ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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無礼講の9月

 

 9月に入り、夏の暑さも少しずつ和らいできた。

 トレセン学園は本日、秋の大運動会のため学園内はいつも以上に賑やかである。

 無礼講に所属する面々も自身のクラスに貢献するため、あのタキオンでさえサボらずに参加してた。

 そして今は保護者競技ならぬトレーナー競技の真っ最中。

 

 トレーナー競技とはその名の通り、トレセン学園に所属しているトレーナーたちが行う競技。

 ちゃんとした理由がない以上は必ず参加しなくてはいけないが、いくつかの種目の中から一つでも参加すればいいのでトレーナー陣も『これなら』と各自しっかりと参加する。

 ただ、

 

『さぁ、今年も始まります! 血湧き肉踊る漢と乙女の熱き一本勝負! ウマ娘VSトレーナー陣たちによる綱引き勝負です!』

 

 これの綱引きだけは多くの男性トレーナーが参加するのだ。

 理由は学園側がトレーナー陣たちに用意する特別手当……つまり賞金がお目当て。

 普通の成人男性が束になろうと一人のウマ娘に力で勝つことなど無理に等しい。

 しかしそれでもなおこの種目に参加して勝つことが出来れば、現金20万円が参加したトレーナー陣全員に後日贈呈される。

 それでも長いトレセン学園の歴史の中で男性トレーナーたちが勝ったことは一度もない。

 学園側もそう簡単にトレーナー陣が勝てないようにしているのも勿論だが、競技者として参加するウマ娘たちにも勝てばご褒美があるのだ。

 今年、秋川理事長が参加するウマ娘側にご褒美として発表しているのは三ツ星ホテルのバイキング券。しかも貸し切りとくれば参加するウマ娘たちも負けられない。

 ただ某芦毛の怪物や某日本総大将等々の参加は固く禁じられている。何故なら三ツ星ホテル側が再起に時間を要する上、三ツ星ホテル側も大変心苦しく思いながらそういった子たちが参加しないことを条件に秋川理事長と取引したからだ。

 なのでハラヘリキャップやハラヘリウィーク、ハラヘリシャトルといった面々はグラウンドの横で絶望感を漂わせて地面にのの字を書いている。

 因みにウマ娘側は理事長のくじ引き抽選にて5名が選出され、男性トレーナー側は今年は最多の40名が参加。

 パッと見れば男性トレーナーたちの方が有利に見えるだろう。

 しかし考えてもみてほしい―――

 

『それではウマ娘代表で参加するメンバーの発表です! 力こそパワー! 3度の飯よりプロテイン! ゼッケン番号1番! メジロの筋肉担当、メジロライアン!』

 

 司会の紹介と共にグラウンドに颯爽と現れるメジロライアンに黄色い声援が飛ぶ。

 

『続いて2番! 見た目は柴犬! パワーは土佐犬! 可愛いお顔に惑わされるな! サクラチヨノオー!』

 

 紹介に恥ずかしそうにしながらも力士の土俵入りみたいに、塩を撒いてからグラウンド入りするサクラチヨノオー。

 

『続きまして3番! 学園切っての破壊神! 彼女に破壊された備品たちは皆同じことを思っていることでしょう! てめぇの血は何色だー!? タニノギムレット!』

 

 登場と共に早速柵を蹴り破って現れるタニノギムレットに悲鳴と声援が入り乱れる。

 

『そして4番! 美味しい食材を求めて三千里! その身につけた力を遺憾なく発揮しろ! ヒシアケボノー!』

 

 紹介と共に両手を高く挙げて振りながら、どしんどしんとグラウンド入りするヒシアケボノ。

 

『最後の5番! 清く! 華麗に! 美しく! プリンセスパワーが今年は炸裂するぞ! カワカミィィィプリンセェェェス!!!!!』

 

 まるで格闘技の入場シーンさながらな巻き舌紹介と共に、グラウンドに舞い降りたラスボスことカワカミプリンセス。

 

 ―――このメンバーを前に誰が勝てると思えるだろうか。誰もいないだろう。

 その証拠にトレーナーたちの顔からは既に悲壮感や絶望感がありありと浮かんでいるのだから。

 今年の臨時収入も無理だったよ★

 なんてみんな思っていることだろう。

 ただ一人を除いて―――

 

「っしゃー! かかってこいやー!」

 

 ―――河名トレーナーだけはやる気に燃えていた。

 別に彼は今、タキオンの試験薬によってドーピングをしていたり、キマってしまっている訳ではない。

 安心な笹針治療を受けて一時的に力とテンションが物凄く上がっているだけ。

 河名としては同額の給料である同僚たちより仕事量が多いため、こういった臨時収入は是が非でも欲しいのだ。そのために今回は悪魔にも魂を売ったのだから、彼の決意の程が分かるだろう。

 

『それでは参加者の皆様! それぞれ綱を持ってスタンバイしてください! スタートのホイッスルが吹かれましたら、一斉に綱を引いてくださいね!』

 

 河名は司会者の言葉を聞きながら、一番後方で胴に綱を巻きつけ、抱えるようにしながら呼吸を整える。

 彼にはしっかりと勝利のビジョンが見えているのだ。

 カワカミたちには悪いと思いつつも、これは漢と乙女の真剣勝負。手を抜いたらいけない。寧ろ真っ向勝負をするからこそ手は抜けないし、勝つためなら手段なんて選んでられない。それが大人というものだ。

 

 ウマ娘の血を受け継ぎ、笹針パワーでいつも以上に強くなった自分が最後方で踏ん張れば、流石のカワカミでも苦戦するはず。

 そして一瞬の力とは持久力が無い諸刃の剣であり、それを超越している今の自分に死角はないのだ。

 いける。この勝負に勝って臨時収入を得て、これまでの歴史に仲間たちと名を刻むのだ。

 

 ピィィィィィッ!

 

 運命のホイッスルが鳴り響く。

 河名は全身全霊で力を込め、腰を低くし、相手側の一瞬の力が尽きるのを待つ。

 それさえ乗り越えれば、勝負はもうこちら側で決まりだ。

 勝った時の歓声がもう既に脳内で巻き起こっている。

 思いの外、地に足がついていないように、ふわふわとした心地良さまで感じられた―――

 

『決まりました! やはりウマ娘の方が強かった! トレーナー陣の惨敗です!』

 

 ―――河名はとてもいい顔で宙を舞い、カワカミに華麗にキャッチされていた。

 そう。河名の力なんて、カワカミからすればなんとも容易いこと。ペットボトルのキャップを開けるくらい楽勝なのである。

 故に彼がどんなに万全だろうが、姫の力の前には無力であり、一気に引き寄せられた反動で白目を剥き、意識を手放した。

 彼の妄想は砂で出来た城のように儚い夢であったのだ。

 そして飛んできた河名を見事にキャッチしたカワカミは、まるで河名本人が勝利品かのように大切に抱え、みんなの歓声の中うっとりとしながら白目を剥く王子様をお姫様抱っこのまま保健室へと運んであげるのだった。

 

『きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』

「尊みの権化ぇぇぇぇぇぇっ♡」

 

 それを見ていた観客たちは本日一番の黄色い声をあげて見送ったそう。一部変な声が混じっているが、誰もそこにはツッコまない。

 

 ◇

 

「…………負けたのか」

 

 目を覚ました河名は保健室の白い天井を見るなり、現実を受入れる。

 

「目が覚めましたね、トレーナーさん!」

 

 横ではカワカミが満面の笑みで河名の回復を喜んでいた。

 

「俺はどれくらい寝てたんだ?」

「もう閉会式が始まりますわ!」

「マジか。悪魔にも力を借りたから今まで寝ちまったんだな……」

 

 河名のつぶやきにカワカミが小首を傾げれば、河名は「こっちの話だ」と返して、それを誤魔化すようにカワカミの頬を撫でる。

 

「俺が寝ててもちゃんと種目には参加したんだよな?」

「しましたわ! 棒倒しも、大玉転がしも、玉入れ競争もバッチリ勝ちましてよ!」

「……怪我人出てねぇよな?」

「いませんわ!」

「なら良かった……ん、てか閉会式ってことはもう終わりなんだな?」

「はい。トレーナーさんには悪いことをしてしまいましたわ……」

 

 河名は心底ホッとしつつ、カワカミを手招きした。

 カワカミがキョトンとしながらも河名の側に近寄ると、河名は優しく彼女を抱き寄せる。

 

「と、トレーナーさん!? どどど、どうしたんですか!?」

「ありがとうな、カワカミ」

「い、いえ……わたくしは何も……」

 

 側にいてくれたことに対する感謝にカワカミは顔を真っ赤にしつつ、端なくも蕩けた表情で言葉を返した。

 寧ろカワカミとしてはやり過ぎて怒られると思っていたので、まさか大好きな河名から抱きしめてもらえるなんて、と夢見心地。

 

 しかし河名の感謝とカワカミの解釈はズレている。

 河名が彼女へ感謝し、思わず抱きしめてしまった理由。

 それは気絶していたお陰でやりたくもない『トレーナーズラン』を走ることなく終えられた。

 これがこの上なく嬉しい。故の感謝のハグであった。

 しかしこのお互いの思い違いは三女神しか知らない。

 

 ◇

 

 大運動会が終わり、生徒たちはクラスでの打ち上げやチームの打ち上げに向かう。

 無礼講メンバーもクラスでの打ち上げに顔を出した後、河名が待つ彼が契約するマンションへと集結した。

 今回、運良く『トレーナーズラン』を回避出来た河名がその嬉しさのあまり、メンバーに「うちで打ち上げするか。何なら外泊届も出してこい」なんて言ってしまえば、みんなその気で河名に言われた集合時間よりも早くに集まる。

 

「みんなちゃんと外泊届出してきた?」

 

 リーダーであるチケゾーの問いに、みんなは揃って頷いて見せた。

 みんなの手にはお泊まりセットは勿論だが、夜更かししても怒られないからと思い思いの物を持っている。

 ただ、あいにく河名はまだ買い出しから帰ってきていないので、玄関フロアの自動ドアを開けるパスワードは知っているが、部屋の前で待っている状態。

 しかし、

 

「んじゃ邪魔すっか♪」

 

 ゴルシの手に掛かれば鍵なんてその意味をなさない。

 どうして普通に開けられるの?と思われるだろうが、みんなは日常茶飯事なので何も思わずに中へ突入。

 

 河名が契約するマンションの部屋は、たまに両親や妹夫婦が泊まりに来たりもするので3LDK。

 寝室、客間、仕事部屋として使っていて仕事部屋はカオスだが、他の部屋は定期的に掃除も整理整頓もしているので清潔感がある。

 みんな何度も訪れているので、我が家のようにソファーに座ったり、冷蔵庫を開けて飲み物を貰ったりしている。

 

「あ、また写真増えてる!」

 

 チケゾーがそう言うと、みんなもチケゾーの周りに集まった。

 河名はリビングルームの壁にメンバーたちの写真を入れた額縁を飾っている。

 今回は新しく七夕の時と夏合宿が終わった時の集合写真が飾られていた。

 

「ここを見るとアイツがアタシたちのこと好き過ぎるのが分かって嬉しいわよね♡」

 

 スイープがそう言えば、みんなもうんうんと同意する。

 

「子分はウインディちゃんが好き過ぎて困るのだ♡」

「写真をこうして飾ってくれるのは悪い気はしないねぇ♡」

「思い出を大切にしてもらえていると実感します♡」

 

 ウインディ、タキオン、カフェも満足そうに火照った頬を擦った。

 

「これからも色んな写真が増えて欲しいですわ!♡」

「ま、楽しい出来事しかアイツには起こらねぇからな♪」

「みんなで楽しい思い出写真でいっぱいにしてあげようね!」

 

 みんなでそんな決意を新たにしていると、部屋主である河名が帰ってくる。

 それをみんなで出迎え、料理をせがみ、構ってもらい、また最高の思い出を増やすのだった。




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