ぶっ飛んだ奴ら
『とーちゃん! オレ、いつかとーちゃんみたいなすげぇトレーナーになる! それでトレセン学園のトレーナーになって中央でGⅠウマ娘を育てるんだ!』
まだ幼き少年が元気一杯に宣言すれば、少年の父親は歯を見せて笑い、大きな手で我が子の頭をワシワシと撫でた。
『そうか! 期待してるぞ! 母ちゃんと応援してるからな!』
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「…………寝ちまってたか」
自身のトレーナー室である天井を眺め、むくりと長ソファーから上半身を起こす男。
名は河名博一(かわな ひろかず)。
地方にあるトレセン学園でトレーナーをしていた父とその教え子である地方の元アスリートウマ娘から産まれた。
母から強靭な肉体を受け継ぎ、普通の人間より身体能力が高め。
四歳下にはウマ娘の妹もいて今でも良く連絡を取り合う仲。妹は母とは違ってアスリートウマ娘にはならず、平凡で穏やかな学生生活を送って、今は中学校の体育教師。
河名の年齢は32歳。長い浪人生活を経て父と自身の夢だった中央トレセン学園のトレーナーとなり、ウイニングチケットを初めて受け持ち、その後は秋川理事長直々にチームを任され、今ではすっかり名トレーナーとして名を馳せる。
身長はゴールドシップよりやや高い。体重は平均より軽めだが、細マッチョ。
美丈夫なのに切れ長の目は常に濁っており、隈もある。
雑な態度を取りがちだが、ウマ娘の妹がいることで言葉に対して声色はいつも優しく、アドバイスを求めれば的確なアドバイスをくれるので、担当以外のウマ娘からは割と人気。因みに『だがタキオン、てめえはダメだ』が口癖。
髪は眉が隠れる程の前髪を左に流し、襟足はサッパリと刈り上げている。
パッと見は染めているように見えるが、栗毛ウマ娘である母からの遺伝であり、本人は結構気に入っていて手入れも欠かしてない。
そんな彼のチーム『無礼講』は皆癖者揃いで有名だ。
「あっ! やっと起きたのだ!」
言うや否やガバリと河名の背中に飛び付き、首筋に噛みつくのは無礼講の番長でチケゾーの次に担当することになったシンコウウインディ。
イタズラ好きで誰の言うことも聞かなかったが、本人の純粋さと単純さで毎回河名の口車に乗せられたことで、他の生徒たちに危害を与えることが減って最近では彼にしか被害はない。寧ろそれは彼女からの好意の表れである。
「おやおや、私を放って惰眠を貪った感想を聞かせてもらおうじゃないか? トレーナーくぅん?」
いつも河名が座っているデスクの椅子に座って、砂糖をぼちゃぼちゃと入れた紅茶を啜るのはアグネスタキオン。
チーム三人目となる担当バであり、マッドサイエンティストで有名。
彼の狂った眼と強靭なフィジカル。そしてなんだかんだ実験に付き合ってくれることから、今ではすっかり彼のことを実験動物(モルモット)ではなく、愛玩動物(モルモット)兼男性として愛している。
「おはようございます。コーヒー、飲みますか?」
そっと音も無く近づき、オリジナルブレンドが入ったコーヒーカップを手渡してくれるのは四人目として担当することになったマンハッタンカフェ。
特異体質で人との関わりを避け、近寄りがたい雰囲気を醸し出す子だが、そんな自分を受け入れてくれて何があっても側にいてくれる河名を一途に愛する子。
彼女曰くお友達も河名をとても気に入っているようだ。
「目覚めたなら早くアタシの魔法の練習に付き合いなさい! この優しいスイーピー様は使い魔が起きるの待っててあげたんだからねっ!」
袖をグイグイと引っ張るのは五人目のメンバーであるスイープトウショウ。
ワガママ、じゃじゃウマ、小悪魔の三拍子が揃う問題児なんて職員たちからは言われている。
性格に難あれど親切丁寧に説得すればレースもトレーニングも頑張る子であり、最近では父親からのメールにも100回に1回は返信するようになった。
河名のことは使い魔として側にいることを義務化し、なんだかんだ付き合ってくれることが嬉しくて好きなので一生離さない気満々である。寧ろ河名が離れていくという概念がないと言った方が正しい。
「トレーナーさん、ご機嫌ようですわ! この通りシャドーボクシングをしながら静かに優雅にお待ちしていましたわ!」
ソファーの後ろからシュパパパパッと流れるコンボを叩き込むのは六人目のメンバー、カワカミプリンセス。
パワーにステータスを全フリしたかのようなとんでも姫であり、やろうと思えば何でも破壊することが可能なお姫様。
ついつい壁や地面に穴を開けてしまうお茶目なトラブルメーカーではあるものの、他のメンバーに比べたらまだ物破壊で済んでいるためかわいい部類。
自分をプリンセスウマ娘にしてくれた河名には凄く懐いており、王子様としてとっ捕まえるつもり。
「おう、トレーナー! 遅かったじゃねぇか! 早く次の売り物調達しに行こうぜ!」
そして一応チームに一番最後に加入したのに何年も前からいたかのように馴染んだゴールドシップ。
無人島へ連行したり、毎日会わないとドロップキックをしてくるしで奇行のアミューズメントパークだ。
どんな無茶でもなんだかんだ付き合ってくれる河名が大好きなので、ついつい振り回してしまうのだとか。
「トレーナーさん、大丈夫? あんまり無理しちゃダメだよ!」
そしてチームリーダーであり、河名にとって初の担当バにしてダービー制覇をしたウイニングチケット。
静かな河名の日常をいい意味で喧しくしてくれる存在であり、なんだかんだ頼れるチームリーダー。
ただちょっとでも河名に注意されたりすると拗ねてしまう一面もあるので、そうなるとメンバーをまとめるのに苦労するため河名はあまりチケゾーを叱らない。
「ありがとよチケゾー。なんかタキオンの新薬飲んでから記憶飛んでんだよなぁ……あ、カフェもコーヒーサンキュな」
カフェからコーヒーを受け取り、それを口に含む河名。
するとタキオンの目がキラリと光る。
「そうだろうとも。何せ飲ませた途端に君は意識を手放したのだからねぇ。いやぁ、いい実験データが取れたよ」
「やっぱてめぇの仕業か。お前の明日の弁当は食パンの耳だけな」
「えぇー!? そんなの横暴じゃないかっ!? 私の栄養が偏ってもいいと言うのかいっ!? この薄情者ーっ!」
「知るか。あ、みんなにはちゃんと用意するからな。それと可哀想だからってタキオンには絶対に分け与えるなよ。じゃないとすぐに食い物を強請られるからな。飼えない動物に餌を与えてはいけないんだ。バランか爪楊枝ならやってもいい」
「トレーナーくぅん、私が悪かったよぉ。でも新薬のお陰で短時間でもよ〜く眠れたはずだろう? 最近眠れてないとぼやいていたじゃないかぁ。機嫌を直しておくれよぉ」
河名の側までやってきて、足にすがりつくタキオン。
そんな彼女をカフェとウインディは可哀想なモノを見るような目で見ている。
「カワプ〜、俺の足元に生きた生ゴミがあるから撤去してくれ」
「わっかりましたわ!」
「おいおいおい! トレーナー君! 謝ってるじゃないか! あ、ちょっと待ちたまえよカワカミ君。あ、これはダメだねぇ。本当に担がれちゃぁ私も抜け出せない。抜け出し準備が遅かった」
「トレーナーさん、コレはどこに捨てれば?」
「ラボでいいんじゃね? あそこ粗大ゴミ置き場だし」
「了解しましたわー!」
「えぇーーーーっ!!!!?」
カワカミに担がれ、タキオンは彼女のラボへ強制送還。
遠退いていくタキオンの叫び声を聞きながら河名がコーヒーを飲み干すと、
「ねぇねぇ、話しは済んだのよね?」
スイープが再び袖をクイクイと引いて話し掛けてくる。
「ああ、済んだ。で?」
「じゃあじゃあ、アタシと魔法の素材探しに行くわよ! あとパンケーキ食べたい!」
「ミーティングはどうするおつもりで? 我が主?」
「そんなのしなくてもいいじゃない! どうせ今後のトレーニング方針とドリームシリーズのことでしょ? そんなことより素材探しと甘い物の方が重要よ!」
「んなこと言ってるとまたカワプーに負けるぞー」
「ヤダヤダヤダー! 素材探しとパンケーキ食べに行くのー! ちゃんと課題終わらせて待ってたんだから、今度はアンタがアタシの言うこと聞く番でしょ! 使い魔のくせに生意気ー!」
いつもの如く始まるごねごねスイープ。
河名としてはタキオンの薬で意識を手放したので順番もクソもない。
チーム全員がドリームシリーズに駒を進めているものの、トレーニングやレースのことはちゃんと聞いてもらわないと困るのだ。
タキオンの場合は理解力が優れているのであとでメールを送ればそれで済む。
「いいですか、我が主ー? トレーニングとレースの話しをしないと俺とは担当契約解消されちゃうんですよー? それでもいいんですかー?」
「イヤに決まってるでしょー! でも寝てたのはアンタなんだから、待たせた分アタシに付き合うのがジョーシキでしょ!」
「…………もう少し。もう少しだけ付き合ってください我が主よ。ミーティングが終わればまた門限ギリギリまで魔術ショップ連れてってあげるから。それでその帰り道にあるクレープ屋さんに行きましょう。新作出たみたいですし」
「…………ホント?」
コクコクと河名が首を振って見せれば、スイープはやっと納得して自身の席であるソファーに座り直す。因みに魔法ショップとは魔女っ子コス専用の小物が売られているマニアックな店で、スイープのお気に入り。
しかし、
「おい、子分! ミーティングが終わったらウインディちゃんとゴルシで完璧な落とし穴を決める勝負の審査員になる約束なのだ!」
「おい待て。んな約束した覚えないぞ。てか審査員という名の犠牲者だろ。どうせ俺が落ちてどっちの落とし穴が落とし穴だったかとかいう訳分かんねぇ判定求めてくるんだろ?」
「寝てる間に訊いたら頷いてたのだ」
「ただ声に反応してただけだろうが! んなの約束した内に入んねぇよ!」
ウインディがそんなことを言い出したことで、またスイープが立ち上がった。
「ちょっと! アタシの使い魔にそんなつまんないことさせないでくれない!? それに聞いてたでしょ! 使い魔はアタシと魔法ショップとクレープ屋さんに行くのよ!」
「魔法なんて存在しないのだ! 存在しないものの素材なんてどこにも売ってないのだ! 売ってたら誰だって魔法使えるのだ!」
「魔法はあるもん! バカじゃ使えないだけだもん!」
「ウインディちゃんはバカじゃないのだ! ちゃんと100まで数えられるし、英語だってABCDEFGまで言えるのだ!」
ガルル、厶キーと言い合いを始める二人に挟まれ、河名はもうやだと天井を見上げる。
ゴルシとチケゾーは二人してポーカーをして遊んでいるのみで助け舟も出港予定はない様子。カフェもこの二人の間には入っていけない。
「はい、ストップ。俺の話を聞けー。聞かなきゃコメカミ圧迫刑だ」
河名が静かに両手の指をコキコキと鳴らしながら言えば、二人はピタリと静まり返る。
幾度も経験済みの二人からすれば、その怖さは身に沁みているのだ。
河名は優しい。でも怒らせたらやべぇ奴。二人はそれがハッキリと分かっていた。
「ウインディ、落とし穴はもう用意してあるのか?」
「……まだなのだ」
「なら明日にしよう。ミーティングが終わってから落とし穴掘ってたんじゃ門限破りになる」
「…………」
「嫌って顔だな。ならウインディも魔法ショップ行くか? 魔法に興味はなくても、悪戯に使えそうな物があるかもだぞ? クレープも好きなの奢ってやる」
「ッ! 行くのだ!」
「ん。聞き分けいい子は賢い子」
河名は内心溜め息を吐きつつも、ウインディの頬を両手でむにむにするように撫でてやる。
するとウインディは「〜〜♪」と声にならない声を漏らして蕩けた表情をした。
「むぅ、二人きりで行くつもりだったのに……」
一方、スイープは不満げ。その証拠に尻尾がそれを訴えるようにペシンペシンと空を切っている。
「我が主よ。これを期にウインディも魔法に興味をもたせましょう。そうすれば助手になってくれる可能性もあります」
「っ! そうね! いい考えだわ! 流石アタシの使い魔ね!」
うんうんと満足げに頷くスイープ。
河名は『チョロ』と思いつつも、素直な彼女の反応に心が温かくなった。
「おっ、話し終わったかー?」
そこへタイミングを見計らってゴルシが河名に背後から覆い被さるようにもたれながら訊いてくる。
背後で涙目になって床にのの字を書いているチケゾーはきっと今回もゴルシに負けたのだろう。負けた方はニンジン一本奢るというルールがあるらしい。
「ああ、終わった。んじゃカワプーが戻ってきたらミーティング始めるから、みんな席についててくれ」
「あ、トレーナーさん! アタシがホワイトボード準備するね!」
「テーブルの上は私が片付けます」
「流石俺の心のオアシス。いつもありがとうな」
「へへへ、だってアタシはチームのリーダーで、トレーナーさんの一番だもん!」
「トレーナーさんのためですから」
「おい、子分! チケットとカフェばっかり撫でてずるいのだ!」
「そうよ! アンタは使い魔なんだから、アタシのことも撫でなさい!」
「んじゃあついでにアタシもー♪」
「だから席について待ってろって言ったばっかだろぉぉぉがぁぁぁっ!」
今日もトレセン学園では河名の悲痛な叫び声がこだまし、無礼講の笑い声が響く。
これがチーム無礼講の日常なのだ。
ということで次回からはチーム「無礼講」のお話をアップしていきます(^^)
読んで頂き本当にありがとうございました!