4月のトレセン学園は何かと賑やかだ。
新入生たちのためにオリエンテーションをしたり、その一環としてショーレースを数多く開催し、チームへの勧誘も色々なところで盛大に行うし、一方でファン感謝祭に向けて学園全体が忙しくしている。
「トレーナー君、何故そうも穴が開くほど私を見詰めているんだい? 流石の私も恥ずかしくなってしまうよ♡」
「監視に決まってんだろ、アホボケタキオン」
なのに河名は現在、タキオンのラボで彼女の監視中。
無礼講は今年も新しくチームメンバーを募集することはしない。したところで希望者が来ることも極めて少ない上、募集なんてしようものなら『これ幸い!』とばかりに学園側からまた癖の強い子を押し付けられてしまう。そのためこれ以上手の掛かる子を任されると河名が今以上に廃人と化してしまう。それは彼がどんなに癖が強いウマ娘でも、GⅠ勝利ウマ娘に育て上げる名トレーナーであることも大きいが。
一方、この時期はタキオンが新入生をターゲットにして自身が開発した新薬のサンプルを配布することが多く、毎年のように被害者が出る。
なので今年こそはそうならないよう、新入生たちの安全と学園の平穏、そして何より河名自身の仕事が増えないよう、こうして見張っているのだ。
しかし今年のタキオンは大人しい。
相変わらずヒトが飲んではいけないような色の薬品を開発しているが、今は上機嫌に珍しく鼻歌交じりで調合している。
それもそのはず。タキオンは毎年この時期になると嫉妬で自分がどうにかなりそうになってしまうのだ。
河名としては『解せん』と感じるだろうが、理由は全て河名のせい。
彼は今やテレビでも紹介されるほどの有名な敏腕トレーナー。それでいて雰囲気は異様だが優しさに敏感なウマ娘には彼の優しさは分かるので、どこを歩いていても新入生から沢山声を掛けられる。
新入生たちは皆、トレセン学園に入学した以上早くレースに出たいという気持ちや、早く自分も担当してもらうトレーナーを見つけたいという思いが溢れているからだ。
また河名もウマ娘との距離の取り方が上手い上に、まだ慣れていない学園内で迷子になっている新入生に道を教えたりと持ち前の世話焼きスキルを遺憾なく発揮するため、そんな彼を気に入るウマ娘が多い。
ただでさえタキオンは己の独占欲を常々抑えているし、自分よりも先にいた加入していたメンバーは致し方ないにしても、自分以降にメンバーが増えることには反対していた。
なので毎年この時期は少しでもチームに入りたがる子を減らすため、河名に声をかける子を極力減らすため、お決まりの実験で周りを振り回すことで彼を縛り付けていたのだ。
それが今年になってやっと成果が実ったのだから、タキオンは喜ぶ他ない。河名からの私生活面での評価は地に落ちてしまったが、そんなもの彼女にとってはこれからいくらでも挽回すれば済む話だし、彼が自分の側を離れるなんて微塵も思っていないから。
「そう言えば今年もファン感謝祭でショーレースあるんだよな……」
「ああ、今朝クラスで担任から聞かされたよ。なんでもゴールドシップ君の発言によってトレーナーリレーなんて物をするようだね。みんな楽しみにしているようだ」
「俺は理事長に猛抗議してきたんだがなぁ」
「無駄な足掻きだね。君一人では何も出来ないというのに、ご苦労なことだ」
嘆く河名にタキオンはくつくつと笑いながら言葉を返す。
何せあの必死な抗議を思い出すだけで可笑しくて仕方ないからだ。
「俺は絶対に出ないぞ」
「……出ないのかい?」
「絶対にやりたくない」
「だがもうゴールドシップ君はうちのチームの出走登録はしているはずだよ? 彼女がこんな面白そうなことに首を突っ込まないなんて有り得ないだろうからねぇ。発案者でもあることだし余計に」
「…………やめろ。聞きたくない」
耳を両手でふさいで現実逃避する河名を、タキオンは可笑しそうに眺める。
こうして河名がイヤイヤ期の幼子のように振る舞う姿が愛らしくて仕方ないから。
「はぁ……」
「カワカミ君曰く、溜め息は幸せが逃げるらしいぞ?」
「俺は十分幸せだからいいんだよ」
「なるほど。やはり君は私たちに振り回されるのがお好みのようだ♡」
「お仕置きすんのは好きだぞ」
「……相変わらず、いい性格をしているね、君は♡」
その後もタキオンは河名に監視されていても、彼と時間を共に出来ることが嬉しくてずっと上機嫌だった。
―――――――――
トレセン学園のファン感謝祭が終わった翌日。
河名は片付けが終わったあとでメンバー全員をトレーナー室に呼んだ。
トレーナー室にメンバーが到着するなり、
「今から読み上げる生徒は俺の前に整列するように」
と告げる。
河名が読み上げたのは、
「ウインディ」
「なんなのだ?」
「タキオン」
「おやおや」
「カワカミ」
「……はい」
「ゴルシ」
「おーう!」
この四名。
何故この四名を自身のデスクの前に整列させたのか。
それは、
「お前たち四名はこれからエアグルーヴの監視下の元、学園内清掃活動の参加が決定している」
これから重要なお勤めがあるからだ。
当然、ウインディたちはそれに猛反発。
しかしこの決定は絶対である。
河名は静かに立ち上がり、トレーナー室のブラインドを下げ、室内の明かりを消した。
そしてチケゾーとカフェが用意しておいたプロジェクターを起動させ、備え付けのロールスクリーンにとある映像を映し出す。
『さあ、いよいよ始まります! トレセン学園ファン感謝祭特別レース『トレーナーリレー』!』
『今年も注目はチーム『ナイトスカイ』の面々ですね』
『初めての方にご説明しますと、このレースではいつものようにウマ娘たちがターフの上を走り抜けますが、いつもと違うのは自分たちのトレーナーをゴールまで運ぶことです! スタートはいつもと同じですが、第1コーナーに座る担当トレーナーを回収し、見事ゴールまで運ぶというのがこのレースの目玉ですね!』
『普通のリレーとは違い、デリケートなナマモノを運ぶので、ウマ娘たちも慎重にならざるを得ません』
『よってチームの総合力ではなく、如何にウマ娘とトレーナーの信頼が厚いかが勝利への鍵となってきます!』
それは先日行われたファン感謝祭でのショーレース『トレーナーリレー』の映像。
「これを観て、お前たちは何も思わないのか?」
河名の問いにウインディたちはどこかのロバートさんみたいに肩をすくめて両手を広げた。
「何も思わないのな。うん知ってた。だってお前らだもん」
それだけ言うと、河名は一時停止していた映像を再度再生させる。
『チーム『無礼講』の第一走者はマンハッタンカフェさんです!』
『普段のレースとは違って最初から全力疾走ですから、ペース配分が鍵になるでしょうね!』
ゲートが開き、全ウマ娘が一斉にスタート。
カフェは接触事故を避けるために少々後方に位置取り、しっかりと河名を回収した。
お姫様抱っこなのをいいことに河名の首筋に鼻を押し付けて、愛する彼のスメルを堪能する。
そのお陰かは謎だが、グングンと速度を上げ、第二走者であるウインディに一番乗りで河名を預けた。
『まさかの『無礼講』が1位で河名トレーナーを第二走者シンコウウインディさんに手渡しま……ああっと! シンコウウインディさんは受け取るなり河名トレーナーの足を掴んで走り出したぞ! 芝の上とはいえ、シンコウウインディさんが走ったあとの凸凹道に河名トレーナーも水からあげられた魚のようにのたうち回っています!』
『生きているか心配になるレベルですが、河名トレーナーは『人間を辞めている』ことで有名な御仁ですからね。これくらいは朝飯前なのでしょう。シンコウウインディさんも気にせず引き摺ってますし』
そうこうしている内に1位のまま第三走者カワカミにウインディがボロボロの河名を手渡す。
するとどうでしょう。カワカミは河名を持ち上げると、大きな助走と掛け声と共に河名を第四走者であるゴルシへパスしたではありませんか。
みんな唖然とする中、ゴルシは『オーライオーライ♪』と飛んでくる河名をキャッチすることなく、自慢のドロップキックで更に速度と方向を変える。
河名は綺麗な弧を描き、ゴールラインを越えたところで地面に顔から突き刺さって止まった。
『なんと言うことでしょう! 流石は学園1の癖者揃い『無礼講』! 自分たちのトレーナーを本当に物のようにゴールまで運びました!』
『ウイニングチケットさんが泣きながら地面から引き抜きましたね。あ、大丈夫そうですね。流石人間を辞めてるだけのことはありますね、ピンピンしてますよ』
『なんだか悟りを開いているような顔をしてますね! 目に光りがありませんよ!』
『こうなることは彼も分かっていたのかもしれません。ある意味彼らだけにしかない信頼関係がなせる業なのでしょう』
『しかしこれは流石に審議するまでもなく失格です!』
圧倒的大差で河名のことをゴールまで運んだチーム『無礼講』だったが、その内容はカフェ以外がとても『運んだ』とは言い難いものだった。
故に審議する必要もなく判定は危険行為による反則で失格。
また、
「タキオンに薬を盛られ、その薬の効果が皮膚の鋼鉄化だったから俺は無傷だった」
故に危険な薬品を使用したことによる危険行為も加えられた。
「中でも俺が最も腹立ったのは『河名君だったから良かったものの』という、俺なら大丈夫みたいな風潮が既に学園理事会らにあることだ!」
そう。河名が言うように、学園理事会の面々も最初は無礼講の面々が起こすことにはとても厳しい目を向けていた。
なのにそれが常時化してしまってからは、
『河名君なら人間辞めてるから大丈夫だね。普通の生徒たちはそんなことしないし、常識的だし真似する者も出ない』
なんて思われるようになった。
だからこそ河名としては『俺は一番の被害者なんだが?』という思いが強い。
「勿論、タキオンを止めなかったチケゾー、カフェ、スイープの三人にも遺憾の意を示したいが、そもそもお前たちがタキオンを止められるはずがない。だから三人は俺が責任を持って無罪であると申告した」
「トレーナーさん……ありがどーーーー!」
「ありがとうございます、トレーナーさん」
「やっぱり使い魔は分かってるわね!」
河名の言葉に嬉しそうに尻尾を揺らす三人。
しかし他四人は……特にウインディとタキオンは『おかしいだろう(のだ)!』と猛反発する。
「わたくしはしっかりと罪を認めて清掃作業を致しますわ。勝つことに夢中になり、トレーナーさんを危険にボロ雑巾のように扱ってしまったことは姫として恥ずべきことですもの」
ただ一人カワカミはしっかりと反省していたので、河名は「おう、いい子だ」と彼女の首筋をトントントンと優しく撫でた。
そして、
「……やっぱいつの間にかいなくなってやがるな」
発案者で元凶ともいえるゴルシの姿はもう既に無い。
「逃げるということは『やばいこと』をした自覚はあるのな。それがあるならいいや。ほら他三人、行くぞ。チケゾーたちはもう帰っていい」
「え、アタシもやるよ!」
「私もやります」
「暇だから素材集めのついでにやってあげるわ」
河名に撫でられてご機嫌になったのもあり、チケゾーとカフェだけでなくスイープも清掃活動に立ち上がる。
河名はそれだけで涙が出る思いだった。
「もうお前らホント好き」
三人をギュッと抱きしめる河名。そのあとでちゃんと反省していたカワカミのことも抱きしめると、抱きしめられた四人は絶好調になった。
なので、
「……ウインディちゃんもやるのだ。別にみんなが抱きしめられてるのが羨ましいからじゃないのだ。反省してるからなのだ」
「私も罪を認めて清掃活動に参加するよ」
ウインディもタキオンも折れた。やはり大好きな人からの抱擁はされたいから。
「うんうん。偉いぞウインディ」
「ふふん、ウインディちゃんは偉いのだ!♡」
「だがタキオン、てめぇはダメだ」
「えぇぇーーー!」
「そもそもお前が変な薬を使わなきゃこんな大事にならなかったんだよ!」
「自業自得ですね」
タキオンだけハグをされなくてやさぐれてしまったものの、終わったあとでちゃんと河名からハグのご褒美を貰った。
因みに逃げたゴルシは翌日河名に『ごめんね♡』というメモ書きと共に、何故かクロマグロを一尾丸ごと彼の住んでいるマンションの部屋の台所に供えていたそう。
読んで頂き本当にありがとうございました!