ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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予防接種とご褒美

 

 ファン感謝祭が終わり、4月が終われば、多くのウマ娘たちが落ち着きなく、ソワソワする日々がやってくる。

 それは―――

 

「うぅ……やだなぁ……」

「たた、ターボはここここ、怖くなんてないぞ!」

「我慢……我慢……うぅ……」

 

 ―――予防接種だ。

 

 ウマ娘は普通の人間とは違うが、人間と同じように感染病対策が必要である。

 URAは国が『ウマ娘伝染病予防法』で指定している伝染病のうち三種類のウマ娘インフルエンザ、日本脳炎及び破傷風の予防接種の実施を推進している。

 理由はもし伝染病が流行ってしまった場合の蔓延防止は勿論、かかってしまった者の重症化を防ぐためだ。

 近年では一度の接種で上記の三つを予防する三種混合ワクチンが出来たため、一度に三回注射する必要は無くなった。

 

 しかし注射が嫌いなのは老若男女同じだろう。

 特に痛みに耐性がない子どもであれば尚更だ。

 だからこそ普段なら田添の言うことには素直に従うメンバーも、こうして拒否反応を見せている。

 

「俺だって好きでみんなに痛い思いをさせたい訳じゃない。みんなのことを考えてのことなんだ。頼むよ」

 

 優しい声色で真摯に語りかける田添に、注射大嫌い組のテイオー、ターボ、マヤノの三人は『分かってる』と言いたげに頷いて見せた。

 数年前なら病院に行くまでに嫌で暴れ回る程だった彼女たちが、今のように大人しくなったのには理由がある。

 

 ◆

 

 それはマーベラスが加入し、テイオーたちを連れてウマ娘専門病院へ連れて来た時のこと。

 この時は予防接種が目的ではなく、月に一度の健康診断として連れてきただけだった。

 病院嫌いなテイオー・マヤノは『健康診断だけなら……』と渋々ながら素直に付いてきた。

 

「あ〜あ、病院のニオイって嫌い〜」

「入っただけでお口の中が苦く感じちゃうよね〜」

 

 待ち合い席で順番を待つ田添たち。

 当然、テイオーとマヤノはブーブー文句を垂れながら田添の左右を陣取り、『自分たちは不満なんだぞ』とそれぞれの耳で田添の頬をペチペチ叩いている。

 

「今日は予防接種じゃありませんから大丈夫ですよ」

「注射されないならターボはヘーキだぞ! だって下着だけになって寝そべってるだけだもん!」

「マーベラスもー♪」

 

 フラワーは不満げなテイオーたちを気遣い、相変わらず元気いっぱいなターボとマーベラス。

 そんな三人にテイオーとマヤノは『ボク(マヤ)は嫌なのー』と返していた。

 すると、

 

「わぁぁぁん! ちゅうしゃやだぁぁぁ! ママのバカぁぁぁ! わぁぁぁん、わぁぁぁん!」

「すぐに終わるから! ねっ!? 終わったらニンジンハンバーグ食べよ!? 〇〇ちゃんのためだから!」

 

 栗毛ウマ娘の親子の子どもが予防接種のためかわんわん泣き、その母親は必死に愛娘をあやしていた。

 病院でこのような光景は珍しくないが、母親としては娘を安心させてやりたい気持ちと周りの人の迷惑になってしまう気持ちで焦ってしまっている。

 

「やっぱ注射って嫌だよね……」

「泣きたくなるの、ターボも分かるぞ……」

「お母さん大変ですね……」

「でも病院って怖いもん。泣いちゃうのも仕方ないよー」

「ん〜、なんとかしてあげられないかな〜」

 

 みんな親子のことを心配する中、田添は静かに立ち上がるとその親子の方へと向かっていった。

 テイオーたちが『注意するのかな?』なんて思っていると、

 

「こんにちは、お嬢ちゃん」

 

 親子の前で膝を折り、子どもと同じ目線になって声をかける田添。

 当然、泣いている幼いウマ娘は田添の挨拶に返事をしている場合ではない。

 母親の方は「すみません! すぐに泣き止ませますので!」と恐縮してしまっているが、田添はそんな母親を安心させるように「大丈夫ですよ。お嬢さんと少しお話をさせてもらっても?」と了解を取る。

 母親がコクリと頷くと、田添は改めて子どもへ挨拶をし、その子が落ち着くように背中をトントントンと優しく撫でた。

 

「お嬢ちゃん、これから注射かい?」

 

 田添の質問に弱々しくコクリとだけ頷く娘ちゃん。

 

「そうか。怖いよな。おじさんも注射は嫌いなんだ」

「…………」

「でもね。お嬢ちゃんが泣いているのを見て、一番泣きたくなるのは、お母さんなんだよ」

「……なんで?」

「お母さんはね、お嬢ちゃんが病気になってもっと痛くて泣いちゃわないように、嫌われてもいいから病院に連れてきたんだ。お嬢ちゃんのことが世界一大好きだから」

 

 子どもは田添の言葉を聞くと、自分の母親の方へ顔を向ける。

 すると母親は「大好きよ」と優しい笑顔で告げ、ギュウっと抱きしめた。

 

「だからね、そんなお母さんに『バカ』なんて言わないであげてほしいんだ。お嬢ちゃんだって、お母さんのことが世界一大好きなはずだろう?」

 

 優しい声色で田添が訊ねれば、子どもは何度も何度も頷いて返す。

 

「ママ……ごめんなさい……だいすき……」

「嬉しい……ママも大好きよ」

 

 母親に謝り、自分も愛を告げる幼いウマ娘。

 対して母親は少し涙ぐみながら返して、何度も何度も愛する我が子の頭にキスをしていた。

 

「偉いね、お嬢ちゃん。注射に負けないで、大好きなお母さんを安心させてあげるんだよ」

「うん!」

 

 すっかり元気を取り戻した子ども。

 田添は彼女の返事に笑顔で頷くと、軽く手を振って別れ、テイオーたちの元へ戻った。

 

「どうした、みんなして目や鼻を赤くして……?」

 

 田添が戻るとみんなの様子に戸惑いの声をあげる。

 当然だ。何故ならテイオーたちは田添の対応を見て、親子の愛を見て、思わず涙腺に来てしまったのだから。

 

「トレーナー……」

「どうした、テイオー?」

「ボク、これからはちゃんと予防接種受けるよ」

「……どういう風の吹き回しだ?」

「トレーナーの気持ち、ちゃんと分かったから」

 

 テイオーはそう言って、田添左腕に抱きついて顔をスリスリと擦り付ける。

 彼女のそんな反応に田添が困惑する中、ターボもマヤノもマーベラスもそれぞれ肩や腕に顔を擦り付けてくるので、田添はフラワーへ視線を移した。

 

「皆さん、トレーナーさんのことがもっと好きになったみたいです♪ もちろん、私も!」

 

 フラワーはそう言って自身も田添の右手を取って、自分の頬に頬擦りする。

 なので田添は「そうなのか……」と返して、彼女たちの好きにさせようともう何も訊かないことにした。

 

 ◇

 

 そんなことがあったのでテイオーたちは今では注射だからと前のような拒絶反応を見せなくなった。

 でも、

 

「はぁ、終わった〜……痛かったよ〜、トレ〜ナ〜」

「ターボ、ちゃんと我慢したぞ……」

「トレ〜ナ〜ちゃ〜ん、マヤ頑張ったよ〜」

 

 予防接種を終えれば、注射大嫌い組は前にも増して甘える。

 我慢強く予防接種を受けたものの、その反動から一気に田添に構って欲しくなるのだ。

 そんな彼女たちの心境を察する田添は「偉かったぞ」と言いながら、擦り寄ってくるテイオーたちの頭を優しく優しく撫でてやる。当然、メンバー全員。

 そうすればみんな耳も尻尾も揺らしてご機嫌になるのだ。

 

「それじゃあご褒美だな」

『わーい♪』

 

 頑張って予防接種を受けたテイオーたち。

 それさえ終われば、もう今日はやることもない。

 あとは田添とのんびり出来るし、ご褒美としてスイーツをご馳走してもらう。

 

「みんなどこがいいんだ?」

 

 田添がみんなに問うと、

 

『トレーナースペシャル!』

 

 揃った声で答えた。

 

 みんなが言う『トレーナースペシャル』とは、田添がテイオーたちのために作るサンデー。

 あの栗毛ウマ娘親子との出会いのあとで、本当にテイオーたちが抵抗せずに予防接種を受けたことへのご褒美に、田添が手作りのサンデーを自分が借りている一軒家に招いて食べさせたことから、テイオーたちにとって『予防接種を受ける=トレーナースペシャルが食べられる』になっているのだ。

 

「分かった。なら待機時間が終わったらスーパーに行こう」

 

 田添はみんなの要望に応えて促せば、みんなは『やったー!』と満面の笑みで返し、大人しく病院側の指示通りに過ごしたあとで、田添が運転するワゴン車に乗り込むのだった。

 

 ◇

 

 スーパーで必要な物を買い集め、田添宅へとやってきたチーム『ジャイアントキリング』。

 二階建ての木造住宅の借家で、一人暮らしには十分過ぎる広さ。ただ医学書や論文、ウマ娘関連の資料や学術論文等が膨大なので二階はほぼ物置き状態。

 普段は広いと感じるこの借家もテイオーたちが来ればあっという間に手狭に感じる。

 

「みんなは好きに過ごしててくれ。俺はキッチンにいるから、出来たら呼ぶな」

「トレーナーさん、何かお手伝いしましょうか?」

「気持ちだけ受け取るよ。フラワー」

 

 田添はそう言うとフラワーの頭を優しく撫で、キッチンへと向かった。

 

「フラワーちゃん、トレーナーちゃんからのご褒美なんだからお手伝いしちゃ悪いよ」

「でも……」

「トレーナーは美味しいって食べてもらえたら喜ぶから、そうすればいいんだよ、フラワー」

「テイオーさん……はい、分かりました!」

 

 マヤノとテイオーに満開の笑顔を返すフラワー。

 三人がそんなやり取りをしている内にターボ、マーベラス、ウララはやりたいゲームを見つけてテイオーたちを呼ぶのだった。

 

 一方、その頃―――

 

「カレンはみんなと遊ばなくていいのか?」

「うん♡ カレンはお兄ちゃんがお料理してるの見てる方がいいもん♡」

 

 ―――カレンは見事に気配を消して、一人田添のエプロン姿を堪能中。

 前にプレゼントした自分の勝負服に似た黒と白のストライプ柄で、紐は赤という全面カレンカラー。

 そんな田添をカレンが見逃す方がおかしいのだ。

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん」

「どうした、カレン?」

「パフェとサンデーって何が違うの?」

「器の違い、だったかな。高く細長いグラスを使うのがパフェで、低くて普通のグラスを使うのがサンデー……正確なことは俺も分からない」

「そうなんだぁ」

「俺は幼い頃、ストロベリーサンデーが好きでな」

「今でもたまに食べるよね♡ 残しちゃうけど♡」

「今でも少しは食べたくなるんだ。みんなと一緒だと残す心配をしなくていいから助かってる。食べかけを渡すのは毎回悪いと思ってるんだけどな」

 

 苦笑いして田添が言えば、カレンは「お兄ちゃんの食べかけならみんな気にしないよ♪」と言う。

 当然だ。みんな田添を心の底から愛しているのだから。

 

「カレンちゃんやっぱりここにいたー!」

「ズルいぞ、カレン!」

「抜け駆け禁止だよ、カレン!」

 

 そこにマヤノを先頭にターボとテイオーがやってくる。

 更に後ろには残りのメンバーも揃っていたので、カレンは『時間切れかぁ』と思いつつ笑顔で「ごめんね♪」と謝った。

 

「タイミング的にはバッチリだ。みんな好きなソースを言ってくれ」

 

 田添はみんなに言うと、

 

「ボクははちみー!」

「ターボ、チョコ!」

「私もチョコレートがいいです♪」

「マヤ、メープル!」

「アタシ、イチゴ!」

「わたしもイチゴがいいなー!」

「カレンはキャラメル♪」

 

 それぞれお好みのソースをリクエスト。

 そうすれば田添はサンデーにリクエスト通りのソースを掛けていく。

 

「召し上がれ。おかわりは一人2回までな」

『いただきまーす♪』

 

 こうして予防接種後のご褒美をテイオーたちは心ゆくまで堪能するのだった。




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