天使しかいない?
実に勿体ない
君みたいに才能ある人が何故
もっと将来のことを考えた方が
男は人々からそんなことを良く言われてきた。
しかしそんなことを言われても、男は一度抱いた自分の夢を諦めなかった。
たった一度の人生。たった一度しかないのなら、本当にやりたいことをやれる人生を歩みたい。
そうして一人の男は、持ち前の才能を活かし、若くしてアスリートウマ娘のトレーナーとして、中央トレセン学園の狭き門をくぐり抜けた。
◇
トレセン学園には校舎とは別に、その敷地内に在籍するトレーナーたちが過ごす棟がある。
彼らは基本的にトレーナー棟と呼ばれるところに個々で一室を貰い、そこで担当ウマ娘たちのトレーニング構想やスケジュール管理、レース研究といった仕事を行うのだ。
「…………」
デスクトップパソコンに黙々とデータ入力している男、田添文洋(たぞえ ふみひろ)もその一人。
耳まで覆うほどの長めの黒髪を全体的にハードワックスで粗めに後ろへ流し、左の前髪はワンポイントのオシャレとして眉に掛かる程度にふわりと垂らし、襟足は長め。
身長はタイキシャトルと同じで、体型はスマートだがベンチプレス60キロを難なく持ち上げることが出来る程度の力を持つ。
濃過ぎず薄過ぎずあっさりとした印象を受けるケチャップ顔の美丈夫で、いつも身嗜みに気を使う清潔感溢れる爽やか系。
勤務時の服装はパーカーだったり、カジュアルシャツだったりで基本的に普段着を着用していて自由。流石にちゃんとした場面ではスーツを着用するが、基本はメディアの前でも楽な服装でいることが多い。
年齢は25で、トレセン学園には22歳の頃から在籍し、研修期間は吉部トレーナーに頼み込んで面倒を見てもらった。
仕事になると自分のことそっちのけで没頭する根っからの生真面目タイプ。しかし吉部からオンオフの切り替えを教えてもらい、当初の堅苦しさは無くなった。
田添の実家は代々医者の家系であり、父はスポーツ医学の権威者。なので彼も医学の道に進むだろうと周りの誰もが思い、加えて彼の優秀さに両親も親戚たちも明るい未来を描いていた。
しかし彼は周りの予想に反して医者の道に進まなかった。
◆
田添は幼い頃から父の趣味であるウマ娘レースを見て育ったのもあり、プロアマ問わずウマ娘レースが好きだった。
だから医師になるならウマ娘専門の医師になるつもりで、父と同じ医科大学付属の高校に進学していた。
そんな高校二年生の夏休みを過ごしていた頃。
その日はURAが開くウマ娘レースの観戦を家族ですることになった。
夏なので大きなレースではないものの、来ている観客たちは期待に胸を踊らせて、パドックに出てくる出走するウマ娘たちを眺め、声援を送っていた。
すると田添は一人のウマ娘に違和感を覚える。
一見すればなんともない。寧ろ調子は良く見えるが、田添にとってはそうは見えなかった。
なので父に感じたままを話す。
父も息子がなんの根拠もなくそんなことを言う子だと思わなかったので、レース場の医療班に名刺を見せ、息子が違和感を感じたウマ娘を検査してもらうことにした。
その結果、彼女は右脚の大腿骨がほんの僅かだが疲労によって不全骨折していることが分かった。
本当に些細なヒビで、痛みもないため本人すらも気がついてなかった。なので検査結果を知った彼女もそのトレーナーも、医療班ですら驚いた。
同時に直前でレースを棄権することになったのは残念だが、大怪我にならずに済んだことを二人は知らせてくれた父にとても感謝し、医療班も流石名医と称える。
しかし父は毅然とした態度でそれを最初に見抜いたのは息子だと明かした。
それから田添はそのトレーナーとウマ娘と交流するようになり、ある日トレーナーからこんなことを言われた―――
『君みたいないい眼を持つ人がトレーナーになれば、大怪我するウマ娘が減るだろうな』
―――と。
田添はそのトレーナーからの言葉にこう思うようになった―――
このままだと自分は故障したウマ娘を救う側になるが、トレーナーになればそもそも故障する前に救える側になれるかもしれない
―――その頃から田添はトレーナーになりたいと決断したのだ。
当然周りは彼の夢に驚いた。
驚いたが、家族は誰も反対しなかったし、幸い父の跡は2つ下の弟が継いでくれる。
弟も『兄貴なら出来るよ』と背中を押してくれた。
◇
そうして医大に進み、卒業して保健師資格を取得。また按摩マッサージ指圧と理学療法といった分野も別で技能を取得し、アスリートウマ娘のトレーナーとなり、研修期間を終えた田添が自身にも担当を持てることになった時、彼は意気揚々と選抜レースを見学しに向かい、そこで運命のウマ娘と出会った。
そのウマ娘の名は―――
「トレーナー! みんなで駅前に新しく出来たカフェに行くんだけど、トレーナーも行くでしょ? 行くよね? だから迎えに来てあげたよー!」
「そんなこと言って、本当は奢って欲しいんだろう? それよりもノックはしような」
「えへへ、ごめんね……それで、ダメぇ?」
「……相変わらずだな、テイオー」
―――トウカイテイオー。
吉部トレーナーの担当バである皇帝シンボリルドルフに強い憧れを抱き、彼女もまた吉部トレーナーの元へ行くと誰もが考えた。
しかしそんなトウカイテイオーを口説き落としたのが、吉部トレーナーにお世話になった田添だった。
トウカイテイオー本人も最初は田添の誘いを断っていたのだが、田添から『皇帝を越える帝王になりたくないか?』と問われ、
『キミなら出来るの?』
と彼女が訊ねれば田添は、
『伝説を作ろう』
と返した。
そしてトウカイテイオーは田添の手を取ったのである。
しかし彼らのトゥインクルシリーズの三年間は波乱に満ちていた。
皐月賞、日本ダービーまでは順調だったものの、骨折により菊花賞は断念せざるを得なかった。復帰戦は圧勝したものの、天皇賞春ではメジロの至宝メジロマックイーンに初黒星を喫し、後に骨折も見つかり、また療養生活を余儀なくされる。
復帰戦となった天皇賞秋では初の掲示板外となったものの、続くジャパンカップは見事に勝利。しかし二度の骨折の影響もあり、その後の有馬記念では11着という惨敗に加えて腰を怪我した。
宝塚記念を復帰戦にしようと調整していたものの、復帰戦を前に骨折。引退の二文字が巷で囁かれる。
田添の眼を持ってしてでも彼女の怪我は防げなかったし、その事実に田添自身も『何が故障する前に救える側だ』と自虐的になった。
しかしここで自分が腐ってる場合ではないと、己を奮い立たせ、一番辛い思いをしているテイオーに時には強く反発されながらも、根気強く彼女に寄り添い、諦めなかった。
入念に準備を続け、約一年間のブランクを経て復帰したトウカイテイオー。
その復帰戦は夢の大レース有馬記念で、彼女はその有馬記念を見事に制し、奇跡の復活を果たしたのだ。
田添が最初に言ったように、本当に伝説を残し、皇帝を越える帝王だと人々に称えられ、その年のURA賞特別賞を受賞したのである。そして今でも長期休養明けGⅠ勝利の最長記録は破られていない。
彼女が夢を諦めなかったのは田添の献身的なサポートも大きいが、チームにいるメンバーたちの支えもあったから。
今はドリームシリーズでメンバーたちや他の強豪チームと鎬を削り、今も尚伝説をファンに見せている。
チーム名は『ジャイアントキリング』。
絶対的皇帝を越えるであろう帝王がいるのだから、と田添が自信を持ってそう名付けた。
チームリーダーは勿論、トウカイテイオー彼女である。
◇
「みんなー、お待たせー!」
「待たせたな、みんな」
テイオーに手を引かれ、田添はメンバーが待つ校門前へやってきた。
田添たちの声に気がついたメンバーは揃ってぱぁっと表情を輝かせて駆け寄ってくる。
「トレーナー! 遅いぞー! ターボいっぱい待ってたんだからな!」
「悪かったなター坊」
「坊じゃない! ターボ! むぅ、ナデナデされても騙されないぞ!」
「優しいターボは許してくれると信じてる」
「そうだぞ! ターボは優しいから許して……あれ? 許してあげるんだぞ?」
「うんうん。ありがとう、ターボ」
「うん♪」
いの一番にやってきて猛抗議し、上手いこと言い包められたのは、テイオーの次に担当契約を交わしたツインターボ。
大逃げで多くのファンを魅了するものの、GⅠレースという大舞台には届かなった。
しかし多くのファンと彼女の努力によりドリームシリーズの進出は叶ったため、今度はドリームシリーズでの活躍を田添と共に夢見ている。
田添には凄く懐いており、みんなで彼のお嫁さんになるのが最終的な夢だったり。
「トレーナーさん、お仕事の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。いつも気遣いありがとう」
「トレーナーさんのことですから、当然です!」
「ありがとう、フラワー」
田添にお礼を言われて屈託無い笑みを浮かべるのは、ターボの次に担当契約を交わしたニシノフラワー。
飛び級でトレセン学園にやってきて、心と身体の成長による戸惑いや、周りとの体格差に悩んでいた。
大好きな両親のため、早くみんなに認められたい。そんな気持ちの焦りから解きほぐしてくれたのが田添だった。
ちゃんと自分を子ども扱いせず、長所を磨いてくれた。
そんな彼のことを幼いながらも心から真っ直ぐに愛する小さき乙女。
「トレーナーちゃん、おっそーい! 楽しい時間はすぐに過ぎちゃうんだから、勿体ないよー!」
「その分、楽しませてあげるから……俺を信じて、マヤ」
「〜……トレーナーちゃん、ズルいよぉ♡」
田添に優しく頭を撫でられ、爽やか笑顔を向けられれば、すぐに胸がずきゅんどきゅんするのは四人目である担当バ、マヤノトップガン。
何をやらせても難なくこなす天才肌のウマ娘。しかしそのためかすぐに飽きて長続きしない。
田添と出会い、ライバルたちとの激走の末、今では何事にも根気強く向き合うようになった。
しかしそれも全ては、愛する田添に自分を大人の女として意識してもらうため。
「トレーナー、アタシも! アタシも構ってよー!」
「はいはい。いい子いい子」
「んふふ〜、マーベラース♪」
「甘えん坊だな、相変わらず」
田添に構って攻撃を仕掛けたのは五人目の担当バ、マーベラスサンデー。
何事にも前向きで、たまに謎発言をして周りを困惑させることも多いが、とにかくメンバーを引っ張るムードメーカー。
田添に構ってもらえないと突進してくるが、それもこれも愛するが故。
「トレーナーも一緒だー! 嬉しいなー!」
「俺も嬉しいよ。好きなの食べていいからな」
「わぁーい♪ トレーナーだいすきー!」
「ああ、俺もだよ、ウララ」
両手を広げ、その場でくるくると回って喜びを表現するのは、六人目の担当バであるハルウララ。
負け続けても明るく笑い、数多くのファンの心を虜にした。
勝てはしなかったが有馬記念にも出走し、多くのファンに夢と感動を与え、その功績が認められてドリームシリーズの切符を手にした。
田添への恋心を自覚し、いつも素直に自分なりに表現している。
「着いたら一緒に写真撮ろうね♪」
「またウマスタに投稿するのか?」
「勿論♪ でもぉ、ウマスタはついでで、本当のとこはお兄ちゃんとツーショット撮りたいだけなの♪ いいでしょー、お兄ちゃーん?♪」
「ああ、カレンがそうしたいなら、俺はいいよ」
ウマ娘専用スマートフォン、ウマホを片手に可愛らしくおねだりするのはチームに一番最後に加入したカレンチャン。
幼い頃に迷子になっていたのを当時中学生の田添に助けてもらい、それからずっと片思いしている。
テイオーのトレーナーとしてメディアに取り上げられたことで長年探していた初恋の田添を見つけ、添い遂げるためにトレセン学園へ編入した猛者。
今ではすっかりスプリンターとして名を馳せ、田添の正妻枠をガッチリキープする強かな子。
「それじゃ行こうか、みんな」
『おー♪』
「よーし! テイオー様についてこーい!」
「それターボのセリフだぞー!」
こうしてテイオーとターボを先頭に、みんなは目的のカフェへと向かうのだった。
◇
テイオーたちが田添を連れてきたのは、なんともファンシーな内装が目立つ若い女性をターゲットにしているであろうカフェ。
おとぎ話に登場するお菓子の家をモチーフにしているらしく、テーブルは丸いクッキーを模したもので、椅子やソファーは板チョコデザイン。
店内にある小物もお菓子を模しているものが多く、全体的にパステルカラーで彩られており、テイオーたちは目がキラキラと輝いている。
「本日は当店に来店してくださいまして、心より感謝します! 私、田添様の大ファンでして、よろしければお店のブログに『ジャイアントキリング』の皆様のお写真をアップしてもいいでしょうか?」
「ありがとうございます。みんなが了承するのであれば、自分は構いませんよ」
興奮気味で訊ねてくるオーナーの綺麗め中年女性に田添は笑顔で対応をしつつ、テイオーたちに訊ねれば、テイオーたちは写真撮影とその掲載を了承する。
しかしその笑顔は少し……いや、かなりどす黒い。主にテイオー、マヤノ、カレンの三人は特に。
何故ならオーナーが大人の女性で、愛する田添に握手をねだって、卑しくも媚を売ってきているから。それでいて未だに手を離そうとしないし、握手してからずっと彼の手の甲を反対の手で撫でている。
しかしそれも仕方ないことだ。
田添は今や非公式ながらファンクラブまであるイケメントレーナーの一人で、男でも一目置いてしまう程とくれば、そうなってしまうのも無理はないのだ。
テイオーたちにとっては田添が人気なのは嬉しいが、あり過ぎるので不安なのである。
「みんな、好きなの頼んでいいからな」
「お代はサービスさせて頂きますね♪」
「それはいけませんよ、オーナーさん」
「しかしお写真を掲載させてくださいますのに、何もしないというのは……」
「では飛び切り美味しく作ってください。この子たちが喜んでくれるのが一番ですので」
爽やかな笑顔で田添がオーナーに告げれば、オーナーは「まあ……」と田添の言葉に胸がキュンとする。
なのでオーナーは物凄い気迫で厨房へ向かい、スタッフたちに檄を飛ばした。
「トレーナー、サービスしてもらった方が良かったんじゃない?」
「量を多めにしてくれるとかのおまけなら、その厚意に甘えたさ。でもあの感じは会計で安くしたり、下手をすると無料にする感じだった。それはダメだ。そういったおまけをすればテイオーたちはなんでもしてくれる、なんて解釈に繋がる可能性も0じゃないからな」
「もぅ、トレーナーは真面目だなぁ」
「サービスするからデートしてなんて言われたら、テイオーはどうする?」
「え、しないに決まってるじゃん!」
「ならなんでサービスを受けた? 他の店でもそういうサービスは受けてるのに、なんでうちではダメなんだ? デートくらい減るもんじゃないだろ。学園に抗議させてもらうってなったら?」
「飛躍し過ぎだよー!」
「世の中そうなる可能性だってあるってことだ。だからお金に関しては相手からの厚意でも断らないとダメだ。何より、テイオーたちにそういう万が一があってほしくないから言ってるんだ。分かってくれるよな? 勿論、俺やメンバー、友達同士での奢る奢らないの場合はとやかく言わないから」
「……うん♡」
田添に頭を撫でられながら真剣な眼差しと低音激優甘ボイスで鼓膜を撫でられてしまえば、恋するオトメテイオーは頷く他ない。当然、流れ弾に被弾した他のメンバーもだ。
「じゃあ気を取り直して、みんな好きなの選んで。俺はコーヒーだけでいい」
「じゃあボクがちょっとあげるね♪」
「ターボのもあげるぞー!」
「私のもあげますからね、トレーナーさん!」
「マヤはアーンってしてあげるぅ♪」
「マーベラスもー!」
「わたしとはんぶんこしようね、トレーナー♪」
「みんながお兄ちゃんにあげるなら、食べ過ぎになっちゃうねー♡ だからカレンはアーンってしてほしいな♡」
強かなカレンにみんなは『ズルい!』と声を揃えるが、田添に「店内では静かにな」と注意されれば引き下がるしかない。
みんなの手綱をしっかり握っている田添のチームを、同僚たちは『田添幼稚園』なんて呼んだりしている。
ともあれ、チーム『ジャイアントキリング』は田添を中心に、今日も笑顔が溢れていた。
読んで頂き本当にありがとうございました!