青々とした空。麗らかな春を彩る草花たち。
そして―――
「あーい! ゴルシちゃん印のゴルシちゃん焼きそばだよー! 今日しか食えないスペシャルブレンドのソース焼きそばだよー! そこらの焼きそばとは比べ物にならないくらい絶品焼きそばだよー! さぁさぁ買った買ったー!」
―――威勢の良い掛け声。
今日はトレセン学園で行われる春のビッグイベント『ファン感謝祭』である。
このファン感謝祭で提供されるサービスは無料なのだが、ゴルシは感謝祭とは別なので金を取る。
それでもゴルシの焼きそばの味はファンにとっては知る人ぞ知る幻の焼きそば。
なので有料だろうと『その焼きそばを食さねば春とは言えぬ』なんてファンの間でキャッチフレーズが出来るくらい人気なのだ。
中にはこの焼きそばを食べるためだけにファン感謝祭に足を運ぶ焼きそばファンもいるくらい。
「すいませーん、焼きそば二つ!」
「こっちには三つくれ!」
「裏メニュー目玉焼き乗せを二つー!」
「焼きそば……焼きそばをくれ! 早く!」
「あーい! まいどありー! いい子に並んで待っててくれよなー! トレピ! 聞いてたよなぁ! チャチャッと用意よろー!」
「あいあいさー」
気合マシマシのゴルシに対し、返事をするトレーナー河名の声は相変わらずやる気の無さが滲み出ている。
当然だ。昨晩から食材やパックの調達、屋台と鉄板の設置をさせられ、朝四時起きで今に至るのだから。
クラスの出し物もあるのに外出届を提出し、朝早くから準備を手伝ってくれたのはチケゾーとカフェとカワカミのみで、あとの面々は各々好きなことをしていた。それは当然現在進行形で。
「トレーナー君、もしここにちょ〜っと調子が良くなる新薬を混ぜたら―――」
「お前を即刻火あぶりの刑にしてやる」
「―――なぁんて冗談さ。ほらほらトレーナー君、疲れただろうからこれを飲んでドーピ……んんっ、リフレッシュしたまえよ♪」
「おう」
「うんうん、素直なのは好きだよ♡」
いつもならあの手この手でタキオンからの投薬を回避する河名だが、こういう場合は気にせず服用する。
こういう場面でタキオンが河名や周りに迷惑を及ぼすような投薬をしないからだ。あとあと発光したり、眠れなくなったり、意味もなく走り回ったりと何かしら副作用はあるが……。
「スイーピー、美味しくなる魔法掛けてー♪」
「こっちにもオナシャース!」
「もう仕方ないわねー♪ トゥインクルトゥインクル☆ 焼きそばよ、美味しくな〜れ〜♪」
『スイーピー様ぁぁぁっ!』
スイープの周りには大きなお友達を中心としたファンたちが彼女から魔法を掛けてもらっている。ある意味メイド喫茶等で見られるサービスに近いが、スイープが楽しそうな上にノリノリなのでほんわか空間。
「ウインディちゃんとじゃんけんして、勝ったらタダにしてやるのだッ! 負けたらウインディちゃんに噛まれるのだッ!」
「理不尽!」
「でも可愛いから……イイッ!」
「寧ろ噛んでください。ご褒美です」
ウインディに至っては自分の思うように遊んでいる。噛むにしても勝負服で使っている小道具の御獅子で頭を噛まれるだけ。
実のところ地域によって諸説あるが御獅子に噛まれるのは縁起が良いとされ、噛まれることで御獅子がその人についている邪気を食べてくれるとされるので、勝っても負けても噛んでもらうファンもいる。加えてシンコウウインディという人気ウマ娘であるため、子どもも面白がって噛んでもらったりしているので、ウインディも上機嫌。
因みに子どもが御獅子に噛まれると厄払いや学力向上、無病息災のご利益があるとされている。
「コーヒーと紅茶はサービスです。ご希望の方はコーヒー占いも承っています」
「最後尾はこちらでしてよー!」
カフェは屋台の隣で飲み物を提供し、カワカミはそのお手伝い。
これはカフェだけに見えるお友達のお陰でコーヒー占いが良く当たると毎年好評なのだ。
カフェも本当なら河名を手伝いたいのだが、噂が噂を呼んで長蛇の列。よって大きな混乱を避けるために最強の抑止力であるカワカミを河名がつけたのだ。
「うぉぉぉん! 今年もみんな来てくれてありがとぉぉぉっ!」
そしてリーダーのチケゾーに至っては泣きじゃくるばかりで河名の手伝いどころではない。
しかも河名の背中に引っついて泣きじゃくっているのだから、河名としてはせめて他所でやってほしい所存。
それでももうこの忙殺される日々に彼は慣れてしまっている。
「材料もうすぐ底を尽くぞ」
「おう! よぉーし、お前らー! 残り100食切ったぞー! ここからは一人一パックまでだからなー! 暴れたりしたらゴルシちゃんスマッシュが飛ぶから仲良くするんだぞー!」
こうして無礼講の焼きそば屋台は開始からたった2時間で閉店するのだった。
◇
「腕が棒のようだ……」
「んなこと言ってても腕は棒切れになってねぇぜ! 午後は午後でもうひと儲けするんだから頼むぞ!」
「人使いの荒い奴だな、相変わらず」
休憩時間ということで、河名は自分のトレーナー室のソファーに寝そべる。
対してゴルシは売上金の勘定をしつつ、午後からの予定に目を輝かせていた。
「トレーナーさん、無理はしないでください。午後は私も手伝いますから」
そう言って河名の頭を自身の膝上に乗せて頭を撫でて気遣うカフェ。
しかし、
「午後は午後で焼きそばみたいに両腕を酷使しねぇからカフェはコーヒー占いやってやれよ。ファンが求めてるんだから」
河名は河名でカフェを推すファンたちのことを考えている。
「でも……」
「俺はこうして気遣ってくれるだけで嬉しい。カフェは本当にいい子だな」
そう言って河名はカフェの首筋をトントントンと優しく撫でれば、カフェは表情を綻ばせて「狡い人……♡」と愛情深い眼差しを向けた。
「おいおいおい、トレーナー! ゴルシちゃんのことも撫でろよー! じゃなきゃバイト代やらねーぞ!」
「そもそも教え子からの金なんていらねぇよ」
「いーや、これはアタシとお前で稼いだ金だ。お前が拒否しても無理矢理お前の口座に振り込んでやるからな!」
「……なんで俺の口座番号知ってんだよ」
「ゴルシちゃんはヒミツの多い女のコだから☆ んなことより早く撫でろー」
胸元におでこをグリグリと押しつけるゴルシに河名は軽く息を吐きつつも、ちゃんと彼女の首筋を撫でる。
そうすればゴルシの尻尾は上機嫌に揺れた。
「戻ったよー、トレーナーさーん!」
「色々と食品を頂いて来たよ、トレーナー君」
「輪投げでいっぱいお菓子取ったのだ!」
「可愛い綿飴もあるわよ、使い魔!」
「漫画肉なんて面白い物があったので頂いて来ましたわー!」
そこへ昼食調達班が戻ってくる。
当然、カフェとゴルシが河名に撫でられているのを目撃した面々は自分にもとせがみ、河名はまたも両腕を酷使することになった。
◇
ファン感謝祭も後半戦。
河名は午後からもゴルシの屋台で忙しく働いている。
「あーい! 安いよ美味いよ特売だよー! ゴルシちゃん印のゴルシちゃん焼きー! 中味は小倉、クリーム、チョコ、チーズ、シークレットが選べるぞー! シークレットは辛子だー!」
ゴルシはメガホン片手に客を呼び込む。シークレットとは……と訊ねたくなるが、ツッコミを入れたら負けだ。
河名が黙々と焼いている「ゴルシちゃん焼き」は、手のひらサイズの人形焼きみたいな物。
この日のためにわざわざゴルシが型から特注で作っておいたのだ。
河名もゴルシの奇行や無茶振りには慣れたもので、昨日突然言われたのに既に順応して職人並みの焼き方をマスターしている。専用のゴルシちゃん焼き機も型に生地と中味を入れてタイマーをセットし、頃合いを見計らってクルクルと型を回していれば焼き上がるのでそこまで重労働ではないのが救い。
相変わらずメンバーはメンバーで好き勝手しているが、
「だが、タキオン。てめえはダメだ」
「えー!」
「黙って袋に詰める。ほら次々焼き上がるぞ」
「ウマ使いが荒いねぇ」
午後からはタキオンに強制労働させている。
どうせ隣で河名に飲ませた薬品の実験データをまとめているだけのタキオンに「明日の弁当をオムライスにする」という条件で働かせていた。
出会った当初のタキオンならばそんなことでは揺るがなかったはずだが、河名に胃袋を掴まれてしまえば従わざるを得ない。
タキオンも河名にぞんざいに扱われつつも、なんだかんだと理由を付けて側に置いてくれるのは嬉しいので実のところWin-Winだったりする。
「にしてもアレだねぇ。君は相変わらず順応性が高いねぇ」
「いちいち気にしてたらやってらんねぇからな。お前たちみたいなの担当すると」
「ふぅン……しかし君からは一度たりともトレーナーを辞めるというのは聞かないのは、何故だろうねぇ」
したり顔でそんなことを訊ねるタキオン。
タキオン自身、自分が周りのウマ娘とは違って可愛げがないというのは自負しているが、それでも河名は側にいてくれていると自負しているので、彼がどう返してくるか好奇心が抑えられなかった。
「辞める訳ねぇだろ。お前たちみたいな面白いのしかいねぇチームのトレーナーなんて」
だからそんなぶっきらぼうな言葉だけでもタキオンの胸が高鳴るのには十分で、
「くっはっは! 類は友を呼ぶと言うが、本当に言い得て妙だねぇ♡」
「笑ってるとこ悪いがさっさと袋詰めしろ」
「ああ、分かったよ、私の愛玩動物(モルモット)君♡」
タキオンは河名の腰に上機嫌でピタンピタンと軽く尻尾を打ちつけるのだった。
◇
「燃え尽きたぜ……真っ白にな……」
ファン感謝祭は無事に幕を下ろし、朝から夕方となる今まで働き通した河名はどこかのジョーのように椅子に座り込む。
しかしその表情はどことなく穏やかだ。
途中トレーナーリレーなんてものにも参加させられたが、何故かその時の記憶はポッカリと抜けてしまっている。
なので疲れて体中が痛いのか、トレーナーリレーのせいなのか、タキオンの薬の副作用なのか分からない。
「お疲れ様、トレーナーさん! 後片付けはアタシたちでやるから、トレーナーさんは休んでてね!」
「本格的な片付けは明日ですが、今日の内に出来ることはやっておきますから」
チケゾーとカフェがそう言ってくれると、河名は「ありがとよ」と二人の厚意に甘える。
しかし、
「はぁ、魔力の使い過ぎで疲れちゃったわ〜」
「ウインディちゃんも遊び疲れたのだ〜」
終わったら終わったでスイープとウインディの二人が河名の両膝にそれぞれ跨がるように座って背中を預けてきた。
「おい、他にも椅子あんだろ。それかベンチに行けよ」
「なんでよ。アンタの膝の方が座りやすいんだもん。文句言うな、使い魔のくせに!」
「子分が親分の椅子になるのは当然なのだ!」
河名がああ言えば、二人はこう言う。これが通常だ。
河名としても二人は軽いので、疲れたのもあってそれ以上に言い返すことはせず、二人の後頭部をポンポンと撫でつつ今以上のワガママに発展しないようにした。
「我が主。今日は迷子になって泣いてる女の子を魔法で笑顔にしていたのはお見事でしたよ」
「フフンッ、当然よ……へへ♡」
「ウインディも子どもには色んな理由を付けておまけしてあげてていい親分だったぞ」
「親分として当然のことをしたまでなのだ!♡」
河名に褒められて二人は上機嫌に耳を揺らして、河名の両頬をそれぞれペシペシする。
あれだけ忙しくしていても、必ず自分たちのことを見ていてくれている……だからこそスイープもウインディも河名に懐いているのだ。
「トレーナー君、これを飲みたまえ。これまで与えた薬の副作用を軽減するものだ」
そこへ感謝祭が終わったと同時に研究室へ戻っていたタキオンが緑色に発光する試験管を持って帰ってくる。
「道理で俺の髪が真っ白になってる訳だ」
「戻るのだから別に問題無いだろう?」
「まあな」
タキオンから試験管を受け取り、一気に飲み干す河名。
すると即座に効果が現れ、河名の髪色はカフェのように真っ黒になった。
「おやおや、配分を間違えたようだ。しかし安心するといい。こうした場合のことも計算に入れてある。明日の朝には当初の予定通り、元通りになっているはずだよ」
「そうか。戻ってなかったら明日の弁当はカブトムシゼリーにするからな」
「もはや動物が食べる物でもないじゃないか! オムライスはどこへ!?」
「おいタキオン、知ってっか? カブトムシゼリーって人も食えるんだぜ?」
「理論上はそうだろうが、私は君の手料理が食べたいんだよ! 特にもう明日の昼はオムライスの口なんだ!」
「己の日頃の行いを悔いるんだな」
バッサリと河名が切り捨てるとタキオンはわざとらしく「お〜いおいおい」と嘘泣きをしながら、彼の背中に抱きつく。
しかしこうすることで河名に構ってもらえるのがタキオンは嬉しいのだ。
「お〜しっ! お前ら! 打ち上げしに行くぞー!」
売上金の勘定を終えたゴルシがそう叫ぶと、ウインディもスイープも目を輝かせる。
しかし河名は違う。
「ゴルシお前……まさか……」
「当然、お前ん家に決まってんだろ! 早く行くぞ、トレピッピ!」
「その前に片付けだバーロー」
河名がそう返せばウインディもスイープも積極的に後片付けを手伝った。
その後は河名の契約しているマンションに行く途中のスーパーで買い物をし、最終門限ギリギリまで打ち上げを楽しんだ。
因みにゴルシが既にチーム全員の外出届を提出済だったのは言うまでもない。
読んで頂き本当にありがとうございました!