日々何かしら問題を起こすことが多いチーム『無礼講』の面々。
しかしそんな彼女らにも大人しい日はある。
今日は河名が出張のため、この時ばかりは無礼講も大人しいのだ。
何故なら、
「…………暇なのだ」
「何を食べても味気ないねぇ」
「使い魔のくせに、アタシの側を離れるなんて許せない……」
彼女たちがホームシックならぬ河名シックに陥るから。
河名が出張する際、河名は限りなく親切丁寧に担当バたちに出張する旨を告げる。
学園側も出来れば彼には出張して欲しくないのだが、如何せん彼は世間から気性難とされる彼女たちをGⅠ勝利ウマ娘に育てた名トレーナー。
なので地方のトレセンでその手の子たちに対する接し方や指導方法の講演を希望されることが多いのである。
その上、ウマ娘だけに留まらず普通の学校でも教師陣らのための講演で呼ばれたりするので、出張することは他のトレーナーに比べて頻度が多い。
そしていつも河名は講座の時にこう言う―――
『問題児なんていない』
―――その子がそうなる理由や経緯を大変でも大人がちゃんと理解しないと分かり合うことなんて不可能。こちらは大人で、向こうはまだ社会を知らない子どもが殆どなのだから。寧ろ普通の大人よりも汚い大人の部分を見てしまっている可能性だってある。
こんなこと出来て当たり前。こんなこと守って当然。まずその考えを捨てて、どうしてこうなっているのだろう。と大人が寄り添う必要があり、それは拒絶されても適度な距離をこちらが図りながらすることが子どもの面倒を見る大人の立場なのではないか。
現に河名はいつもそうやって接しているし、分かった上で自分に出来る対処しかしていない。何しろ自分はただのトレーナーで、聖人君子ではないから。
この河名の言葉に多くの人は感銘を受けるのだ。
そして流石あの無礼講を築き上げた名トレーナーだと。
河名が出張することに対して、最初こそ無礼講の面々は監視役である彼から自由の身になれることを喜ぶのだが、彼が出張に向かった朝。いつものように朝のトレーニングのため(本当は朝イチで河名の顔が見たいだけ)、トレーナー室へ直行すると鍵が閉まっていることで『あ、今日は出張でいないんだ……』と本当に学園にいないことを実感した瞬間に調子が絶不調になる。
特にその影響が顕著に表れるのはウインディ、タキオン、スイープの三名。
チケゾー、カフェ、カワカミも普段よりも幾分声に張りが無くなるものの、上記の三名程ではない。
ウインディは河名に噛みつかないと元気になれない。
代わりにヒシアマゾン辺りに噛みついてはみたものの、いつものあの歯に馴染む噛み心地ではないと感じた瞬間、顎に力が入らなくなる。
これにはヒシアマゾンも毎度のことながら驚いてしまうし、いつものウインディに戻るなら思い切り噛まれてやってもいいとすら思ってしまう程。
それだけ噛みついてくるウインディの力が弱々しく、肩を落としている姿と哀愁漂う尻尾を見るのが辛いのだ。
タキオンは言わずもがな胃袋を河名にガッチリと掴まれている。
故に彼がいない=本日の弁当が無い。
勿論河名も毎日毎日担当バに甲斐甲斐しく弁当を作ることは出来ない。
タキオンだってそういう時は文句を言いながらも空腹を満たすためにカフェテリアで食事をする。
しかしその時は絶対に河名を連行していく。タキオンにとっては彼との時間こそが食事を美味しくしてくれる調味料であり、彼がいないだけでどんなに美味しいと言われる高級料理も味気なく感じてしまうのだ。
スイープに至っては言葉が素直じゃないだけで、河名が側にいないだけで寂しくて仕方がない。
いつもなら彼の足音を聞くだけで物陰に隠れるし、自分の姿がなくて探している彼のことを可笑しそうに見ていることが大好き。
しかしいざ大好きな人がいないとなると、途端にいつもの調子が消えてしまう。
何事にも興味が薄れてしまうのだ。
日頃からスイープの態度や行いに白旗を挙げる教師陣もフジキセキも、すんなりと無表情でただ言われたことを淡々と心底どうでも良さそうにこなすスイープを見ると調子が狂うのである。
「みんな元気無いね」
「静かで私はいいですけど、ああも加湿器化されると調子が狂いますし、瓶に入れていてもコーヒー豆が湿気ってしまいそうで嫌ですね」
「毎度のことながら、トレーナーさんの大切さが身に沁みますわね……」
唯一トレーナー室の合鍵を持つチケゾーが、放課後になって絶不調の三人のためにトレーナー室の扉を解き放った。
今日は河名が出張であり、差し迫ったレースも無いのでトレーニングはお休み。
いつもならばこういう時こそみんなはトレーナー室に集まっては、仕事をしている河名の邪魔をして構ってもらう。
しかしそれが今日は出来ない。
いつも仕事の邪魔をしている三人を止めるチケゾーたちも、三人のこんな廃人みたいな姿を見ると『いつものアレがウチの平和なんだな』なんてしみじみ思ってしまう。
「ところでゴルシさんは?」
カワカミが唯一未だ姿を見せないゴルシのことでチケゾーとカフェに訊ねた。
すると二人はカワカミの耳に三人には聞こえないようにそっと耳打ちする。
「(トレーナーさんのあと追ったって)」
「(いつものことですよ)」
そう、ゴルシは河名が出張だろうとなんだろうと授業そっちのけで彼の出張先に何食わぬ顔で向かうのだ。
出席日数や授業内容の遅れが不安視されるが、ゴルシはいつも成績は中の上。故に赤点を取ったことも無ければ、補習授業も受けたことが無いし、出席日数も十分。
彼女にとって最も優先されるのは河名との時間なのだ。
「まあ……相変わらずの行動力ですわね」
腑に落ちてそんな言葉を零すカワカミ。
「いいよねぇ、ゴルシは」
「あの方は本当に謎が多いですからね」
チケゾーもカフェも本当ならゴルシについて行きたい。
しかしそうなるとチケゾーとしては授業内容の遅れ、カフェは出席日数が不安になる。
チケゾーも近頃は赤点こそ取らなくなったが、苦手な科目はいつも赤点すれすれ。
カフェに至ってはこれまでのお友達の所業により、授業内容についていけても出席出来なかったことが多々あるため、無駄に授業を休めないのだ。
「じゃあいつものしちゃおっか」
「そうですね。カワカミさん、例の物を持ってきてください」
「かしこまりー、ですわ!」
チケゾーとカフェがカワカミに持ってきてもらう物。
それは―――
「持って参りましたわ! トレーナーさんが使い古して捨てた品々です!」
―――河名が捨てた私物たち。
これは何もチケゾーたちが河名のことをストーキングして手に入れた代物ではない。
毎回何故かカフェのお友達がカフェの枕元に捧げ物かのように持ってくるのだ。
最初はカフェも『トレーナーさん、ごめんなさい』とそれをちゃんと捨てていた。そうすればもうその品は帰っては来ないから。
しかしある日、カフェはタキオンにこんな質問をされた―――
『君からトレーナー君のニオイを強く感じるのは何故なんだい?』
―――と。
ウマ娘の嗅覚は人よりも優れている。
そのため度々枕元に河名の匂いが染み付いた物を置かれていれば、自然とその匂いも移ってしまい、それは独占欲が強いタキオンを刺激するのに十分。
カフェは変に隠すと余計に面倒なことに発展すると踏んで、理由を話す。
するとタキオンは―――
『ならばそれはもうチームの物として共有するのがいいんじゃないか? どうせ捨てるのなら有効活用しようじゃないか』
―――なんて言い出すので、カフェは可哀想なものでも見る冷たい視線を彼女に送った。
しかしタキオンの鋼の意志は砕けない。
何しろその時も河名が出張で不在だったのもあって、河名シックに陥っていたから。
そこへ河名の捨てた私物があるのなら、それを捨てるなんてとんでもない。
ということで今に至る。
私物といっても穴が開いてしまったタオルやハンカチ。縫い目が解れて捨てることにしたシャツなど、いかがわしい物はない。流石のお友達もそこは配慮して持ってくるみたいだ。
因みにその私物たちは基本的に部室の誰も使わないロッカーにまとめて保管してある。
「それを寄越すんだ! 早く!」
「タオルを寄越すのだ!」
「カワカミ、ハンカチちょーだい!」
即座に三人がカワカミに詰め寄った。
最初はカワカミも三人の気迫に押されたが、今ではすっかり慣れたもので、年末年始の大セールに押し寄せる大人気店の熟年店員のように「並んでくださいまし!」と冷静に対処する。
「あぁ、これは紛うことなきトレーナー君のシャツだ……うぅ、トレーナー君。私を置いて行くだなんて、薄情なのにも程があるよ」
ウインディの噛みつきによってボロボロになった河名のワイシャツに顔を埋め、僅かに残る河名スメルを堪能するタキオン。
「ガブ……ガブガブッ……子分は帰ってきたら噛みつきの刑なのだ。親分であるウインディちゃんを寂しくさせた罰なのだ……」
糸が解れて捨てることにした安物のタオルに噛みつきながら、今はいない河名に恨めしそうに、それでいて寂しそうに刑を告げるウインディ。
「これまだ使えるじゃない、全く。しょうがないからスイーピーのシュシュにしてあげるんだから!」
スイープはスイープで持ち前の器用さで河名が捨てた紺と黒と白のタータンチェック柄ハンカチを、自分だけのシュシュにしようとニッコリ笑顔だ。
三人共になんとか調子を立て直す。
「みんなトレーナーさんの匂いで安心出来たみたいで良かった!」
「そうですね。トレーナーさんには決して言えませんが、こればかりはお友達に感謝しないと」
「姫として端ないですが、トレーナーさんへの想いは止められませんわ!」
そしてチケゾー、カフェ、カワカミも河名が捨てたタオルやらシャツを手にして、大好きな彼の匂いで寂しさを紛らわせるのだった。
◇
その頃河名はというと、
「やっぱりいるのな、ゴルシ」
「おー、トレーナー! 遅かったじゃねぇか! 待ちくたびれたぜ!」
出張先の正門で当然のように自分のことを待っていたゴルシを見て呆れていた。
最初こそ出張先にゴルシが現れたことに驚いた河名。しかしそれが毎回起これば、人は嫌でも慣れてしまう。なので河名も呆れはしても慣れた。
「俺、出来れば一泊して帰りたいんだが?」
「んなの、このゴルシちゃんが許すと思ってんのか? ゴルシちゃんが特別にお前が予約したホテルは既にしっかりとキャンセルしといたぜ! キャンセル料もアタシの奢りだ!」
「そうだよな。知ってた」
度重なる奇行が目立つゴルシだが、実のところはウインディたちをはるかに凌駕する超超超絶寂しがり屋。
故にゴルシから見て日帰り出来そうな距離なら、トレーニングがてら河名を荷バ車に乗せて中央へ強制連行するのだ。
「アタシに会えて嬉しいくせに、トレピは相変わらず素直じゃないんだから♡」
「何キャラだよ、お前」
「ゴルシちゃんはゴルシちゃんだぜ?」
「そのオンオフの差が激し過ぎて風邪引くレベルだわ」
「んなことどうだっていいからよぉ、もう出張終わりだろ? さっさと帰ろうぜ!」
「おー、帰る前にチケゾーたちに渡す土産買わせてくれ」
「はいよー!」
会話をしつつ、観念したかのように荷バ車に乗り込む河名。
ゴルシ特製の荷バ車『ゴルシちゃん号』はパッと見は観光地にある人力車みたいな造りだが、長距離移動用のためタイヤを四つ装備。ちゃんと各所にスプリングも付いているので乗っている側の腰の負担も軽減されているし、座席も高級車並みのリッチなシートだ。ちゃんと雨風も凌げるし、シートベルトも完備。
「アタシがいると退屈しなくて嬉しいだろ?」
河名にニッコリと笑ってゴルシが言えば、
「たまには仕事なんて忘れてちゃんと休みてぇよ、俺は」
彼は肩をすくめて言葉を返す。
ぶっきらぼうな言葉だが、ゴルシはその答えが満足なのか満面の笑みで頷いた。
「そーかそーか! なら一生休ませてやんねーからな! んじゃ飛ばすぜー! ゴルシちゃん号出航でーい!」
「ちゃんと良さげな道の駅に連れてってくれよー?」
「おうよー!」
こうして河名はシートベルトをしてゴルシに中央まで強制連行され、その途中途中でゴルシがバッチリとリサーチしておいた道の駅でメンバーへのお土産を買うのだった。
◇因みに◇
「トレーナー君、食べさせてくれ♡」
「子分、大人しくしてるのだ♡」
「使い魔、ちゃんと抱っこして!♡」
「トレーナーさーん! ちゃんとお留守番出来たから頭撫でてー!♡」
「トレーナーさん……コーヒーを淹れましたよ♡」
「トレーナーさん! スイープさんの次はわたくしも抱っこしてくださいな!♡」
河名が出張から帰ってきた翌日、トレーナー室に押し掛けてきたメンバーに物凄い構って攻撃を食らうのだった。
そして、
「いやぁ、やっぱトレーナー室はこうじゃねぇとな♡」
ゴルシはとても満足そうに微笑んでいた。
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