ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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秋の大運動会

 

 トレセン学園はアスリートウマ娘が通う学園であるため、普通の人が通う学び舎とはかなり違うが、学園行事なんかは他の学び舎より充実している。

 何故なら普段からレースという厳しい世界に身を置いている彼女たちに、学園生活では少しでも良い思い出をたくさん作ってもらいたいと秋川理事長たっての願いであるからだ。中にはファン感謝祭といった一般公開向けの行事もあるが、それはそれでファンとの交流がメインである。

 

 そして今の季節は秋。

 秋のGⅠ戦線が幕を開ける前、残暑の9月前半。

 この時期はトレセン学園内で大運動会が開かれる。

 土日にレースを控えている生徒もいるので平日開催だが、翌日は座学が休みとなる上、怪我にならないよう安全面を徹底した行事なので生徒たちも安心して参加し、学園生活の思い出の1ページに刻む。

 競技はどこの学校でも行うようなお馴染みのムカデ競走や綱引き、パン食い競争、借り物競走、大玉転がしといったものを行う。

 そしてやはり盛り上がるのはクラス対抗リレー。

 距離はウマ娘らしく4000m、6000m、8000m、12000mの短距離、マイル、中距離、長距離とある。

 各クラスが代表四名を選出して行われるリレーであり、普通のレースとは違ってバトンを繋ぐという行為がなかなかに難しい。

 

 しかしそんなクラス対抗リレーよりも盛り上がるのは、在学生の人気投票で行われるチーム対抗リレーだ。

 在学生が一人一票で既存チームへ投票し、その上位5チームが9600mリレーを走る。

 ただ吉部のチーム『ナイトスカイ』は圧倒的人気を誇るため、昨年を最後に殿堂入りという扱いとなり今年は投票なしで特別枠での出走だ。

 よって今年は全6チームで争われる熱い展開。

 

 因みに優勝チームには秋川理事長のポケットマネーからスイーツバイキング招待券が贈られる。

 

 しかしこの大運動会の目玉はこれだけではない。

 

「…………またこの時が来てしまった」

 

 用意された控室で椅子に座り込んで項垂れるのは、男吉部克。

 何故、吉部がこうも項垂れているのかというと、

 

「応援してるよ、トレーナー♪」

「君の走りをすぐ近くで見れるだなんて私は幸せだよ♡」

 

 これから大運動会を盛り上げる余興として吉部を始めとするトレーナー陣が、普段ウマ娘たちが走るターフの上を疾走するからだ。

 

 午前と午後の隙間時間。生徒たちがお昼休憩を過ごす時間に、生徒たちが楽しめるようにと学園側が定めた余興レース『特別オープン・芝1500m・トレーナーズラン』が開催される。因みにダートもあり、芝かダートかは走るトレーナーが自分で決める。

 これは学園に所属するトレーナー全員が通る道。流石に50代以上や身体的な問題があるトレーナーは自分の体と相談して辞退することが可能だが、それ以外の20代〜40代は怪我等の理由が無い限り出走が義務付けられている。

 因みにトレーナー陣の中には元アスリートウマ娘であるトレーナーが在席しているが、彼女たちは彼女たちでのみの出走となる。

 ルールは普通の陸上競技とそう変わらない。

 違う点としてはスタートがスターティングゲートからということと、慣れないコースを走ることから転倒防止や怪我の早期発見のため担当バ一名が安全確保と補助のため併走するのだ。

 

 昨年もその前の年も、吉部もしっかりと走り、その時に併走してくれたのはシービー。

 今年も吉部はシービーに頼むつもりだったが、ルドルフを始めチームメンバーが待ったをかけた―――

 

『いつもシービーばかりズルい!』

 

 ―――と。

 

 シービーに至っては代わってあげてもいいと言うので、吉部が他のメンバーを指名しようとしたところ、そこで戦火があがってしまう。

 当然だ。メンバーの誰もが彼のことを大切に思っており、そんな彼と走れる上に頑張る彼のことをすぐ横で拝めるのだから。

 

 厳正なじゃんけん戦争の結果、勝利の三女神はルドルフに微笑み、勝利した瞬間のルドルフはGⅠレースで勝利した時でも見せたこともない、シリウスを下したチョキを天高く掲げ―――

 

『我が生涯に一遍の悔いなしっ!』

 

 ―――と轟き叫んだほど。

 

 対して負けたシリウスは珍しく両膝から崩れ落ちてパーを出した己の手を恨めしそうに睨んでいた。

 

 故に走る吉部とルドルフの温度差は天と地の差がある。

 吉部本人は走ることはそこまで問題ない。では何故こうも項垂れてしまうのかというと、優勝したトレーナーには閉会式にてウイニングライブのセンターの座が与えられるから。

 

 ウマ娘の場合とは違って走ったあとにウイニングライブをしないのは幸いだ。

 ウマ娘ならば平然とやって退けることだが、ただの人間であるトレーナーたちにとっては地獄のメニュー。

 中にはダンスが踊れなかったり、歌が歌えなかったりするトレーナーもいるが、もしそうだとしてもレースに出走したからには棒立ちでも口パクでもいいのでウイニングライブもセットなのだ。

 そして吉部たちが走る組のウイニングライブで行う曲はあの『うまぴょい伝説』である。

 吉部は去年、そのセンターを勝ち取り、かなり恥ずかしい思いをした。

 何せシービーたちが全て動画撮影しており、今でも観ている。

 なのにまたそうなってしまう。だからこそ、吉部は項垂れてしまっているのだ。

 しかもどのトレーナーもせめてセンターだけは回避したいと画策しているため、このレースで重要なのは『どうやって自然に負けるか』である。

 なのに、

 

「私たちの自慢のトレーナー君なら、またセンターの座を勝ち取ってくれると思っているよ♡」

 

 ルドルフを始め、メンバー全員が吉部の勝利を信じて疑っていないのだ。

 しかも今年は連覇が掛かっており、勝つ以外眼中にないルドルフが併走相手。

 もしもこの併走相手がシービーだったなら、吉部の意図を察してそれとなく負ける方に手助けしてくれただろう。

 

「……ああ、頑張ろう」

「んふふ♪ 楽しませてね、トレーナー♪」

 

 実のところ、シービーは吉部の意図を察した上で敢えて併走相手を他の子に譲った。

 そうすることで負ける方にシフトチェンジすることが叶わず、彼のセンターを今年も見れるから。

 

「走る前の柔軟体操はしっかりと私がさせてもらうよ、走っている途中で怪我をしてしまうのは良くないからね」

「よろしく頼む」

 

 項垂れていてもこうなってしまっては仕方がない。

 吉部は覚悟を決め、ルドルフに失望されないように精一杯走ることにした。

 

 ◇

 

「みんな集まったー?」

 

 時刻は21時を過ぎた頃。

 シービーの問いに集まった『ナイトスカイ』の面々は、神妙な面持ちで頷いた。

 

 今、彼女たちが集まっているのは栗東寮にあるシアタールーム。

 先程までシービーらは吉部と共に大運動会の打ち上げを部室で行っており、その片付けが終わって吉部に寮まで送ってもらってからここに集まった次第。

 寮が別の者たちは外泊届を提出済で、今からここでシービーたちは鑑賞会という名の打ち上げの二次会をするのだ。

 

 何を鑑賞するのか。それは当然、自分らの愛する吉部トレーナーの勇姿である。

 結果を先に言えば、特別オープンレースは吉部が10バ身差以上をつけての大勝利。

 ルドルフが今回併走することから、彼のすぐ横という特等席を得たので彼の走る姿を動画撮影していたのだ。

 人間の走りなので自分たちウマ娘の走りにはなんのヒントも得られないが、愛するトレーナーが自分たちのために激走してくれたというのは、彼女たちにとってはなんとも言えない高揚感がある。

 この日のために勝負服の襟に隠しカメラを設置した甲斐があった。その上撮影者がウマ娘であるため、酷いブレもなく綺麗に吉部の勇姿が画角に収まっている。

 

『今スタートしました! おお! やはり今年もハナを奪っていったのはナイトスカイを率いる吉部トレーナー! 既にぐんぐん後続を引き離していきます!』

 

 解説を担当する放送部員のウマ娘が興奮気味に語り、それをシービーらは『うんうん』と満足そうに聞き、彼の走りを食い入るように見つめた。

 

「いやぁ、やっぱトレーナーはカッケぇッスね!」

 

 ウオッカがウマい屋ニンジンチップスのりのり味を食べながら大興奮で他のメンバーへ言う。

 当然、みんなもウオッカの言葉に深く頷き、ブルボンなんかは反応することも忘れて尻尾ブルブルボンボンで映像を見ていた。

 

「私はこの次のコーナーで芝に足を取られて転びそうになった時は肝が冷えたよ……」

「ああ、この時か。確かにあれには流石の私もビビッたな。お前がいながらアイツが怪我をしたら、私は容赦なくお前に蹴りを入れていたぞ」

 

 苦笑いしながら言ったルドルフにシリウスが物凄い剣幕で言うと、ルドルフは「そんな失態は犯さないさ」と涼しい顔で返した。

 吉部としてはここでわざと転んで、心配したルドルフが棄権することを勧めてくれることを狙ったのだが、ルドルフはすぐに転びそうになった吉部を支えて見事に体勢を立て直させたのだ。

 その時の吉部の絶望に満ちた顔はなんとも言えない。レースの棄権だけでなく、ウイニングライブも回避出来るはずだったのだから。

 なのに愛バフィルターガッチガチのルドルフにとっては、その時の彼の表情は自分に『ありがとう』と必死の形相で伝えてくれていると思っている。

 当然、

 

「この時のトレーナーの顔はとてもいいな。転びそうになって血の気が引いてるが、会長に立て直してもらって安堵しているのがいつもと違って可愛い」

「ああ、この顔な。唆るよな」

 

 ブライアンやシリウスも愛バフィルターガッチガチなので吉部の絶望に満ちた顔に胸がずきゅんどきゅんしていた。

 

「それにしても、本当に何度見ても最高の走りだ」

「そうだね。トレーナーって案外走るの向いてるよね」

 

 しみじみと言うルドルフにシービーがそう返すと、

 

「私たちと同じで一つのことに集中する質だからな、アイツは」

 

 シリウスが可笑しそうに言う。

 ウマ娘……特にトレセン学園に通うような子たちはそれぞれ性格は違っても、根本的にレースで『走る』ということに常に重きを置いている。

 だからこそ彼女たちは吉部の走りに、自分たちより優れていなくても魅入られるのだ。

 

「ああ、このゴールの瞬間のマスターの表情……私のメモリーに永久に保存しておきます」

 

 やっと口を開いたブルボン。

 しかしその言葉に誰もが共感する。

 

 ただ、これだけは知っていてほしい。

 この時の吉部の気持ちを。

 自然な流れでレース棄権が叶わず、他を圧倒して走り切ってしまった時の気持ちを。

 また今年もうまぴょい伝説の栄えあるセンターの座を不本意ながら勝ち取ってしまった時の絶望を。

 

『俺の愛バが!』

 

 そして何度見てもクライマックスが押し寄せてくる吉部がセンターを務めたウイニングライブの映像。

 トレーナーバージョンとして歌詞も一部違っており、このサビ直前の歌詞はその愛バたちにとっては耳をこれでもかと幸せにしてくれる。

 彼のこぶしの利いた歌声が鼓膜を撫でて、とても心地いい。

 実は彼にバラードを歌わせるとブルボンとウオッカは心地良過ぎて眠るくらいだ。

 

「今年も良いものが見れた……」

「チーム対抗戦では遅れを取ったが、トレーナーがセンターを勝ち取ったなら負けたとしても喜びの方が強いな」

 

 此度のチーム対抗リレーではナイトスカイは惜しくも二着という結果に終わった。

 シービー、ブライアン、シリウス、ルドルフという現役最強メンバーでも大外からというハンデはなかなかにキツかったのだ。

 しかし吉部は勝ってくれた。彼女たちにとってはこれ以上のご褒美はない。

 だからこそ、彼女たちは時間が許す限り、シアタールームで彼の勇姿を見続けた。




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