季節は夏。
夏となれば開催されるレースも限られるため、この期間にトレセン学園の生徒たちはトレーナーが組んだ夏合宿を行うことが多い。
吉部率いる『ナイトスカイ』もそうだ。
今年は全員がドリームシリーズに駒を進めたことで宝塚記念後にあるサマードリームトロフィーが終わればイベント事でのショーレースくらいしかないため、今回は少し長めに夏休みのオフという意味も込めて合宿施設で過ごしている。
「花火しよ♪」
そんな穏やかな合宿中の夜。
吉部との夜散歩から帰ってきたシービーがみんなで宿泊している施設内の大部屋に戻ってくるなり、そんなことを提案してきた。
散歩の最中にあったコンビニで花火が大量に売られているのを見て、シービーが吉部におねだりして買ってもらったからだ。
「いいッスね! 俺やります!」
「私も付き合おう。今夜は気分がいいからな」
「私もやるぞ! この怒りを花火にぶつけてやる!」
「私もやりたいです」
「みんなで、というのがいい思い出になるからな。当然私も参加させてもらおう」
この通り、メンバーもやる気。
ただブライアンはシリウスとの夜食賭けポーカーで惨敗したので、その悔しさを晴らすためというのが大きい。
しかし一応施設内にカップ麺やニンジンの自販機はあるので、吉部から許可してもらえば(または隠れて)購入は可能だ。
「なら浜辺に行こー! バケツは今トレーナーがフロントから借りて準備してくれてるから♪」
「散歩に付き合わせた挙げ句にこき使うとはな。流石はチームリーダー様だ」
「ちーがーいーまーすー。トレーナーが率先してやってくれてるんですー。アタシが言い出したことだからアタシが準備するって言ったのに、みんなを呼んで来いってフロント行っちゃったんですー。相変わらず優しくて胸キュンさせられましたー」
シリウスの軽い嫌味にシービーはわざとらしく頬を膨らませて返せば、シリウスも他のみんなも『トレーナーらしい』と笑う。
ただいつも誰かのために動いているのが殆どなので、シービーたちとしては休める時に休んでほしいと切に願っている。
一方の吉部本人は花火が好きなので実はルンルンであった。幼い頃は夏になると度々祖父母と共に家の庭で花火をして、縁側でスイカやアイスを食べるのが定番だったから。
◇
シービーがメンバーを引き連れて浜辺へやって来ると、既に吉部が買ってきた花火の封を開け、七人分に振り分けていた。
それでいて打ち上げ式の方も既にセット済で、今も何度も一緒に買ってきたチャッカマンがちゃんと作動するかどうかの確認作業中。
周りを見れば他のチームも既に花火を楽しんでいるので、みんな考えることは同じのようだ。
ただ吉部のやる気満々なところを見て、シービーたちは思わずその可愛らしさに胸を射抜かれる。
(あはっ、買う時から念入りにどれを買うか吟味してたもんねー♪)
(トレーナー君……君はどうしてそうも可愛らしいんだ。愛おしさが止まらなくなるよ♡)
(相変わらずギャップが凄いな。トレーナーが一番子どもっぽいところあるよな。ふふっ)
(可愛い過ぎる。あとでそんなトレーナーを思い浮かべながらカップ麺を啜ろう)
(マスターが可愛過ぎます。ステータス【胸キュン】を確認。キュンキュンです)
(やる気満々でめっちゃ可愛いぜ、相棒ー! ギャップ萌えやべー!)
ニヤニヤ、ニヨニヨと吉部のことを眺めるメンバー。
すると気配に気付いた吉部がメンバーらの方を向き、
「準備は万全だ。遅くならないように、早くやろう」
手を振って愛バたちを呼ぶ。
なのでみんなは小走りで、尻尾ブンブンで、彼の元へと向かった。
◇
「火傷に気をつけて、そして決して人がいる方には向けないこと」
吉部がそう言うと、みんなはちゃんと返事をしてからそれぞれ用に分けられた手持ち花火の束に目を向ける。
天筒花火にススキ花火。スパークや変色と定番のライナップ。更にはどの束にも一つずつ絵型花火が添えられていた。
絵型花火とはススキ花火やスパーク花火の持つところがキャラクターや動物などの絵になっている花火のこと。
「俺これー♪」
ウオッカが選んだのはバイクの絵型花火が添えられた束。みんなは予想通りにウオッカがそれを選んだので、つい笑ってしまった。
しかしウオッカはそれに気づかず、ルンルン気分で吉部のところへ行って火をつけてもらいに行く。
「トレーナー、火ぃつけてくれー♪」
「おお、ちゃんと火傷しないように持ってるんだぞ?」
「おうよ!」
ピッタリと吉部の隣に肩と肩を合わせて座るウオッカ。
「何も体まで密着させる必要はないんだぞ?」
「え、ああ、そっか! ヘヘッ、悪ぃ悪ぃ♪」
「はは、全く……」
穏やかに笑う二人を見て、ルドルフはモヤモヤとする。自然な流れでいい雰囲気になっているからだ。
「ルドルフさん、タコさんのイラストがぐしゃぐしゃになってますよ」
「止めとけブルボン。皇帝様は嫉妬深いから、放っておくのがいい」
指摘したブルボンにシリウスが肩をすくめながら諭し、他のメンバーも束を手にして吉部のところへと向かう。
「ルドルフー、行くよー」
「…………」
「ルドルフを除け者にして楽しんでいいのー?」
「……いくない」
「なら早く行くよー」
「ああ」
シービーに促され、ルドルフもズンズンとまるでスターティングゲートに向かう面持ちで向かい、それをシービーは苦笑いしつつ、あとを追った。
◇
いざ始まってしまえば、あれだけ嫉妬心剥き出しのルドルフも尻尾ブンブンで花火に夢中となる。
ブライアン、ブルボン、ウオッカの三人は花火でハート型や星型、円を空中に描いたりして遊び、シービー、ルドルフ、シリウスは吉部を入れて火が途切れないように花火リレー。
そして、
「さっき、他に花火をしていたグループの生徒たちが話していたのが聞こえたんだが、線香花火を同時につけて一番長く残った者が勝ちという遊びがあるらしい。だから私たちもどうだろう?」
手持ちの残りが線香花火になった時にルドルフがそんな提案をみんなにした。
「随分と子ども染みた遊びだな。勝ったら何かあるのか?」
シリウスが鼻で笑いながら訊ねると、ルドルフは何も考えてなかったと苦笑いする。
「ならトレーナーを朝起こしに行く権利なんてどう?」
そこへシービーが特大ニンジンを放り込んだ。
飢えた猛獣に肉を与えるような所業であるが、このなんとも魅力的なご褒美にメンバーの目の色が変わる。
「ほう……いいな。アイツの寝顔を朝イチで見れるなんて最高じゃないか」
「もう自分が見る妄想か? やめておけ。負けた時が虚しいだけだぞ」
シリウスのつぶやきに対抗意識バリバリのブライアンが闘争本能を煽った。
「ブライアン、お前はポーカーもクソ雑魚だったんだから棄権した方がいいんじゃないか?」
「ふんっ、線香花火ならイカサマも出来ないだろう」
「まるで私がイカサマしてたような言い方だな?」
「でなきゃ、あんな風に役がポンポン揃うか?」
「お前賭け事には向かねぇよ……」
実際、シャッフルも手札配りもブルボンがやってくれた。なのにあの様だったのだから、ある意味でシリウスは同情してしまう。
二人がバチバチと火花を上げる横で、
「トレーナー君の寝顔……誰にも渡さない」
「マスターには日頃からお世話になってますから、起こすということで多少なりとも恩返しを」
「え、エプロンとかつけてった方がいいかな? うひゃー! やっべぇ! 超照れるー!」
ルドルフ、ブルボン、ウオッカはそれぞれでやる気に燃えていた。
そんなメンバーを見ながら、シービーは可笑しそうに笑うのみ。楽しめればオールオーケーなのだ。
そもそもみんなは知らないが、シービーはちょくちょくトレーナー室で居眠りする吉部の寝顔を見ているし、何なら自身のウマホの吉部ファイルにその寝顔の写真はバッチリ保存してある。
「では、やろうか。トレーナー君、悪いが火をつけてジャッジを頼みたいんだが」
ルドルフがレースの最終コーナーを回ったくらいの気迫で吉部に頼んだ。
吉部はルドルフだけでなく、他のメンバーの気迫に少々戸惑いつつも深くは考えないことにしてチャッカマンを構えた。
「よし……では行くぞ。皆ゲートインしたな?」
ルドルフがメンバーにそう言うと、みんなは揃って静かに頷く。
「では……3……2……1……Fight!」
ルドルフの掛け声と共に全員がチャッカマンの火に手にする線香花火を近づけた。
出遅れもなく、綺麗なスタートを切る。
しかし―――
ぽとり……
―――不良品だったのか、ルドルフが手にしていた線香花火が着火と同時に大地へ降下した。
「………………」
一瞬何が起こったのか分からずに硬直するルドルフ。
それをシービーを始め、笑いを必死に堪えるメンバーたち。
吉部だけはルドルフを気遣い、何か声をかけようとする。
しかしそれよりも早く、
「誰だぁぁぁぁぁっ! こんな悲しいゲーム提案したのはぁぁぁぁぁっ!」
ルドルフが膝から崩れ落ちた。
彼女の芸術作品のように綺麗なガッカリポーズを見ながら、シービーやシリウスは笑いつつ『ルドルフ(お前)だよ……』と心の中でツッコミを入れる。
そんな中で、ブライアンとウオッカは腹を抱えて笑い、あのブルボンでさえも声を殺し、肩を震わせて笑い崩れている。
「ルド……ぶふっ、ルドルフ……くふふっ、ざ、残念だったな……くははっ」
吉部も普段大人びているルドルフがこんなにも感情を顕にしているのを見て、思わず笑いが込み上げてきた。
当然、ルドルフにとってはそれどころではない。
「トレーナー君まで笑って! ルナもう知らないんだからねっ!」
ツーンとそっぽを向くルドルフ。しかしガックリと膝を突いたままなので、それが余計にシュールさに拍車をかける。
「ル、ルド……ぐふっ、す、すまない……まずは立つんだ……ふははっ」
「むぅー!」
これで完璧にへそを曲げてしまったルドルフは、波打ち際までハイハイで移動し、体育座りをしてのの字を書き始めてしまった。
吉部はやってしまったと頭を掻き、一度みんなの方へ視線を向ける―――
『もうこれ以上からかうのはよそう』
―――と。
これにはみんなもしっかりと頷いた。
そのことを確認した吉部はゆっくりとルドルフの側まで近寄った。
「……」
吉部が近寄るとルドルフは逃げるまではしなかったが、ちょっとだけ場所をずれる。
これはつまり『隣に座れ』ということで、吉部は素直に拗ねる愛バの右隣に腰を下ろした。
「…………トレーナー君の、バーカ」
ルドルフは自分のことを笑った吉部を静かに非難し、抗議の意味を込めて彼の二の腕へコテンと軽く頭突きを見舞う。当然尻尾の方でも彼の腰ら辺をペチンペチンと軽くだが叩いていた。
「ルドルフが面白くてな。思いの外笑ってしまった」
「……反省してないってことだね?」
「反省ならしてる。でも俺は、ルドルフの年相応の反応が見れて嬉しいんだ。いつもみたいなみんなの上に立つ皇帝ではなく、友達らと普通にバカをやっているその自然な姿が」
「…………」
「笑ってすまなかった」
「…………なんだか言い包められた気がする」
ルドルフはそう言うが、声色は喜びに溢れている。
そして結局、シービーたちや吉部の前では皇帝でいる必要がないことが、ルドルフにとっては安らぎであり、吉部からの言葉は一番の喜びなのだ。
「ル〜ドルフ!」
そんな中シービーが二人の間に割って入る。
「なんだ、シービー? 今いいところなんだが?」
「知ってるよ。でももう時間切れ♪ いいでしょ? アタシたちがルドルフをからかって、ルドルフが拗ねて、トレーナーが慰める。いつもいいところは邪魔してない。でも独り占めは厳禁だから」
「…………くぅ」
「(内心、慰めてもらうことを狙ってるのも知っててそうさせてあげてるんだよ? トレーナーは優しいからね)」
「……分かった」
いくらルドルフでも、シービーを敵に回すのは良くない。
ルドルフはいつもこういう時、自分が一年早く彼に担当してもらっていたらと思ってしまう。
一年遅れただけで、シービーと吉部の絆には今も尚大差をつけられているのだから。
「後片付けする前に、夜空鑑賞でもするか。なんたって私ら『ナイトスカイ』だもんな」
そこへタイミングを見計らってシリウスが吉部の左腕に抱きついてくる。
「トレーナー、膝を……いや、腿を貸せ」
ブライアンもここぞとばかりに吉部があぐらを掻いている左太腿にストンと頭を預けてきた。
「マスター、夜空が綺麗ですよ」
「七夕はとっくに過ぎてっけど、天の川もめっちゃ綺麗に見えるぜ、相棒!」
ブルボン、ウオッカもシリウスの隣に腰を下ろして夜空を見上げる。
「……綺麗だね、トレーナー♪」
最後にシービーが吉部の背中にしなだれるように抱きつき、彼の頭に軽く顎を乗せた。
「明日も暑くなるだろうな……」
吉部は愛バたちに囲まれながら、暫くの間、澄んだ夜空を堪能するのだった。
因みに翌朝、吉部を起こそうと全員で早起きをしたが、彼はみんなよりも早く起きて施設の大浴場で朝風呂を堪能していたのでシービー以外のやる気が一段階下がってしまったという。
読んで頂き本当にありがとうございました!