ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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無礼講の8月

 

 8月に入り、トレーニングも苛烈になる。

 無礼講も短期集中型だからこそ本格的に夏合宿のトレーニングメニューがハードなものに。

 それでもみんな文句も言わずにメニューをこなすのは、ちゃんとノルマをこなせばご褒美があるからだ。

 

 例えば―――

 

「偉いぞチケゾー。カフェもいい踏み込みだったぞ。よーしよしよしよし」

「んへへへぇ♡」

「幸せです……♡」

 

 頭を撫でてもらえたり、

 

「ウインディお疲れさん。ほら好きなとこ噛め」

「ガブッ♡ ガブガブッ♡」

 

 噛んでも怒られなかったり、

 

「ほらタキオン、エネルギー補給」

「あむっ♡」

 

 おやつを食べさせてもらえたり、

 

「カワプーと主も暑い中よーく頑張ったな。それー」

「きゃあ、最高ですわー♡」

「もっと早く回りなさーい!♡」

 

 お姫様抱っこのままグルグル回ってもらったり、

 

「…………ん」

「おう♡」

 

 言葉を交わさずともドロップキックを受ける準備をしてくれたりと、頑張れるだけの理由がちゃんとある。

 傍から見ればカオスであることは間違いないが、これがチーム『無礼講』であるため誰もツッコミは入れない。寧ろ入れたら負けだし、絡まれたりしたら何が起こるか分からないのである。

 

 ◇

 

 そんなこんなで夏合宿も最終日で、トレーニングメニューも全て終わった。

 河名は今、仕上げとして合宿での皆の成果をノートパソコンに打ち込みながら、満足感に包まれている。

 なんだかんだ言いながら、自分の考えたトレーニングが彼女たちの力になっているのはトレーナーとして純粋に嬉しいから。

 

 河名の口元が思わず緩んでいると、ノックもなしに泊まっている部屋のドアがガチャリと開く。

 

「おーっす、トレーナー! 遊ぼーぜー!」

 

 やって来たのはゴルシ。

 先程も一緒に風呂に入り、みんなが泊まる部屋に連行されそうになったのを「大事な作業があるから勘弁してくれ」とお願いして返してもらった。

 ゴルシと別れてから一時間も立ってないが、いつもなら待てと言われて待つことがないのがゴルシ。故に彼女からすれば十分に我慢した方だろう。

 それに彼女の耳と尻尾は不満を訴えているように見受けられ、河名は仕方ないと思うしかない。

 

「……まだ作業中なんだがな」

「んなの早起きしてやりゃあいいだろ! それよりもアタシらと遊べよー!」

 

 もう十分に待ってやっただろ!とでも言いたげにゴスゴスと背中に軽く頭突きを見舞ってくるゴルシ。

 河名は『まあコイツにしちゃ辛抱した方か』と思い、ノートパソコンを閉じた。

 

「遊ぶって何すんだよ?」

 

 河名がそう訊ねるとゴルシは眩しい笑顔を見せて、

 

「スイカ割りしようぜ!」

 

 なんて言い出した。

 

「夜にやんのかよ……」

「しょうがねぇだろ。昼間はやってる時間なかったんだし」

「他のみんなは?」

「もうやる気で庭で準備してるぜ?」

「だよな。知ってた。分かった、分かりましたよ。行きますよ」

 

 みんなもやる気ならもう誰にも止められない。河名が潔く諦めて立ち上がると、ゴルシは満足そうに頷いて肩に担いで急ぐのだった。

 

 ◇

 

「あ、トレーナーさーん! こっちこっちー!」

「遅いわよ、使い魔!」

「さっさと来るのだー!」

 

 合宿所の裏手にあるちょっとした広場で、チケゾーたちが河名を呼ぶ。

 ブルーシートの上にスイカがズラリと並び、河名は「何個あんだよ」と本音がぽろりと口から零れた。

 

「取り敢えず10個用意しておいたぜ」

「せめて一人1個計算で持ってこいよ……」

「バカヤロー! それじゃ足りねえかもしれねえだろ!?」

 

 なんでやねんと思わずツッコミを入れたくなる河名だったが、そこはツッコミたいのをグッと堪える。入れたら敗北した気持ちになるから。

 

「スイカ割りするのはまあいい。その前にカワプー、ちょっとおいで」

 

 河名に手招きされ、カワカミは「はい!」と元気なお返事と共にちょこちょこと河名の元へ。

 

「地殻変動の恐れがあるから、カワプーはこのスポンジバットを使うこと」

「畏まり〜! ですわ! スポンジだろうとなんだろうと、プリンセスパワーでスイカなんて粉々にして差し上げますわ!」

「やめろ。食うんだから。気合入れるな」

 

 河名がしっかりと釘を刺すと、カワカミは少し残念そうにしながらも「分かりましたわ」と返す。

 実は去年もスイカ割りをし、その際にカワカミはプラスチック製バットで近くにあったそこそこ太い木をなぎ倒したというプリンセスエピソードが。

 その前なんて海岸でやった際に金属バットでやった結果、海が割れた。

 だから今年は河名がこんなこともあろうかとスポンジバットを用意していたのだ。

 そもそもスイカはみんなで食べるのだから、別に割れなくてもいいのである。

 河名としてはスイカ割りなんてしなくても、普通に切って美味しく食べたい……が、それでは面白くないからスイカ割りをするのが無礼講。

 

「んじゃ、さっさとやるか。タキオン、目隠ししろ」

「おやおや、私が最初かい?」

「お前が終わったら変なことしないように拘束しとかないといけないからな」

「そういうことか……まあおんぶならいいだろう♡」

 

 タキオン専用拘束具を見て、タキオンは思わず笑みが深まる。

 暑かろうがなんだろうが、愛する河名と触れ合えるのならば、それはタキオンにとっては喜びでしかないから。

 

 そんなタキオンの思惑なんて露とも知らず、早速タキオンにアイマスクで目隠しをしてバットを握らせる。

 

「……なあ、興が冷めることを言いたくはないのだが、スイカの位置と私の距離は既に把握しているからバットを当てることは容易いんだ。いいのかい、それで?」

「ああ、それなら大丈夫だ。カフェ、頼む」

「はい、分かりました。お願いしますね」

 

 カフェはそう言って虚空に話しかけた。

 するとカフェのお友達がタキオンの感覚を鈍らせる。

 

「おお? これはこれは……実に興味深い。神経に作用しているのかはたまた―――」

 

 霊障なのにも関わらず、タキオンはブツブツと考察し始めた。

 こうなるとタキオンはなかなか戻ってこない。

 

「制限時間過ぎたら失格になっちゃうよ、タキオン!」

「タキオン先輩! 戻ってきてくださいまし!」

 

 チケゾーとカワカミは必死にタキオンへ声をかけるが、タキオンは未だ自身の考察の中。

 なので、

 

「んじゃこのままタキオンは放置で」

 

 河名がそう言えば、ウインディやスイープはコクリと頷いてそそくさと順番でスイカ割りを楽しむことに。

 結局タキオンはみんながスイカ割りをし終えても考察に没頭し、最終的に河名に部屋まで運ばれるのだった。

 因みにスイカはタキオンを除くみんなで美味しく頂き、ちゃんとタキオンの分もチケゾーが残しておいてあげたそう。

 

 ―――――――――

 

 夏合宿が終わり、お馴染みの中央へと戻ってきた無礼講。

 河名はメンバー全員に休養を与え、今日は来月からのスケジュールの確認とトレーニングの微調整をする。

 するはずだったのだが―――

 

「…………なんで仕事させてくれねぇんだよ」

 

 ―――お使いのノートパソコンが起動しない。

 ならば、と手書きでやろうと思ってもシャーペンの芯は新しく入れてもいくらノックしたところで出てこないし、ボールペンも何故かボールが動かずに書けないし、終いには鉛筆すら何本削ってもいざ紙に書こうとすれば芯がこんにゃく並に弱くて折れてしまう。確かに鉛筆には10Hと表記されているのに、だ。

 

「何かカフェのお友達さんが俺に伝えたいことがあるのか?」

 

 虚空に河名がそんな言葉をやれば、ガタガタとトレーナー室に置いてあるあらゆる物が揺れ動き、かと思えばラップ音と共に窓ガラスに真っ黒な手型が無数に現れた。

 

「……慣れちまってる俺も頭どうかしてるけどなぁ」

 

 河名はそうぼやくと、カフェへ電話をする。

 

『もしもし、あなたのカフェです』

「おう、カフェか? 今電話いいか?」

『はい。トレーナーさんのためならいくらでも』

「いや長話をするつもりはないんだ。急で本当に悪いんだけどな、みんなを学園の校門前に呼んでくれね?」

『分かりました』

「おう、ありがとな。それじゃあとで」

『はい』

 

 電話を切り、もう一度窓を確認する河名。

 しかしそこにはもう何も写っておらず、窓からは綺麗な青空が見えていた。

 

「にしても、力技にも程があんだろ……マジで……」

 

 わざわざカフェのお友達が河名に行った霊障……それは『みんなとすごせ』であった。先程まで窓には手型でそう書かれていた。

 河名は小さくため息を零し、校門前へと向かうのだった。

 

 ◇

 

 そして河名がみんなを連れて来たのは商店街に昔からある焼き鳥屋。

 

 特にこれと言って行く場所も無く、商店街ならみんな何かしら興味が湧く物があるだろうと来たのだが、お昼前なのもあってみんなお腹を空かせていたのか、焼き鳥を焼く匂いに見事に釣られたのだ。

 

 ここの焼き鳥屋は串だけでなく、焼き鳥丼やランチ限定で焼き鳥定食もあり、昼も多くの人が利用する。

 

「こんにちは。席空いてますか?」

「らっしゃーい! 無礼講八名様! 席へどうぞー!」

 

 店先で焼き鳥を焼いている店主が威勢良く言えば、アルバイトの女性店員が席へ案内する。

 案内されたのは一番奥のお座敷。みんなが一緒に座れるとなるとこうなるが、問題は各々が座る位置である。

 

「使い魔はアタシの隣に座りなさい!」

「ウインディちゃんとスイープの間に座るのだ!」

「トレーナー君、分かっているだろうが、君は私の隣だ。今日は研究するのもキャンセルして君に付き合ってあげているのだからね。ならば君は私をもてなす義務があるだろう?」

 

 当然、河名が座る場所は既にウインディ、タキオン、スイープの隣のどれか。タキオンに至っては誘ってくれたことがとても嬉しかったが、それは乙女の秘密。

 一方三人からの命令を聞いた河名はカワカミにアイコンタクトを送る。

 そうすればタキオンはカワカミの小脇に抱えられた。

 

「何をするんだ、カワカミ君?」

「トレーナーさんを困らせてはいけませんわ、タキオン先輩」

 

 カワカミはそう返すと、ウインディとスイープの間に座る河名の正面にタキオンを座らせる。

 こうすればタキオンは少々要望と違うが、河名に食べさせてもらうことは可能なので渋々ながらも了承するのだ。

 

 そしてみんなはメニュー表を眺めて食べたい物をそれぞれ注文していく。

 ももや皮、つくねに砂肝と定番メニューを頼む一方、

 

「おねーさーん! ぼんじりとふりそで二本ずつくださーい! 塩で!」

「せせりとやげんを塩で二本ずつください」

「ちょうちんと油つぼとあいだ! タレで三本ずつオナシャース!」

 

 チケゾー、カフェ、ゴルシは専門店ならではのメニューをチョイス。

 

 チケゾーが頼んだぼんじりとふりそで。

 ぼんじりは今では有名な鶏のお尻の骨周りに付いている三角形の肉のことだが、ふりそでは鶏の胸と手羽先の間の部位。さっぱりとしながらも、脂のうま味がしっかりしていて食感は弾力があり、適度な歯ごたえ。

 

 カフェが頼んだせせりは鶏の首肉。鶏の首は筋肉質のため、弾力のある食感が楽しめるのでカフェの好み。

 一方やげんは鶏の胸の軟骨。三角形のような形をしており、ひざの軟骨に比べて肉が付いていて、肉の部分は柔らかく、軟骨の部分はコリコリとしており、二つの食感を楽しむことが出来るのでカフェは普通の軟骨よりも好きなのだ。

 

 そしてゴルシが頼んだちょうちん、油つぼ、あいだ。

 ちょうちんとは鶏の卵巣と輸卵管(ひも)、卵黄(きんかん)の部位で、成熟していない卵黄と卵黄がつながっているひも(卵巣と輸卵管)の焼き鳥だ。見た目が非常に個性的で、卵黄のクリーミーさと卵巣と輸卵管のあっさりとした味わいが楽しめる一品。

 油つぼは鶏の尾のつけ根の脂を溜める部位でオイルキャップとも呼ばれる。ぼんじりの付け根にあたるが、ぼんじりよりも濃厚なうま味が魅力で、癖のある味わいとしっかりとした歯ごたえが楽しめるのだ。

 あいだは鶏の動脈で心臓(ハツ)と肝臓(レバー)のつなぎ目。味はあっさり。咀嚼回数が必要な独特な食感が特徴的。脂がのっているので噛むとジュワッとしたうま味が口に広がり、ハマる人はハマる部位である。

 

 その他にもここではマシュマロ串や焼き餅串といった変わり種もあるので、みんなはその美味しさに舌鼓を打った。

 

「使い魔!」

「はい」

「子分!」

「ほい」

「トレーナー君」

「チッ……ほら」

「どうして私の時だけ舌打ちをする?」

「気のせいだ。いいからはよ食え」

 

 素早い手捌きでスイープ、ウインディ、タキオンに言われるがまま焼き鳥を食べさせている。

 

「美味しいー!」

「ご飯が進みますわー!」

「ねーちゃん! 焼き鳥丼追加でー!」

 

 一方でチケゾー、カワカミ、ゴルシに至っては焼き鳥をこれでもかと堪能中。その証拠にカワカミとゴルシの腹は既に少しぽっこりしていた。

 

 そして、

 

「はい、トレーナーさん♡」

「サンキュ、カフェ。あむ」

「今度は何が食べたいですか?♡」

 

 カフェは甲斐甲斐しく河名へ焼き鳥を食べさせている。因みにカフェが座るのはタキオンの隣で、河名から見れば左寄り。

 当然、二人が仲睦まじくしていれば、

 

「使い魔ッ!」

「子分ッ!」

「愛玩動物(モルモット)君ッ!」

 

 スイープたちも負けん気を発揮して二人だけの世界にさせないようにする。

 河名としてはこうした状況には慣れているので相変わらず涼しい顔をして三人に食べさせつつ、カフェから食べさせてもらっていた。

 チケゾーたちはそんな河名を見て、『トレーナーさん(トレピ)は凄い』と感心するばかりで助けはしなかったそう。

 

 その後も河名は三人の世話を焼きつつ、カフェに世話を焼いてもらい、チケゾーたちとも雑談をしながらいつもよりも比較的穏やかな時間を過ごすのだった。




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