃ、やっちゃおうか♪」

『おー!』

 

 衣替え兼トレーナー室掃除を行うからだ。

 

 12月に入るとそれこそ掃除なんてしている暇が無い。

 それでいてシービーたちは日頃の感謝を吉部に返したいため、こういう時は吉部に事後報告で衣替えと掃除をしてしまうのだ。

 ただトレーナーのデスクは絶対に触らない。親切心で掃除して、大切な書類等を吉部が把握していないところに片してしまう可能性があるから。

 

「シリウスたちはこたつ布団お願いね。その間にアタシたちが掃き掃除と拭き掃除終わらせとくから」

 

 シービーの指示にシリウス、ブライアン、ブルボンの三人は頷いて、それぞれこたつ布団を抱えて商店街内にあるコインランドリーへ向かう。

 

「ルドルフとアタシは棚の上とか穿いちゃうから、ウオッカは床お願いね」

「任せてください!」

 

 因みにルドルフは割烹着に三角巾、ハタキや乾拭き雑巾を装備して既に臨戦態勢。

 こうして効率良く、三人は掃き掃除と拭き掃除を完遂するのだった。

 

 ◇

 

「あとはソファーの場所を少し移動させようか」

「じゃあ、俺は組み立て式のやつは畳んで片しちまいますね!」

「ん、ありがとー♪ なら次は―――」

「畳を出して、天日干しだな」

「―――そそ、お願いねー♪」

 

 シービーの意図を完全に汲んでいるルドルフ。

 どうしてわざわざ畳をトレーナー室に敷くのかというと、冬の定番であるこたつは畳を敷いた上でないといけないからだ。ブライアン曰く。

 

 今は洋式のこたつなんかも出回っているが、ブライアンはとにかく畳があってこたつがあってみかんがないと日本じゃないと豪語する。

 吉部もどちらかと言えば実家が座敷なのでブライアンの言い分も分かるということで、こたつ用に買い揃えたのだ。

 

「今日は良く晴れている。トレーナー君の会議が終わる頃には全て終われるな」

「そうッスね! あ、シービー先輩! 悪いんスけど、購買でみかん買って来てもらっていいスか?」

 

「あっ、それなら問題無いよー♪ 洗濯班……というかブライアンに帰りに買ってくるように伝えたからー♪」

 

 ウオッカにニコニコと笑いながら返すシービーに、ウオッカは「あざッス!」と返す。

 

「流石だな、シービー」

「そう? 主に食べるのはブライアンなんだから、食べる本人が買いに行くのは当然じゃない?」

「……まあ確かに」

「それにブライアンが選ぶみかんなら間違いないでしょ?」

「……流石はチームリーダーだ」

「ピース♪」

 

 ルドルフが苦笑いするのに対し、シービーはにこやかなピースサイン。

 ルドルフもルドルフで生徒会長をしているが、彼女はシービーみたいな人の使い方が出来ない。寧ろ自分一人でやってしまう方が効率がいいのだ。

 なのでこの手の采配はルドルフもシービーにはいい意味で舌を巻くしかない。

 

「んじゃ、チャチャッと天日干ししてきちゃおー♪」

「ああ、そうだな」

 

 ◇

 

 その頃、シリウスたち洗濯班はというと。

 

「あの、シリウスさん」

「ん?」

「ブライアンさんはあのままで良いのでしょうか?」

「ん? ああ、いつものことだろ。放っておけ。私らは荷物を持って帰ればいいだけだ」

「そうですが……」

 

 シリウスの飄々とした態度にブルボンは歯切れ悪く返す。

 今、シリウスたちはこたつ布団をコインランドリーで洗濯&乾燥中。

 商店街の中に大物でも洗濯から乾燥までやってくれるランドリーがあるため、それが終わるのをのんびりと待っているところ。

 

 では何故、先程からブルボンがブライアンのことを気にしているのか。

 それは―――

 

「おやじ、これとこれとこれを買うから値段をまけてくれ」

「おいおいおいおい、ナリブお嬢ちゃん。たくさん買ってくれるのはこちらも嬉しいがね? そうなってくると話は別ってもんだ。三冠バ様ともあろうお方が何を湿気たこと言ってんだい」

「湿気ているのはそこの大根だ。見ろ。大根の葉が萎れている。そんな大根では買い手がつかないから儲けは出ないぞ? そうなるとその大根はおやじが処分することになるからな。で、話を戻してプロなら今目の前にある儲け話を逃さないものだ。みかんを箱で三箱買うと言う太っ腹な客がいるんだからな」

 

 ―――ブライアンがご贔屓にしている八百屋の店主と絶賛値切り交渉の真っ最中だから。

 ブライアンが八百屋贔屓だと言うと困惑するかもしれないが、彼女は野菜が嫌いなだけで八百屋に置いてある果物や(ブライアン曰く人が食べていい)野菜は良く買いに来ている。

 なので店主とも値切り交渉が出来るくらい親密なのだ。

 ただブルボンとしては店側の迷惑になっているのではないかと心配なのである。

 

「お前が心配していることにはならないから安心しろ。んでもう学習しろ」

「分かってはいるのですが……」

「私は見てて楽しいがな」

「何かあればマスターに迷惑が掛かります」

「それこそ無用な心配だ。ブライアンがそんなヘマするようなオンナに見えるかぁ?」

「……見えません」

「ま、お前はいつまで経ってもその性格は直らないだろうな。でも見てみろよ、アレ」

 

 シリウスに言われてブルボンが再びブライアンの方へ視線を向ければ、

 

「私がここで買い、ここの物を食すことで他の生徒たちがここを利用する。するとどうだ? 私に値切られた取り分なんてすぐに取り返せるだろう」

「ナリブお嬢ちゃんや。お前さんは分かってない! そして考えが甘い! 口に入れた瞬間歯が抜け落ちるくらい甘い!」

「何がだ?」

「お嬢ちゃんが買っていったあとで確かにトレセン学園の子らがうちに来る」

「フッ、当然だな」

「だがな? みんななんて言うと思う?」

「知らんな。興味も無いし、知ろうとも思わない」

「みんな口を揃えて『ブライアンさんがここでならこの金額で手に入るって言ってました!』って来るんだよ! 分かるか!? そうなるとこっちも商売あがったりなんだよ!」

「差別、いくない」

「なんでいきなり語彙力下げんだよ。そうだよ。差別は良くねぇ! だから『ブライアンさんにはその値段で売ったのに、私たちにはその値段では売ってくれないんだ!』って騒ぎにならないように値切り価格で売らないといけねぇって話だよ! すると他の客にもその値段にしなきゃいけねぇ!」

「他よりも割高に設定しているのは調査済みだ。ならば私が提案する金額に下げても赤字にはならない。現に未だに経営しているじゃないか」

「怖っ! 三冠バ怖っ! 何その調査力っ!? もっと他のとこで活かせよ!」

「フッ、勝負あったな」

「ええい! トレセンのウマ娘は化け物か! 持ってけドロボー!」

 

 勝負が決した。

 とは言うが、実はいつもこのやり取りで話は終わる。

 店主の方もブライアンとのこのやり取りで道行く人々の目に止まり、なんだかんだその日の売上は上がるし、後日他のトレセン学園生徒たちが買いに来るのでいいこと尽くし。

 中には店主がどんな風にブライアンに言い負かされるかを楽しんでいる聞き耳常連もいるくらいだ。

 

「みかんはブライアンに運ばせて、こたつ布団は私らで運べばいいな」

「はい」

 

 丁度良くランドリーの方も止まったので、三人はトレーナー室へと戻る。

 その間、ブライアンはみかんを5つほどつまみ食いしたが、ブルボンにも食べさせて共犯にした。

 シリウスに至ってはそれを可笑しそうに眺めていただけであった。

 

 ◇

 

 洗濯班がトレーナー室へ戻ってきた頃、室内は既にあとはこたつ布団を設置するだけというところで終わっていた。

 シービーとシリウスが厚いこたつ布団、こたつ用毛布、薄いこたつ布団の順で敷いて行けば設置は完了。

 あとは吉部が座る上座に座椅子を設置すれば、衣替えは完全に終わった。

 

「……ブライアン、ブルボン。早くこたつを堪能したいという気持ちは理解するが、トレーナー君が戻って来るまでそうしているつもりか?」

 

 ルドルフの言葉にブライアンとブルボンはただ黙ったまま、扉のすぐ近くまでパイプ椅子を設置してそこに座り込む。

 皇帝の質問に対して無言。無言は肯定。故にルドルフは『相変わらずだな』と肩をすくめながら、他のメンバーとゆったりとお茶を楽しむことにした。

 

「ルドルフも待ちたいなら二人みたいにしたら?」

「どういう意味だ、シービー?」

「え? そのままの意味だけど?」

「皇帝様が柄にもなく空のコーヒーカップに口をつけてるからだろ」

「何? あっ……」

 

 シリウスにはっきりと指摘されて初めて気がついたルドルフは、思わず頬を赤く染め、誤魔化すようにコーヒーを注ぐ。

 しかし、

 

「会長、それ紅茶ッスよ?」

 

 今度は凡ミスをしてしまった。

 これにはルドルフも恥ずかしさが隠せず、もう開き直って自分もブライアンとブルボンのようにパイプ椅子を並べて座り込む。

 

「あはは、最初からそうしてれば良かったのに♪」

「トレーナーの忠犬ケルベロスの完成だな」

「体は三つですけどね」

 

 吉部を健気に待ち、吉部をどんな悪からも守る番犬。これこそがナイトスカイ名物『トレーナーの忠犬ケルベロス』である。

 三人が犬っぽい上に丁度三人いるのでシリウスが命名したのだ。

 

 そこへガラリと扉が開く。

 

「うおっ!?」

 

 シービーたちがいることは知っていたが、まさかルドルフ、ブライアン、ブルボンが出待ち?しているとは知らず、思わず仰け反る吉部。

 しかし三人は待ち人の帰還を喜び、尻尾がグルングルン回る。

 

「会議お疲れ様、トレーナー君♡」

「みかんを三箱。最安値で買ってきた。褒めろ♡」

「マスター、衣替えは皆さんで無事に完遂させました。ご褒美を頂けたら嬉しいです♡」

 

 わっと吉部に詰め寄る三人。対して吉部は「お、おお」となんとか言葉を返しつつ、三人の頭を撫でた。

 

「シービーたちもありがとうな。助かったよ」

 

 そしてちゃんと吉部はシービーたちにもお礼とナデナデをすれば、

 

「いつものお礼だよー♡」

「これくらい気にするな。私らの仲だろ♡」

「へへへへ……♡」

 

 シービーもニコニコ。シリウスは相変わらずクールだが声色に嬉しさが滲み出ており、ウオッカは顔が蕩けてしまっていた。

 

「では早速、こたつを堪能しようか」

「マスターの席はこちらです」

「おい、みかん食わせろ」

「トレーナー君、ブライアンばかりを構うのは許さないぞ?」

 

「ったく、あのイヌ娘共は相変わらずだな」

「忠犬ケルベロスだからねー♪」

「あ、俺お茶汲み直して来まーす」

 

 こうしてナイトスカイは少し早いこたつを仲良く堪能するのだった。




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