ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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無礼講の2月

 

 本日は節分。

 多くのチームが早めにトレーニングを切り上げ、それぞれの部室やトレーナー室で節分行事を行っている。

 

 無礼講もその中の一つだ。

 しかし、

 

「ウッウッウッ……マッマッマッ……」

 

 完全武装した某ホラー映画作品に出てくる殺人鬼の格好で臨戦態勢のゴルシだけ異彩を放つ。

 今年は彼女が鬼役を買って出てくれたのは河名にとってはとても良かった。

 何故なら去年もその前も鬼役は河名で、カワカミの手から放たれる炒り豆散弾銃に蜂の巣にされたから。

 ゴルシがその役をしてくれたのだが、それはそれとして格好がリアルで怖い。

 手には30センチ以上ある大きなナタのような山刀の模造品。因みに山刀とは山での作業に用いる刃物の総称であり、大小様々な物がある。

 この日のためにわざわざゴルシがダンボールから精巧に作った物で、リアルさを出すため刀身に血糊も塗ってあることから、ウインディもスイープもゴルシがトレーナー室に入ってきた瞬間に気絶した。

 

「何もここまで気合を入れろとは言ってねえだろうがよ……」

 

 片手で頭を押さえ、思わず苦言が出る河名。

 それに対してゴルシは、

 

「ウッウッウッ……マッマッマッ……」

 

 と謎の声を発して役に没頭している。

 

「凄いですね、ゴルシさん。それはウマソンパート7ですよね?」

「ウッウッウッ……マッマッマッ……」

「その鳴き声のまま頷くなよ」

 

 そのホラー映画シリーズのファンであるカフェはゴルシのそのコスプレに感動しているが、役のまま頷いているシュールな状況に思わず河名はツッコミを入れてしまった。

 

「ウッウッウッ……マッマッマッ……!」

「イテッ! んだよ、殴んなよ!」

「ウッウッウッ……マッマッマッ……!」

「分かった、分かったから! ツッコミ入れて悪かったな!」

「ウッウッウッ……マッマッマッ……♪」

「クソ。殺人鬼なのにウマソンがなんか可愛く見えてきたぞ……」

 

 愛嬌たっぷりのウマソン(ゴルシ)に河名は妙な気持ちになるが、そんなことよりも気絶して床に転がったままになっているウインディとスイープを起こす方が先。

 

「おーい、ウインディ、スイープ。起きろー。ウマソンはゴルシだぞー」

「ウインディ先輩、起きてー!」

「スイープさん、起きてくださいまし!」

 

『う〜ん……』

 

 河名、チケゾー、カワカミの呼び掛けにもまだ伸びている二人。

 このままでは時間が無くなってしまうので、河名は渋々だがタキオンに目配せした。

 

「やっとこの試験薬番号1980の出番だねぇ!」

「一応訊いとくが、副作用とか大丈夫なんだろうな? もし使ったあとで二人に何かあればお前の明日の弁当はバランだけになるぞ」

「安心したまえよ。これは前に君で実験済みだ」

「よし分かった。明日の弁当はバランにソースも付けてやる」

「改善されてないねぇ! せめてヒトが食べられる物にしてくれないか!?」

「自業自得だな。ほら二人を起こしてくれ」

「ぐぬぬ……」

 

 タキオンは唸りつつも河名の言葉に従って試験薬を倒れている二人の鼻へ近寄せる。

 これはタキオン特製の気付け薬なのだ。

 その証拠に二人はすぐに飛び起き、今度はゴルシがウマソンマスクを取っていたので心の底から安堵した様子で胸を撫で下ろしていた。

 

 ◇

 

「全く、ゴルシには困ったわ!」

「そうなのだ! このウインディちゃんに酷いことをしたのだ!」

 

 無事二人が復帰したことで豆撒きも終わり、今はトレーナー室で節分に因んだ食事を堪能中。

 ゴルシちゃん印のロシアンルーレット恵方巻きなんていう恐ろしい物もあったが、ワサビと辛子入りの恵方巻きは作った本人が食べたことで被害者は出なかった。因みに恵方巻きの中味はアナゴ、タマゴ、イクラ、カニ、エビ、桜でんぶ、きんぴらニンジンで味は絶品。

 

「使い魔、イチゴ頂戴!」

「ウインディちゃんにはリンゴを寄越すのだ!」

「はいはい。なら退いてくんね?」

『イヤ(なのだ)!』

「二人の方が手を伸ばせば届く位置にあるんだがな!?」

『子分(使い魔)は口答えしない(のだ)!』

 

 二人は目が覚めてからずっとこの調子。

 河名の左膝にウインディ、右膝にスイープで陣取り、世話を焼かせている。

 それだけ二人にとってはゴルシのウマソンが怖かった。なので甘えている今も二人の肩は少しだが未だ小刻みに震えている。

 

「トレーナー君は相変わらずあの二人には甘いねぇ」

「タキオンさんにも相当甘いと思いますよ?」

 

 食べさせてもらえて調子を取り戻しつつあるウインディとスイープを向かいのソファーから眺めて零すタキオンに、カフェは呆れつつ返した。

 

「どこがだい? トレーナー君の私へ対する扱いは酷く雑だと自負しているんだが?」

「なんだかんだトレーナーさんはタキオンさんのお弁当を毎回ちゃんと作っていますし、さっきだって頼りにされていましたから」

「…………気のせいだよ」

 

 カフェに指摘され、腑に落ちるところが多々あるタキオンは頬を赤く染めて顔を逸らす。

 扱いは雑そのもの。でも彼からとても大切にされているという自負もしっかりある。なので改めて指摘されると恥ずかしくなってしまったのだ。

 珍しくしおらしいタキオンにカフェは鼻で笑いつつ、口の中の甘さをコーヒーの苦味で搔き消した。

 

「ゴルシ〜、大丈夫〜?」

「もっとお水飲みますか?」

「ウッウッウッ……マッマッマッ……」

「大丈夫ならいいけど、イタズラは程々にした方がいいよ?」

「何事も程々が良いと、キングさんも言ってましたわ」

「ウッウッウッ……マッマッマッ……」

「ゴルシが楽しくて止められないなら仕方ないねー」

「ですわねー」

 

 何故か会話が成立しているチケゾーたち。

 それでもゴルシは次からは仕込むワサビは量を少なめにしようと心の中で誓うのだった。

 

 ―――――――――

 

 本日はバレンタインデーということで、トレセン学園に通うウマ娘たちもどこかソワソワしている。

 友達同士で手作りチョコを交換したり、みんなでお金を出し合って高級店のチョコを買って食べたり、日頃の感謝をチョコに込めて贈ったり……することは各々で多種多様だ。

 

「バレンタインデーってもっと楽しいイベントだと思うんだよなぁ」

 

 そんな中、河名は今自分の置かれた状況と世間のギャップにぼやく。

 

 河名は今、担当バたちにあげるチョコを作らされているのだ。

 世間がバレンタインデーだとしても、トレーナーとしての仕事は山積み。

 ただでさえアクシデントを多く発生させる側の者が多い無礼講。

 その始末に追われる河名は他のトレーナーたちからしてもその作業量は桁が違う。

 

 調理実習でカワカミが気合を入れてタマネギのみじん切りをした結果、敢え無く粉微塵になった調理室のテーブルの始末書。

 スイープとタキオンが惚れ薬を作ろうとしてラボでボヤ騒ぎを起こした始末書。

 ウインディがついついテンションが上がって他のウマ娘を噛んでしまったことへの始末書。

 カフェのお友達によるポルターガイストで荒らされた自身のデスクの整理。

 その片付けの際に『紙さんが破れてて可哀想ー!』と泣いてしまうチケゾーを宥める。

 そして毎日何かをしでかすゴルシに対してメジロ家のご令嬢から来る苦情への対処。

 

 これに加えてトレーナー業というのだから、河名の表情が常に疲れ切っているのも仕方ないだろう。

 

 当然、そんな彼にチョコレートを作っている暇なんて皆無。

 なのに担当バたち(特にウインディとタキオンとスイープ)が、『バレンタインにトレーナーが担当にチョコレートを渡さないとか有り得ない(のだ)!』とワガママをこねこねしたので、急遽調理室を借りてチョコレート作りの真っ最中なのだ。

 

「アタシは楽しいよ! トレーナーさんと料理するの、なんかワクワクする!」

「私も新婚さんみたいで、楽しいです……ふふふ」

「そういう恥ずかしいこと言うのやめてくれ、二人共。チケゾーじゃねぇがケツが痒くなる」

 

 チケゾーとカフェは友達らとのチョコ交換を終え、理不尽にもチョコレート作りを強要された河名のお手伝いにやってきている。

 チケゾーが業務用チョコレートを砕き、カフェがそれを湯煎で溶かし、それを河名が慣れた手つきで菓子にしていく。

 

「凝ったものじゃなくてもいいか?」

「全然いいよ! 気にしないで! 誰にも文句なんて言わせないし、文句言う子がいたらアタシが怒ってあげるから!」

「皆さん、トレーナーさんから手作りのチョコを頂きたいだけですから、なんでも大丈夫ですよ。私なら作らずとも、チョコレートを食べさせてもらえたらそれだけで満足です」

「分かった。ならチョコホットケーキにするか。焼くだけだからアイツらも待ってられるだろ」

 

 二人の心優しい言葉に河名は笑顔で返し、手際良くチョコホットケーキを焼いていった。

 実は河名が一番得意な料理がホットケーキで、妹の大好物だったりする。今でも実家に帰省すると必ず作って欲しいとせがまれているくらいだ。

 そして当然、

 

「やったー! トレーナーさんのホットケーキだー!」

「それに合うブレンドを用意しなくてはいけませんね」

 

 チケゾーとカフェは歓喜する。二人だけでなく、無礼講の面々も大好物。

 なので河名は喜んでくれる二人のお陰で思わず口元に笑みが浮かんだ。

 弁当もそうだが、自分が作った物を美味しいと言って食べてくれると作った甲斐があるし、嬉しくなる。

 だからこそ河名はついつい作ってしまうのだ。

 

「ハードル上げんじゃねぇよ。ったく……」

 

 河名はそんなことを言いながらも、嬉しそうに笑っていた。

 

 ◇

 

「出来たぞー。温かいうちに食いやがれー」

 

 調理室の前で今か今かと待っていた無礼講メンバー。

 河名の声にみんなはワッとなだれ込んで、しかしちゃんと『いただきます』をしてから食べ始める。

 

「おーいーしーいーよー!」

 

 感涙を流して食べるチケゾー。

 

「これならいくらでも食べられるのだ!」

 

 尻尾をブンブン振って食べるウインディ。

 

「ああ、最高だ。紅茶にもよく合うよ♪」

 

 優雅に紅茶と共に味わうタキオン。

 

「やはりこのブレンドが合いますね♪」

 

 満面の笑みでコーヒーと共に味わうカフェ。

 

「美味しくてほっぺたが落ちそうですわ♪」

 

 上品にお姫様のように食べるカワカミ。

 

「うーん、やっぱバレンタインはこれが無いとね!」

 

 モキュモキュと上機嫌に食べるスイープ。

 

「これはアタシらだけが食えるモノだもんな!」

 

 豪快に鷲掴みして頬張るゴルシ。

 

 嫌々ながら作ったとしても、それを見れただけで河名は満足して笑みが溢れる。

 すると、

 

「じゃあこれはアタシからのお返しな、トレーナー♪」

 

 ゴルシが手のひらサイズの赤い箱を手渡してきた。

 

「んだ、これ?」

「ゴルシちゃん印のチョコレートだぜ。ありがたく食えよー」

「おー、サンキュ」

 

 二人がそんなやり取りをしていると、

 

「トレーナーさーん! アタシもあるよ! ハヤヒデとタイシンとブライアンで一緒に作ったんだ!」

「ウインディちゃんもあげるのだ! ゲーセンでいっぱい取ってきたのだ!」

「私も一応用意してあるよ。安眠効果がある成分も追加しておいた」

「コーヒーによく合うミルクチョコレートを作りました。どうぞ」

「わたくしもキングさんに教わって作りましたわ!」

「アタシだって用意してあるわよ! 光栄に思いなさい!」

 

 他の面々もチョコレートを用意してあると河名の前に並べていく。

 なんだかんだみんなも自分の気持ちを大好きな河名にチョコレートと共に送るつもりでいたのだ。

 河名はみんなに「ありがたく食うよ」と今日一番の笑顔で伝えれば、みんなはその笑顔の前にほんのりと頬を赤く染めた。




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