今日はひな祭りということで、トレセン学園でもひな祭りらしくカフェテリアではひな祭り限定ランチメニューやスイーツが提供されている。
多くのウマ娘たちがその味に舌鼓を打ち、ひな祭りムードを満喫する中、
「…………」
田添はとても複雑な表情を浮かべながら、校舎ロビーに設置された椅子に座っていた。
何故なら、
「似合ってるじゃん、トレーナー♪」
「いつもと違っててもカッコいいぞ、トレーナー!」
「和服のトレーナーさん、とっても素敵ですよ♪」
「マヤ、トレーナーちゃんにはタキシード着て欲しいんだけど、今日のを見ちゃうと和風の結婚式もいいなって思っちゃう〜♡」
「正装してるトレーナーは激レアマーベラス! もっとマーベラスのトレーナーへのマーベラス度が上がっちゃう!♡」
「トレーナー、とってもかっこいいー!」
「はぁ……ちゅき♡」
テイオーたちが言うように、今田添はひな祭りということでお内裏様として束帯衣装(そくたいいしょう)を着用しているから。
これは毎年理事長が勝手にくじ引きで男性トレーナーを数人指名して、お昼休みの時間だけお内裏様役としてロビーに座らせるのだ。
今年はその中に田添の名前もあり、あれよあれよという間に学園が依頼したスタイリストたちに着替えさせられている。
束帯衣装とは平安時代以降、天皇陛下やお公家様がお召しになる正装のことで、雛人形ではお殿様の衣装のことを指す。
また何故主役のお雛様がいないのか。それは女の子はみんなお雛様ということでお雛様は決めていない。
仮に決めてしまうと意中のお内裏様(トレーナー)のお雛様は自分だと、ウマ娘たちの闘争本能を刺激してたちまち血で血を洗うブラッドダービーになってしまう。
「動物園のパンダとか、水族館のイルカになったような気分だ」
お昼休みの間だけとはいえ、既に多くのウマ娘たちから写真撮影されて、流石の田添もお疲れ気味。
しかしウマ娘たちが喜んでいるのと、自分以外のトレーナー(犠牲者)たちもいるので、なんとかなっている。
「え〜、パンダもイルカもトレーナーと違って愛想いいよ〜? なった気になってるならもっと愛想振り撒かなきゃ!」
「テイオー、お前な……」
「だってホントのことだもーん♪」
テイオーの理屈に思わず苦言が出てしまう田添。
しかしそんなのテイオーはどこ吹く風だ。
寧ろ普段見せない田添の表情が見れて喜んでいる。
「トレーナー、トレーナー!」
「何かなウララ?」
「今だけウララたちがトレーナーのお雛様になってもいい?」
「ん?」
ウララの言葉の意味が良く分からず、思わず聞き返してしまった田添。
なのでカレンが「一緒に写真撮ろうってことかな?」とウララに訊ねると、ウララは元気に頷いて見せた。
ウララが言いたかったことは『田添のお嫁さんになってもいいか?』であるが、カレンはそれを察して写真を撮るということにしたのだ。
そうすれば田添は断らないから。ウララに至っては写真も撮りたいので頷いた。
「写真を撮るのは自由だから、存分に撮っていいぞ? ツーショットか? それともみんなでか?」
「うーん……みんなとも撮りたいけど、二人で撮ったのも欲しいなぁ」
田添の言葉にウララは唸る。
「どっちも撮ればいいんだ!」
そしてターボが天啓を得たとばかりに叫べば、ウララの表情はぱぁっと晴れやかになった。
「じゃあ順番な」
田添がそう言うとテイオーは一番年下のフラワーの背中を優しく押す。
フラワーは一瞬申し訳なさそうにするが、他のメンバーが揃って『いいよ』と頷いてくれたので、みんなへぺこりと頭を下げてから田添の左隣に座った。
「フラワー、もっと寄りなよ〜」
「フラワーちゃん、お雛様なんだから遠慮しちゃダメだよ〜」
テイオーとマヤノに言われ、フラワーは「は、はい……」と返しつつ、田添の肩にピッタリとその身を寄せる。
見上げれば田添が優しく微笑んでくれて、フラワーの頬に鮮やかな桃の花が咲いた。
「じゃあ撮るよ〜♪」
カレンはそう言ってから合図し、ウマホのカメラで撮影する。
フラワーが終わればあとのメンバーはじゃんけんで順番を決め、ウララ、マヤノ、マーベラス、ターボ、テイオー、カレンと田添とのツーショット写真を撮影した。
「はい、撮れましたよ」
「ありがとうございます」
「いやいや、お安い御用だ」
最後に全員で写真を撮るのは、同じくお内裏様の格好をさせられていた先輩トレーナーにお願いした。
テイオーは田添の左太ももに、マヤノは反対の右太ももと座り、カレンは田添の左隣で右隣はマーベラス。左肩にフラワー、右肩にウララとそれぞれ顔を出し、ターボはというと田添の後ろに椅子を持ってきて彼の衣装である帽子を取り、団子のように田添の頭に彼が痛くないように顎を乗せた。
傍から見ればとてもカオスな光景だが、テイオーたちは眩しいくらいの笑顔である。
「それじゃあチームのグループチャットのとこに写真送るね♪」
こうしてみんな、田添とそれぞれツーショットと集合写真を手に入れホクホク顔。
そうこうしている間にお昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「今更だが、みんなちゃんと昼食は済ませたんだよな?」
「済ませたよ。みんなで食べて、そのままトレーナーのとこ来たんだから!」
「そうか、ならいい。じゃあ俺は着替えに行くから、またトレーニングの時にな」
『はーい♪』
こうしてテイオーたちと別れた田添は足早に更衣室へと同僚トレーナーたちと向かうのだった。
―――――――――
本日はホワイトデー。
バレンタインデーに贈り物を受け取った人が、その相手にお返しをする日。
チーム『ジャイアントキリング』のホワイトデーは他所のチームとは違い、テイオーたちが田添にお返しをする。
そのお返しは、
「はい、トレーナー! ボクたちからのホワイトデーのプレゼント!」
「今年もありがとう、みんな」
みんなで決めた日本酒が入ったビターチョコレート。チョコレートボンボンの日本酒バージョンだ。
田添は嗜む程度だが、日本酒好き。なのでその好みを熟知しているテイオーたちが、みんなでデパートへ行って『あれにしよう。これにしよう』と意見を出し合って用意したのである。
「本当なら今食べて味の感想聞きたいけど、お酒入ってるからお家に帰ってから食べた感想教えてね!」
「ああ、ちゃんとチームのグループチャットのとこに感想を書き込んでおくよ」
テイオーの言葉に田添はそう返しながら、彼女の頭をポンポンと軽く撫でた。
普通ならこれでホワイトデーの目的は達成したので終わりだが、テイオーたちがこれで終わらせるはずがない。
「トレーナー!」
「ん? どうした、ターボ?」
「お菓子の次はターボたちの気持ちをあげるぞ!」
「……そうか。ありがとう」
突拍子のないターボの言葉に田添は一瞬戸惑ったが、遠慮なくその『気持ち』とやらを受け取ることにした。
「じゃあリーダーのボクからね! ボクはこれ! ボクが好きなはちみーの入浴剤! これでトレーナーもボクみたいにピチピチになれるよ!」
「大切に使うよ」
ターボが言った『気持ち』はみんなそれぞれ高価ではない物を贈ること。
テイオーのハチミツ入浴剤は彼女にとっては高価ではないが、田添からすると高価に思う。
それでもテイオーがくれる『気持ち』なので、大切に使うことにして受け取った。
「ターボはポケットティッシュ! コーラのニオイがするお気に入りのやつだぞ!」
「お、おう、ありがとう」
イチゴの香りやバニラの香りのティッシュは知っていたが、まさかコーラの香りがする物を見つけてくるとは思わずに一瞬戸惑った田添。
しかしターボの『気持ち』は嬉しいので、笑顔で受け取った。
「私はエアグルーヴさんに教わって作ったドライフラワーの花束です♪ アロマオイルを補充すれば香りも楽しめるんですよ♪」
「ありがとう。玄関に飾るよ」
フラワーのお手製ドライフラワーの花束は小さめだが、可愛らしい彼女みたいに可憐な花束だった。
田添はその『気持ち』を受け取り、フラワーの頭を優しく撫でれば、フラワーは気持ち良さそうに目を細める。
「マヤの気持ちも受け取って、トレーナーちゃん♡ ん〜ま♡」
「ああ、ありがとう、マヤ」
マヤノの『気持ち』はまさに言葉通り。
何故なら投げキッスだから。
おませなマヤノらしいので、田添は微笑ましくて笑みを浮かべた。
「アタシはこれー!」
「これは?」
「アルバムだよー! これからもアタシたちとの写真が増えるから!」
「なるほど。ありがたく使わせてもらうよ」
「マーベラス♪」
マーベラスの『気持ち』は今後も増えていくはずの思い出をまとめる真っ赤な冊子のアルバム。
彼女にとってこれからも田添は自分たちと共にあることは確定事項なのだ。
「ウララはね〜、商店街のニンジンパン! 半分は我慢出来なくて食べちゃったけど、すっごく美味しいんだよ!」
「今夜にでも頂くよ。ありがとう」
ウララが田添に贈った『気持ち』はかじったあとが残る、なんとも彼女らしいパン。
食べかけなのにいいのか?という疑問もあるだろうが、ウララが大好物をちゃんと贈ってくれたことに意味がある。
なので田添は食べかけとか気にせずに受け取るのだ。
「カレンはこれ♪」
「ハードワックスか。ありがとう」
カレンは自分が使うトリートメントのブランドが出しているメンズ用の物をプレゼント。
同じブランドなので香りもレディース用のと違ってそこまで強くはないが、同じ香り。
こうすることで自然と田添を自分と同じ匂いにする作戦である。
それを知る由もない田添は笑顔で受け取った。
「みんな本当にありがとう」
今日一番の最高の笑みで田添が言えば、テイオーたちの胸はこの上ない彼への愛しさで幸せな悲鳴をあげる。
テイオー、ターボははにかんで頭を掻き、フラワー、マヤノ、マーベラスは火照った頬を両手で押さえて顔が緩み、ウララは「どういたしまして!」とその場で両手を広げてくるくると回り、カレンは「その笑顔は反則だよ」と俯いてモジモジしてしまった。
「じゃあ、今日のトレーニングを始めるか。みんな部室に行って着替えておいで」
『はーい♡』
こうしてチーム『ジャイアントキリング』のホワイトデーは過ぎていき、田添は彼女たちを今日もしっかりと、しかしちょっと甘く指導するのだった。
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