ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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うちの秋

 

 紅葉映える秋の空。

 マツムシやスズムシによる大合唱。

 そして―――

 

「い〜しや〜きいも〜♪ 焼き芋〜♪ しっとり甘く、美容にもいい、ゴルシちゃん印の焼き芋だよー! 美味いよ安いよ温かいよー! 石焼きニンジンもあるよー!」

 

 ―――威勢の良い掛け声。

 

 彼岸も過ぎ、冬の足音が聞こえてくる季節。

 肌寒い日が目立つようになったこともあって、今日のゴルシは焼き芋を提供する。

 愛用の押し屋台を押しつつ学園内を練り歩く。

 

 基本的に学園内で生徒による商売は禁止なのだが、彼女にそれを言ったところでやめる気なんてものは毛頭ない。

 ならばと学園側は彼女の担当河名へ彼女に注意するよう促しても、

 

『ごめんなさい、無理です。寧ろやらせないと暴走してどうなるか分かりません。我々の安寧のためにもゴールドシップの自由を奪ってはいけないのです。ごめんなさい。すみません。何卒寛大なご配慮を』

 

 と綺麗な、まるで歴史に名を残す芸術家が手掛けた肖像画や彫刻のような土下座で言われてしまえば、もうどうすることも出来なかった。

 なので何かしら商売をする場合は事前に詳細を記した申請書を提出することが義務付けられ、これによりゴルシだけでなく他の生徒も学園から許可が出れば学園内で商売をしても良いということになったのだ。

 河名の土下座でその時、学園の歴史が動いたのである。

 かと言って、そもそも学園内で商売をしようなんて思う者はゴルシくらい。

 金銭的に厳しい家庭事情を持つウマ娘もいるにはいるが、その者たちは自分たちで商売をするよりはアルバイトの方が効率良く稼げるから……。

 

 そして当然、

 

「おい、ストック無くなるぞ。在庫はどうなってんだ?」

「まだまだあるぜ! じゃんじゃん焼いちっていいぞー!」

「あいよー」

 

 河名は今日も本業とは掛け離れた仕事をこなす。

 しかし今日はまだいい。何せ注文を受けて、商品を紙袋に入れるだけだから。

 焼くのは専用の機械が勝手にやってくれるし、気を使うのは焦がさないようにするのと火加減の管理くらい。

 

「こういう日の焼き芋って美味しいよね、トレーナーさん!」

「焼きニンジンも甘くて美味しいです」

 

 押し屋台を停めたところの丁度隣にあるベンチでは、チケゾーやカフェが宣伝用に商品を食している。

 本日は追試があるためウインディ、カワカミ、スイープはあとから合流予定。チケゾーは日々の予習復習の賜物で追試になることがかなり減っているのだ。

 なので今日はメンバー内に追試者がいるのと、ウインタードリームトロフィー予選が既に終わっているためトレーニングは休み。

 よって河名はゴルシに強制連行されて今に至る。

 ならば残りのメンバーであるタキオンはといえば、

 

「トレーナー君……そろそろ機嫌を直してはくれないかね?」

 

「チケゾー、カフェ。この焼きニンジンのはちみつ掛け味見してみ。栄養満点だぞ」

「わあ、美味しそう!」

「いただきます、トレーナーさん」

 

「トレーナーく〜ん! 無視は酷いぞ〜!」

 

「だがタキオン、てめえはダメだ」

 

「トレーナーくぅぅううんっ!」

 

 チケゾーとカフェの間に座らされ、お預けの刑を受けている真っ最中。

 何故ならタキオンが開発した変な薬を朝っぱらから河名に盛り、彼はそのせいで今もピンク色に発光しているのだ。それはまるでネオンライトのようにきらびやかに。

 

 しかしそれが妙に人目を引くため、客足も上々というのが河名の癪に触るところ。

 

「うるせーぞ罪人」

「トレーナーくぅん。悪かったよぉ。許してお〜く〜れ〜よ〜」

「反省って意味知ってるか? 俺に薬盛って怒らせたの何回目だよ?」

「実験に犠牲はつき物――」

「――反省の色無し。よって許してやる筋合いも無いな」

「えぇーーーー!!!!!!」

 

 タキオンの悲痛な叫びがこだましようと、河名ハートは砕けない。

 そもそも彼女が懲りずに投薬を繰り返したことによる自業自得であるため、チケゾーもカフェも同情はするが拘束する手を緩めはしないのだ。

 

「うぅっ……仕方ない。科学者に理解者は少ないものだ。甘んじよう」

「てかタキオン。この発光はちゃんと消えるんだろうな?」

「トレーナー君の私への信頼度が低いねぇ」

「んなの今更だろ。で、どうなんだよ?」

「絶対とは言い切れないが確率は高い。安心したまえよ」

「出来ねぇから訊いてんだよなぁ。前は一週間も発光しっ放しだったからな」

「本当に信頼度が低くて涙が出るよ」

「そんなことよりチケゾー、カフェ。食べてみた感想はどうだ?」

「そんなこと呼ばわりされてるーーーっ!!!!!」

 

 またしても悲痛な叫びをあげるタキオン。すぐ側で叫ばれるチケゾーとカフェは『うるさい(ですね)』と思いながらも、焼きニンジンのはちみつ掛けはとても美味しかったようでニコニコで河名に感想を述べるのだった。チケゾーに至ってはブーメランだが……。

 

 ◇

 

 それから追試があったメンバーも無事にお務めを終えて合流。

 チケゾーとカフェにタキオンが拘束されていても三人は気に留めることすらなく、追試を頑張ったことを河名に褒めてもらおうと構って攻撃中。

 

「子分! ウインディちゃん頑張ったのだ! 褒めるのだ!」

「トレーナーさん! トレーナーさんが言った通りにやったら出来ましたわ! ですので、簡単でしたわ!」

「流石アタシの使い魔! ご褒美にアタシの頭を撫でさせてあげる!」

「おー、みんなおめでとう。全部解けてんのに、実は回答欄ズレてめでたく補習になりましたーってのは勘弁してくれよ?」

 

 河名が苦笑いしながらそんなことを言うと、カワカミとスイープは『うっ』と顔を逸らす。

 実は二人共に過去に何度かそういったポカをやらかしているのだ。

 実はウインディもそうなのだが、彼女は彼女でそんなことを全く気にしていないし、そもそも覚えてすらいない。

 

「子分〜、ウインディちゃんは頭を使い過ぎて腹減ったのだ〜。焼きニンジン寄越すのだ〜」

「へいへい。そう言うだろうと思って焼いておきやしたよー。はちみつか練乳掛けますかー、おやびん?」

「どっちも掛けるのだッ!」

「あいあいー」

 

 河名特製焼きニンジンを食べさせてもらい、「ん〜♪」と満面の笑みで頬を両手で押さえるウインディ。

 そんな彼女を見れば、

 

「トレーナーさん! わたくしも焼きニンジンを! はちみつ掛けでお願いしますわ!」

「アタシは練乳! 早く食べさせなさい!」

 

 顔を逸らしていたカワカミとスイープが自分にもとせがむ。

 河名はそんな素直な二人を見て心がほっこりとして、優しい笑みを浮かべて甲斐甲斐しく世話を焼いた。

 

「トレーナー! アタシにも食わせろよー! アタシがいてこその屋台なんだからなー!」

 

 そこへゴルシも構えとばかりに突撃してくる。

 なので河名は「へいへい」と呆れたように返しつつも、ちゃんとゴルシにも世話を焼き、最終的にはタキオンにも食べさせてあげるのだった。

 

 ◇

 

 寮の門限が迫ってきた。

 屋台の片付けも終わり、あとは帰るのみ。

 しかしこれで大人しく帰るメンバーではない。

 

「よーし! それじゃ追試も終わったし、みんなでラーメン食いに行くぞー! 勿論トレピの奢りで!」

「俺かよ……まあもう慣れたけどよ。門限は大丈夫なんだろうな?」

「アタシを誰だと思ってんだ? 不可能を可能にするゴルシちゃんだぜ? 外出届はとっくに提出してあるぜ! 勿論全員分な!」

「相変わらず用意がいいこって。ならいつものとこ行くか」

 

 河名がそう言えば、みんな『おー!』とご機嫌に手を挙げ、ゴルシを先頭に学園をあとにする。

 

 

 

「おーっす、おっちゃーん! やってっかー!?」

 

 ゴルシを先頭にみんなでやってきたのはトレーニングの外周コース中にある公園。

 この公園内にある休憩スペースで不定期に押し屋台のラーメン屋を出す元気なご老人がいるのだ。

 因みに過去にゴルシと場所取り合戦(売上勝負)をしてあのゴルシを圧倒した猛者である。

 

「おう、性懲りもなく来たか。一番高いの食ってけよな」

 

 ぶっきらぼうな言葉だが、どこか温かみがある声色。

 滲み出る優しさがここの屋台のいいところだ。

 

「いつも大勢で押し掛けてすみませんね、大将」

「客なら歓迎だ。冷やかしなら容赦しねぇがな」

「あはは……」

 

 包丁を片手にギラリと眼が光る大将に河名は苦笑い。

 対してメンバーは気にすることなくラーメンを注文していく。

 

「おっちゃん、アタシはいつものな!」

「ウインディちゃんもなのだッ!」

「わたくしもですわー!」

 

「おじさん! アタシ、チャーシューメンに味玉二つ!」

 

「今日は味噌にしてみよう。店主、味噌ラーメンを一つ頼むよ。コーンバターのコーン多めの麺少なめで」

 

「味噌ラーメンを一つお願いします。メンマ多めで」

 

「アタシは普通のラーメンで〜、ニンジンの千切り乗せがいいわ!」

 

 メンバーが続々と注文していき、それに大将は「おう」とだけ返してラーメン作りに入った。

 因みにただのラーメンはスタンダードな醤油。

 

「お前さんもいつものでいいかい?」

「はい、いつものでお願いします」

「待ってな。そっちは好きに食ってくれ」

「いつもありがとうございます、大将」

 

 大将が言う『そっち』とは無礼講が来店した際に大将がしてくれる特別サービスの切り干しニンジンの食べ放題。

 ラーメンを作っている間、切り干しニンジンが入ったタッパーから好きに食べていいのである。

 それは無礼講が常連客だという証であり、それだけご贔屓にしているということ。

 

 それから少しして順々にみんなが注文したラーメンが出来上がった。

 

「いつものな」

「おー、来たかー!」

「待ってたのだーッ!」

「来ましたわー!」

「いただきます!」

 

 河名たち四人が頼んだ『いつもの』はスペシャル醤油ラーメン。

 どこのスーパーでも売っているもやしをひと袋丸ごと湯がき、それを山のようにして乗せる。その中にはコーンも入れてある。そしてもやしとコーンの山を囲むようにチャーシューではなく3センチはある分厚い豚の角煮とナルトが交互に並んでいる別名「大将スペシャル」である。

 因みにトッピングを少し残しておいて、残ったスープの中にライスを入れて残った物とよく混ぜてかき込むのまでが「大将スペシャル」の食べ方。

 

「くぁ〜、やっぱ肌寒くなってきたらこの大将スペシャルに限るぜ!」

「ウマいのだーッ!」

「ほっぺが落ちますわー!」

「これだけは定期的に食いたくなるんだよな ー!」

 

 不動の美味しさに思わず叫ぶ四人。大将も「いいからさっさと食え」と言いながらも口端は上がっている。

 

「皆さんよくそんなに食べられますね……」

「でも美味しいから食べたくなるのも分かるよ!」

 

 感心するカフェにチケゾーがにこやかに返すと、

 

「そう言う割にはチケット君は今日は違うみたいだが?」

 

 タキオンがそんな指摘を入れた。

 

「うん。ちょっと最近体重増えちゃってさ……」

 

 ブラジャーがちょっとキツくなっちゃって……太っちゃった……とチケゾーがタキオンに耳打ちすると、タキオンは「気にしなくてもいい増加だと思うがね」と微笑んだ。

 

「チケットって普段から泣いたり笑ったりでアタシたちより消費カロリー多そうだけどね」

「えー、そうかなぁ?」

「スイープさんの言う通りですよ。自己管理は大切ですけど、気にし過ぎも良くありません」

「そっかぁ。じゃあ今まで通りでいいのかな?」

 

 チケゾーの言葉にタキオンもカフェもスイープも『うんうん』と頷いていれば、

 

「そこら辺は俺がちゃんと見てるから気にしなくていいぞ。それにお前はいい子だからな。腹一杯食って元気でいてくれればそれでいい」

 

 河名からのお墨付きを貰えてチケゾーは「えへへ♪」と幸せそうに尻尾を揺らした。

 

「ならウインディちゃんもいい子だから追加でチャーシュー頼むのだ!」

「おっ、いいな! アタシもいい子だからチャーシュー追加で!」

「わたくしも負けていられませんわね! 私もチャーシュー追加でくださいな!」

「だからちっとは遠慮しろやぁぁぁぁぁっ!」

 

 こうして今日も河名の怒号が響くのだった。




読んで頂き本当にありがとうございました

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