季節は冬。吐く息が白く映り、気温の低さを教えてくれる。
暑さも人を困らせるが、寒さも人を困らせるのに十分。
「うぅ……寒い……寒いよぉ……」
なので寒がりな南田にとって、冬という季節は最大の天敵である。
今もトレーナー室でふわもこブランケットを敷いたソファーの上で横になりつつ、防寒着のダウンジャケットにプラスしてマイクロファイバー毛布に包まっているのだ。
室内なのに大袈裟過ぎではないかと思うだろう。
しかし理由は至ってシンプルだ。
まず南田のトレーナー室のエアコンが不具合で修理中であり、電気ストーブも石油ストーブもつい先日、フクキタルのラッキーアイテムによる土砂崩れによって壊れ、暖を取る文明機器がなくなってしまっている。
だというのに昼間、生徒たちが野球をしていた際にホームランをかっ飛ばしたどこぞの野球好きお嬢様ウマ娘の打球によって窓ガラスが割られ、室温が一気に低下。
なので南田は奥歯をガタガタさせながら仕事も手につかず、この状況を耐えていた。
「うぅ……」
「お兄さま、大丈夫?」
「あぁ、ライス……ライスなのかい?」
「うん、ライスだよ」
「ライス。今までよく僕についてきてくれたね。あぁ……でも、ライス……僕はまだ君に……。今は、君の顔が……少し……とおい…………」
「お兄さまぁぁぁぁぁ!!!!!」
安らかな顔でまぶたを閉じようとした南田を、ライスが抱きしめて阻止する。
そうすればウマ娘特有の人間よりも温かい体温によって、南田の体温は幾分マシになってきた。
「ちょいちょいちょいちょい、なんやこの茶番は?」
当然、ライスがいるなら他のメンバーもいる。
タマモのツッコミに南田は「いや、もうホントに死にそうだった」と返しつつ、ライス湯たんぽで暖を取ることをやめない。
またライスはライスで嬉しそうにヘブン状態で破顔している。
「トレーナー、私も温かいぞ?」
「トレーナーさん、私も体温には自信があるんだ。ここは平和的に交代制にしないかい?」
「フジさんはお兄さまに厭らしいことするからダメだよ」
「寮長である私を敵に回すのは得策じゃないなぁ。チキンライスちゃん」
「ライスシャワーだよ!」
「あ、ごめんごめん。ケチャップライスのがお好みかな?」
「ライスシャワーだよ! ライスの名前で遊ばないで!」
「元は君が始めた戦争だろう?」
「私はチキンライスもケチャップライスも大好物だ」
「オグリ、黙っとけや。それとフジ、名前弄るんはやめたれ。誰しも親に貰った大切な名前なんや。面白可笑しくネタにしてええもんやない。名前弄るんはその親を侮辱するんと一緒やで」
タマモがバシッと注意すれば、フジは素直に頷いてライスにも謝った。
「ねぇ、流石にここ寒過ぎるから場所移さない?」
「どうせ今日はトレーニングもないんだから、とりまカフェテリアで温かいお茶でも飲もうよ」
タイシンとシチーの言葉に南田は「ああ、そうだね」と頷く。
しかし、
「その前にやることがあるんだ」
彼はとてもいい笑顔でソファーから立ち上がった。心なしかその眼光は鋭く見える。
ゆらりと南田が動いた瞬間、目にも留まらぬ速さで姿を消し、とあるウマ娘へ手を伸ばした。
「マチカネフクキタル……今そっと部屋の隅に置いた粗大ごみは何かなぁ……僕の見間違いかなぁ?」
「イギャハアァッ!!!?」
ガツッとフクキタルの後頭部を鷲掴みにする南田。
しかしそれも仕方ない。何しろこの前の土砂崩れを期に一掃したフクキタル曰くラッキーアイテム……それを早速トレーナー室に飾ろう(投棄)しようとしているのだから、南田がそれを許すはずがないのだ。しかもいつもは『フク』と呼ぶのに、敢えてフルネームで呼んでいるのも、南田の本気度が分かるだろう。
「そんなガラクタをトレーナー室に置くんじゃない。そもそもそんな見るからにどこぞのメジロの至宝に寄せた信楽焼たぬきの置物をどこで拾ってきた? 元の場所に戻してきなさい」
「おかんかいな。犬猫拾ってきたとちゃうねんぞ?」
「アッ………アッ………アッ………!」
「語彙力低下し過ぎてて草」
「ウマとムスメの神隠しのウマナシさんのものまね……かな? フクキタルさん上手だね!」
「っ……いや、そのコメント芝」
恐怖で声が出ないフクキタルを見てシチーが笑いつつその光景をスマホ撮影し、首を傾げながら明後日の解釈をしているライスの言葉にタイシンは不覚にも吹いてしまった。
「マチカネフクキタル……それは捨てようか?」
「し、しかしですね――」
「捨てるよね?」
「ででで、でも――」
「捨てよう」
「アッ――」
「捨てろ」
「ハイ!」
いいお返事をしたフクキタル。
そのお返事に満足した南田は先程とは180度違う温かい笑顔で「いい子だ」と囁きながら、フクキタルの頭を撫でる。
「フクキタルは絶対あっちの気に目覚めてしまったみたいだね」
「トレーナーはキレると鬼やのにな……ドM過ぎんでホンマ……」
フジのつぶやきにタマモがそんな言葉を返せば、その意味が分かる者たちだけは苦笑い。その中で唯一純粋なオグリだけが首を傾げていた。
「にしても今日寒いよね。予報だと雪降るみたいなこと言ってたし、この寒さなら本当に降るかもね」
「ならカフェテリアとか行かずに帰らない? トレーナーもさ。どうせこの部屋の惨状じゃ仕事にならないでしょ?」
シチーのつぶやきにタイシンが促すと、南田は「そうするか」と頷いた。
しかし、
「……さ、寒い……毛布から抜けられない……」
帰りたいのに寒過ぎて毛布を取れない南田。
彼のその気持ちは分かるが情けなくて愛らしい、と皆が見つめていると、
「……雪だ」
タイシンが窓の外を見てぽつりとつぶやいた。
「はぁ、なら寒い訳やで」
「かき氷の食べ放題……!」
「いや、雪は衛生面ヤバいから食べちゃダメですよ、オグリ先輩。というか去年も同じこと言った気が……」
心躍るオグリをシチーが止める横で、ライスやフクキタルは『ゆ〜きやこんこ♪』と歌っている。
一方で南田は凍えていても頭ではしっかりと彼女たちのことを考えていた。
「みんな、雪が積もるかは分からないけど道が埋もれていないうちに帰った方がいい。積もってからだと転倒する可能性もあるから」
ガチガチと奥歯を鳴らしながら告げれば、みんなも南田の言葉に頷いて帰ることに。
しかしトレセン学園は広い。
広いということはトレーナー室のある場所から正門までは結構な距離がある。
ウマ娘であれば走ってしまえばすぐの距離であるが、雪のため南田が走ることを許さなかった。
しかも途中、フクキタルが黄金の船から何やら変なラッキーアイテムを貰おうとし、それを当然南田が止めたというひと悶着もあって、大幅にタイムロスした結果、
『学園内に残っている生徒にお知らせします』
帰宅途中の雪での事故や怪我を避けるため、学園内に留まるようにと知らせる園内放送を流した。
「マチカネフクキタル♪」
「ずびばぜん!」
ニッコニコで灼熱の怒気をまとう南田のアイアンクローを受けながら、フクキタルは大声で謝る。
みんなはそれに苦笑いするが、
「ということは今夜は学園に泊まるってことだね」
フジの言葉を聞いて電流が走った。
当然だ。意図せず愛する南田とお泊まり会が出来ることになったのだから。
「購買に行けば食料や下着はいくらでも売ってるし、一晩くらいは余裕だろうけど、問題はトレーナーじゃない? 流石に男性物の下着は購買には置いてないでしょ?」
シチーの言葉に南田は「いや、僕は帰るよ? アンデルセンが待ってるし」と当然のように言えば、みんなは見るからにガックリと項垂れる。
しかしアンデルセンのお世話なら仕方ない、とは思った。
その横で、
「……私の糧が……」
フジだけ絶望感に打ちひしがれている。
彼女にとって彼のニオイは至高。故にそれが堪能出来ないと分かったことで、上げて落とされる法則によりテンションが急転直下なのだ。
「いや、仮にトレーナーも泊まることになったとしても、フジは寮長として帰らなあかんやろ」
「そうなの!?」
「初耳でしたーみたいな反応すんなや! 寮にすでに帰ってる子らの面倒見んとあかんやろが!」
「おぅ……ジーザス……寮長なんて引き受けるんじゃなかった……」
「でも寮長やってるからその権限でトレーナーに看病してもらってたのどこの誰だっけ?」
「私さ!」
大きなショックを受けながらもシチーの言葉に冗談混じりに返せるフジ。それを見るとみんな『実はそこまでダメージは受けていないのでは?』と思ってしまった。
「とにかくウチらはそれぞれの教室戻ろか」
「ですね。教室で担任から説明あると思いますし」
「それじゃあお兄さま、ライスたちとはお別れだね……また明日、ね?」
「さようならです、トレーナーさん!」
ライス、フクキタルが別れの挨拶を南田にすれば、他のメンバーも挨拶をする。
南田もそれに返事をすると、フジ以外は各々の教室へと戻っていった。
「じゃあフジは僕と行こうか」
「え?」
「一人で帰す訳ないだろう? 転んで怪我をしたら大変だ」
「…………寮長やってて良かった♡」
フジは絶好調になった。
何しろ南田と相合い傘で、ピッタリと彼の左腕に抱きついて寮まで送ってもらえるのだから。
◇
「〜♪ 〜〜♪」
「随分ご機嫌だね、フジ」
「当然さ♪ トレーナーさんをこうして独り占め出来てるんだから、本当なら踊り出したいくらいなんだ♪」
「雪の上ではやめてね」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと言うことは聞くから♡」
頭をこれでもかと南田の肩に寄せ、二の腕に頬擦りするフジ。
尻尾も彼の太ももに巻かれ、もう互いのニオイが混じり合ってひとつになっている。
フジはそれが堪らなく嬉しくて余計に機嫌が良くなるが、もう寮に着いてしまった。
「じゃあまた明日ね、フジ」
「……やだ」
「へ?」
「まだ帰っちゃや」
「唐突な甘えん坊……」
「いいじゃないか……普段はそれなりに抑えてるんだから」
「え、あれで?」
「あれで」
まさかの発言に南田は思わずぽかんとしてしまうが、そんなのフジは気にしない。
寧ろ彼が呆気にとられていることをいいことに、持ち前のパワーで寮の厨房まで連れて行ってしまった。
「一休みくらいいいだろう? 寮にいるはずのポニーちゃんたちも今日はほぼ学園にいるんだし、人目を気にすることなく過ごせるよ? 今ココアを淹れるからさ♡」
「それを飲んだら帰るからね?」
「うん、ゆっくり飲んでね♡ じゃなきゃもう一杯淹れちゃうよ?♡」
「分かった分かった」
こうして南田はフジに言われるがまま、二人きりのティータイムを過ごした。
その後、無事に帰宅した南田だったが、愛犬アンデルセンが飼い主にまとわりつくフジのニオイに嫉妬し、これでもかと上書きしたそう。
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