ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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ジャイアントキリングの8月

 

 燦々と降り注ぐ太陽。

 ジリジリと蝕む暑さの中、チーム『ジャイアントキリング』のメンバーは砂浜ダッシュやビーチフラッグ、遠泳と夏合宿のメニューをこなした。

 

 そして今は休憩時間。

 

「みんなー、ゴルシが今年もかき氷屋台やってるから行こー!」

 

 テイオーの言葉にみんなは『かき氷ー!』とゴルシの屋台へまっしぐら。

 それを田添は見送りつつ、朝に設置したパラソルの下でみんなの帰りを待つことに。

 

 すると、

 

「あの〜……」

 

「はい?」

 

 三人の女性に声をかけられた。

 

 ここのビーチはトレセン学園の生徒たちの合宿で使っているが、貸し切りにしている訳ではない。

 故にこうして一般の人もビーチにいる。流石に事故に繋がる可能性もあるので一般利用者とウマ娘たちとの区画は決まっているが。

 しかしこの時期にここのビーチに訪れる一般利用者の多くは、ウマ娘レースのファンが殆ど。

 あとは―――

 

「田添トレーナーさんですよね?」

「私たち、田添さんの大ファンなんです♪」

「今、担当の子たちいないみたいですし、少しだけお話しさせてもらってもいいですかー?」

 

 ―――見目麗しい男性トレーナーや女性トレーナー目当てだ。

 

 アスリートウマ娘のトレーナーという職業は高嶺の花。中央ともなれば特にだ。

 それでいて田添のような美丈夫は世の女性からは好印象。

 容姿端麗なウマ娘といえど世の中は人間の女性の方が圧倒的に多い。

 故にトレーナーに逆ナンをする人もこのようにいるのだ。

 そして、

 

「ええ、少しならいいですよ。炎天下で立ち話するのも悪いですから、パラソルにどうぞ」

 

 田添は下心があろうがなかろうがファンサービスは欠かさない。

 自分の行動一つでウマ娘レースやURAは勿論、テイオーたちの印象を悪くさせてしまう可能性もあるからだ。

 たった一度だろうとファンを蔑ろにしてしまえば、そのたった一度で対応されたファンは勿論のこと、それを見たファンもガッカリさせてしまう。

 しかもこのインターネットが発達した世の中でたった一度のことでもそんな事実が拡散されれば、それは瞬く間に全国規模へと変わるのだから。

 

 なので最初からファンサービスをしないトレーナーもいる。

 しかし田添は根っからのウマ娘レースファンであり、自分が手塩にかけて育ててきたテイオーたちのことをどんな理由であれ見てくれているファンを大切にしたいのだ。

 

 田添に促された三人は嬉しそうにパラソルのところへ腰を下ろす。

 

「麦茶で良ければ、どうぞ」

「ありがとうございます♪」

「優しさに感謝します!」

「…………飲むのが勿体ない」

 

 自分やテイオーたち用に多めに用意した麦茶をヤカンから紙コップに注ぎ、田添が渡す。

 みんなそれを嬉しそうに受け取り、遠慮しながらもちびちびと口をつけた。

 

「それで、何を俺から訊きたいんですか?」

 

 三人の興奮が少々落ち着いたのを見計らい、田添から話題を振る。

 すると最初に声をかけてきた金髪ロングの女性が、

 

「ウマ娘のトレーナーってお休みあるんですか?」

 

 と質問してきた。

 田添はそれに少し考えてから、「ありますよ」と頷く。

 

「ただ、我々トレーナーは常に担当ウマ娘のことを優先します。トレーナー業が休みであっても、頭は常にその子のことでいっぱいです」

 

 真剣な回答に三人はハッとした。

 当然だ。彼女たちは今オフを使ってこのビーチに来ているだろうが、田添は仕事中なのだから。

 

「トレーナー業って疲れません?」

 

 真ん中に座る茶髪のボブヘアの女性が質問すれば、田添は難しそうに眉間にしわを寄せて肩を竦める。

 

「勿論、疲れますよ。でも俺を含め、トレーナー業をしてる人はそれも楽しんでいるんです。時には辛いこともありますし、担当の子とケンカしたりもありますが、そういうのも含めてトレーナーってのはやってて飽きないんですよ」

 

 芸能人だっていつ休んでるの?って思う人いるでしょ?なんて田添がお茶目に付け加えれば、三人はなるほどと頷いた。

 

「結婚願望とかありますか?」

 

 そこへ黒髪ロングの女性が火の玉ストレートを放つ。

 

「まあ出来るなら……でもトレーナーをしている以上、家庭のことはおざなりになってしまうというのが現状ですね。どうせ苦労させてしまうのが分かっているなら、結婚しないというのも有りだと思ってます」

「そんなに?」

「ええ。ドキュメンタリーとかでよくやっていますからご存知かと思いますが、アスリートウマ娘は担当トレーナーが付いて初めてトゥインクルシリーズへのスタートラインに立てます」

 

 田添の言葉に三人は揃って頷いた。

 

「ですが実際、いざトレセン学園に入学出来ても担当が付かずに地方のトレセン学園へ編入する子もいますし、トレーナーが付いたとしてもトゥインクルシリーズで一勝も出来ずに地方へということもよくあります」

「そんなに一勝って出来ないものなんですか?」

「難しいですよ。俺のチームや他の名チームを見れば簡単そうに見えても、一勝するということはトゥインクルシリーズの中でかなりの壁です」

「どうしてですか?」

「みんなその一勝を狙っているからです」

 

 田添の重い一言に女性陣は思わず息を呑む。

 

「みんながみんな、その一勝を喉から手が出るほどに欲している。例え二着でも負けは負け。そして時間は待ってはくれない。クラシックレースに出るなら、一勝して尚かつファンが一定数必要になる。当然、その中で勝てなければ焦りも生まれるし、モチベーションの維持も難しくなり、本来の力を発揮出来ないという最悪な状況に陥る」

 

 田添のリアルな現場の言葉に三人の女性はもうナンパをするどころではなくなっていた。

 

「夢のGⅠのタイトルを取りたいと懸命に努力しても、必ず報われるとは限らない。でも彼女たちは負けても笑顔でライブに臨むし、次のレースへ向けてまた努力を重ねていく……立ち止まっている暇はないんです。故にそんな彼女たちを支える我々トレーナーも休んでいる暇はないんですよ」

「私、絶対悔しい中で笑顔で歌って踊るなんてこと出来ない……」

「勿論、そういう子もいますよ。そんな時にトレーナーがどうその子を支えるかによって、未来は変わるんです。だから俺たちトレーナーは担当の子を常に考えます。我々トレーナーにとってその子が担当するウマ娘の内の一人でも、その子にとってのトレーナーというのは一人しかいないんですから」

 

 真っ直ぐな眼で田添が言うと、女性たちは言葉が出なくなる。

 最初は軽い気持ちでいた。しかし田添の言葉の重みやウマ娘たちが置かれている状況を聞いている内に、その浅はかさが恥ずかしくなった。

 そして同時に田添のウマ娘を大切に思う気持ちがひしひしと伝わり、お近付きにはなれなくてもファンとして応援したいという気持ちがより一層強くなったのだ。

 

 三人は田添に深々と頭を下げてお礼を言い、帰ったら田添の担当バたちのぱかプチを買い揃えることから始めようとその場をあとにした。

 

 田添が三人の背中を見送っていると―――

 

「浮気〜」

「浮気〜」

「浮気者〜」

「少しその場をは〜なれて〜」

「戻って来てみれば〜」

「別の女と話してた〜」

 

「おいおい、勘弁してくれ……」

 

 ―――かき氷を片手にテイオーたちが真っ黒い笑顔で浦島太郎の歌の替え歌を歌ってやってくる。

 今回はあのウララでさえ参加している上、フラワーなんかは参加こそしていないが、歩く度に砂浜が大きく凹むほど力強く踏み抜いているのだから、田添は嫌な汗が流れた。

 

 彼女たちが自分に向けている感情を理解し、田添なりに受け止めている。

 しかしそれとこれとは話は別。自分に置き換えれば、自分だって下心のある男性たちにテイオーたちがナンパされているのは見たくないから。

 

「……俺にそんなつもりはない。それにテイオーたちの耳なら聞えていただろう。浮ついた話は一切していないんだ」

 

 しっかりと自分の気持ちを伝え、真意を明確にする田添。

 テイオーたちは確かに田添があの女性たちとしていた会話は聞こえていたので、本当の意味で浮気だなんて思っていない。

 しかし頭では整理出来ても、心では整理出来ないのが乙女心。それも恋する乙女の心となれば特にだ。

 

「チームリーダーとして、チームを代表して言います!」

 

 天高くかき氷(イチゴ味)を掲げて宣言するテイオーの言葉を、田添はゴクリと喉を鳴らしながら待つ。

 

「今夜ボクたちと夜ふかしするのだー!」

「するのだー!」

「しないと許さないのだー!」

 

 何故かウインディちゃんみたいな語尾になるテイオー、マヤノ、マーベラス。

 田添は無駄な抵抗はせず、それで彼女たちの気持ちが収まるならと素直に頷くのだった。

 

 ◇

 

 そしてやってきた夜ふかしの刑執行時刻。

 田添は旅館のシアタールームを借り、みんなで映画鑑賞会をしていた。

 シアタールームと言っても16畳の広さで多目的室のようなところなので、本格的な音響機器もプロジェクターもない。

 それでもテイオーたちは大満足。

 何故なら、

 

「トレーナー♡ トレーナー♡」

「トレ〜ナ〜!♡」

「トレーナーさん♡」

「トレーナーちゃ〜ん♡」

「トレーナー!♡」

「トレーナー♪♡」

「お兄ちゃん♡」

 

 田添にこれでもかと密着しながら映画が楽しめるから。

 中でも一番上機嫌なのは田添があぐらをかいて出来た脚の隙間にちょこんと座るフラワーだろう。

 カレンは相変わらず田添の左をキープでテイオーは右。

 右太ももと左太ももの枕はマヤノとマーベラスで仲良くシェア。

 そしてターボとウララは田添の背中に寄りかかり、右と左の肩に顎を乗っけている。

 みんなそれなりに体温も高いので普通の人であれば汗だくだろうが、慣れてしまっている田添は汗一つ流さずに映画を観ていた。

 

『はんっ、俺はこんなとこごめんだぜ。さっさとここから脱出してやる。お前らは大人しく、仲良く隠れていればいいさ!』

 

「終わったね、この人」

「鮮やか過ぎるフラグ建てだね。もしやアメフト選手なんじゃなくて、フラグ建築士なのかも」

「大人しく待ってればいいのにねー」

 

 マヤノ、テイオー、マーベラスと役者が演じるキャラクターの行動に言葉を零す。

 今観ているのはカレンが選んだパニック映画。フラワーやウララがいるので本格的な血しぶきブシャーな映画は避けて、おバカなB級映画にしたのだ。

 因みに映像はカレンがウマゾンプライムのものを大型モニターに映し出している。

 

「明日が休みとはいえ、流石にこれが終わったら風呂に入ろうな?」

 

 田添の言葉にテイオーたちは『えー』と不満げだが、既に時刻は23時になろうとしていて、普段ならもう明日のトレーニングに備えて休んでいる時間だ。

 なので実はターボもフラワーもウララも、田添に寄り添っていられるのは嬉しいがもう半分眠りかかっている。

 

「明日休みなんだから、とことん遊べるぞ?」

 

 田添がそう言えば、テイオーたちの目は爛々に輝き出した。

 すると同時にテイオー、マヤノ、マーベラスの三人は映画そっちのけで明日何して遊ぶかの話し合いになってしまう。

 それを見て田添は思わず苦笑いだ。

 

「明日も大変そうだね、お兄ちゃん?」

「そう思うなら助けてくれてもいいんだぞ?」

「お兄ちゃんとの思い出を作れるのに、その機会をみすみす逃すカレンだと思うー?」

「だよな」

「うんうん、潔くて素敵だよ、お兄ちゃん♡」

 

 満面の笑みで二の腕に頬擦りしてくるカレンに田添はまた苦笑いを零しつつも、こういう時間が何よりも大切な思い出になるのだろうと思う田添であった。

 

 翌日、田添はテイオーたちにせがまれて近くの水族館に遊びに行ってまた一つ思い出を作った。




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