ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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お正月の無礼講

 

「ん〜、寒い日にはカフェが淹れたホットコーヒーが美味いなぁ」

「そう言ってもらえて嬉しいです、トレーナーさん♡」

 

 世間はすっかりお正月ムード一色。

 トレセン学園も冬休みに入っている上、ウィンタードリームトロフィーや大きなレースも終わったこの時期は、帰省して実家で過ごすウマ娘も多く、それはトレーナー陣も同様。

 業務が無ければトレーナーたちも基本的には休みだし、彼らも実家へ帰省したりしてリフレッシュする。

 

 しかしながら河名にとってそんな平和な時間はない。

 何故なら、

 

「……日本が恋しいよ、ぼかぁ」

 

 今いる場所が何処の国の何処なのかも分からぬ絶海の無人島に強制連行されたから。

 

 場所はゴルシだけが知る島。通称「ゴルシーランド」であり、経緯は謎だが彼女自らの手で手掛けた木造のコテージが海辺を一望出来る崖の上にポツンと建てられているのみ。

 電気は太陽光、波力、風力でまかなえられ、悪天候でも地下にある大型蓄電池のお陰でオール電化コテージなのに節電せずに過ごしたとしても一週間分の電力供給が可能。

 水道に至っては島にある山からの湧き水を引いて利用出来るし、家具も冷蔵庫、レンジ、電気コンロ、エアコン、ベッドにクッションにソファーまで一通り揃っているため、これといって不自由は無い。水質もゴルシがしっかりと調べて安全性も確保済。

 

 あるとすれば、

 

「トレーナーさーん! お魚取ったどー!」

「貝も沢山拾ってきたのだー!」

「ココナッツ持ってきたわよ! 使い魔! 早く割ってココナッツジュース飲ませなさい!」

「木を殴ったら幹ごとぶっ倒れたので容易に採取出来ましたわ!」

「トレーナーく〜ん。お腹減ったよ〜。何か作って食べさせておくれよ〜」

 

 食材は現地調達という点。

 ゴルシを担当して初めてこの強制旅行に遭い、その時は塩も海水で作ったりして本当に苦労したので、それからは毎回いつ強制連行されてもいいように時期になると高性能十徳ナイフと必要最低限の調味料は風呂に入る時以外は肌見放さず持っているようにしている。

 チケゾーやカフェもその時から学んで、釣り竿やら珈琲豆やら生活に必要な物を用意してゴルシの迎えを待っていたり。

 

「タコ入ってたぞー!」

 

 そこへ島の主ゴルシがウエットスーツ姿でタコが入った網を持って浜辺へ上がってきた。

 河名はそれに「お正月ってなんだろなー」と零しつつ、慣れた手つきでバーベキューグリルを設置し、食材の下処理をし、スイープのご要望通りにココナッツジュースを作ってあげる。

 本当ならば正月くらいは帰省して家族と会うなり、トレセン学園の近くに借りた自宅マンションで惰眠を貪りたい所存。

 しかしそうなるとみんな決まってマンションへ突撃しに来るため、カワカミと羽根つきという名のデスゲームをするよりは、今の方がマシなのだ。

 

「ほい。これでも飲んで食材焼けるの待ってな」

 

 パラソルベンチにいるじゃじゃウマ娘たちにココナッツジュースを手渡す河名。

 そのままでは飲みにくいため、水と砂糖を加えて飲みやすくし、果肉も細かく刻んで入れてある。

 隠し味はここの海水で作った塩ひと摘みを高い位置からサラッと入れること。

 

「美味しー!」

「美味いのだー!」

「日本の正月気分とは程遠いが、これが私たちの正月だと実感させられるねぇ」

「トレーナーさんに感謝です」

「優雅なバカンスですわ〜♪」

「アタシの使い魔なら当然の働きね!」

「はいはいどうも。おかわりはこのピッチャーに入ってるからな」

 

 そう言って河名はバーベキューの様子を見に向かった。

 

「………………」

「どした、タキオン?」

 

 河名の背中を見送るタキオンを不思議に思い、ゴルシが声をかける。

 すると、

 

「い〜や。ただ私のトレーナー君は有能で愛苦しいなと思っていただけさ」

 

 ふわりと笑ってタキオンが返した。

 当然、

 

「ちょっと! アイツはアタシの使い魔よ!」

「子分はウインディちゃんのなのだ!」

 

 スイープやウインディが所有権を主張。

 そもそも所有権なんて物はないのだが、この二人からすればそんなのどうでもいい。

 それくらい河名が自分の傍からいなくなることはないと当然のように思っているのだ。

 

「あの、トレーナーさんはみんなのトレーナーさんですよ」

「そうだよ。みんなでそう決めたんだから!」

 

 なのでそんな二人に比較的常識人枠のカフェやチケゾーが言えば、二人は渋々ながらも口を噤む。

 

 彼女たちは愛情表現はそれぞれだが、みんな等しく河名のことを一人の男性として愛している。

 世間からどんなに変わり者だと見られても、河名は変わらず接してくれたし、なんだかんだ向き合ってくれた。

 記者たちから手厳しい質問をされても、世間から手厳しい言葉を浴びせられても、河名は決して彼女たちへ対する態度を変えなかったし、そのままでいいと態度で示してくれたし、時には言葉でちゃんと示してくれた。

 だからこそ彼女たちにとって、河名という男はもう絶対必要不可欠な存在なのである。

 

「おーい、焼けたぞー」

 

 そこへ河名が声をかければ、

 

『はーい!』

 

 みんな揃って彼の元へと走り出すのだった。

 

 ◇

 

 日本の正月ムードとは掛け離れた無礼講の正月の夜。

 いつもなら寝ている時間帯だが、旅行中なら河名もそんな野暮なことは言わない。

 好きなだけ夜更しして思う存分に思い出を作ればいいとさえ思っている。

 ただ、

 

「トレーナーさん! 行きますわよッ!」

「ふぐぉ!?」

 

 毎年のことながらこの枕投げ大会の時だけは、河名も寿命が縮む思いだ。

 何せカワカミプリンセスというパワー系お姫様の渾身の枕を避けなければいけない。

 当たったら最後。いや、人生の最期かもしれない。

 カワカミが投げた枕はどこにでもあるような低反発枕。

 なのに河名が避けたその先にあった壁には枕の形の穴が開いている。

 毎年毎年穴だらけになるのに、何故か翌朝にはその穴が綺麗さっぱりなくなっているのは謎だが、誰もツッコまない。ツッコんだらいけないのだ。

 

「カワカミ! もっとちゃんと狙うのだ! 変化つけてかないと当たるものも当たらないのだ!」

「そうよ! 使い魔はビビってるんだから、もっと強気で行きなさい!」

 

「毎年言ってる気がするけど、止めろよ! マジで死ぬぞ! 主にコテージが!」

 

 自分の命も大切だが、寝泊まり出来る唯一の場所が崩れ去るのも死活問題。

 河名も河名で持ち前の反射神経と身体能力で時速100キロは超えているであろう枕を避けているのも凄いが、それを楽しんでいる外野もある意味で凄いとしか言いようが無い。

 

「こちらには飛ばさないでくれよ、カワカミ君」

「トレーナーさん、ひらりひらりと避けていて今年も素敵ですよ♡」

「トレーナーさんがカッコイイよぉぉぉぉぉっ!」

 

「だから止めてくだしゃ!」

 

 河名の絶叫も虚しく、枕投げは続く。

 河名は毎年この時だけは、古代ローマのコロッセオで闘いを強いられてきた戦士たちに心の底から同情する。

 

「おーい、お前らー! 花火やろうぜー!」

 

 そこへゴルシが何処からか持ってきた花火の束をみんなに見せて誘った。

 しかし不幸にもカワカミが投げた枕はゴルシの顔面へ一直線。

 

「ゴルシ!」

「うおっ!?」

 

 河名がすかさずゴルシを助けに入る。

 そして、

 

「大丈夫か、ゴルシ?」

「おうよ! でもトレピも大胆だな!」

 

 助けるためとは言え、河名はゴルシを押し倒すように覆い被さっていた。

 ゴルシとしてはいつもの調子に見えるが、大好きな河名からの床ドンというシチュに頬はほんのりと赤く染まり、胸も実はずきゅんどきゅん。

 両手を河名の背中へ回し、両足で腰をガッチリと押さえ込む。ゴルシちゃんホールドの完成だ。

 

「おい、とっとと離せ」

「押し倒したのはトレーナーだろ? 責任取れよ」

 

 珍しくガチトーンのゴルシに河名は思わず冷や汗が出る。

 普段何かとみんなを振り回すゴルシだが、河名へ向ける愛情はチームの誰よりも重いのだ。

 

「アタシ、本気だぜ?」

「いいから離せ」

「逃げんのか?」

「当たり前だ、せめてお前が卒業してからじゃねぇと手は出さねぇぞ」

「ふっ……腰抜け野郎♡」

「そう言う割には喜んでんじゃねぇかよ」

「ちゃんとお前がアタシに本心を晒してるからな♡」

 

 ゴルシは満面の笑みを浮かべてそう返すと、河名を一度ギュッと抱きしめたあとで拘束を解く。

 ホッとした河名だったが、

 

「子分が浮気したのだ!」

「使い魔の分際でいい度胸ね!」

「トレーナーくぅん? 私がいる前でやってくれたねぇ」

 

 加湿器三人衆が既に背後で仁王立ちしていた。

 助けを求めようとチケゾーたちの方へ視線を向ければ、

 

「アタシもトレーナーさんにギュッてしたいなぁ」

「あんなことされたら私は理性を保てません」

「や、やっべぇですわ! わたくしも……でもでも! こういうのは卒業してからでないと……!」

 

 チケゾーたちはもし自分がゴルシの立場だったらのことを考えてデレデレもじもじのヘブン状態。

 なので河名は考えるのをやめた。

 ここから抜け出すことなんて不可能だし、『人間諦めが肝心だ』とホーホケキョと鳴くどこかの山田君も言っていたのだから。

 

「よーし! それじゃあみんなで花火やるぞー! 今日は月も出てて明るいからな!」

 

 空気を読んでか読んでいないか謎だが乙女モードから復帰したゴルシが改めて誘えば、チケゾーたちは我に返り、ウインディたちも渋々だが同意した。

 ただし、ウインディは河名の背中によじ登って首筋に噛みつき、スイープは抱っこをせがみ、タキオンは左隣にピッタリとくっついていた。

 

 ◇

 

 コテージの前で無礼講の面々は花火を楽しむ。

 

「そーれー!」

「トゥインクル☆トゥインクル〜☆」

「ゴルシちゃん花火100連発だー!」

「わぁ、ゴルシさん凄いですわー!」

「アタシもやりたい!」

「みんなでやるわよ!」

「綺麗ですわー!」

 

 チケゾー、スイープ、ゴルシ、カワカミはそれぞれ思い思いの楽しみ方で満面の笑み。

 

「カフェ〜、なんで私にそのロケット花火を向けているんだい? 良い子は人に向けてはいけないよ?」

「それは貴女が一番分かっているはずです」

「いや君がまさか特別に高級店のコーヒーゼリーをトレーナー君と君の分だけ用意しているなんて思ってもいなかったんだ」

「普段、コーヒーは泥水とか言っておきながら、美味しく食べていましたよね?」

「いやぁ美味しかったよ?」

「あれはトレーナーさんと食べさせ合うために用意していたんです!」

「本当に火をつけることないじゃないか!」

 

 一方、タキオンはまたやらかしてカフェから制裁を受けていた。

 受けるといってもカフェも本当に当てる気はないし、そもそも当たる角度で持っていない。

 しかしカフェの迫真の演技にタキオンは悲鳴をあげて逃げ惑い、カフェはそれを見てご満悦だ。

 

 そして、

 

「なぁウインディちゃんよぉ」

「ふぁんふぁおあ(なんなのだ)?」

「いつまで俺の首筋噛んでんの?」

「ガブガブ♡」

 

 ウインディだけはみんなと混ざらず、コテージの階段に腰を下ろして静かに花火をやっている河名の背中にへばりつき、首筋をあむあむ中。

 

「…………」

「じゅるるる〜♡」

 

 甘噛みなのでそこまで痛くないが、今度は吸い始めるウインディ。

 諦めて放置している河名も河名だが、ウインディが嬉しそうにしているのが伝わってくるのでなんとも言えない。

 

「ぷはぁ……満足なのだ!♡」

「そりゃようございやしたね」

「歯型と吸い跡がくっきりなのだー!」

「さいですか……」

 

 自分がつけた歯型と吸い跡を見て満足感たっぷりに鼻を鳴らすウインディに、河名は苦笑い。

 今のウインディにとっては花火よりも河名で遊ぶ方が重要なのだ。

 

「子分、これからもウインディの子分でいるんだぞ? 離れたらダメなのだ」

「はいはい、分かってますよ」

「ウインディちゃんは真剣に言ってるのだ」

「逃げられないし逃げる気もないね」

「ならいいのだ♡」

 

 胸を張って鼻を鳴らすウインディの頭を河名は優しく撫でる。

 するとウインディはもっともっとと強請るように頭を押しつけた。

 当然他のメンバーも『ウインディだけズルい』と花火そっちのけで、河名に頭を撫でられに寄ってくる。

 河名は『甘えん坊揃いだな』と心の中でぼやきつつも、なんだかんだみんなが可愛くて仕方ないので要望通りにするのだった。




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