6月の花嫁。ジューンブライド。
ヨーロッパを中心に古くから伝わる伝承であり、今では日本でもポピュラーなものだ。
日本の場合、この時期は梅雨となるため結婚式をするのに向いているのかなんとも言えないが、結婚する新郎新婦が望むのであれば何ら問題は無いだろう。
『―――永遠の愛を、ここに誓いますか?』
今日、河名は自身の妹の結婚式に参列していた。
妹のお相手は同じ学校で数学を担当している二つ年上の男性。
トレーナー業のこと(主に担当バたちの世話)で実家には久しく帰ってはいなかったが、妹との連絡は比較的まめにしていたし、何ならお相手の男性とも連絡先は交換していたのでまめに妹がどんなことをされると喜ぶかも教えていた。
そうした甲斐あって、この日二人は晴れて結ばれる。
ただ―――
「どっでもぎれいだよぉぉぉぉぉっ!」
チケゾーは感動で泣き、
「あのケーキはいつ食べられるのだ?」
食い気が勝るウインディ、
「いやはや、こういうのもいいねぇ」
本人にそのつもりはなくても怪しげに見えるタキオン、
「私は和装がしたいですね……」
カフェは想像を膨らませ、
「はぁ……わたくしもいつの日か」
カワカミも想像を膨らませ、
「アタシはお姫様抱っこされてたいわ」
スイープも想像の世界へ、
「あのケーキ原価いくらだろうな〜」
最早ゴルシは式なんてどうでもいい様子。
―――河名の大切な教え子ということで、妹はしっかりと無礼講の面々も招待していた。
流石にお呼ばれということでみんなはドリームシリーズの立食パーティーの時みたいにワンピースドレスを着用し、状況が状況なのでいつもの破天荒さは出さないでなんとかおすましは出来ている。
河名としてもみんなならこういう場面でいつものような奇行はしないと思っているが、
「………………」
それより今は自分が泣きそうなのを必死に堪えていた。
4歳下とはいえ、物心ついた時から面倒を見てきたし、兄妹喧嘩も時にはしてきた。
素直で、でも両親に似て時折大胆で、幾度も度肝を抜かれてきた。
そんな妹がこうして結婚したのだから、兄として感動を禁じ得ない。
妹が産まれた時、河名は4歳。まだまだ母親に甘えたい盛りであるのに、責任感の強かった河名は母親に負けないくらいに妹の世話を焼いた。
妹が夜泣きをすれば母よりも先に目を覚ましてあやし、おむつ交換も率先してやり、妹が近所の子に泣かされれば守ってやり、意地悪をした子にも『女のコにそんなことをしてはダメだ』と諭す。するといつの間にか彼の周りには彼を慕う年下の子どもたちがいつも集まっていたし、その都度妹は『お兄ちゃんはあたしのお兄ちゃんなの!』と嫉妬していたほど。
ご近所からは有名な仲良し兄妹。その上で妹の同級生たちからは優しい栗毛の年上の男性として憧れの存在で、妹が中学生の頃はよく妹経由でラブレターを貰っていた。
そんな妹が、大切な家族が、純白のウェディングドレスを身に纏い、今も幸せそうに新郎と微笑み合っている。
しかし泣きはしない。何故なら自分は妹にとってこの世にいるたった一人の兄で、河名家の長男なのだ。加えて男は滅多なことで人前で涙を流してはいけない。そう父親に教わった―――
「うぅっ、ぐぅっ……えぐっ……お嫁に行かないでくれぇ……えぅっ、うぐぅっ」
―――のに涙脆くなった父親は親族席でボロボロに泣き崩れていた。
河名も本当なら親族席なのだが、無礼講のメンバーも招待されたので特別席。
親族席の隣ではあるが、特等席なのには変わらない。
河名は泣くのを必死に堪えつつ、それを紛らわせるように妹とその相手に拍手を送るのだった。
◇
「本当にありがとう、お兄ちゃん。一生の思い出になったよ!」
「僕たちのためにここまでしてくださり、本当にありがとうございます」
結婚式は無事に、そして大いに盛り上がって幕を閉じた。
スペシャルゲストとして招待された無礼講が結婚式の余興としてスペシャルライブを披露したのだ。
先ずはチケゾー、タキオン、ゴルシの三人が『winning the soul』を格好良く歌い上げ、ウインディ、カフェ、スイープ、カワカミの四人が『Special Record!』を披露。
そして最後は河名をセンターにして『ウマぴょい伝説』となり、これには妹たちだけでなく、式場関係者までもサイリウムを振って大盛り上がりとなった。
トレーナーとして渋々『ウマぴょい伝説』を披露させられる機会はあったが、この時ばかりは河名も羞恥心を捨てて完璧に歌い、踊った。
何せ妹からのリクエスト。兄としてはそれを断るなんて出来ないのだ。
「最高の思い出になったなら踊った甲斐があったぜ」
河名がきりりとしたいい顔で妹たちに返せば、チケゾーたちはその後ろでクスクスと可笑しそうに口を押さえる。
何故なら普段自分たちに教えるダンスレッスン以上に本気で自分の肉体を作り上げ、完璧に仕上げてきたのを知っているから。
それなのにシスコン呼ばわりすると怒るのだから、これには河名全肯定ガチラブ勢ウマ娘のカフェですら『鏡を見た方がいいですよ……』と返してしまったほど。
「妹さん、お幸せにね!」
「いつか遊びに行くのだ!」
「同じウマ娘として、何か相談事があれば私たちに言うといい。私たちもいずれは親戚になるのだからね」
「近い将来、今度は私たちがお二人を結婚式にご招待させて頂きます」
「何か力仕事があったら、お気軽にわたくしに言ってくださいまし! タンスでもベッドでもなんでも運びますわ!」
「魔法が必要な時はこのスイーピー様が力を貸してあげるわ!」
「100年後に火星に別荘建てたら二人も招待してやるからな!」
河名の実家に場所を移し、河名家と新郎の家の人だけの打ち上げ会で、無礼講は既に妹からも新郎からも可愛がられている。
これが終われば本当に妹は既に新郎と過ごしているアパートへ帰る予定。
「ところで博一……」
皆が無礼講の面々と交流を深めている中、河名の父が神妙な面持ちで声をかけてくる。その隣には母もいるのだから、河名としては思わず首を傾げた。
「んぁ? なんだよ、二人して?」
河名がそう返せば、父はニヤリと笑う。
いつもからかってくる時の笑顔に河名が身構えると―――
「あれだけ可愛がってた妹に人生のゴールバーを先に通過された気分はどうだ?」
―――なんて言われて、河名は思わず父親の顔面にプッツンオラァしそうになるのをなんとか堪えた。
河名ももういい歳で、両親としては跡取りである息子の結婚がまだなのが気になって仕方ない。
それに年の差があるとは言え、常日頃から見目麗しいウマ娘が側にいるのだから、今の内にいい仲になってしまっていてほしいのだ。
母に至っては無礼講の面々と顔を合わせた時から、彼女たちが息子に思いを寄せていることに気付いているし、息子がそれを迷惑とは思っていないことも把握している。
何せみんなして『はじめまして、お義母様!』なんて言ってくれたのだから、母としては可愛い娘が増えて嬉しいことこの上ない。
なのでこういう席なのもあってさっさと彼女たちの援護をすることにした。河名にとっては崖の上で背中を押されているようなものだが。
「……どうって、別になんとも? 俺は今の生活に満足してるから」
極めて平静を装って返す河名。
こめかみには血管が浮き出ているが、ここで変に声を荒げても相手の思う壺だ。
しかし親には敵わない―――
「でもあなた、無礼講のウマ娘ちゃんたちのこと嫌いじゃないでしょう?」
―――特に母親には。
母のその言葉に河名が言葉を詰まらせれば、父の目がギラリと光る。
「実はお節介だとは思ったんだがな、もうここに婚姻届を用意してあるんだ。ちゃんと人数分貰ってきた。ウマ娘用のやつ」
「…………は?」
父の言葉に河名は心底『お前常識無いの?』と軽蔑混じりの視線をやった。
当然、それを聞き逃しはしない無礼講メンバー。
愛する河名のご両親から送られた絶妙なパス。河名にとってはキラーパスだろうが、この絶好の好機を逃さない。
「と、トレーナーさん! アタシ……うわぁぁん! 恥ずかし過ぎるぅ!」
チケゾーが顔を真っ赤にしながら叫ぶ横で、他のメンバーも期待の眼差しを送っている。
河名は内心舌打ちをしつつ、
「本当にお節介が過ぎる。取り敢えずそれ預かるから寄越せよ」
一先ずは婚姻届を手に入れることを優先した。
チケゾーたちには悪いがこれが必要になるのはまだまだ先だし、自分が預かっておけばあとはどうとでもなる。
河名としてはわざわざ他の人の目がある前で記入するなんて、想像するだけで頭痛がするし、こういうのはもっと覚悟を決めてからにしたいのだ。
しかし、
「……そうやってこの場を切り抜けようったってそうはいかないわよ? ほら、母ちゃんのいる前で全員分書きな」
母という大きな壁がそれを阻む。
「あのさ、母ちゃん……こういうのはもっとこいつらが大人になってからでいいだろう」
「母ちゃんは15で父ちゃんと結婚を決めたわ」
「……今は時代が違うんだ。それにそうやって押し付けるもんじゃないだろ」
「なら本気であなたはこの子たちとの将来を考えているんだね?」
「…………考えてるよ」
河名が苦虫を噛み潰したような表情で返せば、母の顔に白い下弦の月が浮かぶ。
作戦が見事に成功したから。
「そう、母ちゃんは嬉しいよ。男はそうじゃないとね」
バシバシと母は息子の大きくなった背中を叩く。
そして目ではしっかりと息子の教え子たちに、
『言質は取ったわよ』
なんてアイコンタクトを送っていた。
当然、それを確認し河名本人の口から聞いたチケゾーたちは自然と頬が緩み、胸の奥がずきゅんどきゅんしている。
「あはは、良かったね、みんな♪」
河名の妹からそう言われると、チケゾーたちは揃って火照った頬を両手で押さえながらコクリとしおらしく頷いた。
河名は河名で『嵌められた……』と思う。
すると、
「大丈夫。俺もそうだった」
父から心底同情を寄せられ『大丈夫じゃねぇよ』という気持ちを込めて肩に置かれた手を払い退けた。
◇
「…………」
打ち上げ会も終わり、河名はチケゾーたちと共に帰路につく。
今日は日曜日で、明日からまたチケゾーたちは座学があるから。
それにあんなこともあったので、もし泊まってしまえば絶対に両親(特に母)の掛かりによって部屋を一緒にされ、掛かったチケゾーたちの暴走が始まってしまう。
流石にそれは河名にとって社会的生命の危機。なので終わって早々に両親や妹夫婦たちと別れて帰路についた。
幸いメンバーは後部座席で大人しく眠っている。今日は色んなことがあり過ぎて、流石に疲れたようだ。
ただ、
「トレーナーさん。アタシたち、本気だからね?」
助手席に座るチームリーダーであり最初の担当バであるチケゾーは、真剣な眼差しで告白していた。
当然だ。チケゾーにとっては河名は自分の夢を一緒に叶えてくれた最愛の人。
なんだかんだやかましいチケゾーも、ダービーへの気持ちと同じくらい河名のことを真剣に愛している。
「……分かった」
「トレーナーさん」
「お前が卒業するまでは返事はしない」
「……トレーナーさん」
「…………責任は取るよ」
観念したかのように河名が返せば、チケゾーは満開の向日葵のように表情が明るくなった。
それは長い片想いがやっと実ったと言ってもいい瞬間だから。
「トレーナーさん、大好きー!♡」
「うるせぇ」
「いいもん! 大好き、大好き、大好きー!♡」
「はいはい」
結局最後はやかましいチケゾー。
でも河名はとても優しい笑顔を返していた。
因みにチケゾーの告白をバッチリたぬき寝入りをして盗み聞きしており、リーダーとして一番乗りこそ譲ったが、愛のダービーは絶対に譲る気はない他メンバーだった。
読んで頂き本当にありがとうございました!