厳しい寒さが肌を刺す2月。
それでもウマ娘たちはそんな気温の中でも、自身の夢のためにトレーニングメニューをこなす。
走って、走って、走り抜いて……その努力が必ず報われるという保証はなくても、勝者は皆同じく努力を惜しまずにしているのだ。
「ラスト一本! ただ怪我だけはしないように! 足に違和感があったらすぐに減速すること!」
メガホンを片手に声を張り上げる南田に、タマモたちは威勢の良い返事を返して加速する。
各々目標とするモノは違えど、『走る』ことに関しては同じ。
故に切磋琢磨し、皆が皆、己の強味をより磨き、誰にも負けない速さへと、誰もが臆する速さへと、他を圧倒する速さへと進化するのだ。
◇
「やぁ、キツかったわぁ!」
「そんなこと言って、アタシのことは平然と差してったじゃないですか……」
「白い稲妻の異名は伊達やないで♪」
トレーニングコース場近くに設けられたシャワールームで、汗を流すチーム『不屈』のメンバー。
今日の最後のあの一本……見事一番にゴールしたのはチームリーダーのタマモだ。
「お腹が空いてお腹と背中がくっつきそうだ……」
「ライスもお腹空いちゃった……」
一方でオグリやライスは平常運転。
オグリに至ってはシャワーの音に負けないほどの腹の虫が鳴き、寧ろ阿鼻叫喚だ。
「まあまあ、汗を流し終えればあとは楽しい節分パーティーなんだから、もう少しの辛抱さ」
そんな二人にフジが優しく声をかければ、二人して真剣な面持ちで頷いて早くも臨戦態勢に入った様子。
「他所のチームはご丁寧に豆撒きまでやってるとこもあるみたいだけど、うちのチームはそんな無駄なことしないらしいから楽だよね」
「私としては豆撒きもした方がいいと思うんですけどねぇ。炒り豆を撒くことで邪気祓い、運気を招くという日本ならではの伝統ある行事ですから」
現代っ子であるタイシンの言葉にフクキタルがそう返せば、タイシンは「ならやってるチームのとこに混ざってくれば?」と返す。
当然、フクキタルはそれを「ノーゥ!」と拒否。
伝統行事も大切だが、フクキタルにとっては運命の人である南田と過ごせる時間を増やす方がもっと大切なのだ。
「フクは忘れたんか?」
そこへタマモがそんなことを言う。
フクキタルは「はて?」と首を傾げると、
「去年の節分や。忘れたとは言わせへんで?」
と鋭い眼光を向けられてフクキタルは「マ"ッ!?」と短い奇声をあげて、タマモの視線から顔を背けた。
「大惨事だったよね。去年は」とシチー。
「豆撒きをしたまでは良かったんだけどね」とフジ。
「でも豆撒きしたらフクキタルが放置してた開運グッズが豆の衝撃で雪崩れのように崩れて……」とタイシン。
「ライス……力いっぱい投げちゃったから、色んな開運グッズ壊しちゃった……」とライス。
「トレーナーが作ってくれた料理も雪崩れに巻き込まれて……私は久々に本気で泣いたぞ」とオグリ。
みんなが当時のことを思い出して遠い目をした。
簡単な話、去年はフクキタルの強い要望でトレーナー室で節分に豆撒きをしたのだが、オグリやライスは南田のパーティー料理を目の前にしたことで力加減を誤り、ついつい本来の力で豆を投げてしまった。
そしてその結果、オグリとライスのパワーが込められた豆たちはフクキタルが南田のために飾った開運グッズの数々に被弾し、その衝撃で棚ごと崩れて床に散乱したのだ。
開運グッズの中には瀬戸物やガラス細工の物もあったため、割れる飛び散るの大惨事に。
結局パーティーどころではなく、みんなで掃除をして終わったという苦い思い出。
元凶を作り出したフクキタルは南田にアイアンクローをされ、掃除中はトレーナー室の前で『私は大罪人です』と書かれたプラカードを首から下げて廊下に正座させられていた。それでも南田の優しさで座布団の上で。
「し、しかしですね……あれ以来、トレーナー室は定期的に私の開運グッズをお焚き上げしていますから、豆撒きをしてもあのような惨状は起きないと思うんです……」
弱々しくも小さく手をあげて反論するフクキタルだが、
「食べ物の恨みは恐ろしいで?」
とタマモが返せば、オグリが物凄い形相でフクキタルを睨んだ。それはまるで飢えた怪物の様。
これにはフクキタルも「すみません」と素直に謝る。
「ほらほら、もうその話はお終い。豆撒きはしないけど、トレーナーがせっかく節分料理用意して待ってるんだから、楽しまなきゃ」
タイミングを見てシチーが空気を変えると、メンバーもフクキタルも笑顔で頷くのだった。
◇
シャワーを終え、南田が待つトレーナー室に戻ってきたタマモたち。
彼女らがシャワーを浴びに行っている間、南田は今日のために用意してきた料理をテーブルに並べて待っていた。
テーブルの中央に鎮座するのは節分の定番料理となった恵方巻き。
中味は七福神に因み、7種。
甘辛く煮つけたニンジンのささがき、シイタケ、カンピョウ。あとは定番の錦糸卵、桜でんぶ、カニカマ。そして具材を酢飯に巻き込む前のクッション役としてレタス。
こうすることで酢飯がボロボロにならないのだ。
サイズはどれも直径約4センチ、長さ約15センチ。
しかしタイシン用に至っては南田と同じように長さも太さも控えめである。
一方でオグリ、ライス用は長さ太さ共に軽く2倍なので、比べると一目瞭然だ。
恵方巻きの他には一口サイズに切ったイワシの切り身をカリッと揚げたチキンナゲットならぬイワシナゲット。
そしてけんちん汁。こちらも七福神に因んでニンジン、ゴボウ、ダイコン、コンニャク、福豆、サトイモ、小ネギの7種の具材が入っている。
あとはオグリとライスのリクエストで蕎麦だ。
天かす、ワカメ、とろろ、お揚げと取り揃えてあり、好きなトッピングで食べられる。
「今年も豪勢やなぁ!」
「そうかな? 下拵えはしてあったし、今日のためにカセットコンロも持ってきたから、パパッと仕上げた物だよ。けんちんも温めておいた」
「ええ旦那になるで、ホンマに」
タマモの言葉にメンバー全員が同意して頷くと、南田は少し恥ずかしそうに咳払い。
その仕草が愛おしく、みんな胸が甘い悲鳴をあげた。
「そんなことより、みんなパーティーを始めよう。外出届は提出しても最終門限があるんだからね」
『いただきまーす!』
こうしてタマモたちは愛する南田の手料理に舌鼓を打ち、厄払いするのだった。
―――――――――
今日はバレンタインデー。
今ではすっかりチョコレートを贈る日となってバレンタインデーという1つの行事を楽しむ方がメインといるが、
『…………』
チーム『不屈』の面々にとっては一切楽しめない行事である。
何故なら、
「なぁ、ウチらのトレーナー、モテ過ぎやんな?」
彼女たちが愛して止まない南田が異性からチョコレートを多く受け取っているからだ。
社交辞令や感謝、義理といった理由で受け取っているなら、タマモたちも『いっぱい貰えて良かったね』で済む。
しかしながら、
「あの、南田さん……これ、受け取ってください!」
「え、いいの? ありがとう」
このように南田は異性から呼び出され、二人きりの空間でチョコレートを貰っているのだ。
しかも今日はこれで20人目と来るのだから、タマモたちの心境は穏やかではない。
最初は女性の同僚や女性教師から貰い、何度か軽くアドバイスをしたウマ娘たちからもいくつか貰った。
そこまではいいのだが、一人……また一人と、南田を呼び出してチョコレートを贈る異性が現れたのである。
トレセン学園の教師や、ウイニングライブのダンストレーナーにボーカルトレーナー、カフェテリアの調理員、購買部の店員に何度か取材を受けた記者やレース場スタッフ……誰もが乙女の顔をしていた。
そんな彼女たちの気持ちに気付いていないのは意中のお相手である南田のみ。
「別にチョコレートをトレーナーさんに渡すくらいはいいじゃないですか」
メンバーの中で唯一冷静なのはフクキタル。
物陰から見守るメンバーにかけたフクキタルの言葉に、メンバーは揃って鋭い眼光を向けた。
いつものフクキタルならば奇声をあげてしまう場面であるが、今回のフクキタルはどこ吹く風といった様子。
「どういう意味や、フク?」
「どうもこうも……相手はトレーナーさんですよ? 皆さん、私たちのトレーナーさんに好意を寄せてチョコを渡してはいますが……そのお気持ちまではトレーナーさんには届いていないでしょう」
フクキタルの言葉にメンバーの誰もが『ハッ』とした。
そう、南田は超がつく鈍感男で、自虐的。
南田からすれば彼女たちがこんな冴えない自分を好いているとは到底思いもよらず、ただチョコレートをくれる優しい人ということで完結してしまうのだ。
なので嫉妬するだけ無駄であるとフクキタルは言う。
それを聞いてメンバーの嫉妬のオーラはスンッと消えた。
寧ろあれだけしても思いが伝わらないということに同情の念すら抱いてしまう。
なのでタマモたちは自然とその女性たちに手を合わせるのだった。
◇
しかしそれはそれ。これはこれ。
タマモたちだって、この日のために南田にチョコレートをちゃんと準備している。
「トレーナー、今日バレンタインやろ? ウチらからもあるで!」
「わぁ、嬉しいなぁ」
先回りしてトレーナー室に戻ったタマモたちが、戻ってきた南田を出迎えてタマモが代表して告げれば、彼はとても嬉しそうに声を弾ませた。
「ではでは私から! 開運チョコです!」
「……ありがとう」
「ギャバー! 反応がつれない!」
「フクのこの手の物って信用してないからね」
「容赦もないー!」
「因みにどういうのが入ってるのかな?」
「ご説明しましょう! まず、チョコレートは普通です。市販されていたものです。しかーし! そこへ実家の神社に奉納されました日本酒を注ぎ、縁起物であるいよかんとモモのピューレを混ぜ込みました!」
「……味がごちゃごちゃしてそう」
「辛辣ぅ!」
言葉はアレでもフクキタルの気持ちは嬉しいのでちゃんと受け取り、お礼に彼女の頭をひと撫でする南田。
そうすればフクキタルはデレッとだらしない顔を浮かべて幸福になる。
「私は甘さ控えめのマロングラッセにしたよ。私のことを考えながら食べてほしいな♪」
「ありがとう、フジ」
「(私のことも食べていいんだよ?)」
「え?」
「なんでもない♡」
フジが贈ったマロングラッセ。実は贈り物にするマロングラッセには『永遠の愛を誓う』という意味があり、それはフジにとって本心だ。
これは主にヨーロッパで男性から女性へ贈られる物だが、気持ちが重要。
「アタシはこれね」
「わぁ、カップケーキ。美味しそう」
「簡単なレシピだから、あんま気にしないでいいよ」
「それでもありがとう」
「ん♡」
タイシンはカップケーキ。因みにカップケーキの意味は『あなたは特別な存在』である。
彼女の南田への本気度が伝わる一品だが、南田にそれが伝わるかは神のみぞ知るところ。
「ライスはドーナツにしたの♡」
「嬉しいなぁ。ありがとう、ライス」
「うん♡ でも、歯磨きはちゃんとしないとダメだよ、お兄さま」
「もちろんだよ」
ライスが贈ったドーナツはちゃんと通常サイズ。ただ形はハート型で、何度も何度も失敗してようやく完成させた物だ。
ドーナツの意味は『永遠に続く愛・あなたのことが大好き』だそう。
「私は手作りではないのだが、バームクーヘンにした。評判のお店のやつを一本丸々だ!」
「あ、ありがとう……でも流石に食べ切れないから、オグリも食べてくれると助かるな」
「任せてくれ!」
オグリの用意したバームクーヘンはとてつもなく大きかった。
何しろ長さが野球のバット程あり、太さに至っては約50センチはある超ド級バームクーヘン。
バームクーヘンには『幸せを重ねる・幸せが長く続きますように』という意味があると、スーパークリークから教えてもらったことから、これに決めたらしい。
「アタシは甘くないマフィン。明日の朝食にでも食べてよ」
「ありがとうね、シチー」
「料理出来る子と一緒に作ったから、味は大丈夫だよ」
「丸焦げでも食べるよ」
「うっさいっての……バカ」
南田の言葉に思わず顔が熱くなるシチー。
しかし南田は嘘を言わない。だから本当に丸焦げでも食べてくれるだろう。でもだからこそ、そんな失敗作を渡せないので、シチーはタマモやフジに教わって作ったのだ。
またマフィンには『あなたは特別な存在』という意味がある。
「ほな、最後はウチやな。ウチは今焼いたるから、楽しみにしとき♪」
タマモはそう言うと電気式のたこ焼き器をテーブルに置いた。
「タマはバレンタインデーでもたこ焼きなんだな」
「たこ焼きはたこ焼きでもいつもとちゃうで」
オグリの言葉にタマモが返すと、オグリも他の面々も首を傾げる。
しかしタマモは気にすることなく、鼻歌交じりで準備を進めていった。
「ホットケーキミックス、卵、牛乳……」
「ああ、私は何を作るか分かったよ」
「フジは鋭いなぁ。まあネタばらしはせずに見といてや」
ボウルに材料を入れ、混ぜ、熱くなったたこ焼き器に生地を流し入れるタマモ。
それから中にタコではなく、一口サイズに割った板チョコを入れていき、あとはたこ焼きを作るように塩梅を見ながらひっくり返していく。
「出来たで! タマモクロス特製! 稲妻印のチョコ焼きの完成や! 火傷せぇへんようにな!」
「ありがとう、タマ」
「へへへ、いっぱい食うてや♡」
「もちろんだよ」
因みにタマモのチョコ焼きは『ウチが世界一アンタを愛しとるで!』という気持ちを込めて作ったもの。
愛する南田にだけは特別な思いを込めているのだ。
「じゃあせっかくだからみんなでお菓子食べながらお茶しようか」
『おう(はーい)!』
こうしてチーム『不屈』のバレンタインデーは穏やかに過ぎるのだった。
読んで頂き本当にありがとうございました!