季節は春。
トレセン学園の敷地内に植えてある草木が芽吹き、花を咲かせ、春の彩りを生徒たちに見せている。
「……トレーナー君」
「ああ、お疲れ様、ルドルフ」
夕暮れ時の誰もいない生徒会室。
ルドルフは本日も大量の執務を終え、執務処理を手伝ってくれた吉部にうんと甘えてその労を労ってもらっていた。
入学式を終えた今の時期は新入生たちに向けたオリエンテーションが多く、生徒会はその補佐や実行委員の指揮を任されている。
その上で生徒会長の元には毎日のように改善して欲しい事柄の嘆願書、トラブルや劣化によって破損したトレーニング用品や学園内の備品報告書等といった様々な書類が届くのだ。
最終的な決定は学園の運営側がすることだが、その書類を運営側へ持っていくか、備品の補充がどの程度必要となるか判断するのは生徒代表となる生徒会で、最終的な判断を下すのは生徒会長であるルドルフなのである。
ルドルフの執務量は増えるが、吉部か補佐するようになってかなり時間短縮出来るようになった上、ルドルフ本人も甘えられる時間が確保出来て一石二鳥だったり。
「今は二人きりだな?」
「ルナ、ね」
「指摘されなくてもするように。家族以外では君にだけ許している特権みたいなものだからね」
「シービーがするような手を繋ぐとかなら簡単なんだがな」
「私といるのに他のウマ娘の名を出すなんてデリカシーが欠けていないか? それにしても、シービーはそんなことさせているのか……では私もそうしたいのだが、いいよね?」
「拒否権があるようでないな」
「君が私を拒否することなどないと思っているからね」
ルドルフはいたずらっ子のように笑うと、長ソファーで膝枕をしてもらいつつ、自分の前髪を撫でている吉部の右手を握った。
「シービーとはどんな風に手を繋ぐ?」
「他のウマ娘の話はしないんじゃなかったか?」
「私から話題にするならいいの」
「わがままだなぁ」
「トレーナー君の前だけ。それで、どうなんだ?」
「特になんの変哲もない普通の繋ぎ方だな」
「……そうか。なら私もそうしよう」
ルドルフはそう言うと、へにゃりと顔を綻ばせる。
そんな彼女を見て、吉部はその年相応の表情に微笑んだ。
吉部の優しい表情にルドルフは心を弾ませながら、手にしている彼の手を握るだけでなく、手の甲を擦ったり、指の長さや太さを観察したりと彼の手を堪能している。
男性特有の無骨な手。長くゴツゴツとした指に、努力したことを物語るペンだことちょっと曲がっている中指。なのに爪は横長で女爪。
見れば見る程に、知れば知る程に、ルドルフは彼のことが愛おしくて心が満たされていく。
「俺の手なんか見て楽しいのか?」
「ああ、凄く。見ていて気分が上がる。私はトレーナー君限定で手にフェティシズムを感じるのかもしれないな」
「変わった趣味をお持ちで……」
「ふふっ、私でも知らない私のことが、トレーナー君を前にするとどんどん見えてくるんだな」
まるで与えられた新しいおもちゃに夢中になる子どものように、ルドルフは吉部の手を観察しつつ声を弾ませながら返した。
そこへ、生徒会室の扉をノックする音が響く。
『ルドルフ会長ー、ウオッカですけど仕事終わりましたー?』
扉の向こうから聞こえてくるウオッカの声に、吉部はルドルフに『返事をしてもいいか?』と目で問うと、ルドルフは少し間を置いて頷きを返した。
「ああ、終わってる。入ってきていいぞ」
「失礼しまーす」
スーッと扉を開けて入室するウオッカ。
今の二人の体勢に最初こそは鼻血を出して狼狽したウオッカだったが、ブライアンにしかりシリウスにしかり、何かと吉部の膝枕を所望する先輩たちが多いので、今ではすっかり慣れたもの。
なので普通に傍まで来て、ここまでやって来た理由を話始める。
「仕事も終わったならこれから花見しましょう♪ シービー先輩たちがもう乗り気であとは二人待ちなんだ! いいよな、相棒!」
「花見? どこでだ?」
「学園内にあるじゃんかよー。先輩たちがスーパーで飲み物とか買ってきてくれて、俺はひとっ走りして寮で簡単なやつだけど料理作ってきた」
「そうか。ありがとう、ウオッカ」
「君の料理は美味しいからね。楽しみだ」
「へへっ、褒めても簡単な料理しか出ねぇッスよ♪」
それからルドルフが生徒会室の戸締まりと忘れ物チェックをし、ウオッカの誘導でメンバーが待つ場所へ向かうのだった。
◇
ウオッカが二人を連れてきたのは、チームの部室へ向かう途中にある桜の木がいくつもある並木道。
丁度桜の木に沿って街灯も設置してあるため、その明かりが桜を優しく照らしている。
今の時期は学園内の桜が見頃なので、吉部のチーム以外にも敷地内で花見をする者たちは多い。ただ放課後に行う場合は学園側に申請が必要となる。
「誰が申請して了解を得たんだ?」
吉部の素朴な疑問にウオッカは「ブライアン先輩」と答えた。
するとルドルフが小さく笑いながら「ああ、だから自分の仕事が終わったら走って帰ったのか」と零す。
「つまり、花見をするのは最初から決まってたってことか」
「そうみたいだね」
「まあ細かいことは気にしないってことで! センパーイ! 二人を連れてきましたー!」
ウオッカが声をかけると、既に準備を済ませていたメンバーがレジャーシートの上に腰を下ろしつつ三人へ手を振った。
唯一ブルボンだけはちょこちょこと吉部を迎えにきて、トレーナー専用に用意した座布団を敷いてある特定席に誘導する。
「マスター、ここへどうぞ」
「ああ、ありがとう」
「甘える時間はちゃんと考慮したからもういいよね、ルドルフ?」
「シービー……」
「フッ、会長もトレーナーの前ではただの女だからな。しかし無断での独り占めはチームの規約違反だ」
「君には一番言われたくないんだけどね、ブライアン……」
「私は許される範囲内でしている」
「そんなことより、さっさと乾杯して花見を始めよう。時間も限られてるからな。トレーナー、私が注いでやる」
「おお、ありがとう、シリウス」
「マスター、次は私が」
「分かったから落ち着け」
そして全員の紙コップへニンジンジュースが注がれると、吉部の乾杯で花見が始まった。
因みに吉部は下戸。飲めない訳ではないが、祖父も晩酌の習慣がないので酒は大人の付き合いで飲むものだという認識が強い。ただ仮に飲めたとしても学園内での飲酒は禁止なのだが。
「さっきも言ったけど、簡単なもんだけどザッと作ってきたぜー! 揚げ物はシービー先輩とシリウス先輩が近所のスーパーまで走って買って来てくれた物だけどな!」
「いや、十分だ。ありがとうな、ウオッカ」
「ヘヘッ、気にすんなって♪ これくらい母ちゃんの手伝いでやってたやつに比べたら朝飯前だからな!」
ウオッカが作ってきたのは海苔を巻いた塩おむすびや出汁巻き玉子、ニンジンスティック。そしてブライアンの強い要望で3ポンドステーキ。焼き加減はブライアンが前もって用意した牛肉の質を見て、ウオッカの判断でミディアムレアに。
あとはシービーやシリウスが用意した惣菜と飲み物が並ぶ。
因みにブルボンは場所取りと紙コップや紙皿といった物を用意した。
「しかし、何故急にお花見なんてしようと思ったんだ?」
ルドルフが隣に座るシリウスに問うと、
「シービーに言われてな。私は面白いと思ってその話に乗っただけだ」
そう返すので、ルドルフは視線をシービーへやる。
「だってルドルフ、疲れて甘えん坊モードになる時期でしょ? だから気分転換させてあげれば、トレーナーの負担も独り占め違反も軽くなると思って♪」
バチコーンとウインクしてサプライズ成功とばかりにピースサインするシービー。
「私は肉が食えればなんでもいい」
「私はマスターとの時間が増えるため、今回のオペレーションに賛成しました」
「あ、俺は純粋にみんなと花見したかっただけッス♪」
ブライアンたちもそんなことを言うと、ルドルフは「そうか」と苦笑い。
シリウスに至っては「な、面白いだろ?」とルドルフの背中を軽く叩く。
「つまり、私をまた標的に仕組んだことだったんだな。してやられたよ」
そんな言葉をぼやくルドルフであるが、今に始まったことでもないし、シービーやシリウスなりの気遣いに内心感謝した―――
―――のだが、
「…………」
「トレーナー、あーん♪」
「あむっ、うん、ありがとう」
「トレーナー、これ好きだったよな? 口開けろよ」
「ありがとう……あむっ」
「マスター、ジュースお注ぎします」
「おお、ありがとう」
「トレーナー、肉」
「相変わらずだな……ほら、あーん」
「あむっ……うむ、お前に食わせてもらうのが一番美味く感じる」
「相棒、紙皿新しいの使えよ。ほら」
「お、サンキュ」
ルール違反をしたルドルフは徹底的にその報いを受けていた。
チーム規約第一条『トレーナーを無断で独り占めするのは禁止』であるためだ。
事前にリーダーへ申告する必要があるのだが、ルドルフは忙しかったのと吉部の優しさについつい甘えてしまったのだ。
因みにシービーが吉部を独り占めする場合はメンバー全員に申告する。
ただどうしても甘えてしまったり、甘えたい時は誰にでもあるので、事情を加味してその都度違反による罰の重さは変わる。
なのでこれくらいならかなり軽い方。重くなると同席も許可されないからだ。
今回ルールを破ったルドルフも反省しているが、軽くでもこうもあからさまに罰を受けるとなると、流石の皇帝も年相応に膨れっ面になって不満げな表情。
「ほら、いい加減にしろ。ルドルフ、おいで」
渋みある低音の優しい甘いヴォイスでルドルフを呼ぶと、彼女の普段からは想像出来ないくらい耳と尻尾を揺らして吉部が手招きする手の元へとやって来る。
吉部本人からの注意とその後のシービーが邪魔をしなかったのもあり、罰は終わったということ。
「んぅ、トレーナー君……♪」
飼い主に甘える子犬のように、差し出される手に頬を寄せるアマエンボルドルフ。
すると当然、
「トレーナー、私のことも撫でろ」
対抗意識を発揮してブライアンが妹ムーブをかます。
「ブライアンも相変わらず甘えん坊だな」
「外ではアンタと姉貴にしか甘えん。んっ、もっと強く撫でろ」
「ほら」
「んんっ、いいぞ……はふっ♪」
ブライアンは頭を掻くように撫でられるのを好み、特に耳の付け根をコリコリとマッサージすると恍惚な表情になるのだ。
「まるで大型犬と中型犬だな」
「どっちがどっちなんスか?」
「決まってるだろ。大型犬はブライアンで、ルドルフは中型犬だ。因みにアレは小型犬な」
「?」
シリウスが顎で指す方をウオッカが見ると、
「マスター、マスター、私もナデナデを所望します」
「俺は千手観音じゃないんだ。ちょっと待て」
「待てません。ルドルフさんとブライアンさんだけ贔屓しています。ステータス【おこ】です」
「分かった分かった……ほら」
「んんぅ、完璧ですマスター♪」
ブルボンが尻尾ブンブンで吉部に絡んで頭を撫でさせていた。
「あはは、今年のお花見も面白いなぁ♪」
「違いない……くはは♪」
「まだ時間はありますし、門限ギリギリまで楽しみましょう、先輩!」
その後、吉部はエンドレスナデナデをルドルフたちに強いられ、シービーらから食べ物を『あーん』してもらい、相変わらず愛バたちに翻弄される時を過ごすのだった。
読んで頂き本当にありがとうございました!