ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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ミーティング前の戯れ

 

 とある日の午後

 

「みんな集まったな?」

 

 吉部が使うトレーナー室で、ルドルフは皇帝の面構えでメンバーへ声をかける。

 今日はトレーニングはなく、来月のトレーニング方針を決めるミーティングのみ。

 吉部はトレーナー会議のため今はこの場にいないので、ルドルフは日頃から目に余る規約違反をこの際にメンバーと審議しようと考えた。

 

 メンバー全員が揃っていることを確認したルドルフは、

 

「では、罪人ナリタブライアン。何か申し開きはあるか?」

 

 マイペースにソファーで寛ぎながらビーフジャーキーをモヒるブライアンに問う。

 

「なんのことだ?」

 

「分からないのか、ブライアン? つまり罪人である自覚はないということだな?」

 

「会長が何を問題にしているのか、さっぱり分からんな」

 

 これっぽっちも悪びれる様子のないブライアンに対し、ルドルフは怒気が増す。

 

「そうかそうか。つまり君はそういうウマ娘だったんだな。残念だよ、ブライアン」

 

 そうつぶやくとルドルフはノートパソコンを開いて、メンバーらに見せつけるようにとある動画を再生させた。

 そこに映し出されていたのは、

 

『おい……』

『ああ、分かった。おいで』

『ん』

 

 吉部に膝枕を強要して、彼の寵愛を独り占めする卑しいブライアンの姿だった。

 

「これだけじゃない。ブライアン、君はいつもトレーナー君に膝枕をさせているな?」

 

「だからなんだって言うんだ?」

 

「だから? ふはは! 全く、ここまで厚顔無恥だといっそ清々しいな!」

 

 ダンッ!

 

 ルドルフはテーブルに穴が開かない程度に加減をしながら拳を叩きつける。

 

「メンバー諸君! メンバー内に裏切り者がいたらどうする? そうだね粛清だね! よってこれからブライアンの粛清を執行する!」

 

 つまりルドルフの言い分はこうだ。

 ブライアンが吉部に膝枕をさせているので、自分が甘える時間を確保出来ない。ならばこれはチームの規約違反としてみんなで裁こうと。

 

 しかし、

 

「それは不当判決かなー」

 

 チームリーダー、シービーが異を唱える。

 

「理由を聞こうか、シービー?」

 

「そもそもブライアンは規約違反をしてないからねー」

 

 シービーの言葉にルドルフは思わず耳を絞った。

 当然だ。こんなにも証拠が明らかなのに、違うと言うのだから。

 

「そもそも見直してご覧よ、ルドルフ。その動画もそうだけど、ちゃんと他のメンバーも一緒にいるよね? あとルドルフのことだから、アタシに反論されることも考慮して第三条も理由にブライアンを裁こうと思ってるんだろうけど、それにも当て嵌まらないから」

 

 シービーが涼しい顔で告げると、ルドルフは拳を握り締め、苦虫を噛み潰したように顔をしかめながら視線を逸らす。

 

「ハッ、図星かよ。ったく、くだらねえ茶番だったな」

 

 シリウスが煽るように言えば、即座にシービーが「こーら」と注意を入れた。

 シービーもシービーなりにルドルフの嫉妬心は分かっているから。

 

 そもそもチーム『ナイトスカイ』の規約とは、他ならぬ吉部トレーナーへ対すること。

 

 チーム規約

 第一条:トレーナーを無断で独り占めするのは禁止

 第二条:トレーナーの意見を聞かずに自分の気持ちを押し通すのは禁止

 第三条:トレーナーを困らせる行為は禁止

 第四条:トレーナーを悲しませる行為は禁止

 第五条:どんな結果であれ、トレーナーの決断を尊重する

 

 以上がシービーがルドルフやシリウスと決めたチームの規約。

 シービーもルドルフもシリウスも、吉部トレーナーを愛し、独占したい気持ちを常に持っている。

 しかしそうすると確実に争奪戦となり、下手をすると死者が出る。主に吉部の身が危ない。

 この規約を作る大きなきっかけは三人共に譲る気など持ち合わせておらず、吉部が新しくスカウトしたブライアンがシービーたちが想像していた以上に甘え上手で、吉部も純粋にウマ娘が好きなのもあって甘えられても拒まずにいたから。

 ならば平和のために同盟を結ぶ他なかったのだ。

 流石にこの規約を加入した際に説明したブルボンとウオッカが、自分たちに張り合うくらい吉部を好きになるとは想像していなくて驚いたものの、彼に魅了されてしまうのは致し方ないことだとも思えた。

 

 ということで、ルドルフがブライアンに対して難癖をつけるのはもう日常茶飯事。

 シービーとしてはこれはこれで日々を楽しませてくれるスパイスだと思っているが、吉部のことを考えれば出来るだけ平和な環境にしてあげたい。

 

「ルドルフの気持ちも分かるけどさ……もう少し余裕を持ちなよ。そうやって毎回毎回噛みついて、ブライアンに負けを認めるようなものだよ」

 

 先輩として、友達として、優しくも真剣な言葉をルドルフに紡ぐシービー。

 対してルドルフは頭では理解していても、心が理解することを拒絶する。

 ルドルフにとって、吉部は自分を本当の皇帝にしてくれた恩人であり、自分の矛盾した夢を笑わないで信じて、手助けしてくれる愛しい男なのだ。

 そんな彼の側にはいつもメンバーの誰かがいる。いつもは余裕を持っているように見せているだけで、本心では独占欲を抑えるのに必死なのだ。

 

「……あの、生意気なこと言いますけど、束縛するオンナは嫌われますよ、会長」

「束縛は愛の証だとの意見もありますが、束縛は愛ではなく押し付けだと私は思います」

 

 ウオッカやブルボンにまで言われると、流石のルドルフも肩の力を抜く。

 彼女たちが言うように、本当に彼を愛すならば彼が彼らしく過ごしていることを喜ぶべきなのだ、と。

 

「でも、会長。ブライアン先輩がトレーナーに膝枕させるのはいつものことじゃないスか。そうめくじら立てずに、シービー先輩たちみたいにどっしり構えてればいいと思いますよ。なんだかんだ会長だってトレーナーにはいつも構ってもらえてるんですし!」

 

 ウオッカが励ますように言えば、ルドルフは『ああ、自分が一番子どもだな』と思わずため息を吐いた。

 

「そうだね……ブライアン、すまなかった」

 

「別にいつものことだし、もう慣れた。気にしてない。会長が不器用なのも知ってるしな」

 

「だったら少しは遠慮してほしいんだが?」

 

「なら会長は遠慮したことはあるのか?」

 

「……ないな」

 

「そういうことだ」

 

 ブライアンがフッと鼻で笑って返せば、ルドルフは苦笑い。

 結局のところメンバーの誰もが吉部に対してだけは遠慮なく素の自分でいられて心地良いから。

 

「ちょっとは反省したみたいだから、今回はルドルフにトレーナーの右隣に座る権利をあげよう」

 

 シービーがそう言うとルドルフはすぐに「いや、反省しているからこそ今回は辞退させてくれ」と断った。

 

「そういうとこが不器用なんだよ、皇帝様は。私ならせっかくのチャンスをみすみす逃しはしないがな」

「なんとでも言ってくれ。けじめみたいなものだ」

「そうかよ。んじゃ、そういうことなら残りでアイツの隣の席争奪戦だな」

 

 シリウスがそう言って拳を握ると、ルドルフを除いた面々でじゃんけん勝負となり、右隣はウオッカ。左隣はブルボンが勝ち取った。

 

 ―――――――――

 

 またとある日の午後

 

「ぐぉ〜……ぐがぁ〜……」

 

 吉部は完徹によりソファーベッドで仮眠中。

 普段の仮眠ならメンバーらがトレーナー室に入ってきた音で目覚めるのだが、今回は違って熟睡している。

 当然、こうなると吉部は多少強く揺すったところで起きない。

 なので、

 

「一回部屋を出て、じゃんけんね♪」

 

 シービーの指示に従うメンバーはドリームリーグのスターティングゲートに入る時のような気迫で廊下へ出る。

 

 何故じゃんけんなのか。それはこれから吉部の隣で添い寝する順番を決めるため。

 彼が寝ている最中に胸元へ潜り込むと、無意識にそれを抱き寄せる癖がある。

 そうした癖は幼い頃に両親を亡くし、祖母にいつも抱きついて寝ていて、この時ばかりは祖父もとやかく言わなかったのだ。

 

 今となってはそれはそれは可愛らしい癖であり、今でも実家に帰れば祖母に一緒の布団で寝ないかと言われてしまうくらい。流石に今は祖父が「子離れせんか。克ももう大人だろう」と注意してくれる。

 

 こういう理由で、熟睡中の吉部はみんなにとっては抱きしめてもらえる数少ないチャンス。

 故にじゃんけんは熾烈を極める。

 最初はグー。じゃんけんぽん。じゃんけんとぽんの間。僅か一秒あるかないかの時間に、彼女らはその持ち前の動体視力とこれまでの対戦成績を加味してあの手この手とグーチョキパーを繰り出していく。

 その速度は凄まじく、常人が傍から見ればただ普通にじゃんけんをしているとしか思わない。

 しかしそれなりに動体視力に自信がある者が見れば、それはじゃんけんと言う名の格闘技に見えるだろう。

 

 凄まじい熱気が外気で冷やされ、彼女らの手の部分は霧掛かり、勝負の行方はその霧が消えるまで分からない。もうこの時点で自分が出している手を変えるのはルール違反であり、変えてもバレる。

 それを数回繰り返していき―――

 

「……私の勝ちだな」

 

 ―――勝者シリウスシンボリはにやりと口端を上げた。

 霧の中の熱戦。最初に敗れたのはミホノブルボン。目測を見誤り、パーを出した結果全員がチョキだった。

 そしてナリタブライアン、シンボリルドルフ、ウオッカと破れ去り、ミスターシービーとの一騎打ちを見事に制す。

 

 その間、たったの数秒。一分も掛からない激闘。

 早くに決着をつけないと吉部と添い寝をする機会が失われてしまうから。

 

 ―――

 

「んんっ……ぐぉ〜……」

「ッ♡ 〜ッ♡」

 

 程良い締め付けで吉部に抱き寄せられるシリウス。

 その顔は普段の凛々しい彼女ではなく、完全にメスとなっており、その瞳の奥にはハートマークが浮かぶ。

 ギュッ……ギュッ……と腕に力が込められる度に、シリウスは思わず尻尾の付け根がピクンピクンと跳ねた。

 そして、

 

「お"っ……ふぅ……♡」

 

 ついつい品のない熱い吐息が零れてしまう。

 しかし仕方ない。シリウスは吉部のことを愛しており、匂いフェチで、彼の匂いは彼女の中でどストライクなのだから。

 

「シリウス、時間」

 

 シービーがそう告げれば、シリウスは「お、おこひへふれ……♡」と呂律が回ってない。因みに一人が添い寝していい時間は五分。

 こうなるのはいつものことなので、シービーは肩をすくめながらも、シリウスを吉部の抱擁から救い出し、今度は自分がそこへ入り込む。

 

「ッ……ぁ……ぁひっ♡」

 

 シリウスに違わず、シービーも吉部からの抱擁で品のない吐息を零した。

 顔を胸元に押し付けられ、背中をギュッギュと締められ、それはこの上ない快感を与えてくれる。

 こうなってしまえば、普段飄々としているシービーですら、即座にメスの顔を晒して、あられもなくよだれを垂らすのだ。

 

「いいなぁ……」

「待ち時間が本当に長く感じるな」

「やべ、鼻にティッシュ詰めねぇと……」

「私の番まで、どうか起きないでください、マスター……」

 

 思わず人差し指を咥えて待つルドルフ。

 ビーフジャーキーをモヒって気を紛らわせるブライアン。

 鼻出血になった時のために予め鼻に詰め物をするウオッカ。

 まるで祈りを捧げるように両手を組むブルボン。

 そして床に転がされているのに、相変わらず恍惚な表情のままのシリウス。

 

 結局、ブルボンが終わるまで吉部が起きることはなく、ミーティングはかなり時間が過ぎてから始まったのだが、吉部は何故シービーたちがみんな赤い顔をしているのか分からなかった。




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