トレセン学園での4月の恒例行事。ファン感謝祭。
ファンへの日頃の感謝を伝える大きな行事であり、トレセン学園で行われる行事の中で大事な行事である。
秋に行われる聖蹄祭と似ているが、ファン感謝祭はそれぞれ所属するチームや感謝祭のために決められた各委員会や有志たちで出し物をすることが多い。また感謝祭で受けられるサービスは一部を除き無料で利用可能。
チームに所属していないウマ娘たちや新入生なんかはファンたちの誘導や案内、来園してくれた子どもとのオリエンテーションの相手をする。
トレーナー陣はトレーナー陣の出し物だったり、余興イベントに参加しないといけなかったり、アクシデント時の対応等々で忙しくしているが、時間が空けば基本は自由だ。
ただし田添は他のトレーナーたちとは少し違う。
何故なのかというと、
「はい、出来たよ。よく我慢したね」
「全然痛くなかったよ! ありがとう、先生!」
彼はこういう大きな行事の際は救護スペースで臨時の保健医をするからだ。
医大生の頃に父親のいる病院ではあるのものの現場で実習経験もあるため、処置の手際も問題ない。
それに救護スペースは迷子も預かる。その時の田添の対応も子どもが安心するので、手伝いや保健委員としてここに配属になった他のトレーナーたちやウマ娘たちはとても頼りにしているのだ。
「お兄ちゃん、お疲れ様!」
「今の子で最後ですよ」
そして田添がいるなら、当然チーム『ジャイアントキリング』のメンバーも救護スペースにいる。
チームの出し物は救護スペースの隣で駄菓子の詰め放題をしているので、田添の手伝いも問題なく出来ているのだ。
今いるのはカレンとフラワーの二人で、二人共に白のワンピースナース服を着用。ナースキャップもしている。勿論、隣で駄菓子の詰め放題をしているテイオーたちもナース服姿だ。
ただカレンは田添を誘惑するため膝下丈のフラワーたちとは違い、ミニスカ丈を着用し、白いソックスとの絶対領域とガーターベルトを見せつけている。
が、田添の反応は至って普通。よって時折足を組んだり、組み直したり、屈んで見せたり……並々ならぬ努力を見せている。
「そうか。じゃあ俺は包帯とか備品の確認してくる」
「カレンも行くー♡」
「私もお手伝いします♪」
「ありがとう、二人共」
なので田添がどこへ行くにもカレンはピタリと徹底マーク。フラワーに至っては100%善意からだ。
「ちょっと待ったー!」
そこへ隣で接客していたターボが突撃してくる。
ターボの隣にはマーベラスの姿もあり、彼女はカレンたちに目覚まし時計をどこかの黄門様の家来のように見せつけてきた。
これは『交代時間』ということを指している。
なのでカレンは内心で『もう時間来ちゃった……』と残念がるが、いつものスマイルで「あ、分かったよ♪」とターボたちとバトンタッチした。
「あとはよろしくお願いします♪」
「ターボに任せとけ!」
「マーベラスも頑張るよー!」
「お兄ちゃんを困らせないでねー」
『はーい!』
こうして今度はターボとマーベラスがナースになる。
しかし今は患者がいないので、二人して田添の両サイドを陣取って包帯やら消毒薬やらのチェックのお手伝い。
「ねーねー、トレーナー!」
「何かな、ター坊?」
「ター坊じゃない! ターボ!」
「ははは、うん、何かな、ターボ?」
「ターボたち、『トレーナーリレー』出られる!?」
「……ちょっと確認してみるよ」
ターボのキラキラした眼差しに田添は微かな冷や汗を背中に感じながら、彼女の言う『トレーナーリレー』のことについての概要をタブレット端末で確認する。
そもそも『トレーナーリレー』は4000メートルの距離をチームを代表する四名が走り、スタートしてすぐに差し掛かる第1コーナーにいる自分たちのチームトレーナーをバトン代わりにして、彼らを落とさないように走るショーレース。
田添含め、若手とされるトレーナーたちは初だが、トレセン学園の歴史上では過去に行われた記録がある。
今から一番近い過去に行われたのは樫本代理がまだトレーナーとして若手だった頃。
しかしこの時、若き樫本は意気揚々と参加したものの、当時の担当ウマ娘たちの速度に目を回し、乗り物酔いならぬウマ娘酔いでノックダウン。
それ以降は借り物競走に変更された、という歴史がある。
今回は数年ぶり。樫本も自分のせいで開催されなくなってしまったことを気にしていたので、芦毛の曲者の提案はまさに青天の霹靂だったのだとか。
当然、秋川理事長からは樫本に参加は絶対しないことを約束された上で。
「……既に出走表明しているチームは……ああ、これは危険が危ない」
田添が確認して思わず普段の彼からは飛び出さないワードが出たことで、ターボもマーベラスも揃って両方のこめかみに人差し指を当てながら首を傾げる。
「すまない、ターボ。俺が参加出来ない」
申し訳無さそうに田添が謝ると、ターボは「ガーン!」とショックを受けた。
そんなターボの代わりに「なんで参加出来ないのー?」とマーベラスが質問する。
「出走表明しているチームに『無礼講』があるんだ。あそこのチームトレーナーは人畜無害なんだが、彼が受け持っている子たちはそうじゃなくてな」
田添の返答にあのマーベラスでさえ「ああ……」と察してしまった。
マーベラスも『無礼講』のチームトレーナーは色んな意味で有名人なので当然知っているし、所属しているメンバーも知っている。
なので怪我は無いにしてもハプニングが約束されているに等しい。
よって田添は保健医として待機していないといけないのだ。
「ターボ、トレーナーをおんぶして走りたかったぞ……」
「……そうか」
「でもトレーナーもお仕事なら仕方ない!」
ぺかーっと眩しい笑顔を見せるターボを前に、田添は『出られなくて良かったなんて思って、すまない』と心の中で謝罪しながら彼女の頭をうんとワシャワシャしてあげるのだった。
◇
「今戻ったぞ」
「おかえり、トレーナー♪」
「トレーナーちゃん、おかえりー♪」
「カワカミちゃんたちのトレーナー、大丈夫だった?」
あの『トレーナーリレー』が終わり、田添は先程までチーム『無礼講』の担当トレーナーの容態を見に行って戻って来たところ。
現絶対的王者たるチーム『ナイトスカイ』を押さえて圧倒的大差で『トレーナーリレー』を勝ち取ったチーム『無礼講』だったが、ルール違反で失格。
傍から見たら確実にアノヨヘカケルだったはずが、使用した薬物によってそのトレーナー自身はなんともなく、ピンピンしていたので大事には至らなかった。目が座っていたことを除いて。
「ああ、大丈夫だった。一通りチェックはしたし、学園内にあるレントゲン検査をしても骨とかに何も異常はなかったから」
「ボクたちはここにいたから観られなかったけど、放送部がライブ中継してたからそれを観てたよ。凄かったね……」
「マンハッタンカフェさんだけだったよね、ちゃんと運んでたの……」
「でもカワカミちゃんたちのトレーナーって丈夫ですごいね!」
流石のテイオーとマヤノもチーム『無礼講』のぶっ飛び様に若干引いてしまっている中、ウララはあまり事態を飲み込めていないので相変わらず。
田添に至っては「そうだな……」となんとも言えない。
しかしウチはウチ。よそはよそ。それぞれトレーナーとその担当しているウマ娘たちの絆の形はその数だけあるのだ。
「カイチョーのところのトレーナーはなんか可愛かったよね!」
「うんうん! それにあのトレーナーってガッシリしてるから、ウオッカちゃんにお姫様抱っこされてるのもギャップあったよね!」
キャッキャとチーム『ナイトスカイ』の様子を思い出して盛り上がるテイオーとマヤノ。
田添もそれは観ていて先輩には悪いが笑ってしまった。
「でもボクらがやるならおんぶがいいかな? お姫様抱っこよりしっくりくる気がする」
「あー、マヤもそう思うなー」
「ウララも抱っこよりおんぶがいいかなー。なんでかはわかんないけど!」
「……そうか」
ターボの時と同じく、テイオーたちも出走するならおんぶ派らしい。
田添としてはテイオーたちの出走したいという気持ちは理解するが、大人である自分が可憐な担当バたちにおんぶされている構図がなんとも言えずにいた。
「でも案外色んな運び方あったねー」
「確かに! カイチョーのところはお姫様抱っこだったけど、スペちゃんたちのところは荷物みたいに肩に担いでたし、エアグルーヴのところなんて赤ちゃんを抱っこ紐で固定してる時みたいに抱っこしてたし!」
お姫様抱っこ派かおんぶ派かが大半を占める中で、一部独特な抱き方をするチームも。
しかしそれもそのチームの形である。
「あ、トレーナー、ライスちゃんたちのトレーナーは怪我してなかった?」
「軽い擦り傷だったな。あいつ自身は問題ないんだが、担当の子が凄く泣いていてな。見ていて辛かった。でもあいつの言葉で泣き止んで、笑顔を見せていたから安心したよ」
ウララの質問に田添が苦笑いして返すと、ウララは「ならよかった!」と満面の笑み。
「ライスも運悪かったよねー。落鉄で転んじゃって……」
「でもでも、ライスちゃんとこのトレーナーが咄嗟にライスちゃんのことを庇ってくれたから、ライスちゃんは怪我せずに済んだんだよね! 凄かったー!」
「ライスちゃんたちのトレーナーってすっごく優しいもんね! だからライスちゃんを守ってくれたんだよ!」
ウマ娘とは元来、優しい人間を好む。
なので普段の行動と今回の行動でよりライスシャワーのトレーナーはウマ娘人気が上がった。
「あいつは昔から優しい人間だったからな」
「あれ、トレーナーとライスのところのトレーナーって同い年なんだっけ?」
「向こうのが歳上だが、家が近かったのもあって幼馴染みだ」
そう返しながら浮かべる優しい笑顔。
それにテイオーは思わずキュンと来たと同時に、自分よりも田添との思い出が多いライスシャワーのトレーナーにちょっと嫉妬する。
「トレーナー……」
「?」
なのでテイオーはほんのちょっぴり、田添の白衣の袖の裾を掴んだ。
これからの彼の思い出に多く残るのは自分がいいという思いを込めて。
「お兄ちゃーん、患者さん連れてきたよー! 転んじゃったみたい」
「トレーナー、迷子連れてきたよー!」
「トレーナーさん、こちらの方が出し物用のお料理中に火傷してしまったみたいです!」
「トレーナー! お菓子なくなっちゃうぞー!」
そこへ立て続けに他のメンバーが指示を仰ぎにやってくる。
田添はテイオーの頭を軽く撫でてから、冷静且つ迅速に指示を出しつつ対応した。そんな彼の背中をテイオーはいつも通りの明るい笑顔で追い掛けた。
こうしてチーム『ジャイアントキリング』のファン感謝祭は慌ただしく過ぎて行ったが、最後に撮った集合写真で見せたみんなの笑顔は最高のものだった。
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