ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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ジャイアントキリングの9月

 

 秋の大運動会も無事に終わり、トレセン学園では次なる学園行事の聖蹄祭の準備が始まっている。

 各クラスや各チーム、または有志で出し物をするので、春のファン感謝祭と似た催し物だ。

 ただ感謝祭とは違って、聖蹄祭は一般学校にあるような文化祭に近い。なので提供するサービスは有料。最終的な売上金はそのまま来年の聖蹄祭予算に組み込まれる。

 

「トレーナーは何かやらないのか?」

 

 トレーニングを終え、着替えも一番に済ませたターボが部室の外でノートパソコンのキーボードを小気味良く叩いている田添に訊いてきた。

 トコトコと近寄ってきて当然のように背中に抱きついて頭の上に顎を乗せてくるターボに、田添は画面の方を見ながら「そんな予定はないな」と返す。

 

「えぇ、そうなのか!? ゴルシのとこは担当のトレーナーを回転板に固定して投げ槍遊びをする出し物やるのに! ターボのトレーナーは何もしないの!?」

「…………それ危なくないか?」

「ゴルシのトレーナーなら大丈夫ってみんな言ってた♪ だってあのトレーナー、人間辞めてるんだろ? それに当たらないからやるんじゃないのか?」

「……それはどうだろうな」

 

 否。断じて否。ゴールドシップのトレーナーは最後の最後まで抵抗したが、危ないマッドサイエンティストにより無理矢理サインと拇印をさせられたのだ!

 因みに聖蹄祭の当日、投手のカワカミプリンセスが一投目からゴールドシップお手製トレーナー拘束&高速回転板を破壊したので彼女たちのトレーナーは白目をむき、泡を吹いて気絶するだけで済むことを三女神以外誰も知らない。

 

「何にしても、俺が当日にやることは見回りくらいだな。あとは救護の交代要員」

「えー! それだと一緒に聖蹄祭回れないぞ!」

「職員の役割なんてそんなもんさ。学生は思い出を作るのが仕事で、俺や職員たちはそんな学生たちの思い出に嫌な思い出が残らないように見回りするんだ」

「それは分かるけど〜……」

 

 田添の言葉はちゃんと理解しているターボだが、だからこそそこに田添との思い出が欲しいターボ。

 どんなに楽しくて笑顔溢れる時間だとしても、ターボだけでなく、チームのメンバーは田添がその場にいないことが寂しいのである。

 しかしどんなに駄々をこねこねしたところで、田添は責任ある社会人だ。どんなにターボが言ったところで己の責務を放棄することは出来ない。

 なので、

 

「じゃあ見回りついでにターボたちと一緒に回れば問題ないな!」

 

 最終手段を使う。

 これなら田添の仕事の邪魔にはならないし、他の大人たちが見ても見回りをしながら担当の面倒を見ていると思われるから。

 それに、

 

「仕方ない奴だな、ホントに」

 

 こうすれば田添は必ず困った笑顔を浮かべながら折れてくれる。

 本当は迷惑を掛けているという自覚があるし、彼の優しさに甘えているのも分かっている。

 でも何処までも優しい彼だからこそ、ターボが周りから何を言われてもレースで逃げることを止めなかったし、毎回信じて笑顔で『観客の度肝を抜いてこい!』なんて言って背中を叩いてくれた。

 今の自分が前よりも楽しくトレーニングやレースで走れるのは田添がいるからだ。

 だからこそ、彼との時間を作るならなんだってする。

 

「えへへ、約束だぞ、トレーナー!♡」

 

 ムギュッと田添の頭を抱きしめ、彼の頭頂部ら辺に頬擦りするターボ。

 そんな彼女に田添は「約束な」と返しながら、彼女の頭をぽむぽむと軽く撫でてやるのだった。

 他のメンバーが『ターボ(さん)(ちゃん)ばっかズルい!』という叫び声がするまで。

 

 ――――――

 

 夏の暑さも衰え、涼しい日が増えてきた。

 田添はそんな秋の訪れを感じながら、

 

「トレーナー、今度はあっちに行こうよー!」

「分かったから前を見て歩こうな、ウララ」

 

 ウララに手を引かれて商店街を歩いている。

 今日はテイオーたちがウィンタードリームトロフィー予選の前日ということで、田添が自慢の腕を振るう予定。

 そしてここの商店街はウララ行きつけの場所だ。

 なので田添はウララに案内を頼んだのだが、早速そんなことも忘れている。

 しかしそれも仕方ない。何せ普段から何かと面倒を見てくれるのは田添で、そんな田添から直々に「ウララの力を貸してくれ」と言われれば、恋する乙女ハルウララの気分は上がりまくるしかないのだ。

 

 先程から案内どころか田添を引っ張り回しているのだが、

 

「歩いてるだけで色んなの貰えるね♪」

「ウララは人気者だなー!」

「ウララさん様々ですね♪」

 

 ただウララが通るだけで、商店街の人々が温かい笑顔とお土産をくれる。

 料理の買い出しをしに来たというのに、みんな一銭も使っていない。

 その証拠に、

 

「おー、ウララちゃん! トレーナーさんとデートかい! いいねぇ! ほらデート祝いだ! ウチのヤツ(奥さん)が作ってるポテトサラダ持ってけ!」

「ウララちゃんが笑顔だとこっちまで幸せになるわ♪ ほらほら、うちの果物持っていって!」

 

 あれよあれよとお土産が舞い込んでくる。

 

「皆さんありがとうございます。マヤノ悪いが、お惣菜屋でナポリタン買ってきてくれ」

「アイコピー♪」

「マーベラスは果物屋でナシとブドウを頼む」

「マーベラァス!」

 

 しかし田添はちゃんとテイオーたちにお願いして、お土産をくれるお店で買い物をしていた。

 なのでもうみんな両手に沢山の手提げ袋を持っている。

 ウマ娘故に荷物持ちは朝飯前であるが、傍から見ると異様な光景だ。

 

「ウララ、食材も揃ってきたしそろそろ帰ろう」

「あ、うん! 分かったー! あぁ! でもちょっと待って! 最後にどうしても寄りたい所があるの!」

 

 ウララがそう言うと、田添も他のメンバーも笑顔で頷いてくれるので、ウララは鼻歌交じりに目的地へと歩を進めた。

 

 ◇

 

「おばあちゃーん! 来たよー!」

 

「はいはい、いらっしゃい。これまた大人数で、ありがとうね」

 

 お店の奥から少々腰の曲がった優しさに溢れるお婆さん。

 田添たちも『こんにちは』と挨拶をすれば、お婆さんはより一層優しい笑みを浮かべた。

 

 ウララが最後にどうしても寄りたかった場所……それは、

 

「玉子焼きしかないけど、ゆっくり見ていっておくれ」

 

 珍しい玉子焼きのみのお店だった。

 種類も出汁巻きか甘い物かといったシンプルな物しかないが、ケースに入っている玉子焼きはどれも黄金色に輝いて見える。それにレジの横には『ご相談も受付中』とあるので、リクエストも出来るようだ。

 

「良かったら試食するかい?」

 

 お婆さんはそう言いながら、二種類の玉子焼きを一口サイズに切った物を持ってきてくれる。

 みんなはお礼といただきますをして玉子焼きを食べると、

 

「おいしーっ!」

「ふわふわだー!」

「とっても美味しいです!」

「マヤこんなに美味しいの食べたことなーい!」

「ふわふわとろとろでマーベラス!」

「いつ食べてもおばあちゃんの玉子焼きは美味しいなぁ!」

「今まで食べた中で一番かも!」

 

 みんなそれはもう大絶賛。

 田添なんかは美味し過ぎて、またその優しい味に思わず目頭が熱くなる。

 

「嬉しいねぇ。こんな婆が作った物でもこんなに喜んでもらえるなんて」

 

 お婆さんは田添たちの反応に心から喜び、より一層目を細めた。

 

「ええ、おばあちゃんがこれ作ってるの!?」

「そうだよ」

「こんなに沢山あるのにか!?」

「昔はもっともっと焼いてたんだよ」

 

 テイオー、ターボの言葉にお婆さんはほほほと笑いながら返していく。

 何でもずっと同じ場所でずっと玉子焼きを売ってきたというので、みんなは驚いた。

 

「80過ぎてもこうやって元気でいられるのは、みんなが婆の玉子焼きを美味しい美味しいって食べてくれるからなんだよ」

 

 そう話すお婆さんの表情はとても温かいもので、みんなウララが通うのも納得がいった。

 そもそも、

 

「これ、お正月の時にウララが持ってきた厚焼き玉子か」

「そうだよ! ここの玉子焼きはね、お惣菜屋さんでも売ってて、それでわたしも知ったの!」

 

 みんな一度食べていた。

 何でもここのお婆さんとお惣菜屋の店主は親子らしく、息子が独立してお惣菜屋を始めたがお婆さんはお婆さんで夫と過ごしたこの店を続けることを選んだらしい。

 

 その後お婆さんと談笑し、帰る頃にはすっかりお婆さんの玉子焼きの虜となった。

 

 ◇

 

 少し予定が遅くなったものの、みんな外出届は各寮長へ提出済みなので、田添は存分に料理に専念する。

 テイオーたちは田添が作ってくれる料理を居間のテーブルに運び、食事会が始まるのを心待ちにした。

 

「えー、それじゃあ、予選突破目指して、頑張るぞー!」

『おー!』

 

 田添の挨拶で食事会が始まる。

 テーブルには商店街で買ったり頂いたりした物がところ狭しと並べられ、みんな思い思いの料理に手を伸ばして頬張った。

 

「トレーナー、このコロッケ美味しいよ!」

「それは貰ったポテトサラダにひき肉を加えて揚げたんだ」

 

「トレーナー、このオムレツ、ターボ好き! とっても美味しいぞ!」

「それはナポリタンに卵と粉チーズを入れて焼いたんだ」

 

 他にもニンジングラタンやフライドポテトならぬフライドニンジンやら、多くの料理が並ぶがその殆どは商店街で手に入れた惣菜などに田添が一手間加えた物ばかり。

 お惣菜自体、元々が美味しいためそのまま温めて並べれば楽だろうが、そこは田添の『手料理を振る舞う』という約束は守るというプライドが許さなかった。

 

「このグラタン美味しい〜♪」

「粉チーズかけるともっとマーベラス♪」

「私はこのコロッケが好きです♪」

「ウララは全部好きー!」

「ウマスタにあげよ〜っと♪」

 

 みんなの笑顔を見れて、田添は満足そうに頷いている。

 作った物を美味しいと言って食べてもらえることは、作り手としてこの上ないご褒美なのだ。

 

「でも今日の主役は、やっぱりあのおばあちゃんの玉子焼きだね♪」

 

 テイオーが言うように今回の主役はテーブルのセンターになんの手も加えてない、あの玉子焼きだった。

 玉子焼きは手順と火加減さえ失敗しなければ誰でも簡単に作れる。

 しかしだからこそ奥が深く、あのお婆さんの玉子焼きは段違いだ。

 

「甘いのも出汁のもどっちも最高だぞー♪」

「マヤ、今度パパとママに買ってってあけよー♪」

「私はエアグルーヴさんたちに教えます♪」

 

 玉子焼きを食べながら、笑顔が零れる食卓。

 田添はそれを見ながら、あのお婆さんを心から尊敬する。

 

「俺も今度実家に帰る際にはこの玉子焼きを土産にしようと思うよ」

 

 田添がそう言って玉子焼きを頬張ると、みんなも『そうしよー!』とより一層笑顔が溢れた。

 

 後日、テイオーたちがすっかり常連客となった玉子焼き屋のお婆さんは、

 

『ほほほ、100歳過ぎても作るしかないねぇ』

 

 とご機嫌だったという。




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