ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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無礼講の7月

 

 7月を迎えた無礼講。

 いつもならば夏合宿に入っている頃だが、今年はそうではない。

 今日はトレセン学園のオープンキャンパス。

 入学を本格的に考えている未来の新入生たちがこぞってやってくるので、訪れる子たちはみんな真剣な眼差しだ。

 

 そして無礼講は今年、その模擬レースの競争相手に選ばれた。

 当初は学園の顔であるチーム『ナイトスカイ』が相手をするはずだったが、流石にそれでは生徒会としての役割も担うシンボリルドルフやナリタブライアンの負担が大きくなってしまう。

 

 この模擬レースは実際にオープンキャンパスに来たウマ娘の中から挙手制で1レースに無礼講メンバー一人を加えた九名が走るもの。

 本格化前というのもあり、直線のみの1000メートルコースをレース形式であるため、圧倒的強さを誇るナイトスカイが相手では入学する前にその子たちの心をへし折ってしまう恐れがある。

 なので学園側は協議に協議を重ねて無礼講に白羽の矢を立てた。

 彼女たちの中には夏の補習が必要な者もいるため、それを免除する代わりに引き受けてもらう。

 それに流石の無礼講でもレースでは普段の破天荒さは微塵も感じさせないし、吉部トレーナーよりは河名トレーナーの方が年若いウマ娘たちとの接し方に慣れているだろうと判断したからだ。

 

「…………」

『…………』

 

 オープンキャンパスの目玉、模擬レースが始まる。

 始まるのだが、その前に顔合わせ。

 模擬とは言っても、挙手によって選ばれた子たちが先にゲートから出て、その30秒後に無礼講の一人がスタートするという形。

 

 みんなまだ本格化前ではあるが、GⅠ勝利ウマ娘と走れることに期待と興奮を覚えていた。

 なのに、

 

「…………離れろ、お前ら」

『ヤダ(嫌ですわ)!』

 

 なんということでしょう。

 あの気性難であり、誰もが夢見るGⅠという大レースで勝ち星をあげてきた無礼講の面々が、卑しくも『トレーナーはアタシの!』と言わんばかりに河名の側から物理的に離れようとしないではありませんか。

 チケゾーはセミのように河名のお腹に引っ付き、ウインディは左腕に引っ付いては噛み付き、スイープは肩車させ、タキオンは右腕に引っ付き、カフェとカワカミは二人で河名の背中を共有するように左右から引っ付き、ゴルシは何故か河名に首輪を付けさせてそれに繋がるリードを手にしている。

 訪れた入学予定の子たちにとっては刺激が強く、中には狼狽してしまっている子も。

 

「えー、皆さん始めまして。こんにちは。俺はこの意味分からんチーム『無礼講』の担当トレーナー、河名だ。そして君たちの模擬レースは俺の担当バたちと走ってもらう。そのことは事前に聞いているだろうが、何か質問はあるかな?」

 

 もうチケゾーたちを引っぺがすのを諦めて河名が何食わぬ顔で話を進める。

 すると最前列にいる鹿毛のウマ娘が手を挙げた。

 

「はい君、何かな?」

「トレセン学園は婚活学園なんですか?」

「……君はこれを見てそう思う?」

「思います」

「で、婚活学園なら入らないって?」

「いいえ、私も河名トレーナーさんみたいな素敵な、トレーナーさんと出会いたいです!」

「寝言は寝てないと言えないんだよ?」

「だって! 無礼講の皆さんはこんなにも河名トレーナーさんのことが好きじゃないですか! それって、河名トレーナーさんが素敵な方じゃないとあり得ないことですよ!」

 

 鹿毛のウマ娘の力説に周りの子たちもウンウンと頷いている。

 

 ウマ娘という種族は他人の気分や雰囲気を察知する能力に長けており、その能力があるからこそ優しい人間を好む。

 故に社会的に見てもウマ娘が犯罪に手を染めることは無いし、そもそもそういう危険が伴うことに付き合うことは決してない。(事故といったことはどうしてもあるが)

 昔にあったキバ隊やキ兵として生きたウマ娘も歴史上存在するが、それは忠義に従っての行動からである。

 

 そして今目の前にいる河名からは優しい人間が醸し出す雰囲気がいい意味でプンプンしている。

 これはウマ娘や他の動物にしか察知出来ないものだ。

 故にみんな河名という優しい男性を見て目が輝くし、だからこそチケゾーたちは将来河名に惚れることがないようにこうして牽制しているのである。

 河名としてはめまいがするが、ウマ娘たちがそう感じてしまっているならそうなのだろうと思うしかない。

 父という前例を知っているから。

 

「私、アグネスタキオンさんの大ファンなんです! そしてこうして直にお二人を見て確信しました! お二人はお似合いです! だから私もアグネスタキオンさんみたいに素敵なトレーナーさんと出会いたいです! ここ、トレセン学園に入学して!」

 

「君、なかなかの働きだ。言い値で小遣いをやろう」

 

 鹿毛の子にそんなことを言い出すタキオンに河名はノールックで彼女の額へデコピンを打ち込む。

 その痛さに芝の上を陸へ打ち上げられた魚のようにビチビチとのたうち回るタキオン。

 しかし河名の表情は悟りを開いた僧侶のようにとても穏やかであった。

 

「さぁ時間も限られている。最初の相手はウイニングチケットがするぞ。走りたい子はゲートに入ってくれ。走らない子はあっちのゴール地点でレースを見学しててくれな。写真や動画も撮りたいならご自由に」

 

 仕切り直す河名の言葉に一斉に子どもたちは動き出す。

 河名はそれを見て、準備が完了したのを確認してから模擬レースを行うのだった。

 因みにレースが終われば、また無礼講の面々はそれぞれのポジションに戻って河名に引っ付き、今日訪れたウマ娘たちは『いつか自分たちも』と別の夢を抱いたそう。

 

 ―――――――――

 

 本日は七夕。

 無礼講は今日から夏合宿であり、早速ゴルシはかき氷屋台を出して浜辺で荒稼ぎ。

 それでもサマードリームトロフィーの結果がみんな予選敗退ということで、トレーニングへの取り組み方は短期集中型でもかなりいい。

 河名はそんな彼女たちをかき氷を作りながらしっかり確認し、早くもウィンタードリームトロフィーに向けて好スタートを切れたと確信した。

 

 しかし、

 

「そんじゃ食いたい物あったらその都度言え。今日くらいはとやかく言わねぇから」

『やったー!』

 

 河名は今日、夜から合宿所の近所で行われている七夕の日に行う納涼祭にメンバーを連れてきた。

 この日になるとトレセンのウマ娘たちが利用するホテルにレンタル浴衣の店が出張してくるので、そこでチケゾーたちに浴衣を着せ、少しでもリフレッシュさせたいと考えたから。

 

「みんな性格はどうあれ、見た目は可愛かったり、綺麗だったりするから浴衣姿が映えるな」

 

 河名がみんなの浴衣姿を見てしみじみと零す。

 因みに河名も浴衣をレンタルして縦縞しじらで紺色繋ぎの男性用浴衣を着用。帯は薄い黄色。

 

 当然、河名のそのつぶやきを聞き逃すメンバーではない。

 

「えへへ、トレーナーさんに褒められちゃったぁ♡」

 

 頬を両手で押さえ、照れ笑いするチケゾー。

 彼女は赤地に青の縦縞模様の浴衣。所々にあしらわれた白百合の模様が可愛らしい。帯もそれに合わせて黄色で白百合模様の物。

 ただ彼女らしく袖は捲り上げられている。

 

「子分は見る目があるのだ♡ でへへ……♡」

 

 ウインディはうんうんと頷きつつもデレデレした顔が隠せていない。

 彼女の浴衣は黒地で右肩に白で獅子、左膝から右裾に流れるように白で大きな牡丹の花がいくつも刺繍された物。帯は白で黒の唐草模様。

 そして髪飾りに可愛らしい獅子の髪留めでポニーテールにしている。

 

「ふむ……そういう言葉を貰うのは少し……いや、凄く嬉しいものだねぇ♡」

 

 火照る頬を右手で押さえて、嬉しそうに笑みを零すタキオン。

 黄色の浴衣を身に纏い、青と赤の朝顔柄。帯は無地の白。

 手には黄色と白のチェック柄の巾着を持っていて、中には念の為の救急セット(鼻緒擦れした場合に備えてガーゼと消毒液と包帯)が入っている。

 

「トレーナーさんにそう思ってもらえて幸せです♡」

 

 カフェはほんのりと頬を染めてまんざらでもないように前髪を弄った。

 彼女の浴衣はそれとなく訊ねて河名に選んでもらったもの。

 黒地で浴衣にところどころ大きな黄色い菊の柄。帯は白と黒の青海紋柄。

 そして自慢の長い黒髪は一本の三つ編みにし、翠色のべっ甲で出来た髪留めで留めている。

 

「はわぁ、綺麗だなんて……照れてしまいますわぁ♡」

 

 カワカミは幸せいっぱい、胸いっぱいで見事なワンツーで空を切る。

 勝負服と同じのピンク地に緑色の蔓草模様があしらわれた浴衣で、帯は白で桜色の桜模様。

 自慢の長い髪を一本にまとめ、左に垂らすルーズサイドテールで項を見せている。

 

「ま、使い魔ならこの可愛さに気が付いてトーゼンよね!♡」

 

 スイープに至っては上機嫌に胸を張る。

 浴衣は赤と黄のダイヤモンドチェック柄。そして無地の紫の帯。

 いつものようにグランマお手製帽子も被っているが、手には箒ではなく黒い扇子。開くと黒猫の顔が描かれた可愛らしいものだ。

 

「やっぱトレピは見る目があるぜ♡」

 

 最後にゴルシは満足そうに腕を組んで頷いていた。

 彼女は浴衣ではなく真っ赤な甚平。浴衣でも良かったが、ゴルシは実のところ物凄い乙女なので、浴衣姿は将来河名の度肝を抜くために取っておくことにしたそう。

 髪はいつも通りだが、今日は帽子を外して白と青紫の大きなリボンを付けている。

 

「コホン……出店を回るぞ。迷子にならないようにな」

『はーい♡』

 

 こうして無礼講はゴルシとウインディを先頭に二列になって出店を練り歩くことに。

 因みにカフェとタキオンはバッチリと河名の両サイドを確保し、さり気なく腕に抱き着いていた。

 

 ◇

 

「たくさんあって目移りしちゃうなぁ」

「それもそうだけど、こういう屋台の食べ物って高いわよねー」

 

 チケゾーがキョロキョロしている横でスイープが言えば、カワカミが「高くてもいい思い出になりますわ♪」と言い、スイープは「それもそうね」と笑顔を返した。

 

「トレーナー君、それはなんだい?」

「シャーピン。台湾料理で平べったい餃子みたいなもんだな」

「ほう、一口おくれよ」

「ほいさ」

「あむ……ふむふむ。不味くはないが、君の料理の味には遠く及ばないな」

「そうかい」

 

 ぶっきらぼうに河名は返すが、口端はしっかりと上がっている。

 タキオンにとってはどんな巨匠が料理した物でも愛する河名の料理には敵わないのだ。

 

 ◇

 

「ウインディ、綿飴ちょっとちょうだい! アタシのベビーカステラちょっとあげるから!」

「交換するのだ!」

「ではわたくしのリンゴ飴とも一口交換しませんか?」

「当然なのだ!」

 

 あらかた出店を回り、休憩スペースのテーブル席で、買ってきたものをあれもこれもと仲良くシェアするウインディ、スイープ、カワカミの仲良し組。

 一方でチケゾーとカフェはというと、

 

「トレーナーさん、たこ焼き食べなよ! あーん♡」

「サンキュ。あむ」

「トレーナーさん、クレープもどうぞ♡ あーん♡」

「すまぬすまぬ。あむあむ」

 

 河名に甲斐甲斐しく食べさせてご満悦。

 そこへ、

 

「おーい、戻ったぞー!」

「いやはや、興味深いものがあったのでついつい興じてしまったよ♪」

 

 別行動をしていたゴルシとタキオンが戻ってくる。

 二人の手には透明のビニール袋。しかしその中には小さな赤いカニが入っていた。

 当然みんなは興味を引かれ、それはどうしたのかと訊ねる。

 

「カニ釣りってのやってたからとっ捕まえてみたぜ!」

「ザリガニ釣りみたいにやれば案外いけるものだったよ♪」

 

 得意げに二人が言えば、みんなは『へぇ』と声を揃えた。

 

「ゴルシはまあいいが、タキオンはそれどうするんだ?」

 

 河名がカニの行く末を憂いて訊ねると、

 

「当然、君が飼うのさ。私に生き物の世話なんてやってられないからねぇ」

 

 当たり前だろうとばかりに返すので、河名は思わずタキオンにデコピンを食らわせる。

 

「あぅ!? 痛いじゃないか、トレーナー君!」

「お前、軽い気持ちで生き物なんか買うんじゃねぇよ。責任を持てよ、責任を。買うならしっかり飼育することまで考えて買え」

「だからこそ信頼している君に託すんじゃないか!」

「押し付けっていうんだよ、このアホが!」

 

 再度タキオンにデコピンを食らわせる河名。

 するとゴルシが「飼わねぇならアタシが貰っていいか?」と言い出した。

 

「ゴルシはこのカニの飼い方分かるの?」

「おう。飼うつもりで釣って来たからな。テキ屋のおっちゃんにも飼い方教わったし」

「さるかに合戦みたいにいじめたら仕返しされるのだ! 優しく飼うのだ!」

「バカだなウインディ。んなことすっかよ。てかさるかに合戦の場合はさるがさるのくせにアホ過ぎんだよ。アタシがさるだったら最初からおにぎりのおかずとしてカニは茹でて食っちまうぜ。それから柿の木育てて柿を食えばいいんだ。カニの殻もいい肥料になりそうだしな」

「それは可哀想ですわ、ゴルシさん!」

「でもよ、カワカミ。お前は料理されてる魚とか食うだろ。それと同じだろ」

 

 変に説得力のあるゴルシ理論にカワカミは勿論、他のメンバーも思わず唸る。

 河名は『なんでさるかに合戦で哲学的な話になってんだ』と苦笑い。

 

「何にしてもゴルシが飼うならそれでいい。お前なら問題無く飼えるだろ」

「おう♪ しっかりとお世話してやるぜ!」

 

 河名の言葉にゴルシはドンと胸を叩く。

 

「名前は何にするの!?」

「名前を付けるにしてもみんな似てますから、見分けがつかなそうですね」

 

 チケゾーの言葉のあとにカフェがそんなことを言えば、ゴルシは「んなの余裕じゃね?」と返した。

 みんなも『ゴルシなら出来そう』と納得してしまう。

 そして、

 

「名前は取り敢えず、右のやつから、レーベン、キートス、マイティー、マカ、リーチェだな。タキオンのとこはジャスとジェンとメノとヴェルにすっかな」

 

 なんともゴルシらしくさっさと名前を付けてしまった。

 河名は『よくそんなすぐに名前付けられんな……』と感心しつつ、カニたちが元気に育つよう願うのだった。

 その後はいつもの合宿所へ戻り、明日からのトレーニングに備える無礼講であった。




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